マガジンのカバー画像

ダンス界最大の追放迫害劇

37
自らの「実体験」ノンフィクション
運営しているクリエイター

2018年11月の記事一覧

unbreakeable

(動画を拝借します。)

たった一度だけ「男女の事情」というテーマで作品を創ったことがある。

後にも先にも

これ一回きりだった。

今はどうだか知らないけど

自分が現役当時

「男女が一緒にやることはご法度」みたいな

暗黙のルールのようなものがあった。

特に誰かに言われたとかそういうわけではないけれど

そういう雰囲気がとにかく強かった。

なので、「男女の事情を表現する」というのは

もっとみる

リアルヒップホップ

(動画を拝借します。)

freestyle Rapでリリックを書いた紙を見ながらやる奴なんか一人もいない。

now on the time

ぜんぶ即興だ。

音楽の中で唯一「自分の言葉」がリズムになるのがラップ。

「自分の言葉」が歌詞になり音階になりリズムになる。

スキャットでもない、ボイスパーカッションでもなく

メッセンジャーのボーカリストでもない

「自分の言葉」こそすべて、それが

もっとみる

Mess Around

(動画を拝借します。)

「ダンスとは、ひとつの音楽表現である」

ミュージシャンとの数えきれないほどのセッションと

そこで必要だった音楽理論の習得によって

自分は完全に覚醒した。

その自分の覚醒ポイントのシンボルがこの曲であり

長年の仲間との決別を意味する曲でもあった

『Mess Around』

皮肉なものだと思った。

自分はとんでもなく広い世界へ行けるようになったのに

それと引

もっとみる

(悪魔の証明)でわかること

自分がダンスをやっていた時に

引退(=事実上の業界追放)となるキッカケになったのが

「(ダンスの悪魔の証明)をしてしまったから」

それは

「ダンスの世界では評価基準は存在しない」ということ。

具体的に言うと

コンペ・なにかしらの大会での審査基準がないことを指す。

何かしらのダンスをやっている人間ならよく分かると思うけど

コンペ・大会に出場して順位が決まる時

正式な審査シートという

もっとみる

対等なセッションで学んだこと

(動画拝借します。)

「少し音楽理論を勉強したほうがいいよ」

とあるJAZZマンから言われたひとこと。

一口にダンサーと言っても千差万別で

ダンスのジャンルはさておき

「ダンスをどう捉えるか」という意味でいうと

芸能界よりの「パフォーマンス」としてダンスをやる人間もいれば

「スポーツ」感覚で競技としてやっている人間もいれば

「舞台俳優」のようなダンス作品として作品を披露する人間もい

もっとみる

極限の美学は至極シンプルなモノである。

「なんちゅう美しさ!」

微積分に魅せられて

一瞬で虜になった。

それが、自分の数学が好きになった決定的なポイントだった。

自分にとって、微積分は「美学」でしかない。

当たり前だけど、人によって持っている「美学」は違う。

「何を以って美しいと思うのか」

「具体的にどこに美しさを感じるのか」

「そもそもその人にとって”美しい”とはなにか」

自分の話をすれば

「美学」とは「極限までに

もっとみる