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風を感じなさい -2-
言葉は風の中で生まれるものだ。
新緑の香り
人々の笑い声
そこに宿る生命
そのすべてを風は
異なる場所へ
異なる時代へ
わたしからあなたへ
それはそれは自由に
全てを運んでいくのである
その風にのって あなたの想いは
はるか遠く海を越えて
その先にある町の誰かへと届くかもしれない
その風の便りに誘われて
やがて一人の青年が
海の向こうにあるあなたの街へと
舟を漕
1人でいるということ:あなたの神殿とその訪問者について
1人でいるということを楽しみなさい。
それは孤独であることとは全く別のことです。
1人でいるということは
あなたの心の中にある神聖な神殿を
そこに湧き出る泉を 花の咲く庭園を
常に清らかな状態に保っているということです。
あなたの神殿には、ありとあらゆる人々がやってくるでしょう。
時に彼らは 美味しい手土産を持って
豊かな時間と共にやって来ることもあれば
時に神棚のお供え物を勝手
この瞬間に幸せになりなさい
一日を生き切れず、楽しめないことを怖れなさい。
今日という日が終わる時、嘆いてしまうことを怖れなさい。
何が起こっても楽しめる日々を過ごしなさい。
神は人生を楽しむ者に、更なる楽しみを与える。
楽しみなさい、今日という日を。
めいいっぱい楽しむ事で生き切りなさい。
あなた方にはその力が宿っているのだから。
安心して、今日という日を楽しむ事だけ考えなさい。
それがあなたをこの瞬間から幸
可能性を信じるということ
あなたの可能性を信じなさい。
人が可能性と呼ぶものはすなわち
広大な宇宙の地図のようなもの。
その巨大な地図は
幾多もの数えきれない星々や光の宝石たちと
そのきらめきで満ちているのです。
あなたの可能性を信じるということは
その昔、満天の星空を見上げては
そこに様々な人や動物たちの姿を見、
ありとあらゆる星座の物語を紡ぎ、語り合っていた
先人たちと繋がるようなものかもしれません
Feel the Wind.
沖に出た一隻の船を想像してみてください。
船長が見るものは、幾日も幾日も同じ景色─水平線に浮かぶ広大な空と海。
どちらに進んでいるのか、正しい方向へ向かっているのか。
そもそもちゃんと進んでいるのか、後退しているのか。
それさえも、毎日の同じ景色の中で分からなくなってしまう。
あなたの人生は今、そんな船のようなものかもしれません。
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港を出て行く船がその出発を決めた時、開かれる宴は
好きだけど、好きだから、さようなら
ふたりの人間が出会い共に歩み始めるとき、そこに生まれる物語というのはほんとうに千差万別で世界のどこを探しても同じものは1つとしてない。それを人間は遠い昔から知っていて、「一期一会」とか「袖振り合うも多生の縁」だとか言葉にしてずっと語り伝えてきたのだろう。誰かと誰かの出会いが生む新しい物語、そこに巻き起こる魔法。それは何よりもこの世界を美しく彩る宝物なのかもしれないと思う。
私とパートナーは5年前
表現するということは、まるで毎日のお料理のようなもの
わたしにとって書くということは、まるで毎日のお料理のようなもの。頭と心という冷蔵庫の中からいろんな材料を取り出して、切ったり煮たり、ときに揚げたり生で食べてみたりして、その日の自分にしかできない「今日の言葉」を作るような─そんな感覚。最高に美味しいものが出来上がる日もイマイチな仕上がりになる日もあるけれど、そんなサプライズ的要素もひっくるめて書くということが好きだ。両親曰くわたしは物心ついた時から
もっとみる「窮屈な心身」の先にあるもの
『窮屈はいけない』
窮屈な場所に窮屈にすわっていると
血のめぐりも悪くなって脚もしびれる。
身体が固くなって自由な動作がとれないのである。
無作法は困るけれど、窮屈はなおいけない。
やっぱり伸び伸びとした自由自在な姿が欲しいものである。
どんな場合でも、窮屈はいけない。
身体を窮屈にするのもいけないが
心が窮屈になるのはなおいけない。
心の動きが鈍くなって、よい知恵が出て来ないのである。
も
新note始めました&満月のメッセージ
みなさんこんにちは!Kanaです。実は私、翻訳家としての活動をスタートさせたいと思い立ち個人用noteを開設しました🌝
私は小さいころから、言葉というものに魅せられてきました。幼稚園で英語を、大学でスペイン語・イタリア語を学び(アラビア語と中国語も少しかじったことがあります。ギブアップしましたが笑)、暇さえあれば読書やネットで素敵な言葉(言い回しや偉人の名言など)探しにあけくれる毎日でした。