植村正美

いがわうみこさんが好きです。ZINE『しびれる指と映画の話を』『これが私の、』発売中。

植村正美

いがわうみこさんが好きです。ZINE『しびれる指と映画の話を』『これが私の、』発売中。

記事一覧

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション

 吉田戦車の『伝染るんです。』にこんなネタがある。子供がスーパーに卵を買いに行くと、〈観賞用のならあるよ〉と店員に言われ、素直にそれをひとパック買うことにする。…

植村正美
4か月前
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祭りばやしが聞こえる

 怒髪天が活動休止を決定したのは96年のこと。99年にバンドを再開するまでのあいだ、ボーカルの増子直純は穴あき包丁の実演販売やリングアナなど、様々な職を経験するのだ…

植村正美
5か月前
10

福田村事件

 マーティン・スコセッシの『沈黙』と『戦場のメリークリスマス』の両作品において、精神の自由に殉じる者へと手向けられる歌は、実存を支えるためのよすがであった。それ…

植村正美
1年前
15

その日暮らしは止めて

 労働に疲れた都市生活者の饒舌は半ば必然的に本質論めくことになる。岡村星の『ラブラブエイリアン』や岡崎京子の『くちびるから散弾銃』など、女子だけの宅飲みは即興的…

植村正美
1年前
1

言いたいことはよくわかった

 『ベアゲルター』のコンセプトとして、著者の沙村広明が〈中二テイスト任侠活劇〉とうたうのは、いかにも彼らしい韜晦だろう。裏表紙には〈叛逆ずべ公アクション〉との惹…

植村正美
1年前
5

侯孝賢と私の台湾ニューシネマ

 平田オリザのロボット演劇は当然ながらにその新奇性に注目が集まり、夕方六時のニュースで取り上げられるまでに至った。どこのチャンネルだったかは忘れたが、VTRを受け…

植村正美
1年前
1

スウィンギン・キャラバン

 『男はつらいよ お帰り寅さん』は移人称の映画である。物語のラスト、主人公の満男(吉岡秀隆)が書いた小説を媒介にして、一気に彼のなかでフラッシュバックする記憶は、…

植村正美
1年前
2

TOCKA〔タスカー〕

 王手またはチェックメイトを意味する「詰み」は、いささか響きが古風な割にはネットスラングに定着して久しく、「今月の電気代高すぎて詰んだ」「新学期3日目で便所飯と…

植村正美
1年前
7

ボクの流儀

 昨年春にネットプリントでリリースされた「溺死ジャーナル711-023」で、松本亀吉は雨宮まみとの思い出について書いている。その文中には吉田豪の名前も登場し、『帰って…

植村正美
1年前
10

祈りにも似た何か

 天才鬼才もその昔は赤ちゃんである。よちよち歩きを記録したフィルムは、のちに名を為しでもしなければ埋もれてしまうのが当たり前であったのだが、YouTubeやTikTokの流…

植村正美
1年前
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バタフライ・アフェクツ

 のんがインスタグラムにアップする写真には岡村靖幸や満島ひかり、吉岡里帆、森川葵がよく「いいね」を押していて、そうしたシンプルなエールのかたちは、無言であるだけ…

植村正美
2年前
17

子供は判ってくれな(くてもい)い

 奇書とひと口にいっても『ドグラ・マグラ』や『家畜人ヤプー』のようなメジャーどころから、目録マニア垂涎の希少本など様々で、毎週末に全国各地で行われる古本市には朝…

植村正美
2年前
4

A STORY

 松尾スズキが『宗教が往く』を書くにあたり、小説というフィクションの約束事を利用するために整えたアリバイは、自意識過剰の産物と言えばそうで、しかしその長いプロロ…

植村正美
2年前
1

黒い鏡

〈笑いは難しいが、いわばヒットエンドランのようなもので、うまくいけば好機に転じる(撃ち合いもね)。賭けである。最近誰かが「批評は賭けだ」などと偉大なことを言ったが…

植村正美
2年前
6

POP LIVES

 森田芳光監督作品のマイ・フェイヴァリットは『(ハル)』、『の・ようなもの』、『未来の想い出』、そして『キッチン』だ。  橋爪功演じる絵里子はトランスジェンダーの…

植村正美
2年前
6

夜がまた来る

 『ラストナイト・イン・ソーホー』を観ながら『ソーホータラレバ娘』という邦題が頭に浮かんだので、感想文のタイトルもそれにしようかと思ったのだけれど、意味や語呂は…

植村正美
2年前
5
デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション

 吉田戦車の『伝染るんです。』にこんなネタがある。子供がスーパーに卵を買いに行くと、〈観賞用のならあるよ〉と店員に言われ、素直にそれをひとパック買うことにする。

〈食べたら死ぬよ〉

 というその卵は明らかに腐っており、茶の間のテレビの上に飾られる。カビの生えた畳や土壁の汚れも相まって、部屋の陰気な空気をより濃くしているが、ボロをまとった子供の両親の表情は明るい。

〈部屋の中に卵が飾ってあるだ

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祭りばやしが聞こえる

祭りばやしが聞こえる

 怒髪天が活動休止を決定したのは96年のこと。99年にバンドを再開するまでのあいだ、ボーカルの増子直純は穴あき包丁の実演販売やリングアナなど、様々な職を経験するのだが、ほんの一時期、友人である大宮イチ(大楽源太)の紹介で露店商の集金係を請け負うことになる。自伝『歩きつづけるかぎり』(音楽と人、2019年)によると、当時の客観的なポジションは暴力団の〈準構成員〉で、もちろん本人の望むところではない。

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福田村事件

福田村事件

 マーティン・スコセッシの『沈黙』と『戦場のメリークリスマス』の両作品において、精神の自由に殉じる者へと手向けられる歌は、実存を支えるためのよすがであった。それを持たない者には自らの足元を揺るがされる恐怖の言語でしかなく、耳に入れることすら不快であるだろう。温室から響いてくる讃美歌が瀕死のセリアズの元にだけ届いてみえるのは、日本兵らにとって、その真に意味するところが理解の範疇外にあるからだ。春歌を

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その日暮らしは止めて

その日暮らしは止めて

 労働に疲れた都市生活者の饒舌は半ば必然的に本質論めくことになる。岡村星の『ラブラブエイリアン』や岡崎京子の『くちびるから散弾銃』など、女子だけの宅飲みは即興的に生成される哲学の宝庫であるかのようだ。たとえそれらがダイアローグからコマ単位で切り離されたとしても、アフォリズムとしての訴求力が削ぎ落とされることはなく、今では坂元裕二のファンにも強くアピールするだろう。
 『大豆田とわ子と三人の元夫』の

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言いたいことはよくわかった

言いたいことはよくわかった

 『ベアゲルター』のコンセプトとして、著者の沙村広明が〈中二テイスト任侠活劇〉とうたうのは、いかにも彼らしい韜晦だろう。裏表紙には〈叛逆ずべ公アクション〉との惹句が踊る。
 その物語の舞台となる石婚島は主人公・忍の故郷で、かつては漁業を主要産業としていたが、ドイツの大手製薬会社・ヒルマイナ社と大手暴力団・関西慈悲心会ならびに下部組織である躁天会の手によって売春島に改造させられ、経済が潤い、財政難の

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侯孝賢と私の台湾ニューシネマ

侯孝賢と私の台湾ニューシネマ

 平田オリザのロボット演劇は当然ながらにその新奇性に注目が集まり、夕方六時のニュースで取り上げられるまでに至った。どこのチャンネルだったかは忘れたが、VTRを受けての男性アナウンサーのコメントだけは今もはっきりとおぼえている。
「いつかロボットが感情を持つ日が来るかもしれませんね」
 残念ながらそういうことではない。セリフをインプットされたロボットたちが、顔の表情や声の抑揚に頼らず(頼れず)、ただ

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スウィンギン・キャラバン

スウィンギン・キャラバン

 『男はつらいよ お帰り寅さん』は移人称の映画である。物語のラスト、主人公の満男(吉岡秀隆)が書いた小説を媒介にして、一気に彼のなかでフラッシュバックする記憶は、劇中には登場しない寅さんとマドンナたちだけのもので、話法としてはかなりアヴァンギャルドなのだが、観客のシリーズへの長年の想いがのりしろとなって全く違和感を与えない。高圧縮の『ザッツ・エンタテインメント』は山田洋次なりのサーヴィスで、かつ歴

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TOCKA〔タスカー〕

TOCKA〔タスカー〕

 王手またはチェックメイトを意味する「詰み」は、いささか響きが古風な割にはネットスラングに定着して久しく、「今月の電気代高すぎて詰んだ」「新学期3日目で便所飯とか詰んでる」というように、世代を問わずカジュアルに濫用されている。しかし、本当に詰んだ大人はそのことを口にする余裕も暇もなく、冷や汗をかきかきしながら何とか事態を収束させるべく走り回るしかない。金銭的に、社会的に詰んでしまうことの怖さ、惨め

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ボクの流儀

ボクの流儀

 昨年春にネットプリントでリリースされた「溺死ジャーナル711-023」で、松本亀吉は雨宮まみとの思い出について書いている。その文中には吉田豪の名前も登場し、『帰ってきた 聞き出す力』のラストに収められた彼女への追悼文はこう評されている。
〈雨宮さんのスタンスを鋭く分析しつつ、温かく優しく正直で、追悼文のアンソロジーがあれば巻頭に収録されるべき名文だった〉
 先述の亀吉さんのエッセイがまさにそうし

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祈りにも似た何か

祈りにも似た何か

 天才鬼才もその昔は赤ちゃんである。よちよち歩きを記録したフィルムは、のちに名を為しでもしなければ埋もれてしまうのが当たり前であったのだが、YouTubeやTikTokの流行によって、まだ誰でもない私の表現を世界に向けて投げかけることが可能になった。「やってみた」というテンプレのエクスキューズに自己顕示欲を指摘してもしょうがない。慎ましさを装った狭量な価値観がこの十年でひとまず無効化されたことはプ

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バタフライ・アフェクツ

バタフライ・アフェクツ

 のんがインスタグラムにアップする写真には岡村靖幸や満島ひかり、吉岡里帆、森川葵がよく「いいね」を押していて、そうしたシンプルなエールのかたちは、無言であるだけにひと際の感情が込もってみえる。『あまちゃん』を地で行くかのような彼女のキャリアは、たとえば大友良英や渡辺えりのように直接的にバックアップする者など様々で、ファンとしてはただただ心強く、うれしい。

 『さかなのこ』の主人公であるミー坊もま

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子供は判ってくれな(くてもい)い

子供は判ってくれな(くてもい)い

 奇書とひと口にいっても『ドグラ・マグラ』や『家畜人ヤプー』のようなメジャーどころから、目録マニア垂涎の希少本など様々で、毎週末に全国各地で行われる古本市には朝も早くから書痴が詰めかける。私にとっての奇書はそんな彼らからすれば間違いなく興味の対象外だろうし、悲しいかな、出版社が想定した読者層にとっても同じだろう。そのタイトルは『感動する仕事!泣ける仕事!』といい、学研から出た児童向けの学習参考書で

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A STORY

A STORY

 松尾スズキが『宗教が往く』を書くにあたり、小説というフィクションの約束事を利用するために整えたアリバイは、自意識過剰の産物と言えばそうで、しかしその長いプロローグは含羞のほどをよくあらわすものだ。何様意識に敏感な彼はナンシー関と同い年である。私小説のマナーに則って描かれる初婚の妻とのライフスタイルは、まあヤクザ的であり、当の本人らも一般人に対して少なからずの優越感を覚えていることが見てとれる。そ

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黒い鏡

黒い鏡

〈笑いは難しいが、いわばヒットエンドランのようなもので、うまくいけば好機に転じる(撃ち合いもね)。賭けである。最近誰かが「批評は賭けだ」などと偉大なことを言ったが、笑いもまた賭けだ。この賭け抜きでは作品は魅力的になってくれない〉(青山真治『宝ヶ池の沈まぬ亀』より)

 「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」で若木康輔のパートナーを務める大澤一生が開演の挨拶を済ませ、本日の主役を呼び込むと、カッ

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POP LIVES

POP LIVES

 森田芳光監督作品のマイ・フェイヴァリットは『(ハル)』、『の・ようなもの』、『未来の想い出』、そして『キッチン』だ。

 橋爪功演じる絵里子はトランスジェンダーの美的生活者で、好き嫌いの感情がはっきりしている。日常で普段接する人間に対してもジャッジの目はきびしく、ウマが合わないと判断するや、速攻で心にシャッターを下ろす。川原亜矢子演じる主人公・みかげは絵里子のお眼鏡にかなったのだろう。両手いっぱ

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夜がまた来る

夜がまた来る

 『ラストナイト・イン・ソーホー』を観ながら『ソーホータラレバ娘』という邦題が頭に浮かんだので、感想文のタイトルもそれにしようかと思ったのだけれど、意味や語呂はともかくとして、映画のテイストとかけ離れ過ぎているし、何より日本人である私にとって、夜の闇に巣くう男たちの悪徳は、九〇年代の石井隆の諸作品を通じて馴染み深いものでもあるから、結局は『夜がまた来る』に落ち着いた。

 「もしも私がブロンドのパ

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