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なんとなくいいな、の世界
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#短編小説

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
その始まりはた

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掌編小説 | 儀礼

掌編小説 | 儀礼

※暴力的な表現を含みます。

 平日の昼間だ。早朝から江の島観光をした帰り、新宿までの普通電車の車内は空いていた。座席のシート一列を二、三人で分け合い、それぞれが他人の空間に立ち入らない配慮をして座っている。

 わたしには晶の右側を半歩下がって歩く癖がある。彼の前に立とうと思ったことはない。それはわたしが彼と保つ、絶妙な角度と距離であって、彼の方でもおそらくそう感じている。そのことについて二人で

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短編小説/濡れ鼠

短編小説/濡れ鼠

 南口のバスターミナルで、名古屋行きの夜行バスを待っている。不運なことに傘はない。急に降り出した大粒の雨を五分ほど浴びた後、びしょ濡れの体でバスに乗り込んだ。
「寒いですね」
 と隣の席の女性に声をかけられる。雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、「雨が降るとは思いませんでした」とため息と共にその人はいう。
「そうですね、予報では晴れだったと思います」
 そう言って、僕も長く息を吐く。
「実は今日、彼

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太陽が消えた街。

太陽が消えた街。

笑い方?
忘れた。
怒り方?
忘れた。
泣き方?
忘れたよ。

人って売れるんだって。
親父は泣きながら、得体の知れない男達にあたしを引き渡した。
泣いてた顔は途端に姿を変えて、得体の知れない男達のボスであろう人物の機嫌取りに媚びた笑いを繰り返す。

あたしはあの顔が世界で1番嫌いだ。

抵抗はしなかった。
親父と暮らしてても、最低な生き方
してたから。
特に変わりない生き方を、親父の
いない場所

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恋文の呪い | 小説

恋文の呪い | 小説

 今日はありがとう。楽しかったです。
 書いているのは前日だけど、楽しかったに決まっているので。貴重な休日を私にくれてありがとう。
 いまね、大学のカフェでこの手紙を書いているの。あと少しで卒業かと思うと、時の流れの速さにびっくりしてしまいます。あなたと出会ってからもうすぐ4年。あっという間でしたね。
 あなたがこれを読んでいるということは、もう会わないと私から伝えることができたのでしょう。そのつ

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短編小説:夜を歩く

短編小説:夜を歩く

一、23時

 寝返りをうつのはこれで何度目だろうか。形の合わない箇所にむりやりパズルのピースをはめ込んでいるような気分だった。
「寝れねえ」
 俺は誰に言うでもなくそうつぶやいた。しかし狭い部屋で独りそんなことをぼやいてみても余計に目が冷めていくだけだというのは嫌というほど分かっていた。ただそのことをはっきりと確認したかっただけなのかもしれない。つまりある種の諦めだ。
 目を開けて上半身を起こし

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短編小説 | Message~私はあなたを許す~

短編小説 | Message~私はあなたを許す~

どこかの、やさしい、だれかは
わかっているよ。

あなたが、こどもをあいせなくて
くるしんだこと。
そのことを、だれにも、うちあけられずに
くるしんだこと。

こどもから、にげるように
トイレにこもったこと。
SNSにいぞんして、げんじつから
にげていたこと。

ゆうがた、なきさけぶ、こどものこえに
みみをふさいで、ないたこと。

こどもの、ねがおに
なきながらあやまった、ひび。

どこかの、だれ

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金髪な心意気

金髪な心意気

 私は公園のベンチに座って煙草を吸っていた。頭を逸らして、天に向かって煙を吐く。
 明香、これからどうするつもり? 煙草なんか吸って。だから、あんたは……。
「だから、あんたは……」
 朝、親が呑み込んだ言葉を、煙の向こうの青空からするすると引き寄せた。
「……ダメなんだ」
 二か月前に離婚して、実家に戻ってきた。離婚のゴタゴタで精神的にぼろぼろで、希望も自信もなくなった。仕事を見つける気力もなく

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短編小説 | 海鳥

短編小説 | 海鳥

例えばそれは、三番目に好きな人と、大して盛り上がらないデートをしてしまった日の帰り道のような。そんなもやもやを抱えたまま、私は船に乗っていた。

何もかもが灰色に見える、寂しい港を出発した時には、私の他に乗客はいないと思っていた。デッキを少しだけ歩き、細い入口を通って、むっとする空気が漂う船内に入ると、そこには何組か乗客がいることに気がついた。
私は進行方向を向いて座れる席の、できるだけ近くに人が

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*#絶望のメリークリスマス

*#絶望のメリークリスマス

 12月の灰色の空から、雪がチラチラと降ってきた。
 今だにUFOと宇宙人を信じている私は、もしかしたらサンタクロースだっているに違いない!と、、、今どきの小学生でも思わないような事を、本気でバカみたいに心の片隅でこっそり信じている。

 冬のボーナスで奮発して買った『23区』
のダウンコートを誇らしげにまとって、たまちゃんの待つファミレスへと急ぐ。
 私とたまちゃんには、クリスマスイブ一緒に過ご

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短編SFホラー <鏡の悪魔>

短編SFホラー <鏡の悪魔>

 私には忘れられない思い出がある。それは11歳の時に祖父母の家に泊まった時の出来事だ。父は里帰りということもあって、すっかり羽根を伸ばしていた。それとは正反対に、母は姑にあたる祖母に常に気を遣っていた。母は普段の姿からは想像もつかないくらいに縮こまっていたのが印象的だった。

 当時の私は年頃の女の子だったので、鏡を見るのが大好きだった。三面鏡の前に座って、伸ばしていた髪を母にとかしてもらうのが楽

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