見出し画像

偶然の先にある未来

大学時代、気の合う男友達がいた。出会った当初の私たちはちっとも仲よくなりそうな気配なんかなかったのに、いつからか距離が縮まり、何かのきっかけで夜の暇な時間に電話でもしゃべるようになり、そのうち2人でごはんに行くようにもなった。女と男ではあるけれど色っぽい空気など一切なくて、ただ2人で話しているのがやけに楽しい、という感覚を共有していることはお互いに分かっていた。

彼は私より先に二十歳になり、酔うと冗談か本気か分からない口調で私のことを好きだと言うようになった。というか、酔っていなくてもことあるごとに好きだ好きだと言われていた気がする。既に腐れ縁のような関係性で、私はいつも「はいはい」と流していた。

季節は冬になり、その日もまた2人で居酒屋で夜ごはんを食べて、その後もまだ話し足りずに少し散歩をしようということになった。大学の裏手に野球場があり、何となくそこを目指す。

凍えるほど寒い日で、ほろ酔いの彼が「手をつなぎたい」と言いだした。「寒いから手をつなごう」と照れもせずに言う彼がおかしくて、笑いながら「何で、嫌だよ」と言った。言葉どおり、私は男友達の彼と手をつなぐなんて照れくさいし嫌だった。しばらく粘っていた彼もやがて諦め、野球場のそばの自販機でホットのミルクティーを買ってくれた。

野球場の入り口の柵を乗り越えて、2人でスタンド席に座る。しんと冷えた空気の中、彼はホットコーヒーの缶で、私はミルクティーの缶で乾杯をする。熱い缶で手を温めながら、今となっては思い出せないような他愛ない話をして笑っていた。冬空一面に無数の星が瞬いていた。

星がすごいねえと話していると、彼が「あっ」と声を出して「流れ星!今の見た?」と嬉しそうに言う。残念ながら私には見えなかった。「いいなー、私も見たかった」と言うと、彼がまた冗談か本気か分からない口調で「じゃあ、次に流れ星を一緒に見たら手つなごう」と言いだした。まだ言ってる、とあきれながらも、流れ星なんてそうそう流れるものじゃないし、彼が「ね、そうしよう。約束」とうるさいので、つい「いいけど」と言ってしまった。

「よし!」と張り切って空を見上げる彼と、とにかく星空の壮大さに目を奪われている私。そんな2人が次に声を上げたのは同時だった。

「おおーっ!」「うわー!」

2人の目の前の上空で、大きな流れ星がゆっくりと尾を引いて流れた。まるで「ちゃんと見てる?」と私たちにアピールするかのように、それはそれはゆっくりと。それがあまりにもきれいで、手をつなぐ約束のことなど忘れて素直に驚いて笑ってしまった。後にも先にも見たことがないような見事な流れ星にひとしきり2人で興奮する。

ミルクティーもすっかり冷めて、帰路につく。また少し遠回りをして歩きながら、彼が右手を出してきた。「流れ星、見たよね」とすっかり酔いのさめた彼が笑う。「何で友達どうしで手つなぐの?変だよ」となおも断ろうとする私に「友達どうしでもいいじゃん」と彼がしつこく食い下がる。あんなにすごい流れ星を見れたし、約束は約束だしな…と自分の中で言い訳を積み重ねて、まあいいかと根負けして左手を出すと、彼が顔を輝かせて「わーい」と子供のように嬉しそうに私の手を取った。

その瞬間、私の中にパチンと小さく火がともった。

***

十数年前のあの日々が、もし今のように友達と気軽に会えない状況下に置かれていたら、私と彼は今こうして一緒に暮らしていなかった可能性もある。特別な理由がなくても会いたい人と実際に会って何度もグラスを交わしたり、相手の何気ない表情に心が動いたり、流れ星を見て手をつなぐことになったり…そんな1つ1つの小さな奇跡の偶然の積み重ねを改めて思う。

同じ空間を共有することは、さまざまな"偶然"に出会う確率を上げるだろう。そして人生を彩るのはそういう偶然だったりする。だけど考えようによっては、2020年の今、こうなってしまった世界だからこそ生まれる偶然も出会いも数え切れないほどあるように思う。誰かのそんな偶然の先に生まれたカラフルな物語を、いつか未来で聞けたらいいな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?