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私のもうすぐベストセラー 40スキです。

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私の40スキ超えを集めました。おすすめ順です。
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#エッセイ

わたしの記事に総数10万個のスキを頂きました。

ありがとうございます。

スキが0の記事もありましたがそれは初期の頃で、今では1記事で30以上は頂いています。最高は500スキを超える記事もあり、全てはフォロワーさんのおかげです。

これからも応援よろしくお願いします。

お金で買えないフォロワーさんの気持ち。
それをお金で買おうとしているから歪んだ関係になるのです。
気持ちには気持ちで返しましょう。

ありがとう。

今日の写真は三重県熊野市にある湯の口温泉です。批判、否定をしても改めることはありません。認めることで納得するのです。そして自分で気づくことが改めることにつながるのです。

今日の写真は三重県熊野市にある湯の口温泉です。批判、否定をしても改めることはありません。認めることで納得するのです。そして自分で気づくことが改めることにつながるのです。

批判や否定は、相手を傷つけたり、逆に反発心を招いたりする可能性があり、改めさせる効果は期待できません。

一方、認めることは、相手を尊重し、相手の意見を受け入れていることを示すことができます。これにより、相手は安心して自分の意見を述べることができ、納得感を得やすくなります。そして、自分で気づくことが、改めるための第一歩となります。

例えば、仕事でミスをしてしまった場合、上司から厳しく叱責されても

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思いやり

思いやり

思いやりのある行動と思いやりのない行動では明らかに異なってきます。

行動している事に違いは無いのですが、自分の好機だと思って行動するとその結果は思いやりのない結果になるのです。

相手の事を思うとは自分がその立場になった時にどう思うかを考える事です。でも見誤ってはいけないのです。

思いやりは自分勝手ではいけないのです。

相手の思いを確認しながら自分の思いと相手の思いが同じになった時に本当の思

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思い通りの結果を求めて行動することは「別れ」「最終」「矛盾」を認めたくなくなるのです。では、「別れ」「最終」「矛盾」を受け入れるにはどうすれば良いでしょうか?人生は「別れ」と「最終」と「矛盾」の連続です。

思い通りの結果を求めて行動することは「別れ」「最終」「矛盾」を認めたくなくなるのです。では、「別れ」「最終」「矛盾」を受け入れるにはどうすれば良いでしょうか?人生は「別れ」と「最終」と「矛盾」の連続です。

思い通りの結果を求めて行動することは、ある意味、自分の理想を現実にしたいということです。その理想を実現するためには、現状との間にある「別れ」「最終」「矛盾」を乗り越える必要があります。しかし、そうした変化を受け入れることは、時に苦痛や不安を伴うため、それを避けようとする傾向があります。

例えば、恋人に別れを告げなければならない状況において、そのことを受け入れたくないために、相手の気持ちに目を向け

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今日の写真はビーフシチュー丼。なぜ人に親切にするのか?それは希望をつなぐ行為だからです。他人の希望を叶えることは親切ではなくお節介であり自分の手で希望を叶えるから希望に意味があるのです。

今日の写真はビーフシチュー丼。なぜ人に親切にするのか?それは希望をつなぐ行為だからです。他人の希望を叶えることは親切ではなくお節介であり自分の手で希望を叶えるから希望に意味があるのです。

希望と絶望は、人生において常に隣り合わせにあるものと言えるでしょう。希望は、未来の明るい可能性を信じる気持ちであり、絶望は、未来に希望が持てない気持ちです。

希望と絶望は、どちらも人間の心の自然な感情であり、誰もが経験するものです。希望があると、困難な状況でも前向きに進んでいくことができます。一方、絶望があると、目標を達成できなくなり、心が折れてしまうこともあります。

しかし、希望と絶望は、ど

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自分の欠点を曝け出して信頼を得ようとしたのにその欠点を理由に遠ざかれるのは裏切りになるのです。だからわたしはSNS上では自分の欠点を晒さなくなりました。自分を曝け出しても信頼できる人は自分と同じように自分を曝け出す人です。だからその人の価値観を認めて理解することが信頼を得ることになるのです。

自分の欠点を曝け出して信頼を得ようとしたのにその欠点を理由に遠ざかれるのは裏切りになるのです。だからわたしはSNS上では自分の欠点を晒さなくなりました。自分を曝け出しても信頼できる人は自分と同じように自分を曝け出す人です。だからその人の価値観を認めて理解することが信頼を得ることになるのです。

自分の欠点を曝け出して信頼を得ようとしたのに、その欠点を理由に遠ざけられたら、裏切りに感じるのは当然です。

SNSは、自分のことを知ってもらうためのツールとして便利ですが、一方で、欠点を晒すことで、自分を嫌いになる人や、利用しようとする人がいることも事実です。

ですから、SNS上では自分の欠点を晒さないというのは、ひとつの賢明な判断だと思います。

信頼を得るには、自分の欠点を曝け出すことも重

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「あかん」と否定して他人の仕事を奪って自分の仕事にすることで他人が育つことはありません。だから応援して、イライラしても怒りたくても口を出したくても出さずに話を聞くのです。相手は話をすることで自分で気づくようにするのが良いのです。

今日の朝食はりんご入りヨーグルトを加えました。匂いをとるらしいです。家内が加齢臭がとれたらと勧めてくるのです。良いことないかなと思っているだけでは良いことに巡り会うことはありません。何を良いことだと思うのか価値観を見つめ直しましょう。そして良いことに巡り会えるように行動するのです。だから今日もお出かけしたいと思うのです。

今日の朝食はりんご入りヨーグルトを加えました。匂いをとるらしいです。家内が加齢臭がとれたらと勧めてくるのです。良いことないかなと思っているだけでは良いことに巡り会うことはありません。何を良いことだと思うのか価値観を見つめ直しましょう。そして良いことに巡り会えるように行動するのです。だから今日もお出かけしたいと思うのです。

良いことに巡り会うためには、まずは自分が何を良いことだと思っているのかを明確にする必要があります。そのためには、自分の価値観を見つめ直すことが大切です。

自分が何を良いことだと思っているのかがわかれば、その価値観を実現するために行動することができます。例えば、自分が「新しいことに挑戦すること」を良いことだと思っているなら、新しい習い事を始めたり、海外旅行に行ったりといった行動を起こすことができま

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今日の写真はハンバーグドン。価値観の価値観が異なるのに価値観が違うからと騒ぎ立てるのはお門違いです。

今日の写真はハンバーグドン。価値観の価値観が異なるのに価値観が違うからと騒ぎ立てるのはお門違いです。

価値観の違いは、人によって異なる育ってきた環境や経験によって形成されるものです。そのため、価値観が異なることは、決して悪いことではありません。むしろ、価値観の違いは、新たな視点や考え方を学ぶ機会にもなります。

しかし、価値観の違いを理解せず、自分の価値観を押し付けたり、相手の価値観を否定したりするのは、お門違いです。価値観の違いを理解するためには、相手の話をよく聞き、相手の考えを尊重することが大

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わたしの望みは「ドラえもんのどこでもドア」を手に入れることです。

わたしの望みは「ドラえもんのどこでもドア」を手に入れることです。

ドラえもんのどこでもドアは、地球はもちろん宇宙の果てであろうとも行き先を言ってピンクのドアを開ければその行き先に行けるのです。そしてその行き先に行って振り返ると「どこでもドア」が見えているのです。

重要なことは行って戻って来れることです。

インターネットが接続されている先であれば、そこと繋がって文字のやり取りをしたり、テレビ電話のように画像を見せ合うことはできます。でも、どこでもドアとの大きな

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どのようなものでも、自分のものだと思ってはいけません。全てのものはお借りしているのです。借りたものは大切に使って返さなくてはいけないのです。最後に残るのは思い出だけです。

どのようなものでも、自分のものだと思ってはいけません。全てのものはお借りしているのです。借りたものは大切に使って返さなくてはいけないのです。最後に残るのは思い出だけです。

どのようなものでも、自分のものだと思ってはいけません。全てのものはお借りしているのです。借りたものは大切に使って返さなくてはいけないのです。

これは、物質的なものに限らず、時間や労力、知識や経験など、あらゆるものに当てはまります。

例えば、私たちは生まれたときから、親や社会から様々なものを借りています。衣食住、教育、医療、そして愛情などです。これらのものを大切に使い、成長し、社会に貢献すること

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今日の写真は食べかけのたい焼き。生きることには義務も権利もありません。ましてや責任を負うことも無いのです。生きることは本能です。その本能を否定することは人類の存続を否定することになるのです。戦争や命の軽視は人類の破滅への道ですから阻止しなければならないのです。

今日の写真は食べかけのたい焼き。生きることには義務も権利もありません。ましてや責任を負うことも無いのです。生きることは本能です。その本能を否定することは人類の存続を否定することになるのです。戦争や命の軽視は人類の破滅への道ですから阻止しなければならないのです。

生きることには義務も権利もありません。ましてや責任を負うことも無いのです。生きることは本能です。その本能を否定することは人類の存続を否定することになるのです。戦争や命の軽視は人類の破滅への道ですから阻止しなければならないのです。

この意見には、以下の2つのポイントが含まれていると考えられます。

生きることには義務も権利もありません。

生きることは本能であり、その本能を否定することは人類の存続

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