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l Love You and Yours【お気に入り保存箱】

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また読み直したいものを勝手に放り込んでゆくところです。 勝手に入れますが、御容赦ください。
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#創作

【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

【掌編】ウィル・オ・ウィスプ

己の呼吸と重たい衣擦れの音だけが、空間に響いている。もうどうれくらい此処にいるのだろう。周囲は、相も変わらず闇に支配されている。冷え切った床と壁は、あらゆる生命の営みを拒絶しているかのようだ。

私は罪を犯したとされた。家族や恋人、私にとって大切な人々の誰一人として減刑を嘆願しないのは、私の罪が王の怒りに触れるものだったからであろう。

しかし、である。私はただ一言、こう詠っただけだ。

――光こ

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ひとすじにひかる大河の雪解けよ

ひとすじにひかる大河の雪解けよ

季語:ゆきどけ( 仲春 ) 現代俳句

雪解けは、春がきて雪が解けること

雪解けの時期、
河などの水量も一気に増えはじめるそうです

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【詩】る、る、る

【詩】る、る、る

彼の唯一の関心は素数である。
る、る、る、と私が歌ったところで全く意味はない(それでも絞りだした悲鳴が歌なのだけれど)

私はあの日あの日あの日幕張付近で京成線の踏切を渋滞する車の後部座席から眺めており――遮断機がひどく疎ましかった――風景から色彩がどんどん失われていくのを、ただ茫然と見送っていた愚かなカモメであった。だから?

もう笑うべきなのだ。ろくに弾けなかったギターの、錆びた一弦だけを使え

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岩崎さんの居る世界

岩崎さんの居る世界

Wi-Fiの調子が悪いのか、パソコンに表示されたZoomの画面が固まってしまった。いつもなら、焦ってしまうのだけれど、その時はあまり焦らなかった。我が家のWi-Fi回線は二つあるので、違う回線に切り替えてZoomに接続し直した。なんとか上手く切り抜けた。

Zoom上に集まったメンバーで、各々が書いた文章を読み合って感想を述べ合うことをした。テーマを決めずに即興で書くのは久しぶりで、どう書けば良い

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おきよ

おきよ

事務机の引き出しを開けると
そこには丘陵みたいなものがあり
頂きの白っぽい通信塔から
ヒトの鼻の嗅球に
オカラみたいなものを放射する

丘陵みたいなものに立つと
向こうに海みたいなものが見えて
輪っかのある惑星みたいなものが
半分くらい沈みかけていて
惑星みたいなものに立つ建物には
おきよという事務員がいる

望遠鏡で覗いてみると
おきよは黒い腕ぬきを外し
経理の仕事を放っぽり投げて
向井のチ

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映画と珈琲

映画と珈琲

はじめての場所で珈琲を飲んだ。ホテルの中にある珈琲店だった。奥まった場所にある珈琲専用のカウンターでハンドドリップ珈琲を注文した。財布のなかから探し出した500円硬貨をレジの女性に渡した。

白いトレーナーを着た若い男がドリップケトルを慎重に傾けて珈琲を抽出した。白いトレーナーの男はコーヒーサーバーを軽く回してからマグカップに珈琲を注いだ。マグカップを受け取った私は席を探すためにホテルのエントラン

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Starless And Bible Black(或いは闇の行方)【エッセイ】

Starless And Bible Black(或いは闇の行方)【エッセイ】

 かつて私は、自室の壁に全天恒星図を貼っていた。漆黒の宇宙を背景に煌めく星々のイメージとは逆の、B全版の白地に散らばった夥しい数の黒い点を眺めながら、畳の上に寝転んで音楽を聴いていた。
 当時お気に入りのロックバンドはKing Crimson。LPレコードのタイトルは『Starless And Bible Black』だった。B面の一曲目が全て即興演奏の表題曲で、オランダ・アムステルダム公演のライ

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暗渠

暗渠

山の斜面の家と家の間の、曲がりくねった歩道の裏側を下りて来た暗渠は、海岸線の国道脇に立つゴミ収集ステーションの手前でコンクリートの蓋が無くなり、幅狭な水路に変わる。だがすぐにアスファルト道路の裏側を横切り、海辺の家と家の隙間に開口する。流れ落ちる水が引き潮の砂泥に浸み込み、庇の影がその上に落ちる。左右のコンクリートの縁はもう少し続き、庭先の海岸堤防の開口部で終わる。石積み造りの突堤が湾曲しながら海

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詩56/   違和感ある日常

詩56/ 違和感ある日常

「違和感」は
僕のことが好きで
「違和感」は
いつも僕にじゃれついてくる
「違和感」は
べとべとしていて
ごろごろ転がりながら
まわりの「違和感」も
くっつけながら
巨大な「違和感」の塊になっていく
そして
自分の大きさも顧みず
いつも通り
じゃれるつもりで
僕のほうに転がってくる

こいつに関しては
よくあることだ
好かれているからといって
相手にしてはいけない
こういう時は
逃げるに限る
塊が

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二つの塔

二つの塔

頑丈な鉄骨で構築された四角柱の塔が立っている。錆びた梁が上から下までを六つの立方格子に区切り、東側の面を太い配管が真っ直ぐに上行し、頂上で鋭角に折れ曲がって塔の中心を下行すると、やがて漏斗のような物体がそれを受け止める。海辺のセメント工場はとっくに稼働を止め、臓物めいた装置を内部に支え続けた塔も死んでしまった。夜になると、黒々とした塔のシルエットの天辺に紅い灯が二つ、中腹と下部に二つずつ、さながら

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短歌 箱庭 十首

短歌 箱庭 十首

1
そのなかに神の文字あり僕たちは何を治しているのでしょうか

2
こころには絆創膏が貼れなくていつになっても血が止まらない

3
夕食後カップを持って行列になって薬を待つ午後七時

4
映画にもカフェにも買い物にも行けず何を癒しと呼ぶのでしょうか

5
過去がなおいまを蝕むエビデンスになりませんかこの苦しみは

6
手遊びをしていた老婆はもしかしてタイムスリップしてきた私

7
空の青よりもしん

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イグアナのご遺徳を偲ぶ

イグアナのご遺徳を偲ぶ

「え~~本日はぁ、天気日頃も良ろしゅう、氏神様のご祭礼により~、これより大節分豆まき大会を開催させていただきます。皆さま万障お繰り合わせのうえ、ご家族お揃いでご参加下さいませ。なお~、お子供衆には~、白玉ぜんざいと福豆菓子をご用意いたしておりますゆえ~、巫女Aのお姉さんとこでみんなでいい子して貰ってね。お父さんお母さん方におかれましてはぁ、巫女Bの売店にてぜんざい太巻きパックを販売いたしております

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短歌 雪 十首

短歌 雪 十首

1
絡まった毛糸をほどく窓辺にて「粉雪だ」ってきみはつぶやく

2
春を待つ(固いこぶしがほころびるよう)祈りにも雪降り注ぐ

3
雪だるまたぶん私のご先祖もそのご先祖もそのご先祖も

4
「極寒の雪国生まれ」寒さにはめっぽう強いはずの設定

5
こころにも雪降るだろうしんしんと未練ばかりが暴れる夜は

6
終わり方忘れた恋がかつてありみだりに雪は音もなく降り

7
雪道に足跡つけるためシューズを

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短編「かなまう物語・下」

短編「かなまう物語・下」

 ぼうぼうだった草に元気がなくなった。風が強まり、細い路地にも舞い込んでは落ち場を転がしてゆく。秋が来たのだ。

 手紙は相変わらず届けられていた。箪笥の上へ積んでいた手紙はいっぱいになって雪崩を起こしたため、男は箱を一つ用意した。押し入れにしまってあった段ボールの一つだ。最初に屑籠に投げ入れた手紙もいつの間にか拾われてそちらへ入った。手紙の封筒の色や柄はいつも様々で、段ボールの中は男の家の内で一

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