icca

いろんなことを気にしすぎてしまう無職のライターです。パン屋さんで働いていました。 同じ…

icca

いろんなことを気にしすぎてしまう無職のライターです。パン屋さんで働いていました。 同じようにささいなことが気になってしまう人や、販売・接客業の経験がある人にぜひ読んでほしいです。名称以外はすべてノンフィクションです。

マガジン

  • パン屋日記

    寝る前の読みものを探している方に。パン屋で働く「わたし」のノンフィクションエッセイをお届けします。やさしくてあたたかい変な人たちがたくさん出てきます。

記事一覧

東京日記〜青春セットリスト

音楽は、その人の好みや人柄、生きた時代や思い出を包含する。集中的に聴いていた音楽を耳にすると、心が一気に当時へと持っていかれるような感覚がある。 今日はMrs. GRE…

icca
2か月前
29

東京日記〜嘘つきアルバイト

週末にアルバイトを始めた。 嘘偽りなく理由を言えば、 「お金」と「友達」がほしかった。 広島ー東京間の引っ越しはそこそこ大変で 直前まで無職だったというのに、 50万…

icca
2か月前
34

東京日記〜かなしみが止まらない誕生日

その日は私の誕生日だった。 会社に向かう満員電車に揺られていると、ふるさとの叔母からメッセージが届いた。「お誕生日だし、今日はちょっと贅沢してもいいんじゃない?…

icca
2か月前
44

東京日記〜円卓で蕎麦を

勤務先の最寄りに「ゆで太郎」という立ち食い蕎麦屋がある。最終面接で初めて社屋を訪れた時から、ずっと気になっていた。職場にもいくらか行き慣れてきたので、このたび意…

icca
3か月前
27

東京日記〜新人研修

初出社の前に髪を切った。 「青山の美容室で髪を切る」という経験をしてみたいが、今はその時ではない。安くて近いところがいい。 最寄りのスーパーを探した時に見かけた…

icca
8か月前
49

東京日記〜はじめての六本木ヒルズ

引っ越しをしてから、毎日のように各種手続きが続いている。インターネットの工事をしたり、転入届を出したり、免許証の住所を変更したり。 電話も毎日のようにかかってく…

icca
8か月前
23

東京日記〜東京サバイバル遠足

新居に引っ越してから仕事が始まるまでに、2週間の慣らし期間をつくった。使い勝手の良いスーパーを探したり、生活用品を買い揃えたり、伸びっぱなしだった髪を切ったりす…

icca
8か月前
28

東京日記〜「富士そば」と長い坂道

東京の人は不安そうな顔をしている、と思った。 無事に最終面接に合格し、広島から東京へ引っ越しをした。最初の数日間は自炊ができず、「富士そば」や「日高屋」の世話に…

icca
9か月前
31

東京日記〜銭湯の「主」とパンダ・子パンダ

今回の東京面接旅行では日暮里に宿を取った。他の地域よりも安かったからだ。 東京駅から上野方面の電車に乗り、ホテルへと向かう。そうしてたどり着いたのが、「東京日記…

icca
10か月前
35

東京日記〜幻の港区と「ゆで太郎」

慎重な性格だ。「面接会場の下見」および「面接まで待機するための近隣カフェの下見」に訪れた。面接会場、もとい応募先の会社は港区にある。「港区女子」の港区だ。 最寄…

icca
11か月前
30

東京日記〜東京で、日本の縮図を見る

就職の面接で東京に来た。 最終面接だ。緊張している。 片道4時間の移動はなかなかにキツく、落ち着いて臨むために前乗りすることにした。旅行会社を通じて、新幹線とセッ…

icca
11か月前
34

みんなのその後〜Afterパン屋日記

みなさんこんにちは。 お元気にされていますか? わたしは元気です。 このたびはパン屋日記、もとい、 わたしの前職での思い出を読んでくださって ありがとうございました…

icca
11か月前
42

パン屋日記 # 最終回 雨の日のタクシー

雨の日は、 身分の不相応を世界中の人に謝りながら タクシーで出勤します。 電車も、バスも 町はまだ、 眠りから覚めていないのです。 「すみません、にこにこ町の  …

icca
1年前
38

パン屋日記 #57 ラスト・ラン

その小さなレストランは、 いつも通り朝8時にオープンしました。 いつもと違うのは、 いろんな業者さんが 入れ代わり立ち代わり挨拶に来ること お客さまが、いつもより…

icca
1年前
33

パン屋日記 #56 最後の一皿まで

好きだった瞬間がありました。 シェフから手渡しで、 料理を受け取る瞬間です。 料理の受け渡しは通常、 「デシャップ台」と呼ばれる カウンターで行います。 できあが…

icca
1年前
42

#55 今となってはおとぎ話のように

閉業前の、ラスト・ラン。 ほとんど2ヶ月ぶりに 厨房からあたたかな音が聞こえ、 古い陶製のシャンデリアに 明かりが灯りました。 自分用の飲み物を取りに レストラン…

icca
1年前
34
東京日記〜青春セットリスト

東京日記〜青春セットリスト

音楽は、その人の好みや人柄、生きた時代や思い出を包含する。集中的に聴いていた音楽を耳にすると、心が一気に当時へと持っていかれるような感覚がある。

今日はMrs. GREEN APPLEを聴きながら現場へと向かっているが、いつか今日のことも、歌を通じて思い出すことがあるのかもしれない。

さて、いま私が向かっているのは、
都内にある私立大学だ。

弊社では年に2回、
全国の大学での「教科書販売業務

もっとみる
東京日記〜嘘つきアルバイト

東京日記〜嘘つきアルバイト

週末にアルバイトを始めた。
嘘偽りなく理由を言えば、
「お金」と「友達」がほしかった。

広島ー東京間の引っ越しはそこそこ大変で
直前まで無職だったというのに、
50万円強のお金がサクッと無くなった。

東京に着くと
それはそれはたくさんの人が
駅のホームにうごめいていたが、

このホームにいる人たちの中で
私のことを知っている人は
ただの1人もいないのだと思うと、

何かとんでもないことをしてし

もっとみる
東京日記〜かなしみが止まらない誕生日

東京日記〜かなしみが止まらない誕生日

その日は私の誕生日だった。

会社に向かう満員電車に揺られていると、ふるさとの叔母からメッセージが届いた。「お誕生日だし、今日はちょっと贅沢してもいいんじゃない?」とある。…そうだ、「まるごとバナナ」を買おう!

私の勤務先の最寄りコンビニは、デイリーヤマザキである。セブンイレブンではなく、ファミリーマートでもなく、ローソンでさえない。そんなデイリーヤマザキの美点は、「まるごとバナナ」があるところ

もっとみる
東京日記〜円卓で蕎麦を

東京日記〜円卓で蕎麦を

勤務先の最寄りに「ゆで太郎」という立ち食い蕎麦屋がある。最終面接で初めて社屋を訪れた時から、ずっと気になっていた。職場にもいくらか行き慣れてきたので、このたび意を決して「ゆで太郎」にチャレンジすることにした。

ゆで太郎は、北は北海道、南は九州まで展開する全国チェーンだ。オリジナル・ソングもある。

平成を彷彿とさせるポップなメロディラインに、

「ゆでゆで 茹で立て ゆで太郎」

という、ファン

もっとみる
東京日記〜新人研修

東京日記〜新人研修

初出社の前に髪を切った。

「青山の美容室で髪を切る」という経験をしてみたいが、今はその時ではない。安くて近いところがいい。

最寄りのスーパーを探した時に見かけた、
適当な美容室に決めた。

担当してくれたのは元ヤン風のお兄さんだった。

年齢的には40代後半あたりだろうが、
元ヤンなのでどうしても
「お兄さん」っぽさがある。

東京生まれ・東京育ちのお兄さんは、
私の髪をゆっくり切りながら

もっとみる
東京日記〜はじめての六本木ヒルズ

東京日記〜はじめての六本木ヒルズ

引っ越しをしてから、毎日のように各種手続きが続いている。インターネットの工事をしたり、転入届を出したり、免許証の住所を変更したり。

電話も毎日のようにかかってくる。電話口の人は、みなAIのような喋り方をする。
水が流れるように通り一遍の説明をし、万一の時に備えて、責任から逃れるための予防線を張りまくる。

本日3人目のAIとの通話を終え、わたしはとうとう、虎になった。
AIとの度重なる通話で、心

もっとみる
東京日記〜東京サバイバル遠足

東京日記〜東京サバイバル遠足

新居に引っ越してから仕事が始まるまでに、2週間の慣らし期間をつくった。使い勝手の良いスーパーを探したり、生活用品を買い揃えたり、伸びっぱなしだった髪を切ったりする。

中でも特に重要な活動は、「東京サバイバル遠足」である。

東京では、何が起こるかわからない。
具体的には、雨が降ったり、雪が降ったり、駅や電車が爆発したりして、「会社から家に帰れない」という事態が起こりそうだ。事実、私が広島から引っ

もっとみる
東京日記〜「富士そば」と長い坂道

東京日記〜「富士そば」と長い坂道

東京の人は不安そうな顔をしている、と思った。

無事に最終面接に合格し、広島から東京へ引っ越しをした。最初の数日間は自炊ができず、「富士そば」や「日高屋」の世話になった。どちらも広島にはない飲食チェーン店だ。

引っ越し初日。看板に書かれたメニューと値段を入念にチェックし、いざ「富士そば」に入店。出たな。券売機だ。

私はこれまで、牛丼店など、食券式の店で食事をした経験が少ない。「なか卯」というフ

もっとみる
東京日記〜銭湯の「主」とパンダ・子パンダ

東京日記〜銭湯の「主」とパンダ・子パンダ

今回の東京面接旅行では日暮里に宿を取った。他の地域よりも安かったからだ。

東京駅から上野方面の電車に乗り、ホテルへと向かう。そうしてたどり着いたのが、「東京日記」の初回に記したあのホテルだった。

その節は「日本の未来の縮図である」と、いささかネガティブな紹介の仕方になったが、良い面もあった。近くに温泉があったのだ。
広島の「ほの湯」のように、食事処も併設されている。

風呂は「銭湯」に分類され

もっとみる
東京日記〜幻の港区と「ゆで太郎」

東京日記〜幻の港区と「ゆで太郎」

慎重な性格だ。「面接会場の下見」および「面接まで待機するための近隣カフェの下見」に訪れた。面接会場、もとい応募先の会社は港区にある。「港区女子」の港区だ。

最寄りの浜松町で電車を降りる。初めて来る場所だと思っていたが、改札を出た瞬間に記憶がよみがえった。学生の頃、劇団四季を観に一度来たことがある。なんでも行っておくものだ。

港区のビルは、全部高くて全部ガラス張りだ(個人の感想です)。Googl

もっとみる
東京日記〜東京で、日本の縮図を見る

東京日記〜東京で、日本の縮図を見る

就職の面接で東京に来た。
最終面接だ。緊張している。

片道4時間の移動はなかなかにキツく、落ち着いて臨むために前乗りすることにした。旅行会社を通じて、新幹線とセットになっている格安ホテルを予約。これがまたとんでもないところだった。

「ビジネスホテル」とは名ばかりである。その実、狭小ワンルームマンションを改装した狭小ホテル。「全室ミニキッチン付☆」とは、なるほどうまいこと言ったものだ。

フロン

もっとみる
みんなのその後〜Afterパン屋日記

みんなのその後〜Afterパン屋日記

みなさんこんにちは。
お元気にされていますか?
わたしは元気です。

このたびはパン屋日記、もとい、
わたしの前職での思い出を読んでくださって
ありがとうございました。

今後の投稿はまた、
いろいろなことをやや「気にしすぎ」なわたしの
暮らしの日記に戻ってしまいますが

気が向いたらたまに
読んでいただけるとうれしいです。

パン屋の人々について
わたしと同じかそれ以上に心を寄せ、
心配してくだ

もっとみる
パン屋日記 # 最終回 雨の日のタクシー

パン屋日記 # 最終回 雨の日のタクシー

雨の日は、

身分の不相応を世界中の人に謝りながら
タクシーで出勤します。

電車も、バスも

町はまだ、
眠りから覚めていないのです。

「すみません、にこにこ町の
 どうぶつベーカリーまでお願いします」

とわたしが言うと、

「あらー、いいねえ。
 おいしいパン屋さんだねえ」

と運転手のおじちゃんが言いました。

従業員だと明かす前に

「おいしいパン屋さんだね」

と言われたのがうれしく

もっとみる
パン屋日記 #57 ラスト・ラン

パン屋日記 #57 ラスト・ラン

その小さなレストランは、
いつも通り朝8時にオープンしました。

いつもと違うのは、

いろんな業者さんが
入れ代わり立ち代わり挨拶に来ること

お客さまが、いつもより多く
お写真を撮られること

そして、

今日の夕方にいつも通り閉店した後は

もう二度と
オープンしないということでした。

わたしが出勤した時はちょうど

セントラルキッチンの工場長が、
シェフのところへ別れを惜しみにきていまし

もっとみる
パン屋日記 #56 最後の一皿まで

パン屋日記 #56 最後の一皿まで

好きだった瞬間がありました。

シェフから手渡しで、
料理を受け取る瞬間です。

料理の受け渡しは通常、
「デシャップ台」と呼ばれる
カウンターで行います。

できあがった料理が次々とそこに出され、
ホールスタッフが伝票と照らし合わせて、
それらをピックアップしていきます。

デシャップ台への料理の出し方は、
料理人によってさまざまです。

料理の向きまで揃えて
きっちり並べる人もいれば、

忙し

もっとみる
#55 今となってはおとぎ話のように

#55 今となってはおとぎ話のように

閉業前の、ラスト・ラン。

ほとんど2ヶ月ぶりに
厨房からあたたかな音が聞こえ、

古い陶製のシャンデリアに
明かりが灯りました。

自分用の飲み物を取りに
レストランの方へ行くと

お客さまがめいめいのお好きなお席で、

朝と昼の間のゆっくりとした時間を、
静かに楽しまれていました。

そうだった、

わたしの好きなパン屋は
こんな感じだったと

胸いっぱいにあたたかさが広がる一方で

これがあ

もっとみる