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風の中の手

海の近く、見晴らし台への階段の途中。
上るほどに、風が強く吹き荒れる。
髪は乱れ、生き物のように次々と形を変えていく。
はしゃいで先に進む友人たちの後方で、私はついに立ち止まった。

風が怖い。

優しいそよ風は、好きだ。
だけど荒々しく吹きすさぶ風は、どうにも怖くてしかたない。

一瞬のうちに、どこから来て、どこへ行くのか。
その途方もない距離を思うと動けなくなる。
宇宙に放り出されるような気がして、足がすくむ。

容赦ない風に、息がうまくできず、前を向けない。
怖くて次の1歩が踏み出せない。

その時、友人の1人が振り向いてくれた。
「何やってんの!おいで!」

だけど風が。

声にならない。

何かを察して彼が戻ってきてくれた。
「平気だから、行こ」

手を引いて、一緒にゆっくり階段を上ってくれた。
怖いけど、大丈夫だと思えた。
深く息を吸い込めた。

そのとき、彼の差添いの手だけが、私を地球につなぎ止めていた。

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