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書評

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#読書

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

遺書散文 - 吉本隆明『遺書』

友人に勧められ、吉本隆明の著者を手に取った。『遺書』というタイトルである。選んだ理由は、価格と、タイトルになんとなく惹かれた、ただそれだけであった。

吉本隆明は詩人、親鸞の研究などで知られる評論家でもある。本書『遺書』は” 死" を「国家」「教育」「家族」「文学」など様々な視点から捉え、彼自身の死生観を俯瞰的に語った一冊である。大変興味深かったため、軽く紹介させてほしい。

そもそも「死」には様

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死刑囚の恋人 - 『異邦人』カミュ

死刑囚の恋人 - 『異邦人』カミュ

カミュの「異邦人」を再読した。

そもそも死刑史上主義文学が大好きなわたしにとって、本書を避けて通ることは不可能だった。初めて読んだのは、ジュネやユゴーを読み始めた頃で、悲しみの概念を知らない主人公にわたしは激しく同情した。

(そう、我々は、自分の死さえも心の何処かで願っているのだからそれは当然のことだ。)

話が逸れた。死刑の美学について語るとさらに話が長くなるので、そういう話は省略。
今夜は

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軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

我々は信じたくない。思い出とは、過去とは、経験とは、ただ、自分のなかに佇むだけで、その体積のわりに、現在に一切の知恵も利益も与えてないことを。それどころか、その思い出のせいで我々は怖気づき、行動は制限され、退化しているとさえいえる状態に陥っている。スピッツの草野さんだって言っている。「君が思い出になる前に、もう一度笑って見せて」と。

成長は退化だ。時間が経てば精神は朽ちる。自分を含めて、人類は

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手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

さて、わたしは監獄小説が大好きである。

監獄で書かれた手記は、大変美しく、興味をそそる。ジュネを筆頭に、ラスネール「回想記」、ワイルド「獄中記」にソルジェニーツィン「収容所群島」、国内からは山本譲司の「獄窓記」や、世間を騒がせた市橋達也の「逮捕されるまで」など、凶悪犯に政治犯、冤罪に至るまで種々多様の監獄手記が存在し、一定の人気を保っている。(話すと長くなるので省略。)

仏語翻訳家の小倉孝誠

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逃亡

逃亡

今の職場に就職したとき、先輩が病院内を案内してくれたときの言葉が忘れられない。
そのフロアは片側が産婦人科、もう片側が内科系の一般病棟と血液内科だった。

「Here, people are born here. And the other side, people are dying there. It's our whole life. Haha!」

ニコニコしている先輩を見ながら、あぁこの

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社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

戦後、日本における精神医学界の筆頭といえば、中井久夫と木村敏ではなかろうか。先日中井久夫さんが亡くなり、なんと木村敏さんがその一年前に亡くなっていたことを知った。

10年ほど前になるだろうか、はじめて読んだ統合失調症に関する学術書の著者が木村敏だった。少し昔に書かれたもので「分裂病」という言い方をしていた。

数年ぶりに木村敏を読んだ。彼の、世界を見る目がわたしは好きだ。それは精神医学にとどまら

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【ゴーゴリ「死せる魂」ちょっと書評】

【ゴーゴリ「死せる魂」ちょっと書評】

noteにいると、このような眠りなど得たことのないような、この先も得ることがないような、頭が回り、繊細で、生きづらそうな人が、たくさんいるようにみえる。だけども現実世界では一向に出会わない。一体そういうひとたちはどこで生きているのだろうか。じつに不可解である。

ゴーゴリ「死せる魂」を読んだ。訳は工藤精一郎。
小さな都市に現れた、謎の紳士チチコフ。彼は社交の場に顔を出し、あっという間に名声と人気を

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肉体の悪魔【ラディゲ 書評】

戦争の影がフランスを覆う

学校は休みになり

子供たちは気晴らしを探す

若い男性が戦地に赴きはじめる

人が突然死ぬのはよくあること

僕は戦争をこう言う

「長い長い夏休み」

銃弾に散る我が国の命は

どこか他人事なのだ

16歳。

僕は子供。

恋に落ちたのは

19歳の人妻

彼女は僕に言う。

「わたしはあまりに年を取りすぎている。」

夫が戦地で苦しむ時間を埋めるふたり

体の触

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花のノートルダム【ジュネ書評】

読み終わる。

巻末。

手紙の出だし。

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1942年

創造を終え、

この手紙を書いているときのジュネ、貴方は

心底、物語を作る喜びを感じていただろう。
(本作は獄中で書かれた)

すくなくともわたしならそう感じる。

この美しい手紙を読んだら

わたしは泣くかもしれないし、

はたまた、

さすがジュネ、とでもいえるような可憐な裏切りに直面し

苛立つかもしれない

期待は恐

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「EDENA」English Edition【Moebius書評】

「EDENA」English Edition【Moebius書評】

フランスにコミック文化があるのをご存知だろうか。

Moebius(Jean Giraud)は1938年フランス生まれの漫画家、アーティスト(2012年没)。
SF、ファンタジーをメインの作品を数多く手掛け、ホドロフスキーやルネ・ラルーとも制作を共にした。

ホドロフスキー、ルネ・ラルーと聞いて察した方も多いであろうが、かなりユニークなアーティストである。

本作「The World of Ede

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レミングを知ってるか。【Richard Matheson" Lemmings" 書評】

レミングは北極付近に生息するネズミの一種。

大量繁殖と食糧を求めての大陸移動を3~4年のサイクルで繰り返し、移動の際に大量の犠牲を伴うことから集団自殺をする生き物として知られる。

その光景は" 死の行進" と称され、1958年公開のドキュメンタリー映画(ウォルト・ディズニー) " White Wilderness(邦題: 白い荒野) " で取り上げられ世界で知られるようになった。

彼らは海辺

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レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインの『狂気の現象学』の改訳版である、『引き裂かれた自己』天野衛訳を読んでいて目にとまった箇所があったので紹介させてほしい。

ロナルド・ディヴィッド・レインは20世紀イギリスの精神科医。
狂気を了解可能なものとして認識する論文を数々発表。統合失調症をメインに、" 人が狂気を作りだし、しかし人との関係が患者を治療する" いう寛解モデルを実際の臨床を通して世間に伝えた。

レインの研究はざっくり言

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土日のうちに、とカフカの『変身』を角川の新訳で再読。生きた日本語はもちろん、川島隆氏の訳者解説(本の半分ほどを占める)の読み応えが素晴らしかった。
以前、精神科医R.D.レインの引用記事を更新した際に言及した、" カフカの作品における自己喪失" にも触れていて感動した。

死刑【『監獄の誕生』ミシェル・フーコー】

死刑【『監獄の誕生』ミシェル・フーコー】

甚だおぞましい話であるが、わたしが文学に溺れたきっかけは「監獄」と「死刑」である。

10代になったばかりの頃、『アンネの日記』を読み、そのあとにフランクルの『夜と霧』、収容所の魅力に溺れ、石黒謙吾の『シベリア抑留』、ソルジェニーツィンの『収容所群島』を読んだ。

続いてユゴーの『死刑囚最後の日』ジュネの『花のノートルダム』に『薔薇の奇跡』。

ああ美しい。

 

前置きが長くなってしまったが、

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