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【4500字無料】 アニメとSF、それぞれの国の宗教性——『日本宗教のクセ』を読む(2)

*新刊紹介を起点としたダイアログのシリーズです。


*本の紹介をしたり、感想を話したりしながら、より広く、哲学思想の考え方や面白さにも触れることができるような記事を目指しています。

(今回紹介する本の書誌情報)
内田樹・釈徹宗『日本宗教のクセ』ミシマ社、2023年


話している人

八角 
 株式会社「遊学」の代表。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 哲学をやっている。

しぶたにゆうほ 
 株式会社「遊学」の一員。
 京都大学大学院 修士課程修了(文学)。
 専門を尋ねられると、大学では「数学基礎論」、大学院では「宗教言語論」と答えていた。

第1回はこちら

日本のアニメ、アメリカのSF

しぶ 内田樹・釈徹宗『日本宗教のクセ』(ミシマ社、2023年)について紹介しながら、日本の宗教について議論してきました。

八角 ここまでの話をまとめると、日本には体系がなく、中心がなく、記憶がない、ということですね。

しぶ 「ない」ばかりだと退屈なので、何かしら「ある」の話もしましょう。

八角 そうだね。

しぶ 究極的には西洋にあるものを持ってきて「それがない」って言うのはわかりやすいんだけど(そして実際に重要なんだけど)、「結局、日本の話してないじゃん!」とも言われてしまう。そうではない仕方で、もっと強く日本に「ある」話って何かあるかな。

八角 釈さんがこんなことを言っているところがあるね。

かつてはその地域地域の土着的宗教性によって、自分の宗教性が育ったわけです。でもそういう地域の宗教性はどんどんなくなっています。その代わりの役目を果たしているのが、ゲームとかアニメとかサブカルチャーだという印象をもっているのですが、先生はどう思いますか?

220頁

八角 これに対して内田さんは、子供の宗教性を育むのは恐怖譚だという話で応えている。

しぶ そして、その型は、小説・映画・漫画・アニメ・ゲームにおいて繰り返されている、とも言っていましたね。確かに、日本において宗教的な想像力は、サブカルチャーにかなり強く出ていると思う。

八角 先日、イーロン・マスクがSFの世界観で事業を行っているって話をしたよね。アメリカだとSFが強い。日本だとアニメ・ゲームだ、ということなんだろうね。

しぶ アメリカだとSF、なるほど。

八角 ビル・ゲイツもそうみたいね。ちょうど今日(収録日!)新聞で見たんだけど、ビル・ゲイツが昔、世界中の子供たちのために自分の推薦図書5冊を送ったらしいんだよ。現代日本で言うと、大谷翔平が全ての小学校にグローブをいっぱい送った話と同じだね。それで、そのビル・ゲイツの本が、5月に京都府立植物園の図書館で見つかったんだって。

しぶ そうなんだ……。

八角 私が見た記事は、そのお礼を書こうって話なんだろうね(本ダイアログは2023年秋頃に収録)。

しぶ 「『あなたが手にしている本は、私が置いた5冊のうちの1冊です。』との記述があったことから、さらに4基の書庫をくまなく探したところ、最後の1冊と小さなかわいい妖精の人形が見つかりました」……(笑)。(以下のリンク先より)

八角 ちゃんと管理してくれ〜〜そういうとこやぞ〜〜と思ったんだけど(笑)。ともかく、その発見された本の1冊がSFだったんですね。

しぶ ハインラインだ! 王道ですね。

八角 そこからもわかるように、ビルゲイツもSFを重要なものだと判断していた。だからやっぱり、アメリカのSF信仰というのは1つあるなって思った。一方で、これが日本だとアニメ・ゲームなので、全然違うなって思いましたね。

日米ガラパゴス

八角 でも結局、SFもそうなんだけどさ、ガラパゴスなんだよね。つまり、非常に狭い期間・狭い地域の話なんだよ。日本も含めて世界各国に輸入されてると思うけど、あれは結構アメリカ的なんだよね。しかもある時期の。

しぶ ははあ。ローカルなんだ。

八角 そう。日本のアニメの信仰とほぼ一緒で、ガラパゴス。アメリカのSFも、日本のアニメも、それを輸出してるわけじゃん。

しぶ ガラパゴスは良い面もあるんじゃないかな。最初から一気に全部グローバルな基準で作品を作るのではなく、限定された場所でだけ理解されるようなコンテキストの中でクオリティを高めて、たまに「これは輸出するぞ!」ってものを輸出するという……。

八角 最近は、よく輸出してるでしょう。

しぶ まあ最近は、確かに。でも、良いやり方だと思うけどね。必ずしも全員が全員、無理に最初からグローバルな作品を作る必要はない。

八角 実際、そこは賛否あるんだよね。日本のアニメは結局ガラパゴス化してて、ちゃんと世界基準でOKなやつを出さないとダメっていう意見もあったりとか。

しぶ まあー、かつては日本の専売特許だったようなテーマや設定を、海外のほうがうまく使いこなせている、みたいなケースも増えてきてるしなあ。

八角 でも私は、最近ガラパゴス化もなかなか悪いもんじゃないんだなって思った。2023年11月公開の『ゴジラ-1.0』、日本で流行ってるけど、あれアメリカでめちゃくちゃ刺さったらしいんだよね。

しぶ そうなんだ。知らなかったな。

八角 あの作品、ゴジラの放射線や放射能が、原爆の反応と同じように描かれているらしいんだけどね。それって日本人からすると、何度も見たことあるものだから……。

しぶ ベタで、わざとらしく感じる?

八角 そうそう、「演じてます」感があって「あーはいはい、そういうのあるよねー」って感じらしいんだけど。

しぶ 記号的に感じるというか……。

八角 そう。でも、その表現が、アメリカ人に刺さったらしくて。

しぶ 一般に、異文化の輸出入は「2周遅れ」くらいのものがわかりやすいのもかもね。

八角 いやーそれが、そういう話でもなくて。例えば『ゴジラ-1.0』にはPTSDの描写とかがあるんだけど、これも日本人だと「あーそういうのあるよねー」という感じみたいなんですよね。でもアメリカではPTSDは本当に社会問題で、ずっとそれを考えている国なんですよ。

しぶ なるほど。

八角 ベトナム戦争もあり、イラク戦争もあり、とにかくよく戦争があるから、軍の人たちがショックを受けて帰ってくるし、PTSDは社会問題なんだよ。だから、『ゴジラ-1.0』はそこに刺さってしまったらしくて、2023年は『オッペンハイマー』と『ゴジラ-1.0』を観ることで「両面」がわかるっていう理屈になってるらしいんですね。

しぶ 「両面」というのは要するに……。

八角 つまり、原爆を作った側のリアルと、受けた側のリアルとがわかるという。

しぶ なるほど。日本は結局、2024年3月末まで『オッペンハイマー』は公開されませんでした。

八角 そういうわけで、ガラパゴス化っていうのもなかなか悪いもんじゃないんだなって思いました。ゴジラは特撮ですけど、アニメやゲームとも緩やかにつながっているから。

しぶ なるほど、無理に世界に合わせるのではなくて、ある文脈の中で何かを練り上げることに意味があるケースか……。

八角 日本のガラパゴスも、突き詰めることで、そこからビル・ゲイツ、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾスが出てくる可能性はあるんじゃないかな(笑)。

アニメと宗教

しぶ 日本人は宗教の話に対してとても警戒するけど、その代わり流行ってるアニメとかはめっちゃ宗教的だったりするよね。「構造が宗教的」「分析すると宗教的」って意味じゃなくて、ベタに題材として宗教を扱っているようなものが多いというか……。

八角 「生まれ変わり」とかね。

しぶ 『日本宗教のクセ』でも「生まれ変わり」の話、あったね。韓国ドラマにはやたら「生まれ変わり」が出てくるという話(223〜224頁)が、この本で一番面白いエピソードだったかも。

八角 韓国ドラマもそうかもね。日本のアニメもそう。

しぶ 日本の話に戻すと……。

八角 若い人の方が「生まれ変わり」を信じているという話でした。それがアニメのおかげだそうです(219頁)。

しぶ それは本当にアニメの影響なのかねえ……。アニメに「生まれ変わり」がたくさん登場するのは間違いないけど。『あの花』(『あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。』)とかね。ヒロインが「成仏して生まれ変わるんだ」みたいなことずっと言ってたし。

八角 つまり、日本のサブカルチャーは、ベタに題材として宗教を扱っているようなものが多いんだね。

しぶ そうそう。有名どころで言えば、新海誠の最近の『君の名は』『天気の子』『すずめの戸締まり』は全部ベタに宗教的だし。

八角 『天気の子』さあ! あの、これ、全然関係がないんだけど……。

しぶ あ、わかった。最近のTwitterの話でしょう。

八角 そう! 最近再評価されてるって言われて! 「そうやろ!」って思って! 私は最初から評価してたんだよ! でもみんなが気づいてなかったんだよ!

しぶ ぼくもニンマリして「最近また盛り上がってるみたいで嬉しい」とツイートしました。あの再評価(?)は『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』に関係しているみたいですね。

八角 あれでしょう、ムラ社会の話を、すでに『天気の子』はやってたんだっていう。ムラ社会を壊す話を、東京ローカルでやった場合に、「東京ぶっ壊して自分たちのことをやるんだ」って……。

しぶ そうそう、「村のために死んでくれ」がダメなのは、『ゲゲゲ』のように描かれれば明らかだけど、それはすでに『天気の子』がやっていたじゃあないか、という話でしょうね。

八角 素晴らしい。

しぶ 『天気の子』のときは、君らそう言ってなかったじゃないか!(笑)

八角 本当だよ! 『天気の子』のとき「ジコチュー」とか言われたの忘れてないからな。

しぶ その「村のために死んでくれ」=「東京のために死んでくれ」も、責任を1人の人間に巫女的に集約するということだから、宗教的な話なわけですよね。『すずめの戸締まり』は最初からベタベタに日本神話で、だから宮崎から始まるわけだよね。

八角 そうだね。

しぶ 日本人は宗教の話に対してとても警戒しているけど、アニメとかだと、ここまでベタに宗教的なものでも「そうそう、こういうのだよ!」と思ってみんな観る。日本において宗教的な感受性はサブカルに強く現れる、という『日本宗教のクセ』の指摘は、全くその通りなんだろうな、と思いました。

宗教に鈍感な日本

八角 これ、1つ問題だと感じるのは、「宗教について扱ってないのに、宗教行為は行ってる」ってことだよね。

しぶ どういうことですか。

八角 ああ、つまり、「日本人は宗教的なアニメを見たり、共感したり、考えたりとかしてるし、初詣行くしクリスマスやるじゃん、だから日本人は宗教好きなんだよ!」って理屈に最近なりつつあるんですけど……。

しぶ ダメなんですか?

八角 いいんだけどさ。「宗教を好き」とか「嫌い」とかって話をするより、ちゃんと宗教について勉強した方がいいと思う。最近怖いな、と思うのは、その結果として、他の宗教を信仰してる人達を軽く見るっていう傾向があるんですよね。

しぶ なるほど、よくわかってないのに「宗教? わかりますよ! うちも初詣とか行ってますし!!」みたいな雰囲気なっちゃったってことね。

八角 ちがう、そうじゃない。

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