マガジンのカバー画像

物語

6
小さな物語や、小説も書いていければと思います。
運営しているクリエイター

記事一覧

「萱島祭り」

「萱島祭り」

お気に入りのTシャツに着替え家の外に出ると、むっとした熱気が体に纏わりついてきた。胸の高鳴りをごまかそうと、顔を差す西日にわざとらしく顔をしかめた。

短髪に整髪料をなすり付けた髪型が崩れぬように、Tシャツの脇や背中の部分が汗で濡れてしまわぬように、待ち合わせした橋の上まで、ゆっくりとした速度で自転車を漕ぐ。
昔通っていた幼稚園を通り過ぎ、その先にある神田神社の前を右に曲がると僕らの通う中学

もっとみる
「#7 険悪な雰囲気のなか名物パフェの登場」

「#7 険悪な雰囲気のなか名物パフェの登場」

今日は久しぶりに佳奈とのデートだ。本当は先週デートのはずだったけど、バイト先のコンビニで体調不良が二人も出て、どうしても僕が代わりに出なくちゃいけなくなった。佳奈に事情を説明すると、次のデートでレンタカーを借りて海まで連れて行ってくれるならという約束で許してもらった。

海沿いの道を車で走ってる間、佳奈はずっと窓から青い海を眺めてはしゃいでいて、僕が佳奈の好きな曲ばかりを集めて作ったプレイリス

もっとみる
「#5 月と君だけが浮かぶプール」

「#5 月と君だけが浮かぶプール」

夜中に散歩をすることがある。それは何かを考えたい時であったり、何も考えたくない時だったりする。昼間の喧騒の中にいると自分一人だけが取り残されたような気がするのに、誰もいない夜道を歩いていると、ほんの少しだけ自分もこの世界で生きていてもいいような気がするから不思議だ。夜の新鮮な空気はギュッと引き締まり輪郭がはっきりとしているから、吸い込んだ空気が体中を巡るような感覚があって、そうやって歩いてると、

もっとみる
「HOPE」

「HOPE」

いつからあきらめることに慣れてしまったんだろう。いつから負けることを悔しいと感じなくなってしまったんだろう。いつからそうやって、自分を騙すようになってしまったんだろう。
きっと私に才能なんてものは全然なくて、今はただそれを隠すことだけに毎日必死になっている。そんなことを考えながら、私は今日も「HOPE」までの道のりを歩いている。

そのお店は名前に似つかわしくない古びたBARで、木で作られた

もっとみる
君への物語

君への物語

シュツヘルは毎晩お城を見上げていた。川のほとりに座ってノートにペンを持ちながら、そこから見えるお城の窓を、いつもぼんやり眺めていたんだ。
ピロスはそんなシュツヘルを迎えに行く事にした。本人はただの好奇心だと言い張ってるけど、きっとシュツヘルの事が心配だったんだよ。

「やぁシュツヘル、君は毎晩こんな所で何をしてるんだい?」

「やぁピロスじゃないか。実はね、大好きなあの子のためにすてきな物語を

もっとみる
眠りの底

眠りの底

突然なんの連絡もなく実家へ帰って来た娘に母は驚き、そしてちょっとだけ不機嫌になる。

私は子供の頃と変わらずただ家に帰ってきてるだけなのに、お母さんにはお母さんなりの、久しぶりに帰ってくる娘を迎える準備というものがあるらしいのだ。
リビングのソファーでくつろぐ娘への警戒態勢は最大限にまで引き上げられ、帰ってきたことに特別な理由がないと確証を得るまでは、レーダーとなった二基の眼球がキッチンや

もっとみる