東京日記〜円卓で蕎麦を
勤務先の最寄りに「ゆで太郎」という立ち食い蕎麦屋がある。最終面接で初めて社屋を訪れた時から、ずっと気になっていた。職場にもいくらか行き慣れてきたので、このたび意を決して「ゆで太郎」にチャレンジすることにした。
ゆで太郎は、北は北海道、南は九州まで展開する全国チェーンだ。オリジナル・ソングもある。
平成を彷彿とさせるポップなメロディラインに、
「ゆでゆで 茹で立て ゆで太郎」
という、ファンの期待を裏切らない歌詞が乗っている。
歌の途中に差し込まれる、
「かき揚げだっ!」
などの合いの手も見逃せない。
蛇足で恐縮だが
「もつ次郎」という姉妹店もある。
ゆで太郎は食券制である。
まずは無難に「かけそば」を買う。
お客さんは男性ばかりだ。
「男性が多い」というレベルではなく、店内にいる20〜30人の人間すべてが男性だった。不安だ。
私は不安な気持ちのまま、茹で場の店員に食券を渡した。店員もまた、不安そうな顔で食券を受け取った。
ほんの数十秒で蕎麦が出る。
私にだけ、箸がある場所を教えてくれた。
蕎麦を受け取り、店内を見回す。
なるほど、「立ち食い」とひと口に言っても、座って食べる席と立って食べる席が混在している。
座って食べる席には、背もたれのない丸椅子が等間隔に固定されている。立って食べる席は、起立した状態に合わせて、カウンターの高さが調整されている。
私は店内をすばやく把握したのち、入口近くの円卓に着席した。これが失敗だった。
入口近くの円卓は、正確には半円形のテーブルだった。壁に円卓を突っ込んだような形状で、周りにぐるり一周、例の丸椅子が固定されている。
座ってから気づいた。
会議や会食で使われる、円卓。
円卓のいいところは、
全員の顔がよく見えるところだ。
つまり、
蕎麦を食う知らないおじさんたちの顔が
あまりにも「見える」のだ。
寸分の重なりも無く、
完璧な角度で。
蕎麦はちゃんと美味しかった。
380円で温かい汁物をいただけるなんて、とってもありがたい。東京の蕎麦にはほうれん草がのっていて、西日本出身の私にとってはそれもまた奇妙で面白い。
初めての「ゆで太郎」を無事にやり遂げ、食器をお返しして退店する。こめかみを抜ける風がひんやりと爽やかだ。
デスクに戻ってふと時計を見ると12時12分。立ち食い蕎麦の底力を見た。
円卓さえ避ければ、
これ以上のランチ処はない。
また行こうとひそかに心に決めた、
初めての「ゆで太郎」でした。
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