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半生の記録と記憶

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今まで生きてきた記録、感じたこと。表に出せなかった思い。蓋をしてきたこと。
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#生きづらさ

好きだったこと、楽しかったことを思い出してみる。①幼少期

好きだったこと、楽しかったことを思い出してみる。①幼少期

今までnoteでは、自分の過去の、塞いでいた思いや、傷ついたこと、苦しかったことを中心に書いてきた。

一方で、ある程度それらを書いたところで、自分にとって、楽しかったり良かったこと、ワクワクしたこと、好きだったことはなんだったのだろうか?と思い出してみようかという気持ちが芽生えてきた。

それらも思い出して書いてみようと思う。

まず、小学校に上がるまでの間には何が、どんなものことがあったか??

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高校2年生。バイトに居場所とやりがいを見出す

高校2年生。バイトに居場所とやりがいを見出す

引き続き高校時代の話。

成績は最悪で、本音で話せる友人もいなくて、でも1人ぽっちは寂しいしかっこ悪くて、誰かにくっついて過ごしていた。

でも本当は1人になりたくて、学校が終わるとすぐさま家に帰宅していた。

誰の目にも触れたくなかった。人目と人にどう思われるか気にし続けるのに疲れ切ってぐったりだった。

誰もいないところへ行きたかった。

学校も行きたくなかった。

毎朝学校に行きたくないと思

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オーストラリアの牧場で暮らしたかった高校生時代

オーストラリアの牧場で暮らしたかった高校生時代

高校時代は苦しかった。地獄みたいな毎日だった。

何で苦しんでいたかというと、自意識過剰、人目が気になる、人にどう思われるかみられるか気になる、気になって仕方がない…。

そんなことで苦しんでいた。

学校は私服。私服だと、オシャレかどうか、どんな格好をしてるか、いけてるかどうかで、階層ができている感覚があった。

自分はイケてる格好がしたかった。が、目立つのも怖く、また、当時はネット通販もないし

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抜毛癖

抜毛癖

小学校五年生くらいの頃の話。

学校で、席替えの時クラスの1番前の席になったことがある。

しかも先生の真ん前の席。

すごく嫌だった。

先生にいつもみられているようで緊張感があった。

いつしか、私は、自分の眉毛を抜くことに熱中しだした。

眉毛を抜くときにプチっと痛みというか抜く感触が癖になってやめられなかった。

眉毛だけに飽き足らず、まつ毛も抜き出した。

そのうち、私の容姿は、眉毛もま

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食卓、会食恐怖

食卓、会食恐怖

食事の席が苦手だった。

今でも苦手だ。

知らない人、苦手な人と一緒にテーブルを囲むのが緊張する。

自分の一挙手一投足が見られてる気がする、緊張や不安が態度に出ている気がして、そしてそれを不審に思われたり変に思われないか気になって余計におかしくなる。

大人になってお酒を飲むようになってからは、お酒を飲んで酔っ払って、緊張を緩和させるという方法を覚えて、なんとかやり過ごすことができたりもするよ

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志望校をめぐって母親に泣かれる。

志望校をめぐって母親に泣かれる。

高校受験の時の話。

中学まで勉強を頑張っていた。

勉強のできる子、というのが、当時の自分にとって、唯一の取り柄かつ存在意義&アイデンティティ、みたいになっていた。

テストでいい点をとったときや、いい点をとって周りから褒められたり認められたりするのは嬉しかったけど、勉強しているその内容に興味関心や好きがあったわけではない。

楽しかったのは、唯一社会の歴史の部分、戦国時代くらいだ。

周りから

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働く。仕事。会社。父への反発と恨みと否定

働く。仕事。会社。父への反発と恨みと否定

過去のことを振り返ってみて、当時の気持ちや感じていたことを顧みて、最近だんだん思うようになったこと。

自分は、父親への反発があった、反発があると。

恨みや否定したい気持ちがあると。

父親は仕事熱心というか、会社と仕事に一筋だった。

今考えると、単身赴任時にリストラ係をしていた頃など、胃潰瘍になったりして、仕事が嫌だったことや会社が嫌になったこともあっただろうに、仕事と会社を生涯、母が死ぬ間

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親の期待

親の期待

高校時代の話。

受験が近くになった高校2年生か3年生くらいの頃だったろうか。

兄は高校卒業時、希望する大学への受験を失敗し、一浪していた。

そして、専門学校へと進んでいた。

当時のことは本人しかわからないけれど、受験に身が入らず、あまり勉強しているようには見えなかった。

母がこのころの私によく言っていたのが、

お兄さんは失敗したから、あなたには期待している(語尾は定かでないけれど。大学

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こそこそ陰口を叩かれる中学校時代 思春期の女子との関係②

こそこそ陰口を叩かれる中学校時代 思春期の女子との関係②

不幸、地獄のはじまりは、中学校入学と同時にその予感をぷんぷん匂わせていた。

わたしは、Aと同じ中学校に進み、なおかつ、一年時に同じクラスになった。

嫌な予感がした。

複雑な感情だった。

同じグループだった仲間は別の中学へと進学していた。

グループから、Aと自分だけが抽出されて同じ空間に閉じ込められた感じだった。

気まずい空気となってしまったAとは、別の中学へと進みおさらばしたかった。

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バレンタイン 思春期の女子との関係①

バレンタイン 思春期の女子との関係①

バレンタインの少し前から予兆はあった。

仲良くしていたグループの女子、Aがこはだのこといいって言ってた…

みたいな話は耳に入っていた気がする。

そして、ある日、手紙をもらった。

告白された。

正直Aは好みでなく、好きではなく仲良くしてるグループの一員以上には思っておらず、むしろ他にいいなと思う子がいたくらいだった。

Aに友達でいましょうとの断りの手紙を書いて渡した。

ここからが恥ずか

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母の布団に入った夜

母の布団に入った夜

大学入試、どこの大学だったかは忘れてしまったけれど、とても緊張してナーバスになって眠れない日があった。

どうしても眠れず、落ち着かず布団の中にいることもできず、母親の寝室に入ってベッドに入ったことがある。

当時18歳。

母親に眠れないと告げるが、あまり相手にしてもらえず、あんたいい歳して…みたいに呆れられた気がする。

母は、自分の睡眠を邪魔されることを嫌がっているような感じだった。

どう

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2度目のカウンセリング、カウンセラーとの別れ

2度目のカウンセリング、カウンセラーとの別れ

転院してからは、将来のことを棚上げして生きることにした。

そして、それまでの勉強、座学的なコースから外れてしまったことから、全然違う道、違う生活や生き方をしようと思ったように思う。

それで、運送会社の倉庫で仕分けの仕事を始めた。あまり人目を気にすることもなく、しかも頭よりも体を使う、人間関係や接客、人を扱うのではない仕事についた。

といっても派遣労働者としてだ。

この倉庫での肉体労働は、当

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家庭内暴力

家庭内暴力

高校生の頃、こんなことがあった。

ある日の夜、2階の母の部屋からドンドンと大きな音と大声が聞こえてきた。

どうも、母の部屋で、兄と母親が言い争っているらしい。

なんだか、とても落ち着かなくて嫌だった。争いごとが嫌だった。母と兄が揉めてるのが嫌だった。

物を投げている音も聞こえる。母の悲鳴に近いような声も聞こえた気がする。

誰か止めて欲しいと思った。

ただ、父親は単身赴任で家にはいなく、

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転院先の病院

転院先の病院

新しい病院での初診、医師は、よく話を聞いてくれている印象だった。

そこで、今までの経緯を話すと、医師から、社会不安障害と、抑鬱状態との診断がくだった。

診断名がついたときはなんだか少しすっきりとしたような気もした気がする。

そして、今までの治療であまり効果が感じられなかったことなどを話し、薬も変更して処方してもらい、さらに、クリニックに常駐のカウンセラーとのカウンセリングも勧められた。

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