シェア
東原そら
2021年8月25日 20:37
改札口から人が流れてくる。 たくさんいる。 顔馴染みもいる。 知る人は手を振ってくれる。 今日も駄目なのかな。 僕は項垂れ、踵を返し家に戻る。 ご飯を食べて、床についた。「ハチ。もう先生はいねえんだよ…」 彼はなんと言っているのだろう。 人の言葉がわかればと、僕はいつも思う。
2021年8月23日 20:21
指が強張る。 集中だ。 耳を研ぎ澄ませ。 目を見開け。 さあ来い。準備は万端だ。 今の俺の集中力なら、間違いなくクイズ王にも勝てる。 ガチャ。合図が鳴った。 ハラリ。なんの音だ。 カーテンの隙間に集中しろ。「ベランダにぶら下がっている男!降りて来なさい!」 ちっ!ここで脱落か。
2021年8月22日 21:34
パラパラと雨が鳴る。 雨粒達が軽快に窓を叩く。 こんな日は、傘を持たずに外に出たいと私は思う。 自然のシャワーにからだを洗われるけど、水溜まりにも足を落としたくなる。 雨は人間みたいだ。 いないと生きられない。 けれど度が過ぎれば災いもある。 それでも、私は雨の中を歩くのだ。
2021年8月21日 19:49
ままならないことがある。 たとえば親の転勤。 ガキの俺は、当時、抗う力がいなかった。 ─20歳になったら会おうね。 引っ越しの日の、あの子との約束。 約束の場所に、大人のあの子?が来た。 あなたが…君? あの子は死んだの。私は伝言係。 好きでした、約束守れずごめんね。 だそうよ。
2021年8月21日 19:42
約束は保険だった。 お互い、三十まで独身なら結婚しようぜ。 同僚の酒の席での戯言。ただの保険だ。 でも保険を使う歳になってしまった。 しかし約束を履行する直前、同僚の海外転勤が決まった。 約束はご破算だ。 の、はずだったのに… 約束は守る、とあいつは会社を辞めた。 本当、バカ…
2021年8月12日 22:32
前略、文雄様。 今日は奏太の七歳の誕生日です。 はやいものです。 貴方と別れて、五年が経ちます。 奏太は、近ごろ貴方のことをよく訊ねます。 その度、私は答えに窮します。 天国より私達を見守ってください。 追伸 貴方とあの女は、まだ発見されておりません。 私が隠した、山の中です。
2021年8月11日 18:39
今日も同じ顔が並んでいる。 6:55。停留所の光景は固定だ。 学生服の男子。スーツの男性。 そして、彼女。 今日も、彼女はシトラスだ。 爽やかで酸味のある香りが、今日も僕の鼻をくすぐる。 凛とする彼女の仕事はなんだろう。 彼女の職場に就職したいと思う僕は、動機が不純でしょうか。
2021年8月10日 20:33
目覚めると、大型モンスターが歩いていた。 俺は、巨大な剣を扱うハンターとして生きることにした。 今日のクエストは相棒の弓使いとだ。 くっ、手強い奴だ! ぐわっ! 突如、身体が痺れた。 これは麻痺ビンか?「こいつら異世界人が大好物でね、悪いけど囮になってね!」 だ、騙された~!
2021年8月9日 20:40
とんとん、ととん。 リズミカルに肩が跳ねる。 娘が珍しく、叩いてくれている。 なにか魂胆があるのだろう。 五千円まではねだられてやるか。「ねぇ、お父さん」 来たな。「なんだい?」「お願いがあるんだけど」「いくら欲しいんだ?」「十万!」「十万!?」「うん。堕胎費用で」
2021年8月8日 20:02
君が死ぬまで、毎日好きと言うよ。 そう言っていたのに。 嘘つき。 遺影を見ると、私は顔を上げていられない。 初七日も終わり、絶望は増すばかり。 突如、携帯が通知を奏でた。「好きだよ」と、彼のアカウントからのメッセージ。 彼は、ベッドで一生分のメッセージを予約していたのだ。
2021年8月6日 19:59
歓声は心地よいBGMだ。 鼓動と重なり、身体のギアを一段ずつ上げてくれる。 地に膝を立て、首を起こす。 ゴールが見える。 号音が競技場を翔ると、およそ十秒後には結果が決まる。 これほど、競技時間とトレーニング時間のコスパが悪い競技もない。 さあ、初の決勝だ。 楽しんで、風になれ。
2021年8月5日 19:23
「さよなら」 俺の腹に生えたナイフを見下ろし、彼女は静かに呟いた。 一年前、告白された。 戸惑ったけど、俺はOKした。 でも、彼女の秘密はわかっていた。 それでも、俺は── ごめんよ、俺が君のお父さんを轢いてしまったから。 ──君に償いたかった。 涙? どうして君が泣くの?
2021年8月4日 20:06
「俺とつき合え」 校内一のイケメンに、廊下で壁ドンされた。 女子達が鬼の形相で私を睨んでいる。 受験も近いのに、面倒事はご免だ。 彼がいるから、とやんわり断った。「今日、廊下でイケメンに告白された」と、彼に報告。「あいつの内申書に細工しとく」 イケメン、面倒事になったね…
2021年8月3日 20:23
私がこの世で一番好きな場所はお風呂だと思う。 ほかほかの湯の船にからだを浸す喜び。 細かい水の粒にからだを叩かれる心地よさ。 全身をしっとりと包むふわふわとした泡。 全てが癒しで、ここにお布団も敷きたいと、私は思う。「お姉ちゃん早く出て!毎日四時間もお風呂占拠しないで!」