夢

昨夜ママの夢を見ました。 普通に夢に出てきてくれたのは初めてです。 亡くなってすぐにはママが今正に亡くなってしまうって夢を見て、 「あぁ、待って!ママが死んじゃう!!」 というところで目が覚めて、 「あぁよかった。夢だった。」 と思ったのに、次の瞬間 「そうだ。ママは亡くなったんだった。」 と思い知らされた夢。 それからママが夢に出てくることはなかったのですが、 昨夜、初めてママが生きてた頃の姿で出てきてくれました。 たぶん、息子の学校行事を見に行ったんですが、そこに

41 催眠療法で知った娘の愛

41 催眠療法で知った娘の愛

ヒプノセラピーというものをご存知でしょうか。催眠という変性意識状態になって、潜在意識という自分の深層部分に刻まれた記憶にアクセスすることで、現状の心的問題解決などをしていくために利用される心理療法とでもいいましょうか。前世や幼少期の自分を体験したり、亡くなった人に会えたりする夢のようなツールです。 怪しいと思う人もいるかもしれませんが、私は騙されないように生きるより、騙されても楽しくて自分の体験が増えるなら良しとする人間なので、長女が生きていた頃から利用していました。そして

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一年に1度の特別な日に。

一年に1度の特別な日に。

今日、ひとつ歳を重ねました。 どんな1年になるんだろう…と、ちょっとワクワクした気持ちでいっぱい! 仕事の方も何とかやっています。 介護現場と事務仕事、そして通所介護、いわゆるディサービスの生活相談員としての仕事。自分のペースを掴みつつ、日々奮闘中。 今日、どうしても行きたかった場所へ行って来ました。 彼が眠っている納骨堂へ。 約10か月ぶりに行って来ました。 好きだった、ビールと缶コーヒーをお供えして、彼の名を呼んだ… 泣きそうになったけど… 涙は見せたくな

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母がいない秋

母がいない秋

いつのまにか季節が変わりました。 母のいない日々は、気づけば時間が過ぎ去り、母が生きていた頃がどんどん昔のことになってしまう。 日常でふとした出来事が起こって「これママに教えてあげよう!」って未だに思ったりする。 あ、そういえばもういないんだった。 と、がっかりする。 私は、母がいないとこんな風になっちゃうんだなぁ。 母は明るい人だった。 母がいたら励まして元気付けてくれるんだろうなぁと思います。 父が言ってた。母が明るかったから、家庭も明るかった。本当にその通りです。

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何年経っても消えない

何年経っても消えない

やっぱりあなたがいい 誰も代わりにはならない どれだけ太っても 俺は愛せる 彼は言った 太りたきゃ太ればいい 私は家族や親戚から ずっと体型イジりをされていて 痩せていなくちゃ何の価値もないと 思い込んで生きてきた 今更この考えを変えられない 別れた旦那からは 出産直後から 痩せないの? と言われ続け やっぱり痩せていなくちゃ 意味が無い 自分の存在価値は痩せている ということでしかない でも彼は許してくれた 私が私のまま存在してもいい

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わかちあいの会か?一対一か?

わかちあいの会か?一対一か?

最近、どちらからがいいですか? と聞かれることがありますが、 私は「抵抗感の小さい方から、試してみてはどうでしょうか?」 とお伝えしています。 もともとオープンな性格で 複数の人と話すことに 抵抗のない方であれば、 わかちあいの会の方が 話しやすいかもしれません。 もともと内向的な方は いきなり複数の方の前で 話すこと自体に 足踏みしてしまうこともあると思います。 ちなみに私は一対一からでした。 (しかも、グリーフケアではなくコーチングからでした…) ちょっとずつ

別離

別離

色々な別れがあった そんな中 私の人生最大の悲しみ あの電話は今でも鮮明に 心の中にある 恋人が自ら死を選んだ 私が心を病んだときだった うつ病 予後不良 診断された帰り道 電話が鳴った 友達から アイツ死んだんだよ 知ってた? なんのこと? 何を言ってる 日本語なのかなんなのか とりあえず あっ、そうなんだと返して電話を切る 何も感じない なんの悲しみも生まれてこない なぜ 大切な人が亡くなったのに 心が一切動かない 本当に悲

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国女無双

国女無双

妻はすごい隣にいるただそれだけで承認欲求満たしてくれてた

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人生に望むこと

人生に望むこと

今日(日付け変わって昨日)、義理の叔父が亡くなった。 先ほど、叔母からの電話で知り、今年の1月頃から不調だったこと、検査の結果は胆管がんであったこと、原発巣を取り除く手術に8時間以上を要したこと、その後脳梗塞を併発したこと、入退院を繰り返したものの、最後は自宅で息子たちとともに看取ることができたことなどを順を追って話してくれた。 義理の叔父(以下、叔父と書きます)は、中学卒業から定年退職するまで、海上自衛隊に所属していた。 転勤が多く、叔母や従兄弟も数年周期で引っ越しを

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40 大切なものを守る勇気

40 大切なものを守る勇気

今回はあまり言いたくない、残念な過去の私に気づいた時の話ですが、子育て中の方には参考になるのではないかと思うので、書いておきます。 長女が亡くなって半年経った頃、まだ私は引きこもりをしていました。そんなある日、小一だった三女が「学校に行きたくない」と登校を渋りました。長女のことがあってから、とにかく娘たちの幸せを守ることを意識するようになっていたので、以前だったら、理由も聞かずに休ませることはありませんでしたが、とりあえず、休ませることにしました。正しさよりも娘が大事です。

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