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#小説
掌編集『球体の動物園』 エミューの笑み
「変なヤツが、うちのビルの屋上にいるみたいなの。ちょっと見に行ってくれるかな?」
社長から電話があったのは、俺が明日お客さまに渡す賃貸借契約書をちょうど書き終えて帰ろうとしていたときだった。
先に事務所を出た社長は、たぶんこのビルの向いにあるバーの窓際に座っている。いつものようにジントニックを飲みながら窓の外を見上げ、変なヤツに気づいたのだろう。
「了解しました。見てきます」
「大丈夫? 無理
「telecine」
十年前、わたしは恋をしていた。
16㎜フィルムの荒い粒子の向こう側、白くぼやぼやとした世界のなかで、わたしはきみを追いかけていた。
きみと過ごしたのはせいぜい一年と少しで、そのうちの半分はわたしの片思いだったのに、わたしにはそれが、何よりも長く濃い一年だったような、そんな気がします。それはきみと過ごしたからというのはもちろん、わたしがまだ本気でカメラをやっていたからです。あの頃、わたしは夢を
「おはよう、私」②(短編連作小説 & 音楽)第2話
前回のお話しはこちら ↓
第2話・葵
朝。
アラームの音が意識に届く。
細く開いたカーテンの隙間から、細い光がこぼれている。
ああよかった今日はいい天気なんだなと、まだ半分眠りの中にいる頭で反射的に考える。
* * * *
昨日の朝は雨だった。
雨の日は、子どもを保育園に送るのにいつもより時間がかかる。
レインコートを着こみ、自転車の後ろに乗せた子どもに椅子ごとすっぽり
探せない過去最高に埋もれている日々へ
自作において、過去最高の作品というものに出会った人達は、一体どれくらいいるのだろうか。
私には、ハッキリとした過去最高の作品というものが存在する。厳密に言うと、その作品の記憶が無くなりかけていて文体や形も説明出来ない。だが、あの日の自分の頭の中で物語が勝手に浮かんだ感覚と、何を書いていても上手く行き着くという絶対的な自信と、それに準じた快感に襲われたのは、生まれて初めてのことであり、あれ以来味わ
夢のような残酷な話②
「頭の骨に穴を開けます。そこに硬貨ほどの小型のチップを埋め込んで、壊れてしまった脳の代わりをしてもらいます。」
医師はMRIの写真を僕らに見せながら、分かるような分からないような、不思議な話をした。
「これはまだ日本では正式な認可は下りていません。でもアメリカでは動物実験で安全性が認められ、人間での治験が始まっていて良好な結果がでています。」
僕と母は顔を見合わせた。後の話は何も覚えていない。夢