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東京日記〜青春セットリスト

音楽は、その人の好みや人柄、生きた時代や思い出を包含する。集中的に聴いていた音楽を耳にすると、心が一気に当時へと持っていかれるような感覚がある。

今日はMrs. GREEN APPLEを聴きながら現場へと向かっているが、いつか今日のことも、歌を通じて思い出すことがあるのかもしれない。

さて、いま私が向かっているのは、
都内にある私立大学だ。

弊社では年に2回、
全国の大学での「教科書販売業務」がある。

学生たちが講義で使う教科書を、
売店や特設会場でいらっしゃい、
いらっしゃいと販売する。

これが相当、大規模で骨の折れる仕事らしく

毎年春と秋になると、
部署も役職も雇用形態も関係なく

従業員総出で、
教科書販売を手伝いに行くらしい。

私は入社したばかりなので、
もちろん初めてだ。

ありがたいことに、
家から無理なく向かえる現場に入れてもらった。


朝8:45。いよいよ大学に到着だ。
今回は構内の武道場に設置した
特設会場での販売らしい。

現場責任者は、
気さくで明るいメガネの男性だった。

元は全国を飛び回る営業さんだったそうだが、
思うところあり、売店の店長に異動したらしい。
人には人の歴史がある。


本や受付票、誘導のための掲示物を整える。

間もなく受付開始、という時間になって、
おもむろにBGMがかかった。

〜♫

これ以上ないほど本格的な、
カントリー・ミュージックだ。


カントリー・ミュージックは、
穏やかで明るいことには間違いないのだが

BGMとしては聴き慣れないジャンルなので、
非常に違和感がある。ジャズならまだわかる。

有線放送かと思いきや、
店長のスマートフォンを音源にして
スピーカーで流しているようだった。

そうこうしているうちに開場時刻だ。
学生が来始めた。

受付票に書いてもらった
氏名・学籍番号を元に、

あいうえお順に並んだラックから
本の注文伝票を探す。

伝票は2枚に分かれていることもあるので、
要注意だ。

伝票に記載されている複数の本を、
棚のすき間を駆け回って人力で取り集める。

書名とISBNコードを念入りに確認して
本を学生に渡し、

受け取りのサインをもらって
めでたく終了である。

BGMは、いつの間にか邦楽になっていた。
邦楽は邦楽でも、印象が強めの邦楽だ。

まだ学生がまばらな朝の武道場に、

松田聖子

松本伊代

中森明菜

荻野目洋子


そして再び、松田聖子が流し込まれる。

松本伊代さんは、まだ16歳だった。

荻野目洋子さんの歌は、
アレンジ無しの原曲だった。

販売応援に来ている
50代くらいのパートさんたちは、
ちょうどこの歌の世代なのかもしれない。

今日の現場には店長と私のほかに、
エプロンをつけた4名のパートさんがいた。

みなさん売店のスタッフかと思いきや

「教科書販売の時だけ」に一斉集結する、
教科書アベンジャーズだった。

毎年春と秋の10日間

いつも同じメンバーがこの大学に集まって、

何百人もの学生に
見事な手さばきで本を渡していく。

年に2回しか会っていないとは思えないほど

みなさん顔なじみで、仲が良さそうで

そういうの、なんかいいなあと
少しうらやましく思った。


みんな大好き昭和アイドル無双が
1時間半ほどヴァリエーション豊かに続いた後、

会場の空気が一変する曲が流れた。

アース・ウィンド・アンド・ファイアだ。

切なく、しっとりとして

それでいてみずみずしい歌声が
武道場に響き、

六法全書やスペイン語教本、応用心理学の教科書
1ページ1ページに、沁みわたっていく。

私は学生の頃、
友人がアース・ウィンド・アンド・ファイア
を聴いていたので知った曲が多かったが

流行り・廃りの世代感については、
よくわからない。

店長は人生のいつ頃、
この歌を聴いていたのだろうか。

BGMのセットリストが濃く、
さっきから気になって仕方ない。


曲の展開をしっかりと聴きながら

ISBNを確認し、
学生に書名を復唱してもらい、本を手渡す。

それにしても、ここの学生は上品だ。

全員が全員、敬語で応答するし、
忘れた手続きがあればすぐに謝る。

「ありがとうございます」
と言って本を受け取る。笑顔まで見せる。

なぜもってこんないい子たちが
社会に出ると、横柄な「お客様」へと
変貌するのだろうか?

あるいは、彼らは全員、
いい子のままで

横柄なお客様は、みんなまとめて
別の星から来るというのだろうか…?

そんな愚痴っぽい妄想を
インパクトでかき消してくれたのが、
この曲だった。

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Body Feels EXIT!
こーこーから
きっと いつか 動くよ

Body Feels excite!
かーらーだーじゅう
熱く 深く 走る想い

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令和の教科書販売会場に切り込む

安室奈美恵さんの、力強い歌声。

調べてみると、29年前の楽曲だった。

学生、知らんでしょうが、と思う。

この子たち、生まれとらんでしょうが。

とにかく、今日のBGMは

店長による、店長のための
セットリストであると確信した。

歌のラインナップが気になって、気になって

もはやBGMとは呼べないほど、
歌詞が脳に届いてしまう。

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都会のビルの谷間の風を
強気で明日に向かせて走るよ

こんなに夜が長いものとは
想ってもみない程 寂しい

似たもの同士のあなたと
出会えてよかった

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田舎から出てきて、
営業さんになって全国を飛び回って

今は大学の武道場で、
思い出の歌を聴きながら
学生に教科書を渡していく店長。

店長は東京で、
誰と出会ったんだろうか。

私はこれから、
誰と出会うんだろうか。

人のプレイリストに興味深く聴き入った

楽しい楽しい、秋の教科書販売でした。


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