東京日記〜かなしみが止まらない誕生日
その日は私の誕生日だった。
会社に向かう満員電車に揺られていると、ふるさとの叔母からメッセージが届いた。「お誕生日だし、今日はちょっと贅沢してもいいんじゃない?」とある。…そうだ、「まるごとバナナ」を買おう!
私の勤務先の最寄りコンビニは、デイリーヤマザキである。セブンイレブンではなく、ファミリーマートでもなく、ローソンでさえない。そんなデイリーヤマザキの美点は、「まるごとバナナ」があるところだ。
まるごとバナナが好きで日頃から食べている、というわけではない。「まるごとバナナ」という概念に憧れがある、というのが実際の気持ちに近い。
いつもおいしそうで、食べてみたいと思っていた。食べるなら今日だ。
まるごとバナナの売場へと、脇目もふらず真っ直ぐ向かう。
ところがどうも、様子がおかしい。
ふだんはスイーツがぎっしりと詰まっている冷蔵ケースが、今日に限って空っぽなのだ。まるごとバナナどころか、商品がひとつもない。
ちょうど品出し前の、入れ替えのタイミングに当たってしまったのだろう。昼休みにまた来ることとする。
さて、待ちに待った昼休みを迎えた。
毎日持参している節約弁当を食べ、受け取りそこなった荷物の再配達予約も済ませ、早々にすべきことを完了させた。休憩はあと20分ある。行ける。
私は財布だけを握りしめ、再びデイリーヤマザキへ向かった。なんてったって、今日は誕生日なのだ。私には、まるごとバナナを食べる権利がある。
そうして突撃した、デイリーヤマザキ。
冷蔵ケースは、
空っぽのままだった。
私は昨日、この目で見たのだ。ここにはたしかに、よく冷えたまるごとバナナがあった。おとといもあった。だが今日はない。仕方ない。
だってデイリーヤマザキは、
今日が私の誕生日であることを
知らないのだから。
まるごとバナナへの意気込みをどうにかして慰めるためにパンコーナーへと向かった。「バナナスペシャル」というパンを見つけた。
バナナスペシャルは、半分に折りたたんだ薄焼きのスポンジケーキに、「バナナクリーム&ミルククリーム」を挟んだものだった。
かなしい。
私が食べたかったのは、
バナナクリームではない。
やめることにする。
何も買わないのはさみしいので、マウントレーニアの「後味すっきりカフェラッテ」を購入して店を後にした。
うんともやもやした気持ちが残った。
この日は、長い一日だった。
仕事を終えた私は、麻布十番に向かっている。
アルバイトの面接があったのだ。
よりにもよって、誕生日の夜に。
生まれて初めての麻布十番。
面接の40分前に駅に着いた。
上京したての私にとって、麻布十番で信頼できる場所はマクドナルドしかなかった。どこを見ることもせず、すぐにマクドナルドへ飛び込んだ。
麻布十番のマクドナルドは、
インターナショナルだった。
店員さんのルーツが、外見のみの判断で恐縮だが、アジア系、ヨーロッパ系、インド系と多種多様で、まるでリゾート地に来たかのようだった。
私の注文を受けてくれたのは、
インド系(?)の女性だった。
ニコ!
と笑いかけてくれる。
笑顔がまぶしい。
チーズバーガーとオレンジジュースを注文し、
楽天ポイントカードを差し出す。
彼女は、私のスマートフォンに
ごく軽くバーコードリーダーをかざした。
「ピッ」という音がしなかった。
私は、「あっ、」と言って
もう一度スマートフォンを差し出したが、
彼女は
ニコ!
と笑って支払いに移った。
笑顔には時に、言葉よりもずっと
有無を言わせぬ不思議な力がある。
代金を支払い、2階へと上がった。
店内では、
マクドナルドでおよそ聴いたためしのない
ゴリゴリのラテン・ミュージックが流れていた。
チーズバーガーのパティは、ハムのように薄い。
ポイントはやっぱり、ついてなかった。
尚、アルバイトには受かった。
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