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家庭内暴力

高校生の頃、こんなことがあった。

ある日の夜、2階の母の部屋からドンドンと大きな音と大声が聞こえてきた。

どうも、母の部屋で、兄と母親が言い争っているらしい。

なんだか、とても落ち着かなくて嫌だった。争いごとが嫌だった。母と兄が揉めてるのが嫌だった。

物を投げている音も聞こえる。母の悲鳴に近いような声も聞こえた気がする。

誰か止めて欲しいと思った。

ただ、父親は単身赴任で家にはいなく、家にいる男は祖父と私だけだった。

祖父は気がついていない、寝ているようだった。

落ち着かず、廊下を行ったり来たり、母親の部屋の前を何度もウロウロした。

そうして、自分がここにいるということをアピールしていたような記憶がある。

それでも物音と怒声は止まらなかった。

もう嫌だ、と思った。私は母の部屋に踏み込んだ。

そこにはベッドの上にいる母親とそこらじゅうに投げつけられて物が散乱した部屋に立つ兄がいた。

何を話ししたか、何を言われたか、何を言ったか覚えていない。

気がつくと、兄の方へ向かっていく自分がいた。

兄の目の前に立つと、一撃殴られた。

ここでスイッチが入って、後のことはよく覚えていないけれど、気がつくと、馬乗りになり、兄を殴りつける自分がいた。

母親は、喧嘩するくらいだったらお金をあげるからやめなさい!

というようなことを言った。

喧嘩したくて喧嘩したわけではなかった。

女の人に、母親に物を投げつけるのをみてみぬふりできなかったことと、一撃喰らわされてプッツンきてやり返したぢけだと自分は思っていた。

なんだか馬鹿らしい。

この時は、父にいて欲しかった、こんな役をする、止めるのは自分でなくて父親であって欲しかった。

なんで自分がこんな役をしなくてはならなかったんだと思った。

父親がいてくれたら…と思った。

母親の口調だと、まるで自分にも非があるみたいだった。

馬鹿らしい、報われない、止め損みたいな感じがした。

その時ばかりは、父親が単身赴任じゃなく家にいれば良かった。と心から思った瞬間だった。

そして、そんな父を、仕事を、働くということ、を恨んだり憎んだり嫌なものだと思う気持ちがこの頃芽生えたような気がする。

父のようにはなりたくない、父みたいになりたくない、父のように仕事を優先したり仕事ばかりして、家族の大事な時にいない、家族のことを顧みたり関心を持ったりしない、そんな生き方や働き方、そんな仕事が大嫌いになった気がする。

そんな気持ちはいまだに残っている気がする。

私は、父や、父親の仕事を、働くということを、恨みに思って否定して、生きていると思う。

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