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いろんなことを気にしすぎてしまう無職のライターです。パン屋さんで働いていました。 同じ…

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いろんなことを気にしすぎてしまう無職のライターです。パン屋さんで働いていました。 同じようにささいなことが気になってしまう人や、販売・接客業の経験がある人にぜひ読んでほしいです。名称以外はすべてノンフィクションです。

マガジン

  • パン屋日記

    寝る前の読みものを探している方に。パン屋で働く「わたし」のノンフィクションエッセイをお届けします。やさしくてあたたかい変な人たちがたくさん出てきます。

最近の記事

東京日記〜青春セットリスト

音楽は、その人の好みや人柄、生きた時代や思い出を包含する。集中的に聴いていた音楽を耳にすると、心が一気に当時へと持っていかれるような感覚がある。 今日はMrs. GREEN APPLEを聴きながら現場へと向かっているが、いつか今日のことも、歌を通じて思い出すことがあるのかもしれない。 さて、いま私が向かっているのは、 都内にある私立大学だ。 弊社では年に2回、 全国の大学での「教科書販売業務」がある。 学生たちが講義で使う教科書を、 売店や特設会場でいらっしゃい、 い

    • 東京日記〜嘘つきアルバイト

      週末にアルバイトを始めた。 嘘偽りなく理由を言えば、 「お金」と「友達」がほしかった。 広島ー東京間の引っ越しはそこそこ大変で 直前まで無職だったというのに、 50万円強のお金がサクッと無くなった。 東京に着くと それはそれはたくさんの人が 駅のホームにうごめいていたが、 このホームにいる人たちの中で 私のことを知っている人は ただの1人もいないのだと思うと、 何かとんでもないことをしてしまったような気持ちになって ゾッとした。 生活用品を揃え、 最寄りのスーパーを

      • 東京日記〜かなしみが止まらない誕生日

        その日は私の誕生日だった。 会社に向かう満員電車に揺られていると、ふるさとの叔母からメッセージが届いた。「お誕生日だし、今日はちょっと贅沢してもいいんじゃない?」とある。…そうだ、「まるごとバナナ」を買おう! 私の勤務先の最寄りコンビニは、デイリーヤマザキである。セブンイレブンではなく、ファミリーマートでもなく、ローソンでさえない。そんなデイリーヤマザキの美点は、「まるごとバナナ」があるところだ。 まるごとバナナが好きで日頃から食べている、というわけではない。「まるごと

        • 東京日記〜円卓で蕎麦を

          勤務先の最寄りに「ゆで太郎」という立ち食い蕎麦屋がある。最終面接で初めて社屋を訪れた時から、ずっと気になっていた。職場にもいくらか行き慣れてきたので、このたび意を決して「ゆで太郎」にチャレンジすることにした。 ゆで太郎は、北は北海道、南は九州まで展開する全国チェーンだ。オリジナル・ソングもある。 平成を彷彿とさせるポップなメロディラインに、 「ゆでゆで 茹で立て ゆで太郎」 という、ファンの期待を裏切らない歌詞が乗っている。 歌の途中に差し込まれる、 「かき揚げだっ

        東京日記〜青春セットリスト

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        • パン屋日記
          60本

        記事

          東京日記〜新人研修

          初出社の前に髪を切った。 「青山の美容室で髪を切る」という経験をしてみたいが、今はその時ではない。安くて近いところがいい。 最寄りのスーパーを探した時に見かけた、 適当な美容室に決めた。 担当してくれたのは元ヤン風のお兄さんだった。 年齢的には40代後半あたりだろうが、 元ヤンなのでどうしても 「お兄さん」っぽさがある。 東京生まれ・東京育ちのお兄さんは、 私の髪をゆっくり切りながら 東京のイロハを教えてくれた。 まず、「東京にきたばかりなんです」 これを言わない

          東京日記〜新人研修

          東京日記〜はじめての六本木ヒルズ

          引っ越しをしてから、毎日のように各種手続きが続いている。インターネットの工事をしたり、転入届を出したり、免許証の住所を変更したり。 電話も毎日のようにかかってくる。電話口の人は、みなAIのような喋り方をする。 水が流れるように通り一遍の説明をし、万一の時に備えて、責任から逃れるための予防線を張りまくる。 本日3人目のAIとの通話を終え、わたしはとうとう、虎になった。 AIとの度重なる通話で、心のやわらかい部分が消耗したというのもあるが 人は、少なくとも私の生活には、やら

          東京日記〜はじめての六本木ヒルズ

          東京日記〜東京サバイバル遠足

          新居に引っ越してから仕事が始まるまでに、2週間の慣らし期間をつくった。使い勝手の良いスーパーを探したり、生活用品を買い揃えたり、伸びっぱなしだった髪を切ったりする。 中でも特に重要な活動は、「東京サバイバル遠足」である。 東京では、何が起こるかわからない。 具体的には、雨が降ったり、雪が降ったり、駅や電車が爆発したりして、「会社から家に帰れない」という事態が起こりそうだ。事実、私が広島から引っ越す2日前、東京ではヒョウが降ったらしい。6月下旬の話である。 ついこの前は、

          東京日記〜東京サバイバル遠足

          東京日記〜「富士そば」と長い坂道

          東京の人は不安そうな顔をしている、と思った。 無事に最終面接に合格し、広島から東京へ引っ越しをした。最初の数日間は自炊ができず、「富士そば」や「日高屋」の世話になった。どちらも広島にはない飲食チェーン店だ。 引っ越し初日。看板に書かれたメニューと値段を入念にチェックし、いざ「富士そば」に入店。出たな。券売機だ。 私はこれまで、牛丼店など、食券式の店で食事をした経験が少ない。「なか卯」というファストフード店を初めて利用した時は、店員さんに席まで案内されるのをレジの前で延々

          東京日記〜「富士そば」と長い坂道

          東京日記〜銭湯の「主」とパンダ・子パンダ

          今回の東京面接旅行では日暮里に宿を取った。他の地域よりも安かったからだ。 東京駅から上野方面の電車に乗り、ホテルへと向かう。そうしてたどり着いたのが、「東京日記」の初回に記したあのホテルだった。 その節は「日本の未来の縮図である」と、いささかネガティブな紹介の仕方になったが、良い面もあった。近くに温泉があったのだ。 広島の「ほの湯」のように、食事処も併設されている。 風呂は「銭湯」に分類されるものだった。内湯が一つ、季節の湯が一つ。サウナ、水風呂、半露天の岩風呂で500

          東京日記〜銭湯の「主」とパンダ・子パンダ

          東京日記〜幻の港区と「ゆで太郎」

          慎重な性格だ。「面接会場の下見」および「面接まで待機するための近隣カフェの下見」に訪れた。面接会場、もとい応募先の会社は港区にある。「港区女子」の港区だ。 最寄りの浜松町で電車を降りる。初めて来る場所だと思っていたが、改札を出た瞬間に記憶がよみがえった。学生の頃、劇団四季を観に一度来たことがある。なんでも行っておくものだ。 港区のビルは、全部高くて全部ガラス張りだ(個人の感想です)。Googleマップを頼りに未来の城を探す。 …見つけた。おい、どうした。私が応募した会社だ

          東京日記〜幻の港区と「ゆで太郎」

          東京日記〜東京で、日本の縮図を見る

          就職の面接で東京に来た。 最終面接だ。緊張している。 片道4時間の移動はなかなかにキツく、落ち着いて臨むために前乗りすることにした。旅行会社を通じて、新幹線とセットになっている格安ホテルを予約。これがまたとんでもないところだった。 「ビジネスホテル」とは名ばかりである。その実、狭小ワンルームマンションを改装した狭小ホテル。「全室ミニキッチン付☆」とは、なるほどうまいこと言ったものだ。 フロントは9時~18時まで。「すみませーん。す、み、ま、せーん!」と声をかけた。開いた

          東京日記〜東京で、日本の縮図を見る

          みんなのその後〜Afterパン屋日記

          みなさんこんにちは。 お元気にされていますか? わたしは元気です。 このたびはパン屋日記、もとい、 わたしの前職での思い出を読んでくださって ありがとうございました。 今後の投稿はまた、 いろいろなことをやや「気にしすぎ」なわたしの 暮らしの日記に戻ってしまいますが 気が向いたらたまに 読んでいただけるとうれしいです。 パン屋の人々について わたしと同じかそれ以上に心を寄せ、 心配してくださった方が多かったので みんなの「その後」について 少しだけ書きたいと思います

          みんなのその後〜Afterパン屋日記

          パン屋日記 # 最終回 雨の日のタクシー

          雨の日は、 身分の不相応を世界中の人に謝りながら タクシーで出勤します。 電車も、バスも 町はまだ、 眠りから覚めていないのです。 「すみません、にこにこ町の  どうぶつベーカリーまでお願いします」 とわたしが言うと、 「あらー、いいねえ。  おいしいパン屋さんだねえ」 と運転手のおじちゃんが言いました。 従業員だと明かす前に 「おいしいパン屋さんだね」 と言われたのがうれしくて、 なんだか、変な顔になってしまいました。 夕方、 広島一の繁華街・流川

          パン屋日記 # 最終回 雨の日のタクシー

          パン屋日記 #57 ラスト・ラン

          その小さなレストランは、 いつも通り朝8時にオープンしました。 いつもと違うのは、 いろんな業者さんが 入れ代わり立ち代わり挨拶に来ること お客さまが、いつもより多く お写真を撮られること そして、 今日の夕方にいつも通り閉店した後は もう二度と オープンしないということでした。 わたしが出勤した時はちょうど セントラルキッチンの工場長が、 シェフのところへ別れを惜しみにきていました。 次はどこへ行くのかと工場長が尋ねると、 「料理の仕事は、なんにもない。

          パン屋日記 #57 ラスト・ラン

          パン屋日記 #56 最後の一皿まで

          好きだった瞬間がありました。 シェフから手渡しで、 料理を受け取る瞬間です。 料理の受け渡しは通常、 「デシャップ台」と呼ばれる カウンターで行います。 できあがった料理が次々とそこに出され、 ホールスタッフが伝票と照らし合わせて、 それらをピックアップしていきます。 デシャップ台への料理の出し方は、 料理人によってさまざまです。 料理の向きまで揃えて きっちり並べる人もいれば、 忙しさにまかせて タァンと乱暴に出す人もいます。 そして、いい料理人ほど 出した料

          パン屋日記 #56 最後の一皿まで

          #55 今となってはおとぎ話のように

          閉業前の、ラスト・ラン。 ほとんど2ヶ月ぶりに 厨房からあたたかな音が聞こえ、 古い陶製のシャンデリアに 明かりが灯りました。 自分用の飲み物を取りに レストランの方へ行くと お客さまがめいめいのお好きなお席で、 朝と昼の間のゆっくりとした時間を、 静かに楽しまれていました。 そうだった、 わたしの好きなパン屋は こんな感じだったと 胸いっぱいにあたたかさが広がる一方で これがあとたった7日間で 永遠に失われてしまうことが、 惜しくて仕方ありませんでした。

          #55 今となってはおとぎ話のように