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ボツノート(家)

小説でもどうぞの落選もの。お題は「家」。確か応募10作品までだった。
8作書いてその中の「愛しい人」を選んで頂いた。
これは選考に引っかからなかった7作品。
お時間つぶしにどうぞ。

 

ボツ作品① 「新居の出来事」

 就職を機に故郷を離れ、初めての一人暮らしを始めた。
都心より少し離れたのどかな郊外の二階建てのアパート。築二十年のわりに外観も綺麗で、室内も広かった。
 七畳の洋室に三畳のキッチン。バストイレ別で窓からの眺望も良い。
内覧してすぐ気に入り、一週間後に引っ越してきた。家族と別々に暮らす寂しさよりも、解放感の方が大きかった。賃貸とはいえ、自分だけの家を手に入れたとわくわくした。
 もちろん都会は華やいでて便利だが、田舎と圧倒的に違うのは人との距離だった。あちらでは引っ越しの際は向かい三軒両隣の挨拶は当たり前だったが、都会では個人情報の保護が第一らしく、特に単身者はあまりやらないという。六世帯あるアパートなのに、四世帯しか入居しておらず、借りた201号室の隣の202号室も空室だったので、じゃあいいやと、どこも挨拶に行かなかった。
 太陽の光もすこやかな風も入ってきて住み心地は抜群だった。しかも普通のアパートなのに意外とハイテクで、玄関にあるリモコンひとつでなんでもできるのだ。エアコンのオンオフはもちろん、内側から鍵も掛けられ、お風呂も沸く。とても便利な仕組みだった。
 ある日会社から帰宅しリモコンを見ると〔M3〕という見たことない表示が出ていた。〔M3〕?僕は画面を見つめた。なんだこれ。
 エアコンならA。鍵ならL。風呂ならB。だがMとはなんぞや。見覚えのない表示に故障かと思い、玄関ロックのボタンを押すとガチャンと音がして鍵が締まり、エアコンも付いた。
 壊れてないならMってなんだ?もしかして窓も自動で閉まるのかと、ベランダに向かってボタンを押したが反応はない。室内に別段変化も見当たらず、気温にしちゃ低すぎる。リモコンの電池の消費量かな、などと勝手に推測しながらスーツを脱ぎ、出社前で慌ててたのでテーブルに置きっぱなしだった朝食の皿を流しに片付けた。
 翌日から〔M〕の表示が頻繁に表れるようになった。数字は常にひとケタだが意味は謎のままだった。他の部屋にも付いてるのかな。聞きたいが、挨拶にも行ってないのに他の住人に尋ねるのはためらわれた。
 ひとつ抜かしの203号室には三十代ぐらいの男性と老いた母親が暮らしていたが、しょっちゅう怒鳴り合う声が聞こえた。これが原因で真ん中と彼らの真下が空いてるらしい。引きこもりがちの息子はたまに会っても無愛想で完全スルーされる。関わり合いたくないので結局誰にも聞けないまま過ごしていた。
 仕事が忙しく残業が続いた。部屋の中は散乱し、シンクに洗い物が溜まりゴキブリも一度見掛けた。苛々するようになると〔M〕の数字が上がり出した。何を示しているのか考えるのも面倒になり、しばらく放っておいた。 そんな時、また203号室で親子喧嘩が始まった。
「こんなとこ出て行ってやる!」母親の絶叫のあと、どすんどすんと、何かを壁に叩つける大きい音が数回聞こえ、それからしーんとした。怖くなって家の中でじっとしてた。本当に出て行ったようで、それから母親の姿を見掛けることはなかった。
 9月の終わり、僕の出した企画が大成功し、同僚が週末家でお祝いしてくれることになった。女性社員も来るのでゴミを捨てて、キッチンも綺麗にし、溜まってた洗濯物も一気に回した。おかげで部屋も気分もすがすがしくなった。
 すると翌日から〔M〕の数字が格段に下がった。あれ?と思った。
苛々すると数字が上がり、気分がいいと下がる。〔M〕はメンタルのMか?平常心のバロメーターかもと思い、毎日自分の心の状態を数字で見ることで逆に落ち着いたりした。
 金曜の夜に僕の家で飲み会をした。六人で食べて飲んで盛り上がった。わいわい楽しくしていた時「なんか臭くない?」と女性社員のひとりが言った。すると同僚らも「やっぱりそうだよね」と次々同調した。しかし臭いの原因が分からず、下にあるゴミ置き場じゃない?と窓を閉めてエアコンをつけたら少し和らいだ。
 みんなが帰ってから残った酒を飲んでいた。クーラーが効きすぎて寒くなり、リモコンを手にすると〔M79〕という数字になってて目を疑った。別にストレス感じてないぞ?不思議に思いながらも、そのまま眠った。
 翌朝、強烈な異臭で目が覚めた。臭いで吐き気を催した。なんだこれ。ベッドから起きてカーテンを開けると窓に黒い点々が張り付き、顔を近付けると無数の蝿が蠢いていた。
 うわっ!と退き、部屋から出ようとした時にリモコンが赤く点滅していた。
〔M 計測不可能〕
 画面の文字を見ていると、けたたましいサイレンと共にパトカーが三台やって来て、203号室へと警察や刑事が駆け込んでいった。
 息子が母親を殺して遺体を放置していた。異臭の原因は腐敗した死体だった。アパートは立ち入り禁止になり、しばらく友人の家に泊めてもらった。
 一週間後、捜査を終えたアパートの部屋に戻ると蝿はいなくなっていたが、壁に小さな蜘蛛が這っていた。リモコンを見ると〔M1〕になっていて〔M〕は家にいる虫の数のカウントだった。    
                       了
  
  うう…気持ち悪い話。 こんなの採用されるわけない。
  今読んでもなんでこんなの書いたのかわからんが
  家という題材を見たとき、最初にこの話が浮かんだ。
  自宅にシバンムシが大発生したのをきっかけに思いついた話。
  

ボツ作品② 「天才少年」

『ワタシの育ち方・イン・マイ・ハウス』は、毎回秀でた能力の持つゲスト
が登場して、生い立ちや、どうやって自分の能力に気付き、それを伸ばしていったかなどを再現ドラマを交えながらトークするバラエティ番組。
 この日のゲストはIQ220、数字界の長年の謎だった『アルテミスの定理』をわずか11歳で解いてしまった天才少年の森本健太郎君。
 MCの紹介でとことことスタジオに歩いてきた森本君は、色白で背が小さく、柔和な顔をした可愛らしい少年だった。拍手で迎えられた彼は少し恥ずかしそうに手をもじもじさせながら口唇をすぼめた。ゲスト用の椅子に腰かても照れくさそうにしていて、頭は良くても中身は普通の男の子なんだなと、スタジオや観覧のお客さんを和ませた。
「ところで健太郎君はいつから数字が好きになったの?」
 MCの男性タレントが尋ねた。
「よく覚えてないんですけど、小さい頃から数を数えるのが好きだったんですよね。おばあちゃんの家に着くまでに何本電信柱があるか統計を取って、
それが何メートル間隔で立っているかを測って、僕の家からおばあちゃんの家までの距離を算出して遊んだりしてました。とにかく計算するのが好きで、4歳の誕生日に12桁の計算ができる電卓をもらって、すごく嬉しかったのは覚えてます」
「へえ、それはすごいねえ。生まれつき数字に興味があったんだね。暗算の大会でも三連覇してるんだよね」
「フラッシュ暗算は大好きでした。けどそのうちに答えよりも問題の方に興味が湧いて。一番多く使われる数字はなんだろうって思うようになったんです。それからは問題を見ながら、0から9の数字で登場回数の多いものを順に頭でランク付けしてました。ずっとやってるうちに次に出る問題が確率で分かるようになってきたんです。その数字がどの単位で頻繁に使われるかとかもデータに入ってたので」
「えー、そんなのまで分かるの?じゃあ8は十の位によく出るから、次の問題は4581が出るだろうなとか?」
「ああそうです。一番良く使われるのは1なんですけどね。8は百の位が多いかな。学校でも色々統計を取っていて、今日一番多い服の色とか、12月になったらインフルエンザで何人休むとか、朝予想してから登校するのが楽しかったです。今までの傾向を基に来月の献立表も独自で作ってました」
「あはは。面白いね。それは当たったの?」
「9割は当たってました。時々イレギュラーでスペイン料理とか出てくるので、やられたとか思いますけど」
「今は給食もおしゃれだもんね。それでアメリカにはいつ行ったの?」
「3年生の途中ぐらいです。数学オリンピックで優勝して、僕の尊敬する
数学者のブラウン博士に声をかけていただきました」
「ハーバードを飛び級で卒業してるだもんね。在学中に『アルテミスの定理』を解いたんだよね」
「はい。博士を含めた6人ぐらいの研究チームがあって、そこに参加してました。『アルテミスの定理』は160年間謎のままだったので、一年ごとに1万ドルずつ懸賞金が上乗せされてたんです。だからもし解明したら1億6千万円もらえるって聞いて頑張りました」
「賞金が欲しくて頑張ったら160年間の謎解けたの?聞けば聞くほどすごいな。我々とは頭の構造が違うんだろうね。今はその頭脳を生かしてコンサルティングエンジニアとして様々な事業に携わってるんだよね。環境保護にまつわる取り組みや、空飛ぶ車の開発にも関わってるとか」
「はい。人口の増加に伴う大気汚染を浄化するためにどのぐらいの森林が必要で植樹すればいいかとか、水温と魚の生存率を比較して漁獲量を制限する会議にも出席しました。空飛ぶ車に関しては、僕は設計ではなく、墜落の確率や、都心に落ちた場合の被害の予想予測をやってます」
「まだ12歳なのにそんなことしてるの?おれの息子なんかサッカーやってるかゲームやってるかのどっちかだよ。泥だらけで帰って来るから洗濯で水はザブザブ使うわ、クーラーがんがん掛けた部屋でゲームやってるわで、環境のことなんかこれっぽっちも考えてない。なのに健太郎君は地球のために頭使って偉いね。そんなにたくさん仕事してたら疲れるでしょう。普段家ではどんな風にして過ごしてるの?」
「そうですね。僕は外に出れば天才と持て囃されてますけど、家では母親に奴隷のようにあれもやれこれもやれとこき使われてます。大黒柱なのにおかしいですよね。あはははは。あれ誰も笑わないですね。僕の確率では80%の人が笑うはずだったんですけど。おかしいなあ」
                       了

   たまにこういう悪ノリで書いてしまう。
   特にワンシチュエーションものが好き。
   密室での会話のみ。
   だがこういうのはおおむね受からない。

ボツ作品③ 「春先にて」

 父が実家を売るという。再婚するので、新しくマンションを買ってそちらに移るらしい。妹は反対したが私はなにも言わなかった。
「お姉ちゃんいいの?相手スナックのホステスだよ。そんな人と結婚するために家売っちゃうなんて信じられない。家族やお母さんの思い出が詰まってるのに。ひどいじゃない」
 父の宣言からひと月、一緒に実家の片づけに来ていた。父は外の物置、私と妹はキッチンの戸棚の整理をしていた。
「いいじゃない。本人がそうしたいんだから」
「お姉ちゃんて冷たいよね。あたしよりこの家で過ごした時間が長いのに。
帰る場所がなくなっちゃうんだよ。寂しくないの?」
 口をへの字にして皿を新聞紙に包んでいた。姉妹でも立場が違えば環境も
扱いも変わる。親との関係も然りだ。妹にとって父親は優しい存在で、実家はいい思い出の詰まったかけがえのない所なのだ。
 玄関が開く音がして、グレーの長袖のポロシャツに緑色のチョッキ姿の父が腰を屈めながら戻ってきた。手に梅の枝を持っていた。庭先にある白梅を手折ってきたらしく、こぶりな花をつけた細い枝を握ってキッチンの隣の仏間に入ってゆき、母の遺影の前に飾った。
 私たちはその様子を黙って伺った。三十歳も年下のホステスと再婚するのが後ろめたいのか、あまりこちらを向こうとしない。
 自分のことになるとうやむやにする。その背中を見ているのが嫌になり「二階やってくるね」と私はキッチンから出ていった。
 この家にいると息が詰まる。特に父といると。母は好きだったが、誰の味方にもならない人で、何かが始まったら終わるまでただ待つ干渉しない主義であったため、私を叱咤する父を止めない代わりに、父が眠った後に、生クリームを乗せたプリンを出してきて、頭を撫でてくるような人であった。
 私は父にとても厳しく育てられた。礼儀作法から勉強に至るまで。テストが百点じゃないと裸足で外に立たされたり、口答えすると夕飯抜きになる。
私立の難関中学に合格するために勉強浸けの毎日を送った。
「お前の都合など後回しだ。まず賢くなれ」
 父が作ったルールに私はずっと従ってきた。昔は仕方なく、今ではわざとだ。だから六年前に母が亡くなって以降、孫に当たる娘のバレエの発表会にも、誕生日にも父を招待しない。
 相手の気持ちを考えないでいい教えをあなたから受けてきた。思い通りの娘に育って嬉しいでしょ?ほら成功したわよと見せつけたかった。
 だが妹にはまるで違った。八つ下の妹は二歳の時に背骨に異常が見つかり
自力歩行ができなかった。母は妹に付きっきりになり、父も妹には別人のように優しく接した。
 へえ。そう。優しくなれるのに私にはしないんだ。つまりしたくないってことね。私のことが嫌いだから。やるせなさと悲しみが私を頑なにした。
人を許さない人間に。
 三度の手術のおかげで妹は歩けるようになり、今では日常生活の仕事も普通にこなせる。それはもちろん嬉しいことだが、当たり前に愛されてきた妹が時々無性に憎らしく、羨ましかった。
 二階には姉妹の部屋がそれぞれあったが、どちらも結婚の際に片づけを済ましていたので、納戸代わりになっている和室をやることにした。
 物を捨てられない父が溜め込んだ部屋は、文字通り足の踏み場もないほど
要らぬ物で溢れていた。使わなくなった家電や埃の被った運動器具。表紙の褪せた本などがごちゃごちゃ置かれていて、カビ臭かった。
 少し寒いが窓を開けてから片づけに取り掛かった。勝手に捨てると怒られるので、明らかに壊れてそうなものとを分けていった。すると押し入れの奥に、行李に入った千鳥格子柄の箱があった。海苔の缶が二つ収まるぐらいの
大きさで、古い物ではあるがまだ綺麗に形を保っていた。手に取って開けてみると、黄ばんだ封筒がいくつも重なっていた。差出人は知らぬ男性で母宛だった。全て開封されていた。一番上の手紙を取り出し、封筒から便箋を抜き、丁寧に四つ折りされた紙を開いて読んだ。
 筆圧の強い右上がりの文字で綴られていたのは愛の言葉だった。母がもう
他の人の妻と知っていても尽きぬ想いが、熱く切なく語られていた。何枚も
何枚も…。
 手紙の束の下には四十年前の母の日記帳もあって、ページは苦悩で埋め尽くされていた。母はこの人を愛していて結婚するつもりだったのだ。しかし
彼は絵の勉強でパリに行き、帰国予定日になっても帰らなかった。その頃に
父が母を見初め、もう諦めるために結婚した直後、彼は戻ってきた。日記には離婚の決意と自分を叱責する言葉が交互に出てきた。
「あの人が娘に厳しくするのは、どこに出しても恥ずかしくない娘に立派に育て上げ、自分は良き父親だと自信を持ちたいからです」
 胸にすうっと風が吹いた。母が別の人に恋をしていると気付いていて、それを押し殺しながら、父はその役目を果たそうとしていた。だが日記も手紙も妹の病気が発覚した頃で途絶えていた。彼女のためにやり直したのだ。
 でも当時の私には知る由もない。父も苦しんでいたなど。本来は優しい人だったことなど。
 辛い思い出しかない家。父もそうだ。ここを手放すことは、互いの解放への門出。今はまだ花冷えの梅。これからゆっくり春になる。
                       了

     珍しくまともな話。
     こういうのもたまには書く。
     「家」というテーマがやっぱり使い勝手がよい。
  

ボツ作品④ 「ぼっこ日和」
 
「ごめんねムー。でもここなら大丈夫だから。きっと優しくしてもらえるよ」
 目を真っ赤にした真美はおれの体を撫でながら何度も何度も謝って、涙を拭っていた。
 待ってよ。おれこれからどうやって生きてゆけばいいの?ねえ真美。行かないでよ。神社の階段を降りて行く背中に鳴き続けた。
 夕暮れの空が広がっていた。横に伸びる長い雲。茜色の光。天を貫く真っ直ぐの杉の木。染まり出す群青を赤い鳥居の間で眺めていた。
「よお、新入りか」
 気配なく背後で声がした。振り向くと境内まで続く石畳の真ん中に灰色のキジ猫が座っていた。滴のような形の目でおれを見ていた。
「ムダムダ。どんだけ待っても帰ってこない。お前の飼い主はお前をここに捨てにきたんだから。今まで一匹だって元の家に戻った奴なんていないよ」
 キジ猫は口を斜めにすると、くるりと向きを変え、境内の雨樋の袂にある手水鉢のかめに背を伸ばし、中に溜まっている水を飲んだ。
「水はここ。ご飯は朝と晩二回。ご主人がくれるよ。ちゃんと年功序列があるからな。ボスはあそこの廊下の左側にいる白いフサフサ。最初食うのはあいつから。ここに11年住んでる最古参だからよ、絶対先にがっつくなよ。
パンチ食らうからな。お堂の周りにいるのが三期生まで。あっちの社務所の
近くにいるのが四から六。ちなみにおれは七期生。ここのルールとしきたりを新人に教える教育係だ。それぞれ勝手な場所にいるように見えるけど、ちゃんと縄張りあるからよ。うかつに入ってえらい目に遭わされないよう気を付けろよ。新人が寝るのは大体あの祠辺りだな。最初の夜はなかなか寝付けないだろうけど、三日もすれば草も自分の形になるから平気だ」
 キジ猫の注意事項を黙って聞いていた。見回すと、境内の廊下や縁の下、
社務所の周辺や木陰に、大きさや模様、種類も様々な猫が二十匹ほどいた。みんな同じ目でおれを見ていた。哀れむような、迎えるようなまなざし。同じ理由で居着いた連中のようで、ここはそういう猫の最後の場所らしい。「ごめんね。私ひとりじゃここの家賃払えないのよ」
 真美は部屋を片付けながら言った。恋人の圭悟とのケンカが続いた頃から
どちらが出て行くか言い争いしてて、結局荷物をまとめたのは圭悟だった。
コームでのブラッシングや、寝床にしていたソファーの柔らかい感触を思い出すと胸がきゅーんとした。
「新入り、そろそろ飯だぜ。ご主人か女将さんが出てくるから挨拶しとけ」
 キジ猫が言った。そういえばお腹が減った。他の猫たちものっそり立ち上がり、境内の近くにわらわらと集まってきた。するとグレーの作務衣姿の男性が「お待たせなあ」と、両手に大きいボウルを持って出てきた。ひとつを
境内の階段の下に置き、もうひとつを社務所の前へと持ってきた時「おや」    
とおれを見て目を細めた。一瞬身構えたが、そうかそうかと言うように無言で頷きながら、カリカリがたんまり入ったボウルを置いて去っていった。
 キジ猫の言う通り、本当にフサフサから食べ始め、他の猫たちは待機していた。みんなちゃんとルール守ってんだ。欲しい時いつももらえたおれには
ちょっと驚きの光景だった。
 みんなが食べ終えたあとのボウルは、底が見えるぐらいのカリカリしか残ってなかった。でもおれは顔を突っ込んで夢中で食った。日が暮れてからめいめいの寝床についた。慣れない土の上は冷たかった。夜空が天井。寝付けずに何度も寝返りしていると、キジ猫がやってきておれの横に寝そべった。「いいか。お前は今日から本当の猫になったんだ。本来猫ってのは飼い主じゃなく場所に居着くもんで、もうここがお前の家なんだよ。カラスは来るけど静かで安全さ。柔らかいベッドがないだけで、居心地は悪くないよ」
 一緒に眠ると温かくて安心した。悲しみが簡単なら強くなるのも簡単。猫は猫。生き方は変わらない。真美の顔が星空に溶けていった。
 それから神社での暮らしが始まった。たまに喧嘩もあるけど、ご飯もあるし快適だった。「猫神社」として有名で、昼間は結構参拝者がやってくる。
写真をパシャパシャ撮られるが、おやつをくれるし、乱暴な事はされない。
おれはおとなしいからわりと人気者。「可愛い~」だってさ。まいるね。
 しばらくすると後輩ができた。めそめそしてる白黒猫を励まし、今度はおれがルールを仕込んだ。最初の晩は一緒に寝てやってさ。
 葉っぱの色が赤と黄色に染まり出した頃だった。日向ぼっこをしてると
「ムー?ムーだよな?」
 背の高い男がおれを覗き込んでいた。
「やっぱりそうだ。インスタで見たんだよ。真美、こんなとこにお前を捨てたんだ」
 懐かしそうな目をする男に見覚えはあるが、誰か判らない。いっぱい会うからさ。あーいいお天気だ。ゴロゴロ寛ぐには最高の日だよ。
                        了

    タイトル定かでない。
    こんなだったような気がする。
    内容は残ってるがタイトルは
    すぐ消してしまうのでうろ覚え。
    好きな作品なのに。
       

ボツ作品⑤「会社の方針」
        
 インテリア会社「クリエーション・クリエイター」では毎度恒例の光景が始まっていた。社長の見堂とデザイナーの若瀬の口論だ。他の社員たちは離れた場所で黙っている。いつ止めに入ろうかハラハラしながら様子を伺うか、いつもの一幕と無視するかのどちらかだ。
「たまにはもっと冒険しましょうよ。常識を覆してこそ新しいものが生まれるんですから。見堂さんはマンネリ過ぎるんですよ」
「誰がマンネリだよ。君こそキテレツなんだよ。珍しいもの作ればいいと思ってんだろ。センス任せにしてわけの分からないのばっか提案してきてさ。
もっとバランスを大事にして、必要なものとそうでないもの考えろよ」
「おれはちゃんと頭の中でシミュレーションしてますよ。見堂さんこそ想像力働かせてくださいよ」
 見堂のデスクの前に詰め寄る若瀬は一歩も引かない。自分に絶対の自信のある彼と、なかなか採用してやらない見堂。どちらも頑固で、しかも性格 は真逆。斬新なものをどんどん世に出したい若瀬と、安定志向の見堂。正統と異端。いいものを作りたい気持ちは同じでも、いいものの基準が違うので、
ぶつかり合ってしまうのだ。
 まるでポットと注がれるコーヒーのように、一定の距離で睨み合う二人。
終わらないやり合いを見兼ねた男性社員が仲裁に入り「まあまあ  」と取り直したが、若瀬は見堂の前に置いてあった数枚のデザイン画を掴み取ると
「ほんとに分からず屋なんだから」と、口唇をひん曲げて去っていった。
 見堂は机の前で腕を組んだまま小さく息をついた。大人気なく叱り付けることでもない。彼は有能で面白い逸材である。それをちゃんと認めていて、彼も分かっているはずなのに、自分の意見が通らぬことが気に食わず、なんとかこちらをやり込めようと挑んで来るのだ。
 見堂純一は四十代半ば。十五年前にこの会社を立ち上げた。現在社員数は十六人。事務員と営業職、デザイナー五人と見習いを含めた職人で成り立っている。
『家は自由。家は平等。
 家は休息。家は愛の扉』
 自分らしくいられる場所作りをコンセプトに、オートクチュールのインテリアを制作販売している。個性的な一品ものを好むお洒落な若者や、隠れ家的バーの経営者、芸術肌の外国人に人気があった。
 若瀬尊は四年前に入社したデザイナーで、ここでは一番の若手だが、一番生意気で、一番デザインの提出が多い。彼はひと言でいえば自由人。ドラえもんのように新しいアイデアをどんどん出してくる。だから当然却下の数も増え、あれもこれもボツにして返すと「コノヤロ」という顔で帰ってゆくのだ。
「社長も大変ですね。血気盛んなピカソに毎日凄まれて」
 三時休憩の時、コーヒーと個別包装された三日月形のバウムクーヘンを運んできてくれた女性社員が笑いながら言った。
「はは。反抗期の息子と思うことにしてるよ。手は焼くけど信頼はしてる。奇才過ぎて、ここじゃなきゃやってゆけないだろうしさ」
 見堂は湯気が揺れるコーヒーを飲んで椅子に凭れた。奥にある休憩スペースの窓際で、さっそくバウムクーヘンを頬張ってる若瀬が見える。食べている時は朗らか。やれやれと思いながら、見堂はひとときの休戦を満喫した。
 終業時刻になり「じゃあお疲れ」と、見堂は愛用のバックを手に職場を後にした。
「どーもおつかれさまです」
 若瀬は横目だけで抑揚なく告げた。もう指摘しない。駐車場に停車してある白いフィアットで、目黒から自宅のある横浜に帰って行った。
 一時間後の六時半。見堂が横浜駅まで迎えにゆくと、若瀬が改札から出てきた。彼は軽く手を上げて助手席に乗った。これから一緒に夕食の買い出しに行く。冷蔵庫に何が残っていたか思い出しながらメニューを考える。見堂がカレーでいいと言うと若瀬は反対した。
「たまにはもっと冒険しようよ。常識を覆してこそ新しいものが生まれるんだから。純ちゃんはマンネリ過ぎるんだよ」
「誰がマンネリだよ。尊こそキテレツなんだよ。珍しいもの作りゃいいと思ってんだろ。センス任せにしてわけの分からないものばっか提案してきてさ。もっとバランスを大事にして、必要なものとそうでないもの考えろよ」
「おれはちゃんと頭の中でシミュレーションしてるよ。純ちゃんこそ想像力
働かせなよ」
 職場と同じ口論になる。新しい味を発見したい若瀬と、安定のおいしさで満足な見堂。ああだこうだ言いながら車の中でそっと手を繋ぐ。
 一緒に暮らし始めて一年半。もちろん二人の関係は職場の誰も知らない。秘密の住まいには彼等がデザインした家具が揃っている。
『家は自由。家は平等。
 家は休息。家は愛の扉』
 このコンセプトを二人は日々謳歌している。
                      了
 
    5ページにちょうどよく収まった話。
    決して実話ではない。
  
 
ボツ作品⑥ 「ノスタルジア」

〈地球に飽きた方へ 月に別荘持ちませんか?
 今なら先着30名様に限り 100㎡ 50000000$
                 アポロ不動産〉 
 一部のセレブのみが持てるカード会社の最高級ランク会員に送られた案内状だった。一般的なサラリーマンならば、到底手の届かない話と諦めるが、
珍しい体験と贅沢をし尽くした彼等は、興味本位から潤沢な財産を惜しむことなく注ぎ込んで次々に土地を購入した。ある者は800㎡ある者は1000㎡。
購入者全員に開発費としてプラスαの出費も条件としたが、断る者はいなかった。
 各国から集められた優秀な科学者の英知を結集し、研究と実験を繰り返した結果、水源と酸素と光線の確保まであと一歩のとこまできた。太陽や月の軍事利用は禁じられているが、生命維持に必要な条件が整えば、生活圏として居住が許される。とはいえまだずっと先の夢物語とされてきた。
 だが見えない場所での開発は着実に進んでいた。月の裏側だ。購入者の元には窪んだクレーターの地形を利用して開拓された月の写真が定期的に送られてきた。是非この目で見たいと声が高まり、ある日購入者を乗せた宇宙船が飛び立った。月面着陸はせず周回するだけだが、三十人以上が参加した。
 彼等はみな高性能の双眼鏡を持参していた。夫婦で搭乗したIT企業の大富豪は窓の向こうの美しい月に歓喜した。宇宙旅行は十日間。船内は高級ホテル並みの待遇。レストランも広いベッドも用意されていた。
 快適な宇宙旅行を満喫し、とうとう明日、地球に帰還する。自分達の土地をしかと確認した彼等は、どんな家を建てようかと想像を膨らませては盛り上がった。
 その時だった。管制官との通信がぶつりと途切れた。船長がどんなに呼び掛けても応答しない。その状態がしばらく続き、船内にも緊張が走った二十分後のことだった。黒いシルクハットを被り、顔にビニール状のお面を付けた人物が画面に現れた。
「やあ。2023年、宇宙の旅はどうだい?」
 男が問い掛けた。船員と乗客らはモニターの前に集まって見入った。
「端的に言おう。君達の乗った船は我々が乗っ取った。コントロールセンターは既に我々の手にある。つまり君達を帰還させるのも、宇宙ゴミにするのも、こちらの思うままなのだ」
 シルクハットの男が画面をずらすと、地球にいる運用管制官たちが手足を縛られ、部屋の隅に建てられた檻の中に閉じ込められていた。その周囲には同じくシルクハットを被った武装集団が機関銃を構えていた。
「テロリストだ」
 参加者のひとりが呟いた。彼の言葉で船内はパニックになった。楽しかったはずの宇宙旅行が突然悪夢と化し、恐怖と不安が広がった。宇宙という流浪の空間。歩けばどこかに辿り着くこともなく、全員のスマホの通信も遮断されていて、SOSの声は届かない。
「こちらの要求をまず告げよう。君達にはもうしばらく宇宙旅行を楽しんでもらう。それに際し、水分、食料、酸素、燃料の供給に、それぞれ一日分100000000$支払ってもらう。ひとりでも拒否すれば通信は絶たれる。そこを墓場にしたければ交渉は終了だ」
 もちろん誰も拒否しなかった。一度だけ地球とのやりとりが許され、彼等は部下や家族に指定された口座への振り込みを頼んだ。
 即日宇宙船の生活に必要なものが届いた。切実な不便はないものの、旅行者たちは口々に早く家に帰りたがった。窓から見える青くて美しい地球が懐かしくてたまらなかった。
 二十日が過ぎた頃、再び男が画面に現れた。
「生まれた家に帰れないのは死ぬより辛いと言ったのはタルコフスキーだったかな…」
 謳うように男は言った。乗客は画面に詰め寄り、一同に帰還を懇願した。
「君達の資産もだいぶ減ったようだから許可しよう。どうだ?家に戻れないのがどれほど辛いか、傲慢な君達にも実感することができただろう。その気になれば調達した資金で核爆弾を製造し、君達の街を破壊するのも可能だが、今回は見送ろう。我々の目的は殺戮ではない。君達の愚かな計画を阻止したいだけだからな」
 そうして画面の男は被っていたシルクハットをゆっくり取り、ビニールのお面を外した。乗客らは目を丸くし、口をあんぐりさせた。そこに映っていたのは二本の前歯をカチカチさせ、長い耳を立てた白いウサギだった。
「君達のしてることは移住ではなく侵略だと肝に銘じてもらいたい。月は我々の生家なのだ。そこを勝手に荒らしに来たことへの罰と警告だ。三日後に帰還できるよう船はプログラムしてある。金は我々には無用だから返すぞ」
 画面の向こう、銃を捨てた数羽のウサギが跳ねながら部屋を出ていった。
宇宙船の窓の外を、無数の100$札が散らばっていった。 
                      了
 
    
    見上げた月に人間が住んでるなぞ
    ゲンナリするという話。
    

ボツ作品⑦ 「星野家の食卓」

「お昼は冷凍チャーハン、チンして食べてね。外に出る時は近所に人がいないか確かめて。六時にはママが帰って来るから見つからないでね」
 髪をブローしながら里佳が言った。Tシャツと短パンでベッドに寝そべり、スマホをいじりながら「はーい」とおれは返事した。
 里佳は立ち上がって制服のスカートのヒダを直し、重そうな黒いリュックを背負った。
「じゃあ行ってきまーす。トイレ平気?」
「へーき。行ってらっしゃい」
 リズミカルに階段を降りる足音のあと、家族に挨拶し、玄関が開いた。
こちらを見上げた彼女に窓から手を振った。
 ベッドから立って思い切り腕を伸ばした。太陽が白過ぎて目がチカチカした。さあて今日は何をしようかなと首を回した。
 ネットで知り合った高校生の星野里佳の家に三週間前から居候している。
大学がつまらなくて辞めてからフリーターになったが、遅刻が直らずクビになった。金もないのでアパートの家賃も払えなくなり、SNS で『誰か泊めてくれない?』と呼び掛けると、里佳から返信が来た。おれの顔がタイプらしく『おいでよ』と誘われ、そのまま居着いてる。彼女の家族に隠れながら。 
 行動には細心の注意を払ってるが、三週間もすると星野家のタイムテーブルが分かるようになり、今では緊張感もだいぶ薄れた。
 まず銀行の営業マンの父親が出社し、それから医療事務をやっている姉が駅前の耳鼻科に出勤。有名な女子高通いの里佳が登校した三十分後、母親が
祖母の介護に行く。基本家には六時まで誰もいない。それまで自由。リビングでアイスも食えるしテレビも観れる。
 星野家は絵に描いたような幸せな家庭。仲も良くて至って平和。だが今時の女子高生の里佳にはそれが退屈らしく、だらしない男を住まわせる冒険を楽しんでいるのだ。両親が不仲の家で育ったおれには、いつも明るい食卓の里佳の家が羨ましかった。
 母親が自転車で出掛けたきっちり十分後に一階に移動した。冷蔵庫から麦茶を取り出し、昨日買って置いた鮭のおにぎりと、インスタントのあさりのみそ汁を朝食に食べた。
 十時過ぎると暇になり家の中を探索した。ちょうど両親の寝室にいた時、
玄関扉が開くのがきこえ、誰かが廊下を走ってきた。慌ててクローゼットに隠れると、直後に入ってきたのは父親だった。
「忘れてた、忘れてた」と呟きながら続き部屋の書斎に駆け込み、黒いキャリーバッグを引っ張り出してきて暗証番号の鍵を解除した。中身を取り出してからの光景を隙間から覗いていたおれは言葉を失った。
 スーツから白いセーラー服に着替えた父親は、金色のツインテールのカツラを被り、ドレッサーの前で首を傾げて顎に拳を当てたり、キュンキュンポーズをしていた。唖然とし、思わず前のめりになってしまった刹那、鏡の父親と目が合った。
「誰だ!?」
 彼は振り向いた。観念して出て行き「すみません…」と謝って事情を打ち明けた。激怒する父親を前に黙ってはいたが、笑いが堪え切れなかった。セーラー服にツインテール。自分の姿を認めた彼も顔を赤らめた。興味本位で女装カフェに行ってからやみつきになり、今夜も行くつもりだったが衣装を忘れてしまったのだと話した。
「他言しないでくれ。紳士協定を結ぼう」
 家を出る前父親は一万円くれた。ラッキーと思いながら里佳の部屋に戻って昼寝をした。
「嘘つき!奥さんと別れるって言ったくせに!」
 階下からの怒鳴り声で目を覚ました。そろりと降りて行くと、昼休みに家に帰って来たらしい里佳の姉が男と言い争いしていた。
「許せない。私のこと弄んだのね」
 姉はキッチンに駆けてゆき、流し台の下から包丁を取り出した。相手の男は尻餅を付き「よせ…」と声を震わせた。姉は勤め先の耳鼻科の医者と不倫してるらしく、別れ話で揉めていた。
 思わず二人の間に飛び込んだ。「誰よ?」姉の混乱に乗じて医者を逃がし、彼女を宥めた。何者か問われて正直に話すと、えーっ!と叫んだが、出ていけとは言わなかった。姉は落ち着くとカルボナーラを作ってくれて「可愛いからいていいわよ」とおれの頭を撫でた。
 時刻が5時を過ぎた頃、駅前のパチンコ屋に行き、台の並ぶ通路を見回して歩いた。黄色いカーディガンを見つけて隣に座った。
「どうすか。 出てます?」
 玉の行方を追う里佳の母親に声を掛けた。
「駄目ねえ。二時間も粘ってるのに全然よ」
 去年からパチンコにはまってる彼女は借金が80万あり、取り戻そうと通い詰めている。家族にはもちろん内緒。おれも正体を明かさない。介護ストレスでパチンコを始めた母親には気軽に話す友達が必要だからだ。もらった一万円で勝負すると四万勝ち、景品のクッキーと醤油をあげた。
 その夜も星野家の食卓は和やかな様子だった。みんな相手を思いやり、それぞれの秘密を胸に納めている。家の中を平和に保てない者は愚かだ。里佳の家族は実に理想的である。
                                                了
                  
   「家」より「家族」のお題の時に
   出した方がよかったかなと後々思った。
   なんにしろありがちなストーリーだにゃあ。
  
 
 
 全部読んで下さった方おりますかね。
 ひとつぐらい気に入ったものがあれば幸いです。
 ちなみにこの時なぜ8作書いたかと言いますと
 いとこの家で読んだ漫画の「ガラスの仮面」で
 主人公の北島マヤが「ふたりの王女」のオーディションの
 2次審査で、レストランを舞台に「感動を生む」課題で
 7パターンを演じて他を圧倒させたくだりがあり
    そんならひとつ多い8作書いてみようと思ったからです。
 馬鹿ですねえ。アホですねえ。こういうことは頑張れるんだよね。
 ともかく最後まで読んで下さった方ありがとうございます。
 同じく公募生活してる方、共に頑張りましょう。


 



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