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#エッセイ
エッセイ | もしも女性器が服を着るなら。
1月に受けた健康診断で、毎年のことではあるのだけど様々な項目で再検査や経過観察を言い渡された。その中で、今回新たに〝ある疑い〟の記載があった。
〝子宮留膿腫〟
なにそれ、という感じで調べると、閉経後の高齢の女性に起こりやすいものだった。
無症状で進行するというところが怖い。まるで爆弾を抱えているみたいじゃないの、というわけで、指示通り大人しく半年待って、ついに検査をした。
・
婦人
就労移行支援の体験に行ってきた❣️
朝から行ってきた。最初は途中参加でもいいみたいだが、早く人に慣れたいので頑張った。
色々資格を取る為の教材があって、いっぱい勉強できそうで良かった。
楽しそうだ。職員の方も優しい。利用者も、お互いに干渉し合わない。居心地がいい。
職種は清掃を希望した。料理人だった事は知ってくれてるけど、もう人と関わる事はうんざりだと伝えてある。
ただ、求人を見た感じあまり給料が良くなくて、現在の生活保護
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一律のルールは公平ではありますが、
時に悲劇をもたらします。
スキャンダル。
一語の宇宙(3) | hydrangea (紫陽花)
「紫陽花(アジサイ)を英語でなんと言う?」なんて試験では聞かれることはあまりないかもしれませんが、
hydrangea [ハイドレインジャ]
と言います。
「リーダーズ英和辞典(第3版)」(研究社)には、語源に関して次のように記載されています。
NL ( hydro-, Gk aggos vessel )
「NL」とは、「neo-Latin」つまり「新しいラテン語」、「Gk」は「Greek」
”不完全さが自分の個性”〜いつでも″自然体″な俳優・草彅剛の生き様〜
『日曜日の初耳学』の「インタビュアー林修」。二週連続で登場した草彅剛くんの、本音満載トークを堪能させてもらいました。
ここまでぶっちゃけて地上波で話せる時が来たんだと、感慨深いものがありました。
SMAP時代よりも今は演技の仕事も役柄が幅広くなり、途切れることなく「映画・ドラマ・舞台」の仕事を順調にこなしているそうです。
台本を肌身離さず一年中持ち歩いている生活が続いているとい う充実ぶり。
数学者vsサッカー選手 | ナビエ・ストークス方程式の解の滑らかさ
「ナビエ・ストークス方程式の解の滑らかさ」なんて聞くと、「なんだか難しそう!」と思う方も多いかもしれません。
というか、実際に難しいことは間違いのない事実です。多額の懸賞金がかかっている未解決問題なのですから。
この記事では、数学的なことは書きません。「書きません」というより「書けません」。だから、ここに書くことは、問題の核心についてではなく、周辺的なことを書きます。
(1) 答えが
エッセイ | 書くことは効率が良い
「書くことが好き」って、あまり言ったことがない。
小説を書くのは大好き。日記は好きじゃない。エッセイも好きじゃない。手紙は好き。
こうしてみると、私は〝書く〟という行為が好き、と堂々と言うには少し弱い。
だけど、「書くこと」は私にとって効率がいい。たぶん、私の脳と手は直結している。脳と手は同じ意思をもって、同時に動いてる気がする。ところが、それが口に変わるとまったく機能しない。口と
蜘蛛は小蝿を食べてくれる
蜘蛛は、小蝿を食べてくれる、という噂を聞いてから、家の中にいる小さな蜘蛛を殺さなくなった。
しかし、蜘蛛が小蝿を食べているところを、見たことはない。
都会の蜘蛛が、小蝿を食べないとしても、私は気にしない。
私は、蜘蛛を殺す癖を直せたことに、感謝している。
無差別に殺生を繰り返していた田舎でのこども時代、私はなぜあんなに蜘蛛が嫌いだったのだろうか。
理由は、多分、おもいこみである。
そし
私の得意なことって?
私の得意なことって何だろう?
自分を見つめ直す
時間を持っても
分析テストとかに
チャレンジしても
得意なことを見つけるのが
難しいと感じることがあります。
でも、noterさんから頂いた
コメントを読んでいると
「私ってそういう風に映るんだ」って
私自身も知らなかったこと
発見がありました。
最近、いただいた
印象に残った言葉は
「個性のシャワー」
「オリジナリティあふれる」
「
ショートショート_蛹
雨を聴く季節は、とにかく鬱陶しいと思っていたのは幼い頃のことだ。大人になると私は花粉症となり、梅雨の季節になってようやくマスクを手放すことができる。
つまり、私にとって梅雨は自由を意味する。
学生時代は、練習がなくなるようにと雨乞いをしていたが、そうなると息つく暇も無い校内サーキットが始まり、かえってきついことになると思い知りやがて雨乞いをやめた。
晴耕雨読とはよく言ったもので。雨の日は図書