難波麻人
僕は電車の待ち時間が異様に嫌いなので、そんな時に読めるものが書ければと思います。
今までの日々や、ささやかな僕の奮闘を書いていければと思います。
小さなBARに訪れる風変わりな客達の、お酒にまつわるショートストーリーを書いていきます。
小さな物語や、小説も書いていければと思います。
「二泊くらいの無人島で、初心者でも本格的なサバイバル生活を楽しむ為に必要な物ありますか?」 剛はアウトドアショップの店員に声をかけた。 「それでしたら、この無人島生活福袋がお勧めですね。リュックになっており、本格的なサバイバルを楽しむ為に必要な物は全て入っております」 それはキャンプで使うリュックの三倍はある大きさで、剛が触れると分厚い生地に骨組みや底板まであり、中身が何なのかは分からなかった。 「初心者の方って、自分で考えて必要ない物をいっぱい持って来て失
唐揚げに無断でレモンを絞る行為は、飲み会での御法度である。 唐揚げには「レモンをかける派」と「レモンをかけない派」がいるのだから、ちゃんと絞る前に「レモン苦手な人います?」と聞いてから絞らなければならない。 もしこのルールを破った者がいたならば、もうその飲み会中には覆らないほどの悪印象を参加者に与えてしまう。 「自己中心的」「がさつ」「空気が読めない」、そういった負のイメージを一身に請け負う羽目になる。 逆に無断でレモンを絞ろうとした者の手首を掴み、「レモンは聞い
「長距離恋愛販売中」 少女が胸元に掲げるダンボールをヘッドライトの端で捉えた。 僕は車を停め、なるべく優しい口調で声をかけた。 「こんな時間に何をしているんだい?」 「見ての通り、ちなみにあなたは何処まで行くの?」 彼女の声は見た目よりもずっと大人びて、その響きには僕を審査するような緊張感があった。 「僕は今から東京に戻るところだけど」 「それなら良かった。東京までの五時間くらい、眠気に襲われないように私を恋人として同乗させてみない?」 「それは斬新なや
「よかったら、この傘使って下さい」 後ろから優しく声をかけられた。 その日は午後から雨の予報だっだけど、昼間はそんなの信じられないほど晴れていて、傘なんて持ち歩いてるものならチンピラ二人組に「おい見ろよ、あそこにとんだチキン野郎が歩いてるぞ」と罵られるに違いなかった。 だから僕は傘を持たず家を出て、いつも作業するカフェに向かったのだ。 店に入って1時間ぐらいすると雲行きが怪しくなってきて、最初はやっぱり天気予報ってのは凄いもんだと悠長に構えていたが、本格的に降り
レジ袋の有料化が始まりどのくらいの年月が経っただろうか。 買い物に出かける時は当たり前のようにエコバックを持つようになり、忘れた際にはレジ袋に五円も取られるのが許せなくて、両手に商品を抱え、さらには無理やりポケットにねじ込んで持って帰る。 それでもあまりに量が多い時や、持って帰る距離としては遠すぎる場合にレジ袋を購入することもあるのだが、あのセルフで取るシステムのレジ袋を、どうしても上手に一枚だけ取ることが出来ない。 さほどそれが問題になっていない様子をみると、僕以
黎明近くなり、男は寺の寝所で目を覚ました。 微かではあったが遠くで人の騒ぐ声が聞こえる。小姓達が身支度中に喧嘩でも始めたのだろうか。 しかし騒ぎは一向に止まず、やがて何かが爆ぜるような音が寺に響いた。 それは銃弾を打ち込む音に違いなく、男はその瞬間、この寺が戦場になっているのだと悟った。 遠くで聞こえていた騒ぎ声は波のように押し寄せ、家臣達の叫び声が寺中にこだましている。 一本の火矢が男の頬をかすめた。火矢は柱に刺さると、男が振り返るのも待たずに寝所を燃や
高級マンションの前を通りかかると、丁度お母さんと幼稚園児が手を繋いで外に出て来た。 すると突然、「ちょっとストップー!!」という大きな叫び声が上空から響いた。 僕とその親子が思わずマンションを見上げると、10階のバルコニー辺りだろうか、僕の目の前にいる親子に対してママ友のような女性が叫んでいるようだった。 下にいるお母さんもそれに気づき、「どうしたのー!!」とマンションを見上げたまま大きな声で返事をした。 「電話忘れてるよー!!」 「えっ!?うそーっ!!」
機内にCAの緊迫した叫び声が響いた。 「この中にお殿様はいらっしゃいますか!?」 私の周りにいた乗客達は一瞬唖然とした表情を浮かべ、数分前に体調不良の外国人らしき男性客がCAに付き添われ移動していたのを思い出した。きっと慌てたCAが間違えて口走ってしまったのだろう。 ゆっくりと立ち上がり、私はCAの元へ向かった。 「私は大学病院で医者をしている者だが」 名乗り出た私の頬をCAは思いっきり平手で打った。 「ふざけないでっ!今は一刻を争ってるのよ!」 あ
男は宇宙ステーションで長く生活をしていた。 一度の滞在期間は半年ほどで宇宙の環境を利用した実験や研究を行う傍ら、男は毎日のように地球を眺め観察していた。最初のうちは故郷である地球への愛と畏敬の念からくるものだった。しかし二度目の宇宙での活動が始まってすぐに、男はある異変に気付いた。 地球が本来の楕円体から、内側に凹むように曲がり始めているのだ。 それは誰よりも地球を観察している男にしか気付かぬほどの僅かなもので、他の宇宙飛行士に話しても取り合ってもらえない。 男は
最近は寒暖差の激しい日が多く、「明日は夏日になるので日中は半袖でお出掛けを」とテレビでも呼びかけたりしている。 この時期にそんなことはないだろうと上着を着て外出すると、本当に暑くて結局はTシャツ姿になり歩きながら汗ばんでしまう。だからと言って毎日ちゃんと天気予報を確認してから家を出る訳ではないので、先日もまた寒暖差によって服装を間違える失態を犯してしまった。 その日は前日がかなり暖かく、「流石にあんだけ暖かかったら今日も寒いてことはないやろ」と勝手な判断で家を出たのが
私は意外と雨が好きだ。 もちろんお出かけするって決めた日や、三日も続けてどんよりした雨模様だったら気分が滅入っちゃうけど、それでも友達のリンちゃんやナナちゃんみたいに、雨音を聞くだけでうんざりするなんてことはない。 何かしたいけど何をしていいか分からない日は、リビングのソファーの上でどうしようって焦りだけが募って、そんな時に雨が降ってくれると踏ん切りがついてスッキリするのだ。罪悪感を感じることなく、今日はこのまま家でゴロゴロしていよ~って気持ちになれる。 ソファー
#33 父の運転する車が煽られている 数年ぶりに地元の駅に降り立った。 駅のホームから見える景色も、薄汚れていた待合室のベンチも新しくなっていたけれど、そこに流れている空気はあの頃のままだった。 たとえ何が変わろうとも、この空気が変わらぬ限り懐かしさは消えないし、きっとここを流れる空気は、この先もずっと変わることはないのだろうと思った。 改札を抜けて待ち合わせのロータリーへ出ると、車の運転席からこちらを見る父親を見つけた。助手席に母親の姿はなく、「買い物がまだ終
「人生は選択の連続だ」これは愛の名言をいくつも残したシェークスピアの言葉だけど、果たして本当にそうなのであろうか? 私が26年生きて来た中で、人生の選択などという大それた決定をいくつ下して来ただろう。いつもギリギリまで躊躇して、びびった挙句に最後は自分が傷つかない方ばかりを選んできた。 そんなもの人生の選択とは言わないし、結局は後悔や過ちの連続だった。 失恋する度に、「もう生きていけない!」と親友に泣きついたりもしたけれど、それでもやっぱり生活は続いていくわけで、性懲
しばらく放置していた家のポストを開けると、大量のチラシや割引券などが入っていることがある。 面倒だなと思いながらも、そのままにしておくと必要な郵便物が入らなかったり、見落としたりなどの支障が出てしまうので捨てなければならない。チラシや割引券の他にも、地域新聞や近隣住民への道路工事のお知らせなど、手品かと思うほど様々な形状の紙が小さなポストの中から出現する。 両手にも持ちきれず、ポストを閉めようとした時に数枚のチラシが挟んでいた指からスルリと滑り落ちる。 集合ポストが設
先日の飲み会での話ですが、やはり少し訂正させて頂きたくて手紙を書きました。 別にあなたの言ったことに怒りを感じているとかではなく、ほんの少しだけあなたにも分かって欲しいと思ったのです。 あなたは私を陰気だと、そこは希望のない世界だと仰いました。もちろん陽の光が差し込むあなたの世界は希望に満ちていると思います。人々は笑顔で挨拶を交わし、素晴らしい一日を始めることが出来るのだから。 けれどその素晴らしさに怯えて、夜にしか安息を求められない者もいるのです。陽の光も、照らし
病院のベッドの上で目を覚ました。 助けられたというよりは捕えられたという感覚の中で、いくら意識を向けても反応のない右手に、もうギターは弾けないのだろうと思った。 不思議とこれからに対する不安や恐怖はなかった。ただ頭の中に流れるこれまでのことをぼんやりと眺めていた。 ゆっくりと目を閉じると、瞼の裏には焼きついて離れないあの日があった。初めて音楽番組に出演した日でも、満員のワンマンを成功させたあの日でもない。夕日の差し込む教室に四人が集まったあの日。 何かを掴み取った