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短編小説

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(短編小説)昼下がりの男たち 

(短編小説)昼下がりの男たち 

 
 6月の土曜日の昼前のことだった。
 妻が突然「お腹が痛い」と訴え、ダイニングテーブルに掴まりながらしゃがみこみ、唸り声を漏らすと、しまいに蹲ってしまった。救急車は近所に迷惑掛けるから嫌だと言うので、僕の車で一番近い総合病院に連れていった。
 痛みが強いので救急で診てもらった。血液検査のあとにCTも撮ったりと、検査結果が分かるまで3時間以上掛かった。痛みの原因は胆管に石が詰まっていた胆嚢炎だっ

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(短編小説)河童の子

(短編小説)河童の子

「やれやれ。コーチに頼んでなんとか練習抜けてきたよ。大事な話ってなんだい。母さんまで揃ってさ。明日から遠征だから手短に頼むよ」
 周平は三ヶ月ぶりに実家に戻ってきた。父親からどうしても話したいことがあると呼び出されたのだ。温和な父親は寡黙な人で、滅多に連絡など寄越してこない。その父親から『なるべく早く帰ってきてほしい』と繰り返しメールが届けば、何事かと思う。
 しかし中々戻れなかった。なぜなら周平

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ボツノート(噂)(もの食う話)

ボツノート(噂)(もの食う話)

今回のボツは小説でもどうぞの「噂」と「もの食う話」です。
これはどちらも一作しか送れなかった。
  

 ボツ作品⑧「越後屋騒動」

 町の交流場だった中華ラーメン屋の『越後屋』が今月末で店を閉めるという。その噂を聞いた町民はみなショックを受け口々に「寂しい」と嘆いた。
 創業五十四年。鶏ガラスープのあっさりした醤油味。昔から変わらぬラーメンが評判の人気店で、二十席の椅子はいつも客で埋まっていた。

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ボツノート(家)

ボツノート(家)

小説でもどうぞの落選もの。お題は「家」。確か応募10作品までだった。
8作書いてその中の「愛しい人」を選んで頂いた。
これは選考に引っかからなかった7作品。
お時間つぶしにどうぞ。

 

ボツ作品① 「新居の出来事」

 就職を機に故郷を離れ、初めての一人暮らしを始めた。
都心より少し離れたのどかな郊外の二階建てのアパート。築二十年のわりに外観も綺麗で、室内も広かった。
 七畳の洋室に三畳のキッ

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(短編小説)カジイさん

(短編小説)カジイさん

「あのね、今日からしばらく知り合いの人が一緒に住むことになったから。カジイさんっていうの。いい人だから祐介も仲良くしてね」
 学童に迎えに来たママが車の中で言った。初めて聞く名前だった。
「誰それ」
「お友達よ。男の人」
 運転する横顔が綻ぶ。僕はママの機嫌のバロメーターを計るプロだから、今日はかなりいいとすぐ分かる。ただのお迎えなのに花柄のワンピースなんか着ているのがその証拠だ。
 家に帰ると、

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(短編小説)王冠

(短編小説)王冠

ここは風見鶏王国。王様の風見鶏は今日も国民を集めて演説していました。
みな眩しそうに王様を見上げています。
王様はおしゃべりが大好き。聞き惚れてる群衆を前に舌が回ります。
この国が他と比べてどんなにいい国なのかとさんざん言い聞かせたあとは
王様が作ったお話もしてくれます。
いつも拍手喝采。みんなも王様も満足して集会が終わりました。
すると「やあ王様」と一羽のカモメが屋根に止まりました。
黄色い嘴に

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(短編小説)目撃者

(短編小説)目撃者

 木野和也は恋人の理央と先月開店したばかりの大型ディスカウントストアに来ていた。全部を見て回ったら、おそらく一日がかりになるだろう広い店内は、食料品から日用品、寝具や家電まで何でも揃っていて、おまけに安い。婚約中で、新しい物件を探していた二人にとって、生活必需品が一ヶ所で手に入るこの店はこの上なく魅力的だった。
「近くにこんな所があったら便利だわ。何でもあるし、夜の九時まで営業してるから、仕事終わ

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(短編小説)世界一の美女

(短編小説)世界一の美女

   
   『○月○日 世界一の美女来たる!』

 ある日、こんなポスターが町の至る所に貼られた。キャッチコピーの横には、美女らしき女性のシルエットが浮かび上がっている。ウェーブした長い髪に細身のスタイル。それはまさに美女を思わせる横顔で、町の男たちはポスターの前に群がって、どんな美女が来るのかと口々に言い合った。

「あの女優みたいな美女じゃないか?」
「いやいや美女と言えば最近よくCMに出て

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(短編小説)昆虫学級

(短編小説)昆虫学級

 さわやかな朝。6年4組の教室は今日も賑やか。生徒の昆虫たちはお喋りに夢中です。
 羽をぱたぱた動かしたり、お尻をぷいぷい振ったり、触覚をくるくる巻いたりしながら、楽しそうにお友達と遊んでいます。
 クワガタの男の子たちは自慢のクワを使ってプロレスごっこ。体の小さいクワ町君が、大将のクワ山君に「どりゃー」と持ち上げられて投げられています。周りはみんな大盛り上がり。クワ町君は仰向けに倒れて足をバタバ

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(短編小説)初夏

(短編小説)初夏

「カッツン」
 声を掛けると、カッツンはギターを爪弾く手を止めて、のそりとこちらを振り向いた。
「いいのかよ。出棺しちゃったぜ。今から急げばまだ親父さんと最後の対面できるぞ」
 しかしカッツンは顔を元に戻すと「いいんだよ」と、またギターを鳴らした。カーキ色のジャケットを羽織る角張った背中。
 村外れの高台にある岩山はカッツンのお気に入りスポット。昔もよくここでギターを弾いていた。以前はもう少し草に

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(短編小説)現代っ子

(短編小説)現代っ子

 ある夜のこと。
 歯磨きを終えたケンタ君が自分の部屋に戻り
 ベッドに座った時、どこからか優しい声がしました。
「ケンタ君、ケンちゃん」
 聞き覚えのある声。ケンタ君は辺りを見回しました。
「誰?もしかして…ママ?」
 すると、ベッドの横に白い影がボヤーンと浮かび、みるみる輪郭をなして
 人の形がはっきりと現れたのです。
 それはケンタ君のママでした。にっこりと微笑んでいました。
「やっぱりママ

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(短編小説) 手

(短編小説) 手

 村崎哲司は熱心に手を合わせていた。お堂内には彼と同じような姿勢で頭を垂れてぶつぶつ念仏を唱える老若男女がひしめいている。まるで蜂の羽音のように低く唸る僧侶たちの読経の声。護摩焚きの赤い炎が高く揺らめき、木の割れる音が時折小気味よく響いた。
 どうか二度と盗みをしませんように。
 村崎は祈った。これまで六度も捕まっている。しかし実際に重ねた罪はその十倍。払える金はあるのについポケットや鞄に棚の商品

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(短編小説) 三本足のルル

(短編小説) 三本足のルル

 ここから見える岬は自殺の名所で、毎年数十人が死を求めてやってくる。
だいたいみんな明るい時間に下見に来て、夕方ぐらいに一度淵に立って決意を確かめる。ひとけがなければそのまま飛び降りてしまう者もいるが、何かを見つけて踏みとどまることも少なくない。その何かは人それぞれだ。
 落ちてゆく夕日が海に溶けてく風景の美しさに心を打たれ、もう一度頑張ろうと奮起したり、ふと取り出した携帯電話の中にかけがえのない

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