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邪道作家第七巻 猫に小判、作家に核兵器 勝利者の世界 分割版その6

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)

   8

「貴様が、「サムライ」か」
 環境とは関係なく、私は所謂「悪」非人間性を獲得した人間として、この世界に生まれたが・・・・・・そうでなくても、きっと人間性など獲得できなかったのではないだろうか。
 いいように搾取され、奪われ、使われ、奴隷のように扱われた人間が、何かを返すことが当然だとでも、この世界は言うのだろうか?
 ふざけるな。
 私の生き方は私が決めたものだ。だが、同時に環境に対して必要だから身につけたものでもある・・・・・・それに綺麗事を言われれば、腹立たしいことこの上ない。
 その点、目の前で私を見ている軍服の男は、中々好感が持てた。野望に燃える人間は、決して綺麗事などと言う勝者の戯言を言わないからだ。
 牢屋の鉄柵を隔てて、我々は向かい合っていた・・・・・・私はとりあえずベッドに腰掛けたが、男は立ったまま話を続けた。
「政治に興味のない若者を、貴様はどう思う?」「どうでもいいことは深く考えない。私のような興味のない人間からすれば、同意するね」
「茶化すな、貴様は選ぶに値しないから切り捨てただけだろう。まぁいい、良くないのは三権分立が何かも分からない人間が、政治の実権を握っていることだ」
「私もよく知らないがな」
 私はアナリストではないのだ。知識を詰め込んで評論家を気取るのは趣味じゃない。それを作品に活かせそうなら別だがな。
「知識ではない。本質を知るかだ。そして、意志の無い人間が、政治を握ることほど恐ろしいモノは無い。同情や憐憫で難民を受け入れ、最初はそれこそが「道徳的」だと流されて法案を進め、それでいて現実に無理だと分かれば諦める。恐ろしいのは始めるときには民衆が同意して同調しているという部分だ。道徳に乗っ取って動き、後から自分たちの利益を脅かしそうになれば、翻す。子供の約束だ。これを政治とは言うまい」
「なら、どうする?」
「独裁だ」
 独裁政権か。確かに現実的ではある。だが、独裁そのものを許さない「民主主義」の風潮を覆すことは難しい。
「自分たちで考えたくはないが、その責任を取りたくもないし、押しつけられる誰かを求める。そんな民主主義者が「独裁」なんて聞こえの悪いモノを認めるのか?」
「認めないだろう。だが、元より政治は民衆の意志で決められるモノではない。国家を牽引する人間の独断で決められるモノだ。国家を牽引することに対して必要なのは国民に媚びを売ることではなく、国家へ利益を出せるか、で決まる」
「恣意的な教育問題、か」
「そうだ。義務教育と言えば聞こえはいいが、実際には敗戦国への、いや戦争の勝利者が支配するに都合良く「情報操作」する為に、国民の一斉教育は開始されている。人類初の大規模洗脳、そのモデルケースとして「教育」が選ばれたわけだ」「だから理系がもてはやされるのか?」
 何となく聞いただけだったが「そうだ」と意外な答えが返ってきた。
「暗号、プログラム、人工知能なら軍事にも応用が可能だ。人間の心を教えるのが文学だとすれば理数は軍事を支える柱なのだ。国力を上げて研究を後押しする事は珍しくない。大学の研究結果など、そのまま軍事に流用できるからな。・・・・・・だがその結果、人間は学び、成長し、変わるという仕組みから外れることになる。「思惑通り」国家にとっては都合の良い「能力値が高く己で考えない人間」の大量生産に成功したわけだ」
「心など役に立たないとばかり思っていたが」
「そうだな、だが、政治に関しては別だ。己で考えない人間は利用されるだけだ。そして、利用することが出来れば、国民の総意をコントロールできれば政治形態は永遠に維持できる。それを実現したのだ。してしまった、と言うべきか」
 考えないから反発しない。
 百姓一揆のような、行動的な反発をする人間、その意志をそもそも発生させない、というやり口か。確かに、嫌と言うほど現実的な支配だ。
 私はむしろ感心した。
「もはや民衆のコントロールは定型化されていると言っていい。売れる映画のテンプレートがあるように、誰を政治家として動かすにしても、一定の手順を踏むだけでよいのだ」
 工場のライン作業みたいな話だ。本来国家を牽引する役割が、金とコネとやり方さえ心得ていればどうとでもなるという現状は、確かに異様だ。「それで、さっきの話か? それこそ現実的だとは思わないな。核弾頭を振り回すだけで世界経済を動かせれば苦労しない」
「その通りだ」
 と、返されて少し驚いた。
「最新鋭の軍事技術に真正面から勝つつもりなど最初から無い。真の目的は全ての軍事技術を掌握しているメインサーバのクラッキングだ。最新技術はことごとくが「電子制御」されており、人間の手を放れているからな。本来ならメインサーバに付け入る隙はまるでないが、核攻撃による防衛システムの破壊工作、及びそれによってかかる僅か二十秒ほどの隙に、クラッキングを完了させ、支配することが可能だ」
 電子制御による一元管理の隙を付くわけか。本来なら付け入る隙は無いが、核なんて大仰なモノを使い、他に意識が動いている間なら、可能かもしれない。管理するのは人間だ。いや、人工知能であれ核攻撃に対する対処と、サイバーテロに対する対処を同時に行えば、どうしたって演算のリソースを割かねばならない。
「無論メインサーバを支配するだけではなく、メインサーバから繋がっている銀河連邦の議事堂、その大型モニターから洗脳技術を駆使した映像を流すことで、議員の全てを傀儡化することが目的だ」
 現実に成功するかどうかはともかく、理論上ではこの方法なら銀河を、支配することが可能なのだ。それも、たった三日の間に
「それで何になる? 独立運動はどう完遂するのだ。まさか世界征服でもするつもりか?」
「逆だ。これを機に人間を解放する。もはや国家の恩恵など必要ないほどに、人間の文化レベルは進化している。本来は他国からの侵略に、対抗するための集団だった。だが、今なら民間の軍事力を雇用するだけで構わない」
 国家など最早必要ない。
 そう男は断言した。
「・・・・・・名前が民間に変わるだけだろう。国家が大企業に据え置かれるだけだ」
 そして資本主義による階級化社会を加速するだけだ。まぁ、現状でも十分そうなっているが。
「システムそのものを変えればいい。政治が腐敗するのはシステム上、そうしなければ生き残れないからだ。腐敗した人間が得られるようになっているのだから、腐敗するのは当然だ。全てを民間にした上で、社会構造そのものを変えればいい」「小分けして地域社会でも作るのか?」
「そうだ。全ての人間が確固たる己を持ち、それでいて大きな組織を必要としない世界、だ。無論経済に組織は必要だが、ここまで大きなモノは誰も必要としていない。組織拡大に制限をかけるだけでいい。そもそもが、デジタルが普及した時点で、実際に群れる必要など、どこにもない」
 確かに。
 デジタル社会が普及している以上、会社はもはや必要ない。個々人のアイデアを形にし、それをデジタルマーケットで売ればいい。だが、実際にはデジタル上でも売れている人間同士の交流、それによる利益拡大路線はなくならないだろう。
「だとしても、何十万人もが同じビジネスにもたれ掛からなければ生きていけない、という情けない現状からは脱出できる」
「そうしないと生きていけない奴らはどうする」「淘汰されるだけだ。サムライ、私は慈善事業家ではない。己で己を考えない人間が、淘汰されることは本来当然だ。淘汰されず、利用されることを良しとして、それを容認した結果が、貴様等の成してきた「民主主義」の醜悪な成れの果てだ」 大昔ならそれも可能だったのだろうが、今の人間に果たしてそんな生き方が出来るものだろうか・・・・・・いや、むしろ大昔なら完全に個々人を独立させることは不可能だったが、デジタルが普及した今なら「可能になった」と言うべきか。
 デジタル社会は個々人の強さを助長する。
 下らない戯言から世紀の大発見まで、等しく平等に拡散できる。その中で必要なものを作り出す人間だけが生き残り、駄目なら淘汰される。
 生存競争のデジタル化か。
 ぞっとしない話だ。
 男は話を続ける。
「生き残る・・・・・・これに必要なのは「強さ」ではない。「強かさ」だ。国家の生き残りもそうだ。戦争に勝ったからと言って実利が得られるわけではない。戦後処理が上手く行かなければ、試合に勝っても勝負に負ける。物事とは、一面だけ見ていても駄目なのだ。そして、多面的に物事を見られる人間こそが、これからの時代を生き残る」
「考えの堅い人間は必要ないと?」
「そうだ。アンドロイドという思考する労働力、あるいはロボット技術、ドローン、単純な事をやらせるだけならば幾らでも代わりが効く。人間よりも安く、だ。ロボットの無かった時代には、そういう「思考しない人間」も必要だった。だが、それらに代わるモノが出来た以上、人間社会に、彼らは必要とする場所はどこにもない」
 ただ票数を圧迫するだけだ、と男は言い切った・・・・・・確かに事実ではある。もう人間は人間を必要としなくなってきている。ロボットで幾らでも代わりは効く。いらないから、淘汰される。
 人気の無くなった商品が捨てられるように、人間も同じくいらなくなった人種は、捨てられる。 まさに真理だ。
 社会全体に対する考えなど、私個人の豊かさが守られれば、どうでもいいがな。
「現代社会では「現実的な方策」よりも、「環境や人権、悲劇の人々」という感傷的な理由こそが「政治的パワー」を握ることになった。結果、人々の道徳に対する考えは深まったが、現実問題、人が人を救うなど戯言だ。己の国家が得るはずの利益すら、それでは守れない。難民を受け入れるのは簡単だが、彼らを養うのは容易ではない。そもそもが、労働に使えるくらい能力のある人間であれば、難民になったところで国から声がかかるものだ。各開発の権威でも無い、ただの浮浪者を守る余力など、どの国家にもない。だが」 
「民主主義では実状よりも感傷が勝る、か」
「その通りだ。そもそも、民主主義、と言えば聞こえはいいが、その実態は民主主義ではない」
「どういうことだ?」
 民主主義なのに民主主義ではない? 何かのレトリックか?
「民主主義で政治を行う、と言ってもだ。その民衆は政治を詳しく知るわけではない。むしろ中途半端な表面だけをなぞるものだ。政治の実態を知らず口を出しているだけ。そして流行とでも言えばいいのか、「人道的な空気」が流れればそれを行えと喚く。それでいて普段は完全なる独裁を、認めてしまっている」
「民衆が政治を知らないのはともかく、普段独裁を認めている、とはどういうことだ」
「自己が喪失した人形に、政治を考える能力など無いという事だ。そして結局は政治家に押しつけておきながら、道徳的だとつつける時だけ声を大きくする。声を大きくして叫べば、何でも通るべきだと、驚くべき事に民衆の大半は、そう思っているのだ」
「・・・・・・結局、流されるだけ流され、いいように使われるだけだから、民主主義に意味はないと」「いや、もっと質が悪い。自分たちは政治に参加していると、思いこんでいるからだ。何より、民主主義形態が実質的な「独裁」である事実を、見ようともしない。民衆は何一つ政局を動かしてはいない。民主主義とは、民衆の意志が反映されているかのように見える政治、ということなのだ。別に民衆の我が儘が通るわけではない」
 確かに。
 道徳的な「綺麗事」を叫ぶ奴は数多くいるが、それで独裁政権を目指し、泥を被ってまで政局を振り出しに戻す奴は、あまりいないだろう。あまりいないのだが、たまにはいる。そして目の前の男は歴史の中でもほとんど見ることの無い、珍しいケースだったわけだ。
 全体主義の悪。
 それは思考放棄にある。
 皆で考えるのではなく、皆で考えたことにしただけだ。だから民主政治は何も生み出さなかった・・・・・・その場しのぎの道徳観だけだ。
「小綺麗な改革を歌うのは簡単だ、結果的に特権階級が太るように仕向ければ、票の獲得にも事欠かない。政治家の票ほど、金で買いやすいモノもあるまい。何せ、要は集団を動かし得る人間に、金を積めばいいだけだからな」
「それで、お前は革命を始めたのか?」
 少しの沈黙と共に、彼は「そうではない」と答えた。
「私は「人間」を変えたいのだよ」
「だから、淘汰する、と」
「その通りだ。目の前すら見えない人間が、国家の命運を握るようなこの異常な世界。これらは全て「持ちすぎた人間」がいるからこそ起こり得る悲劇だ」
「持ちすぎた人間?」
「金と権力を個人が、許容量を遙かに越えて、独占した結果産まれるのが「民主主義」だ。尖りすぎたモノは叩かれる。だが、全員の意志で動いているかのように見せかければ、その心配もないだろう?」
「それのどこが」
 問題なのか、と言い掛けて気づいた。確かに、これは大きな問題だ。
「・・・・・・実際には、その「独裁者」ですら、民主主義の全容を把握できなくなっている。個人で、国家レベルの運営など不可能だ。それが組織になったところで「独裁者」と「民主主義の代表」は似て非なるモノだ。己の意志ではなく、民衆の指示を伺いつつ、己の利益を考え、寄生して国家から汁を啜る」
「さっきと言ってることが違うぞ。個人で国家レベルの運用が不可能なら」
「いいや、独裁者、ここは革命家と呼ぶべきか。個人で国家を動かすのではない。国家全体に、その意志を伝播させるのだ。それが、政治だ」
 聞けば聞くほど高尚な話だ。
 場所が牢屋だというのだから、締まらないが。「・・・・・・さて、ここまで話を聞かせたが、貴様は私たちに協力する気は、あるのか?」
「生憎、先約があってね」
 人間は未だに「寿命」の本質的な克服は出来てはいない。デジタル世界で生き延びる奴もいるらしいが、それを生きていると呼ぶのかは微妙だ。 寿命とは、「運命」なのだ。だから克服できない。死の運命が、あらかじめ決められている。この世界、我々の言うところの「この世」で生きる上で、長く生き続けることに、人間の魂そのものが耐えきれないらしい。あの世とこの世を巡回することは、魂を綺麗にする上で、必要なのだそうだ。全て、例の女から聞いた話である。
 私の場合、それは若干特殊だ。「魂が無い」というよりは、推察する限りだが、私は「元々魂のある人間だったが、途中で魂のみが抜け、肉体と記憶だけが残った」言わば人間の抜け殻のようなモノらしい。だから私は死ねばあの世へ行くことも、恐らく無い。
 魂がなければ、その残骸の末路など、消えて無くなるだけだ。
 だが耐用年数がある以上、それを引き延ばさなければ、私に未来はない。そして、それを可能にするのは「人外」であるあの女だけだ。
「女の予約だ。断れないさ」
 私の意志とは関係なく、こう答えるしかなかった。元々誰かの意志に左右されない為に、作家になったというのに・・・・・・「寿命」という心臓を握られて、思うように動けないのは屈辱だ。
「なら、どうする? このままここにいるか」
「さぁな。今考え中だ」
 男は私の答えが不服そうに「それではな、サムライ作家」と言い残し、部屋を後にした。
 
 後には静粛だけが残された。

   9

 綺麗事の為ならば、何をしてもいい。
 それが社会と言うものだ。
 貧困のため飢えの為、あるいはテロリズム抑制の為、国民の為、よくまぁ出てくるものだ。
 そういう理由を利用することで、美味しい思いが出来るというなら、私も試してみたいものだ。生憎利用できるお題目はあっても、それをすぐに金にする、となると中々思いつかないが。
 何だろう。
 中身のない本でも書くか。
 延々と綺麗事を並べ、貧困の改善だとか、民主主義の素晴らしさだとか、ありもしない嘘を書き読者の自己満足を満足させるのだ。
 ありかもしれない。
 どうせ読者は何も見てはいない。
 何も学びはしない。
 何も期待できない。
 小綺麗な綺麗事を書き、それを金にする。以外と有りなアイデアだ。作り話で構わない。貧困の中で賢明に生きる少女だとか、そういう聞こえの良さそうなモノを書けば、金にすることは難しくなさそうだ。
 問題はそんなモノ、書いているだけで身の毛がよだつ点と、そして何一つ充実出来ず、自己満足として「やりがい」や「生き甲斐」には、出来ないと言う所か。
 とはいえ、それも視野に入れなければ。
 所詮世の中金だ。
 有りもしない綺麗事で、金になるなら安いものだからな。今まで色々あったが、金以上に大切なモノなど有りはしない。信用が無くても金があれば国政を握ることすら珍しくはない。金、金、金だ。金以外に大切なモノなど、何もない。
 それが社会だ。
 人間社会の有り様だ。
 つまり人間として生きようとするのであれば、人間性を捨ててでも、誰を殺そうと貶めようと、金を手に入れればいいということだ。人間として生きるために人間性を捨てなければならない。何とも倒錯して生き詰まった世界になったものだ。「火星って惑星はだな」
 牢屋を壊し、あの後私はこの迷路のような作業場を進みながら、私はジャックの火星に関する情報を指向性マイクで聞いていた。
 隠れながら進んでいるのに堂々と話が出来る。よく分からないテクノロジーもあったものだ。便利なので構わないがな。
「資源自体は豊富じゃないんだ。レアメタル採掘にしたって、特殊鉱物が取れる惑星は、他にあるしな・・・・・・」
「領土拡大のために、権利を主張している、ということか?」
「ああ。元々原住民が住んでいたんだが、まぁさっきの奴らだな。地下資源の採掘権利は銀が連邦が保有しているから、希少資源があるというのに原住民達の取り分は、恐ろしく少ない」
「確か、補助金が出ているんだろう?」
「それも妙な話さ。元々住んでいた人間を追い出しておきながら権利を主張する、なんて年寄りを追い出して家を乗っ取る子供みたいなモノさ」
「言い得て妙な例えだな」
「やってることは同じさ。軍事力にモノを言わせて、無理矢理侵略したと言い換えてもいい。その位強引に開発計画を推し進めている。しかも原住民への徴兵制度もつけてな」
「だから軍人ばかりだったのか」
 こんな惑星に兵士がああも沢山いる時点で、おかしいとは思っていたが・・・・・・予想以上に、この惑星の歴史的背景は深そうだ。
 話を聞くだけなら楽しいが、それを相手取るとなればたまったものではない。
「だから根深いのさ。原住民の恨みも、それに対するテロの意識もな」
「その割には、あの老人の話を聞く限り、最近の若者はそうでもないんだろう?」
「民主主義の弊害さ。補助金を貰えるから、じゃない。彼らは民族としての誇りや、理不尽を打破しようとする気概、という概念がないのさ。平和な時代に生まれた若者、それも利便性の多い時代に生まれた若者には、諦めと諦観がある」
「当然だろうな」
 その憤りも、その怒りも、その信念さえ、過去のモノなのだ。それも自分たちとは関係のない、昔の人間が抱いたものだ。
 意志は受け継がれない。当然だ。受け継がせようとする相手は、まるで関係ない人間で、関係のない若者からすれば、そんなよく分からない信念など、受け継ぎたくもない。
 だから、意志は脈々とすり減っていく。
 風化する。
 それが世の現実だ。
「未知の群生林も山のようにある火星では、植物も豊富に取れる。生物兵器を作り上げるためにもこの惑星は必要なのさ」
「毒か・・・・・・」
「ああ。何であれ未知のモノは金になる。それが毒なら尚更な。火星には植物も動物もまだ収集されていない種類が多い。軍事利用できる資源が山ほど埋まっている」
「だから、こんな騒ぎが起こる訳か」
「誰だって金が欲しい。そのためなら自然の一つや二つ、滅んでもいいと、連邦のお偉方は思っているんだろうな」
「そのお陰で地球から追放されたというのに」
 私は兵隊の一人を背後から刺し殺しつつ「懲りない奴らだ」と答えた。
「元々火星は「環境保護法」の名目で守られていたが、大規模な開発で表面的な自然を消し去ろうという動きもある」
「表面的な自然?」
 何だそれは。
 自然に表面も裏面もあるのか?」
「地上が駄目になっても、地下資源は変わらないからな。連邦側からすれば、未知の植物を兵器転用「し終わったら」核実験の失敗だとかテロリストの仕業だとか「ケチ」つけて、採掘の制限をなくし、火星が空洞になるまで掘るつもりだ」
「テロ活動を煽るわけだ」
「ただでさえ爆発寸前だった現地民の怒りも、それこそ核のように爆発したって訳さ」
「面白い冗談だ」
「ただの」
 事実さ、と私の言葉を取るジャックだった。
 守るべき自然を破壊することで、自然を守る為の法案を無視できるというのは、根本的に問題があるからだろう。どれだけ法案で縛ろうが、それを破る方法は必ずある。
 扱う人間の心に問題があれば、どんなルールも意味をなくすものだ。
 私はそれを、嫌という程見てきた。
 今までも、これからもそうだ。
 私の書く物語は「目線」の物語と言っていい。だからこうも色々な人間の「目線」が知れるのは有り難いことだった。人間の目線。アンドロイドの目線。現地民の目線。権力者の目線。そして、神の目線。
 物語をどの目線で楽しむかは、読者の自由だが・・・・・・多面的な見方が出来るように、なって欲しいものだ。
 そうでなくては面白くないからな。
 私は生まれながらに暗闇の中にいたが、べつにそうでなくても人間社会は闇の中にある。問題は札束の感触があるか否か、だが。
 どう見方を変えようとも、金がなければ人間に生きている価値はない。いや、価値を認められることはない、と言うべきか。金のない人間に、社会は人権を与えはしない。
 金が無い奴は、人間社会では人間ではない。
 ただの家畜だ。
 殺してもいいし奪ってもいい。射撃の的みたいなものだ。どれだけ傷つけようが、心が痛むこともない。
 世界が残酷なのではなく、人間が残酷なのだ。などと言えばそれっぽいのだろうか。まぁ、世界がどうあるかはどうでもいいことだ、問題はどんな世界であれ、適応できるかどうか、豊かさを実現できるかどうかだ。
 金で買える。
 ここにいる連中のテロが成功するかどうかですらも、金次第だ。ここの連中の怒りを静めるなら金を多く支払えばいい。
 金で買えなかったモノなど、未だかつて、資本主義社会が構築されてからというもの、無い。人間は変える。男も女も奴隷として買える。臓器も買える。人生も買える。兵器も買える。平和も買える。戦争も買える。夢も買える。希望も絶望も思いのままだ。金を使いこなせる人間であれば、という前提があるが・・・・・・金で買えないモノは、この世界に何一つとして有りはしない。
 世界は金で買える。
 品性すら、ルールを書き換え買う始末だ。
 ま、どうでもいいがな・・・・・・問題なのはあくまでも私個人の幸福であって、金を扱いきれずに破滅したり、革命の為に戦争を起こすその他大勢共がどうなろうが、知ったことではない。
 だが、今回の革命、実現すれば今よりは世界が住みやすくなるかもしれない。それは間接的にではあるが、私個人の生活の平穏にも繋がる。
 どうしたものか。
 このままパイプラインへ向かい、破壊しなければならない。これは前提だ。私個人の寿命、それを延ばし、世界を楽しむための。
 だから「パイプラインを破壊」しつつ「彼らのテロリズム、革命が成功する」ように仕向ける必要がありそうだ。
「テロに荷担する気か?」
「下らん。テロなどと、所詮呼び方の違いだ。堂々と殺しまくってる大国の流儀に、合わせるつもりなど毛頭無い」
「そんなものかね」
「そんなものさ。ただ「それらしい呼び方」に花瓶になっているだけだ。流行に機敏な乙女と、やっていることは同じだ。テロに対する姿勢、とか言って、爆撃を行い大量に殺戮し、ゲーム感覚でドローンを動かしても、罪悪感は無いのだ。自分たちがやっていることを「仕方ない」と思いこんでいるからさ」
 仕方がない。
 テロリストだから、悪人だから、任務だから、「仕方なく」殺す。
 殺人鬼よりも質が悪い。
「案外、ドローンを扱ってゲーム画面見て殺している奴らも、本音の所では罪悪感などどこにもないのだろう。でなければあべこべだ。画面を眺めながら殺すことが辛い、なんて泣き言言っているが、殺人は殺人だ。その事実から逃げているだけだ。任務のためとはいえ、辛いってな。この世界には善悪などどこにもない。法律でそう縛っているだけだ。だから残るのは厳然たる事実。

 人殺し。

 命令だろうが、国の為であろうが、兵士だからであろうが、関係のない国民が眺めているだけであろうが、同じだ。遠目で眺めるだけ眺めて手を汚さずにいる国民も、やっていることは同じ。それを支援していなくても「容認」しているのは事実だ。そして、人殺しをどういう形であれ容認できる奴が「正義」などと笑わせる。テロリストは確かに人殺しだ。だが同時に、おまえ達も残らず人殺しでしかないのだ。世界は金で出来ているがそれを構成する人材は人殺しで出来ている。人が人を踏みつけにして、人が人を殺さずして、人と人が支え合って生きていける、などと、人間はいつまで経っても「事実」を見ようとしない。事実を見ることもなくただ漫然と生きる、それも知らない人間が、何人死のうと知ったことではない」「酷い作家もいたもんだな」
「口に出すか出さないかの違いでしかない。善人ぶって口に出さないだけだ。どこか遠くの人間が何人爆撃で死のうが、誰も興味は沸かない。二・三日ニュースで取り上げられて、募金団体に寄付をして、話題にあがってそれで終わりだ」
 それでも自分たちが「良い人間」であろうとするのだ。
 おぞましい。
 こんなおぞましい生き物、人間以外に見たことがない。この世界からもし悪の全てを滅ぼしたいならば、人間を根絶するのが早いだろう。
 この世全ての悪は人間の内にある。
「この世界はな、ジャック。何一つとして信じるには値しない。裏切りがなければ前へ進まないし信頼を装えば失うだけだ。奪い、侵略し、犯し、啜り、搾取し、殺し尽くしてこそ、幸福になれるように出来ている」
「本気か?」
「ただの」
 事実さ、と言って私は進行方向にいた兵士を切り捨てた。
 
 
 

「こいつら、一体どこで武装を整えたんだ?」
「調べたら出てきたぜ、先生」
 言って、ジャックは端末の画面から幾つかのサーバ情報を取り出した。
「完全な検閲社会とはいえ、方法は幾らでもあるからな・・・・・・今やネットで買えないモノなんて、どこにもねぇよ」
「核兵器もか?」
「ああ。取り引きされているぜ」
 アナログ至上主義者の私からすれば、よく分からない話だ。今回の移動ルートだって、必死に地図を見ながら、半分ほどは第六感で移動したというのに。
「まぁ、核兵器に関しては取引量が少ないから、マークされやすいが、そいつらのもっているような旧式の銃なんて、学生でも買えるよ」
 取引が多すぎて追跡は不可能だからな、とジャックは言うのだった。
 私は先ほど串刺しにした兵士の装備を見る。プラスティック型のレーザー銃。金属探知機にひっかからないタイプの銃に、持ち運び可能な細菌兵器収納箱まで、腰にぶら下げている。
 これ一つで町くらいなら攻め落とせそうだ。
「国は何やってるんだろうな」
「さぁな。俺は人工知能だからな。でも腰低くして挨拶周りしている事くらいは、想像つくぜ」
 時代が変わったところで、やることが変わらないのでは進化したとはいえまい。どうも人間という生き物は、ハリボテみたいに外装だけ、科学技術だけ立派になってしまった。
 嘆かわしい限りだ。
 嘆いたところで何も変わらないので、やはり私にはどうでもいいことだがな。
 先ほどの民主主義の話ではないが、政治的能力よりも、「情」に流されて「良さそうな人物」に政治を託した結果、こんなふうに反発する勢力の対処を放置するというのでは、何の意味もない。 人間の脳は理想と現実の区別が付かない。だから政治で人を動かすときは「理想」を魅せて、あたかも良い未来があるかのように扇動する。その結果「現実に」何が起ころうとも、投票した人間の精神は「理想」の中で夢を見ているだけだ。
 都合の良い夢を。
 その場限りの情で動くと、ロクな結末を生まないと言うことだ。私自身も、今回は情などではなく、現実的な方向を見ている。
 民主主義を破壊し、独裁であれ何であれ確固とした思想はそれなりの成果を生む。無論、犠牲も付き物だが、私は犠牲になる人間に同情はしないし、偽善者を気取るつもりもない。どうでもいいことだ。
 通路を抜け、出口から外を見ると、そこには巨大な工業地帯が存在した。どうやらここでレアメタルの「出荷」が行われているようだ。
「どうするんだ、先生」
「決まっている。依頼内容は「パイプラインの破壊」だ。無理に戦う理由はない」
 ここは指定の場所に爆薬を仕込んで、崩落でも狙えばいいだろう。少なくとも当面は、ここでの採掘が不可能になるはずだ。
 幾らでも、パイプラインを破壊したところで、レアメタルを狙う人間がいなくなるわけではないのだから、幾らでも再度開発は進むだろう。だがそれは私には関係のない話だ。
 私は警備の人間を音を立てずに「始末」しつつ幾つかの場所へ奪った爆薬を仕込む。そしてその辺の工作用機械からケーブルを抜き取り、それを導火線の代わりに細工して仕込んだ。
 後は脱出するだけだ。
 丁度良いところにトロッコがあったので(恐らくは施設がハイテク化される前の名残だろう。これでレアメタルを外へ運んでいたのか)それに飛び乗り、警備の人間がこちらへ銃を向ける暇もなくなるように、導火線から着火した。
 がらがらと崩れ落ちる
 目的は達成した。後はこのまま外へ出るだけだ・・・・・・このまま何事もなければいいが。
「ところで先生。連中の革命運動、放っておいて本当にいいのか?」
「思想自体はマシな方だ。現存する民主主義と、やっていることは変わらない。暴力で事を押し進め、皆の同意があるかのように演出する。結果、国民に負担がかかる。だが、あの男は自覚があるだけまだマシだ。少なくとも、民主の波で綺麗事だけを並べているよりは、な」
「それだけかい?」
「ああ、実を言うとな、ジャック」
 私はもう眠いんだよ、と社会の混乱よりも己の眠気を優先する私だった。
 トロッコが外へ出るまで、後数時間はある。その間に少しでも睡眠を取り、これからに備えるとしよう。なに、政治も個人の活動も同じだ。綺麗事だけでは回らないし、実現するには金がかかる・・・・・・本当に何かを変えたいなら金の力で人間の意志を形にするしかない。あの軍人は多くの血を流すだろうが、「大局的に見れば」実利の方が多いのだろう。
 散々大局の為に己を犠牲にされた私が、いざ他の奴らがその割りを食うからと言って、支えてやる義理もない。
 それこそ因果応報だ、とうそぶきながら、私はトロッコに揺られるのだった。





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