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下界の彼と仲直りした、旅路の夜

「もしもし、今どこ?」

気まずそうな恋人の声。呼び鈴を押しても出ないから、電話をしてきたのだろう。

黒い空に輝く月と白い雲を近くに感じながら、私は努めてシンプルに答えた。

「富士山、の5合目」

「は!?」

予想どおりの反応に、思わず小さく笑ってしまう。

私と彼はケンカ中だった。

その夜、私は彼に何も言わず、勢いで女友達と富士山に来ていた。勢いと言っても、装備や下調べは万全だ。少し前に友達数人で登山を予定していた日、私と彼女は体調不良で断念していたのだ。

その子と2人で「天気もいいし、今夜行っちゃう?」と急遽決めたリベンジ登山。

私たちは大学生だった。

目的の駅まで電車で数十分、そこからバスで富士山5合目へ。

彼から電話がきたのは、登り始めてすぐだった。想定外のことに、彼も笑うしかない。

「とりあえず、気をつけてね」

「うん、行ってきます」

仲直りの空気が電波に乗って夜を伝う。

足取りも軽く、いざ、日本一の頂上へ。

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