#小説
「telecine」
十年前、わたしは恋をしていた。
16㎜フィルムの荒い粒子の向こう側、白くぼやぼやとした世界のなかで、わたしはきみを追いかけていた。
きみと過ごしたのはせいぜい一年と少しで、そのうちの半分はわたしの片思いだったのに、わたしにはそれが、何よりも長く濃い一年だったような、そんな気がします。それはきみと過ごしたからというのはもちろん、わたしがまだ本気でカメラをやっていたからです。あの頃、わたしは夢を
「おはよう、私」②(短編連作小説 & 音楽)第2話
前回のお話しはこちら ↓
第2話・葵
朝。
アラームの音が意識に届く。
細く開いたカーテンの隙間から、細い光がこぼれている。
ああよかった今日はいい天気なんだなと、まだ半分眠りの中にいる頭で反射的に考える。
* * * *
昨日の朝は雨だった。
雨の日は、子どもを保育園に送るのにいつもより時間がかかる。
レインコートを着こみ、自転車の後ろに乗せた子どもに椅子ごとすっぽり
探せない過去最高に埋もれている日々へ
自作において、過去最高の作品というものに出会った人達は、一体どれくらいいるのだろうか。
私には、ハッキリとした過去最高の作品というものが存在する。厳密に言うと、その作品の記憶が無くなりかけていて文体や形も説明出来ない。だが、あの日の自分の頭の中で物語が勝手に浮かんだ感覚と、何を書いていても上手く行き着くという絶対的な自信と、それに準じた快感に襲われたのは、生まれて初めてのことであり、あれ以来味わ
夢のような残酷な話②
「頭の骨に穴を開けます。そこに硬貨ほどの小型のチップを埋め込んで、壊れてしまった脳の代わりをしてもらいます。」
医師はMRIの写真を僕らに見せながら、分かるような分からないような、不思議な話をした。
「これはまだ日本では正式な認可は下りていません。でもアメリカでは動物実験で安全性が認められ、人間での治験が始まっていて良好な結果がでています。」
僕と母は顔を見合わせた。後の話は何も覚えていない。夢
【小説風】‘’おじさん‘’だって褒められたい
【おじさんの特徴を理解して社会で共存する方法.2】
2022年4月4日、私は40歳の誕生日を迎えた
それは同時に「人類の敵」とも言うべきオジサンの仲間入りをしたことを意味している
これからの私の人生に一体何が待ち受けているのだろうか?
そんな不安と格闘しながらも、オジサンは常に懸命に日常を生き抜いて行くのだ
それでは今回も私に起きた「ある出来事」を紹介させて頂きますね
(過去の物語はこちらから
村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(新潮文庫)を読む①
はじめに ーー村上春樹の”読み方” はっきりと言ってしまえば、私は、村上春樹の小説がよくわからない。
文学部生だった頃は、冗談で「彼の小説はコーヒーを淹れ、パスタを茹で、熱いシャワーを浴び、女性を抱いてばかりいる」と、よく友人に言っていたものだ。
実際、村上春樹の小説はどこか掴みどころがなく、まるで身体を抜けてゆく風のようで、読後にはぼやけた印象しか残らない。ただ、日常のふとした瞬間に、彼の世