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いいなあ!とか、おもしろい!!と思った記事を集めてます。書いてくださったnoterさんに感謝。
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#小説

「telecine」

「telecine」

 十年前、わたしは恋をしていた。
 16㎜フィルムの荒い粒子の向こう側、白くぼやぼやとした世界のなかで、わたしはきみを追いかけていた。
 きみと過ごしたのはせいぜい一年と少しで、そのうちの半分はわたしの片思いだったのに、わたしにはそれが、何よりも長く濃い一年だったような、そんな気がします。それはきみと過ごしたからというのはもちろん、わたしがまだ本気でカメラをやっていたからです。あの頃、わたしは夢を

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「おはよう、私」②(短編連作小説 & 音楽)第2話

「おはよう、私」②(短編連作小説 & 音楽)第2話

前回のお話しはこちら ↓

第2話・葵

 朝。
 アラームの音が意識に届く。

 細く開いたカーテンの隙間から、細い光がこぼれている。
 ああよかった今日はいい天気なんだなと、まだ半分眠りの中にいる頭で反射的に考える。

* * * *

 昨日の朝は雨だった。

 雨の日は、子どもを保育園に送るのにいつもより時間がかかる。
 レインコートを着こみ、自転車の後ろに乗せた子どもに椅子ごとすっぽり

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探せない過去最高に埋もれている日々へ

探せない過去最高に埋もれている日々へ

自作において、過去最高の作品というものに出会った人達は、一体どれくらいいるのだろうか。

私には、ハッキリとした過去最高の作品というものが存在する。厳密に言うと、その作品の記憶が無くなりかけていて文体や形も説明出来ない。だが、あの日の自分の頭の中で物語が勝手に浮かんだ感覚と、何を書いていても上手く行き着くという絶対的な自信と、それに準じた快感に襲われたのは、生まれて初めてのことであり、あれ以来味わ

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『Stay forever』

『Stay forever』

『Stay forever』 【超短編小説 062】 

僕はおばあちゃんに育てられた。
当たり前だが、おばあちゃん子だ。
両親を亡くした僕に、全てを注いでくれて、僕を愛してくれた。おばあちゃんのお陰で、寂しい思いをしたことは一度も無い。

そんなおばあちゃんが入院した。
心臓の病気で、今度悪くなったら手術もできないと言われていた。僕は昼間働いて、夜は大学に通っていたが、それ以外の時間は、おば

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【詩】輝く日

【詩】輝く日

日々を丁寧に生きている
誇れるのはそんなこと

スタートラインに並んでいるのに
すでにスポットライトが
当たっている人がいて

スポットライトが当たるのは
誰が見ても当然で
羨ましいとも思わない

好きでやっていたこと
やれると思っていたこと
気が付けば
頭ひとつ出るわけでもなく
その他大勢の中

努力して
我慢して
絶え間なく
それでも
スポットライトは
当たらない

輝いている人を見て
足元に

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スタンド バイ ユー

スタンド バイ ユー

《賢治 Kenji》

 僕は先輩から貰ったコンドームをポケットから取り出し、太郎に見せた。
「えっ、何? おぉ、それは」
 驚く太郎の目の前で、コンドームの封を切り、中から湿った円形のものを取り出した。
 僕も初めて見る避妊具の現物。へぇーこんなに薄いんだと思いながら、それを口にあて、息を吹き込んだ。半透明のコンドームが小さく膨らんだ。
 僕はしゃがみ込み、膨らんだコンドームを目の前の川につけて

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『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

『世界はひとりの、一度きりの人生の集まりにすぎない。』

この前まで猛暑により早く長袖ファッションを楽しみたいと思っていたのに、今は寒くて朝起きるのがつらい。今日も仕事のタスクは山積み。ネットや情報番組を見れば、気分が落ち込む事件や世界情勢ばかりが目に留まる。

有楽町の街を颯爽と歩くあの女性も、スーツをビシッと着こなし姿勢良く歩く彼も、同じように些細なしんどさを感じて生きているのだろうか。

生きるって、難しい。
この国から抜け出して未開拓の新大陸を発

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理想の恋人(ヒト)①

理想の恋人(ヒト)①

いま思いだしても、あの瞬間から僕の燃え盛った情熱の炎は消えることはなかった。PC画面に映し出された広告の見出しに僕の目とココロはすっかり奪われてしまった。

理想の恋人、贈ります

それは国外の新規企業「Moned社」が大々的に打ち上げた広告CM記事だった。社名を聞いたことはなかったが、検索すると様々なレビューや意見記事がトコロ狭しと画面に並んだ。さらには記事の見出しがどれも刺激的だった。

「こ

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週末はいつも山小屋にいます#1「月山/清川行人小屋」

週末はいつも山小屋にいます#1「月山/清川行人小屋」

■あらすじ

 山で出会った有希と結婚した「私」は、毎週末にふたりで山を歩く、充実した生活を送っていた。しかし、その毎日は東日本大震災で有希を亡くしたことにより一変してしまう。
 再びひとりで山を歩くようになった「私」は、山で様々な人に出会い、それぞれの悲しみや想いを山小屋で語り合う中で、自分の心に触れていく。
 有希への想いを抱え、出会いからの思い出と共に「私」は今日も山を歩く。
 喪失を経験し

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[詩]青いシンドローム

[詩]青いシンドローム

メロンソーダみたいな空が僕らを照らしている
蝉時雨が奏でる季節に
ヘッドフォンでノイズを隠して涼んでいる
景気付けにアイスを買おうかな

どこまでも伸びる澄んだ空を見つめ
自転車を漕ぎだしたんだ
灼熱のアスファルトの上

僕らの時間は蒼く碧い空
それはまるで夏みかんの甘酸っぱさ
瞬きする間に頬を伝う汗が
弾けるような衝動を生きている
呪いのような青夏のシンドローム

陽炎を追っている君の顔を見つめ

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連載小説 hGH:3

連載小説 hGH:3

 翌日、ホーム球場にきていた井本をGM室に呼んだ。GM室がある球団事務所とホーム球場は目と鼻のさきにある。井本に用件の詳細は伝えていない。柴田とふたりで迎えた。
「すまんな、井本君。復帰にむけて調整してるところを呼びだして」
 私はいった。シーズン終了後も、井本は毎日球場にきてリハビリメニューをこなしていた。いまも練習着姿だった。明らかに用件を勘ちがいしているようだ。来季の契約の下交渉とでも思って

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夢のような残酷な話②

夢のような残酷な話②

「頭の骨に穴を開けます。そこに硬貨ほどの小型のチップを埋め込んで、壊れてしまった脳の代わりをしてもらいます。」
医師はMRIの写真を僕らに見せながら、分かるような分からないような、不思議な話をした。
「これはまだ日本では正式な認可は下りていません。でもアメリカでは動物実験で安全性が認められ、人間での治験が始まっていて良好な結果がでています。」

僕と母は顔を見合わせた。後の話は何も覚えていない。夢

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【小説風】‘’おじさん‘’だって褒められたい

【小説風】‘’おじさん‘’だって褒められたい

【おじさんの特徴を理解して社会で共存する方法.2】
2022年4月4日、私は40歳の誕生日を迎えた
それは同時に「人類の敵」とも言うべきオジサンの仲間入りをしたことを意味している
これからの私の人生に一体何が待ち受けているのだろうか?
そんな不安と格闘しながらも、オジサンは常に懸命に日常を生き抜いて行くのだ

それでは今回も私に起きた「ある出来事」を紹介させて頂きますね

(過去の物語はこちらから

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村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(新潮文庫)を読む①

村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(新潮文庫)を読む①

はじめに ーー村上春樹の”読み方” はっきりと言ってしまえば、私は、村上春樹の小説がよくわからない。
 文学部生だった頃は、冗談で「彼の小説はコーヒーを淹れ、パスタを茹で、熱いシャワーを浴び、女性を抱いてばかりいる」と、よく友人に言っていたものだ。
 実際、村上春樹の小説はどこか掴みどころがなく、まるで身体を抜けてゆく風のようで、読後にはぼやけた印象しか残らない。ただ、日常のふとした瞬間に、彼の世

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