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(短編小説)昆虫学級


 さわやかな朝。6年4組の教室は今日も賑やか。生徒の昆虫たちはお喋りに夢中です。
 羽をぱたぱた動かしたり、お尻をぷいぷい振ったり、触覚をくるくる巻いたりしながら、楽しそうにお友達と遊んでいます。
 クワガタの男の子たちは自慢のクワを使ってプロレスごっこ。体の小さいクワ町君が、大将のクワ山君に「どりゃー」と持ち上げられて投げられています。周りはみんな大盛り上がり。クワ町君は仰向けに倒れて足をバタバタさせています。真正面に向き合うと、ついつばぜり合いをしたくなるのがクワガタ君たちの困った癖。無事に起き上がれるといいけど。
 蝶々の女の子たちはお洒落大好き。綺麗な模様の羽を目一杯広げては見せびらかしています。鱗粉をふわさふわさと振り撒いて、誰が一番かとアゲアゲで競っています。みんな可愛いのに、すぐに比べて張り合うのは女子ならではの特性ですね。おしゃまさんです。
 けど隣の席にいるカマキリ君は少し迷惑そう。三角の顔をしかめながら、
いらなくなった紙をチョキチョキ裁断しています。たくさんカットしたら
担任のカブト先生の赤ちゃんを温めるために使います。けれどカマキリ君、
時々手持ち無沙汰になって、先生から配られたばかりの、大切なお知らせが書いてあるプリントもチョキチョキしちゃいます。みんなに止められた時にはもう短冊みたい。分かってるのに切り刻む癖はなかなか直りません。
 ちびっこの黒蟻ん子ちゃんたちは片付けが大好き。二十匹姉妹が横一列に並んで、教室のごみをバケツリレーみたいに運んでお掃除してます。おかげで教室の中はいつもツヤツヤのピカピカ。
 アイドルグループ「キリギリボーイズ」の男子が一番後ろの席で居眠りしてても気にしません。せっせせっせと働いてるのは、癖ではなく褒めてしかるべき長所でしょう。ちなみに黒蟻ん子ちゃんたちがいるうちは、悪さ大好き白ん子キッズは来ないので安心です。
 おやおや? 教室の端では、また「蠅の王」軍団と「十階のモスキート」軍団がラップバトルをしています。どっちも五月蝿くて、どっちも耳障り。みんなで追っ払っても、かたやブンブン、かたや若者にしか聞こえない声で低く唸っています。しかもなかなか出ていってくれないクセ者集団。どんなに注意しても止めない時は、とにかくパチパチ叩かれます。しかもモスキート男子、きちんと叩いておかないと、知らぬうちに痒い成分を塗りたくって逃げるので注意が必要です。
 その時です。教室の後ろのドアからハチ助が入ってきました。いつものしたり顔。クラス内が一瞬しいんとし、同時にみなさっと目を逸らしました。
けれどハチ助はそんなの気にしない。すぐにニヤニヤとクワガタ男子の方に寄って行きました。
「おい、クワ町。お前昨日、クワ原さんの家の樹液、勝手に吸ってただろ」
「え?見てたの。あの、その…うちの樹液が渇れちゃって、それでお隣のクワ原さんの所から少しだけ…」
 クワ町君はもじもじ肩を縮めました。
「いいのよ。いつでも来て。うちはたくさんあるから」
 クワ原さんは優しく許します。けれどハチ助は、今度は蝶々女子に近付いてゆきます。こっち来ないで!と拒否られても関係ありません。
「やいやい蝶々の女子ども。お前らこの前みんなして『CHOU CHOU GIRLS COLLECTION』行ったはいいけど、お洒落番長のモルフォイさんに睨まれてすごすご戻ってきたらしいじゃん。全然相手にされなかったってな」
 女の子たちは手鏡を後ろに隠して、顔を真っ赤にして俯きました。ハチ助は得意そうに体を翻し、次の標的に目を向けました。
「あれあれ?キリギリボーイズ君。こんなとこで寝てていいのかな?君先週の握手会、お客さん一番少なかったらしいじゃん。怠けてばかりいないで、たまにはダンスの練習でもすれば?」
 なんだと!立ち上がったキリギリ君を黒蟻ん子ちゃんたちがたしなめます。けれどその蟻ん子ちゃんたちがお医者さんに甘いものを食べ過ぎだと
注意されてることまでバラしてしまいました。
 そう。ハチ助はチクりが大好き。見たこと聞いたことなんでも喋ってしまうのです。あっちでもこっちでもチクりチクり。みんなに嫌われてもどこ吹く風。そして次に目を付けたカマキリ君ににじり寄ってゆきました。
「よおよお、おれは知ってるぞ。なんでお前に父ちゃんがいないか。おれは前に見たからな。いいか、カマキリの母ちゃんっていうのはな…」
 その瞬間、学級委員のオニヤンマ君が突進してきて、大きい羽でハチ助の口をばしーんとはたきました。するとどうでしょう。ハチ助の口がぷくりと膨れて開かなくなってしまったのです。
 やーい、やーい、いい気味だ!
 みんな囃し立てます。日頃の恨みを晴らして大笑いです。ハチ助は悔しそうにじっとしながら羽を鳴らしていましたが、突如お尻からズバッ!と針が出てきたのです。鋭い針にみんな怖がって一斉に教室から逃げ出しました。
 虫の中でハチだけがお尻に針があるのは、口でのチクりを止められたせい…かもしれません。

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