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ショートショート

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僕は電車の待ち時間が異様に嫌いなので、そんな時に読めるものが書ければと思います。
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ショートショート 「能力者」

ショートショート 「能力者」

エライジャ・クレイグのロックを注文してから腕時計を見ると、もう22時を過ぎていた。今日は朝から仕事で色んな人間の話を聞いてる。違う人間から同じような内容の話を聞き、似たような質問を繰り返すだけのくだらない作業。
俺は後頭部に鈍い痛みを感じながら、ここで何杯か酒を飲んで頭をほぐせばそのまま帰ってぐっすり眠れそうな気がしていた。

ウィスキーを一口飲んだところで店のドアが開き、スーツを着た中年の

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「雨宿り」

「雨宿り」

自分が普通とは違うのだと気付いたのは5歳の頃だった。教室の隅で体育座りをしている女の子があまりにも寂しそうだったので、「幼稚園で知らない子を見つけても喋りかけてはいけない」という母親の言いつけを破り話しかけたら、「1人で何してるの?」と先生に声を掛けられた。
「 1人じゃないよ、この女の子とお喋りしているんだよ」と先生に教えてあげると、先生は一瞬だけ怪訝な顔を浮かべ、その後は優しい笑顔で僕を抱き

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「ショートショート 座敷わらしの住むアパート」

「ショートショート 座敷わらしの住むアパート」

住んでいたアパートが取り壊されることになった悠人が、スマートフォンで物件情報を閲覧していると、一件の古びたアパートがその目に止まった。
「緑陽荘」、このいかにも古めかしい名のアパートに悠人は見覚えがあった。すぐにスマートフォンで検索をしてみると、それは以前テレビで放送された心霊番組の中で、座敷わらしの住むアパートとして紹介された物件であった。番組の中ではラップ音や子供の笑い声などがはっきりと収録

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「依存体質」

「依存体質」

暗くなった部屋でスマートフォンが光り、画面を開くと美雨から「助けて」とだけメッセージが届いていた。
思わず「またか…」とため息が出る。ようやく資料の整理が終わり、明日の会議でのプレゼンに備えゆっくり休みたかったが、このまま美雨を放っておくわけにもいかなかった。

車のエンジンは酷く重苦しい音を立てて目を覚ました。真っ直ぐに伸びる国道沿いの道で僕以外の車を見かけることはほとんど無く、等間隔に列

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「筋書き」

「筋書き」

「すまない、お前を裏切るような形になってしまって」

「何言ってんだよ、お前がいなくても俺と涼子の関係はとっくに終わってたよ。だから気にするな」

俺は親友の彼女に恋をした。初めて会った時からそうなるような気がしていて、必死にその想いを押し殺していたけれど、親友のことで相談を受けるようになり、何度か二人で会っているうちに、想いを制御できなくなってしまった。
いや、制御するつもりならばきっと

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「変わらぬ日常」

「変わらぬ日常」

「何よあなた、なんでそっちに座ってるのよ?」

彼女の一言にビクリとしたが、私はそれを悟られぬように平静を装う。

「いやぁ、こっちの方がテレビがよく見えると思ってな。今日は俺の好きな番組がやるんだよ」

「あなたいっつも、食事中にテレビは観るなってうるさいじゃないの」

「俺も、もう歳だからな、頑固じじいにならないように、これからは柔軟性を持ってやっていこうと思ってるのさ」

こんな彼女

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「僕の彼女」

「僕の彼女」

彼女と初めて出会ったのは、まだ流れゆく風に夏の名残を含んだ秋の日だった。
一人で海を眺める彼女は透き通るように清らかで、夏の終わりと秋の訪れのその狭間を漂ってるように儚く見えた。
僕は清々しい朝日を目の当たりにするように、沈みゆく夕日に胸を締め付けられるように、彼女の前から動けなかった。彼女は僕に気づくと弱い笑みを浮かべ、一時間ほどそのまま二人で海を眺めた。
その後は海岸を歩き、彼女がたま

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「真夜中の襲撃」

「真夜中の襲撃」


突然首の後ろに衝撃を感じて、つんのめりそうな体をばたつく足で必死に支えた。

「げっ、生きてたんだ」

振り返ると上下水色のスウェットを着た彼女が、驚いた表情で立ち尽くしていた。

「ごめん、こんな夜中にあまりにも精気なくぼんやり歩いてるもんだから、お化けだと思ってラリアットしちゃった」

「いや、もしお化けでもラリアットはしちゃ駄目ですよ」

彼女は小走りでこちらに駆け寄って来ると僕の

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ショートショート「理解者」

ショートショート「理解者」

その人は僕の目の前を歩いている。
大きな背中は僕を守るために存在してるようで、安心した足取りはふわふわとする。

「ちんたら歩いてたら置いてくぞ〜」

前を向いたまま、その大きな背中から響くような優しい声が藍色の空を上っていった。

「先生も僕がやったと思ってるんですか?」

うちのクラスの生徒の財布から金が無くなった。
そいつは学校の帰りにゲームを買いに行くと、親から貰った一万円

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ショートショート「手紙」

ショートショート「手紙」

僕が部屋に帰るともうその姿は何処にも無くて、テーブルの上には君からの手紙だけが残されていた。
雑然とした部屋の中は、いくつかの物が無くなっていてもやっぱり雑然としたまんまで実感が湧かなかったし、相変わらず狭いままの部屋に笑ってしまった。

僕はタバコに火をつけ、上がっていく煙のようにぼんやりした心地のまま手紙を開いた。

「あなたが帰る前に、この部屋から出て行くことを許して下さい。

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ショートショート「浮気」

ショートショート「浮気」

雅子は落ち着かなかった。
薄汚れた応接間で待たされている間も、冷たい手で心臓を掴まれるような感覚に襲われていた。

「お待たせしました奥さん」

男はくたびれた黒のスーツを着ていたが、胸元の開いた白いワイシャツからは綺麗な鎖骨の窪みが見えていた。

「今回、旦那さんの浮気調査の依頼を受け、こちらで一ヶ月間内偵した結果をお伝えします」

男はA4サイズの茶封筒をテーブルに置き、雅子の向かいの

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ショートショート「新世界」

ショートショート「新世界」

男はゾンビ映画が好きだった。30歳を過ぎて世界が反転したような生活を続ける中で、死人が生きた人間のはらわたを貪るようにあらゆるゾンビ映画を見尽くした。
そんな男がゾンビ映画に感じていたのは、スプラッター映画特有のスリルや恐怖ではなく、得も言えぬ心地よさだった。

ゾンビが闊歩する世界は、他のスプラッター映画のように現実と乖離しすぎていない。
男の生活の延長上にあるような世界であり、襲っ

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ショートショート「業火」

ショートショート「業火」

それは何の前触れもなく、突然サトシに降りかかってきた。いつも通りの時間に目覚め、普段通りに家を出て、見慣れた中学の門をくぐる。教室に入り、前日までふざけあっていたクラスメイト達に「おはよう」と挨拶をすると、彼らは黙ったままサトシに軽蔑の眼差しを向けた。

何かとてつもなく忌まわしい渦の中に放り込まれたのだとサトシは瞬時に悟った。そのきっかけが何かは分からなかったが、誰がそう仕向けたのかはすぐに

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