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東京日記〜嘘つきアルバイト

週末にアルバイトを始めた。
嘘偽りなく理由を言えば、
「お金」と「友達」がほしかった。

広島ー東京間の引っ越しはそこそこ大変で
直前まで無職だったというのに、
50万円強のお金がサクッと無くなった。

東京に着くと
それはそれはたくさんの人が
駅のホームにうごめいていたが、

このホームにいる人たちの中で
私のことを知っている人は
ただの1人もいないのだと思うと、

何かとんでもないことをしてしまったような気持ちになって ゾッとした。


生活用品を揃え、
最寄りのスーパーを見つけ
会社が始まってみて、わかったことがある。

朝起きて、
会社に行って、家に帰る。
会社の人以外と、話す機会がない。

やばいな、と思った。

このままでは、会社で
「つらいこと」が起こった途端に
心がおしまいになってしまう。


習い事をする、ボランティアをする、
行きつけの店をつくる等の方法も検討したが、

今すぐ習い事に通う予算はなく
素敵なお店に毎週通うほどの予算も、
やはりなかったのだった。

解決策はすぐに思いついた。

「週末に、アルバイトをすればいいのでは?」

アルバイトをすれば、
東京在住の複数の人と知り合いになれる。
歳の近い女性がいると尚良い。
その上お金までもらえる。

上京して、初めての年末年始。
財布はすっからかんだったが、
どうしても愛媛・広島に帰りたかった。
アルバイトをすれば、生活費とは別に
帰省費用を急いで捻出することができる。

そういうわけで、
誕生日の日に面接を受けに行ったのだった。
(※東京日記 かなしみが止まらない誕生日)


世間で副業が奨励されるようになって久しい。

念のため就業規則と附則を2回ずつ読んだが、
副業を禁止する趣旨の条項は見当たらなかった。
まあいいでしょうと思い、
コワーキングスペースでアルバイトを始めた。
これが普通に「ダメ」だった。

同時期に入社した会社の同僚から、
聞いてしまったのだ。

「私、今度バイトを始めようと思って。
 でもあれ、副業申請がいるみたいですね」

とのこと。申請、いるんかい。

……いや、嘘偽りなく言えば、
薄々そんな気はしていましたが

気づかないふりをして、
働き始めてしまいました。
大変、申し訳ございませんでした。


入社時にお世話になった
給与・事務センターのお姉さんに、
誰にもCCをつけず
メールで連絡をとってみた。

「あの…実はアルバイト、
 してるんですけど、
 これって申請がいるみたいですね。
 どちらにご相談したらいいのでしょうか」

お姉さんはすぐに内線をくれた。

「人事部から上長を通してご連絡しますね」

一瞬でお縄になった。


あわてて、上長にアポをとる。
すみません、ちょっとお話したいことがありましてと連絡し、
空き会議室で上長を待つ。

この上長は、
みなさん、覚えておられますでしょうか。

採用面接の時に、

『まあ、なんでも相談というか、
 お父さんみたいな人は、
 私になりますかね///』

と「お父さん」発言をした、あの上長です。

ご多忙の中、すべりこむように空き会議室に馳せ参じてくださり

「iccaさん、どした?お困り事かな?」

と、椅子におしりがつかないうちに尋ねてくれた。

私は週末にアルバイトをしていることを話し、
理由についても包み隠さず説明した。

東京の知人を増やしたいし、
年末にはどうしても帰りたい。
本業に支障は出さない。

お父さんは、
非常に親身になって話を聞いてくれた。
本当は事前承認制だからねとしながらも、
私の心情を理解し、
怒ることなく申請手続きをしてくれた。

よかった。これで堂々とバイトできる。
そう思った数日後に呼び出しをくらった。

「上長の上長」からだった。

指定された会議室に行くと、
上長の上長にあたる人が2人座っていた。

うち片方は、採用面接の待ち時間に、
三次と生口島の話をして一生懸命
私の気分を和ませてくれたおじさんだ。

今日は2人とも神妙な面持ちで、
私と目を合わせてくれない。
「失礼します」と言って席に座る。

『えー、それでは、
 アルバイトをしているとのことですが、
 本来は申請が必要になります。
 なぜアルバイトをするのか、
 理由を教えてください』

と言われる。

あれっ、
と思った。

理由については、
直属の上司に詳しく説明したが
やはりもう一度説明が必要なのか?

私は申請を通したいので、
お金と友達がほしい件について
一生懸命説明した。

アルバイト先で運良く歳の近い女性と知り合い
おすすめのお店を教えてもらったり、
趣味の話で盛り上がったり

いっしょにパンケーキを食べに行ったりした話もした。

上長2人は、苦しげな顔をしている。

『勤務時間は何時から何時までですか』
『体はしんどくありませんか』
『平日の夜にシフトに入る可能性は?』

等の質問が続く。

なるほど、この2人は上長として、
本業に支障が出ないことを確認したいんだな。

それならばと私は、
アルバイトの仕事内容がいかに楽勝かを、
少し誇張して話した。

「もうほんと、座ってるだけなんです!」
「読書をしたり携帯をさわったりしてもOK」
「いつでも、休めます」
「誰にでもできる、簡単なお仕事!!!」

上長2人は険しい顔を見合わせてうなずき、
こう言った。

「わかりました。それでは、
 幅広い社会経験を積み、
 当社の業務に活かすためと理解して
 申請します」

…ん?

私という人間は、あまりにも正直だった。

「いやあの、そうじゃなくて…」

と言った瞬間、2人が天を仰いで、
食い気味にこう言った。

『そうやって言わないと、
通らないんだよ〜。゚(゚´ω`゚)゚。』

ユニゾンだった。


私は、正直者だ。
嘘をつくのはよくないことだと知っている。

そして、

人の代わりに嘘をついてくれる人は
「いい人」であるということも

骨身に沁みて、
よく知っているのでした。


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