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与毎ダンス

「ヨマイです。よろしく」
「表記はどうしましょう?」
「与る、度毎の毎に『与毎』です」
 
編集者、小野誠二は端正な顔をしていた。硬派な音楽雑誌の編集者で、香川さん曰く切れ者らしい。隣に座る彼女は目を丸くさせる。
 
「あれ、そんな漢字でしたっけ?」
「自己紹介はいつも思い付きなんです」
 
香川陽子、彼女も同じ出版社に勤める編集者で、昔路上で舞っていた時に知り合った。私が小屋で踊り出したのを知って律義に足を運んでくれた義理堅い人物。そんな彼女が紹介したい人がいると、それが小野誠二という男だ。香川さんは形式張った口調で語り出す。
 
「我々は共に『ノーヴス』という系列のカルチャー雑誌を刊行しています。私は『ノーヴス・テアトル』彼は『ノーヴス・ミュジク』ノーヴスは隔年に一度、新人発掘企画を実施してます。単刀直入に、その企画にヨマイさんを推薦させて頂けないかと」
 
企画書を見せて貰った。計六つあるノーヴス雑誌のそれぞれが隔年に一度、目立つ新人を発掘するという歴史ある企画らしい。発掘というより、仕立て上げると言う方が近そうだ。でも腑に落ちない。推薦って、事前に当人に伝える事なのか?私は訝しんだ。オイシイ話には蘞味がつきものだから。私が断ろうと口を開くと、間髪入れず小野誠二が口を挟んだ。
 
「ですのでヨマイさん、一緒に策を弄しませんか?というお誘いです」
 
曰く落ち目のテアトル、ミュジク共同で新人発掘企画を実施し、経費削減、顧客の拡張、宣伝促進を狙おうという話らしい。要約すると香川さんと小野誠二、私ともう一枠の推薦者で『ノーヴス』の企画を利用し、旨味を分け合おうという話だ。つまり私が音楽家と、一つの作品を創作するということになる。
 
「生憎ですが、私は誰かと作品を共作するつもりはありません」
「個人作業でいいんじゃないですか?ギンズバーグとパティスミス、フィリップグラスのトリオの様に。調和は観客が勝手に獲得すればいい。ヨマイさんはヨマイさんで好きなように踊ればいい。私はそう思ってます」
 
短い会話の中で私は小野誠二という男をこう判断した。『有能な冷血漢』誠実な物腰とは裏腹に他者の人生に関心が無く、目的の為なら手段を選ばないタイプだ。何故こう判断したか?それは彼自身が己の身体に関して極めて自覚的である、という点にある。効率と効果を重視し表情や声色、言葉や身体を使いこなす、極めて有能な人物だ。だが自分の身体を道具の様に扱える人間は、他人の身体も同じように扱うことが出来る。恐らくこの男は自身の目的のために香川さんと私を利用しようとしている。
 
「香川さんは何故私を?」
「う~ん、言葉を選ばないなら…私学生時代『キノの旅』ってラノベ大好きだったんです。でも語る友達いなくて…クラス中に布教しましたね。その時と同じ感覚です」
 
…考えた末に私はこの策略を受け入れ、一人のピアニストと共演することになった。孤独至上主義の舞踏家のアイデンティティが揺らぐ事態だ。しかし揺らいだからこそ、より磐石な地盤を獲得することもある。

事実、私はこの経験を通して確固たる孤独を獲得するに至ったのだ。

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