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怒りにも消費期限がある

大学生活、私は出版サークルに所属することにした。元々ノベルが好きだし、将来は出版関係の仕事に就きたいと考えていたから。嘗ては自身が小説家になろうと志していたが、それは脆くも強靭な才能に打ち砕かれた。その玉砕者、内海くんは言う。
 
「香川さん、才能の尺度は人次第だ。君が辞めたいなら辞めればいい。でもせいぜい『理由』を『言い訳』に変えないようにね」
 
新歓コンパは安い、速い、多いで有名な学生街の居酒屋だった。50人在籍の中堅サークルで、有象無象の男が新入生女子を口説きまわっている。大人っぽい素振りをしても、何だか全員内海くんより子供っぽい…私はビールを流し込みつつそんなことを考えていた。すると一人の男が声をかけてきた。
 
「飲むねぇ。ビール好きなの?」
「はい、まあ」
「女の子がビール飲んでたらモテないゾ~」
 
イラッ。何故突然名前も知らない男からそんなことを言われなきゃいけないのか。しかし臆病な私は口答え出来なかった。
 
「本当は苦手なんですよね~。場の空気で」
「よっし、お任せ」
 
男は私のジョッキを取り、グイと己の喉元に流し込み、ニタリとはにかんできた。気持ち悪い…。後日、内海くんへの文通でそのことを記すと
 
『なら君は怒るべきだったし、僕にそのストレスを消化することは出来ない。怒りにも消費期限がある。その都度消費していかないと、君の心に腐ったまま堆積していくだろう。規範に捕らわれず、自身の為の賢明な判断を下していくべきだ。僕にはどうすることも出来ない』
 
内海くんはいつも正論を言う。でも今回は誤りが一つある。内海くんは私のストレスを消化することが出来る。それも至極単純な一行の文章で。その事に気付けない内海くんも、やはりまだ子どもなんだと思った。


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