#リフレイン 16

誰もいないはずのフロアで
足音がした。

こっちに向かって誰かが歩いてくる。



「まーだ仕事するんすかあ？」

「伊吹…まだ帰ってなかったの？」

いつも通りニコニコした伊吹が立っている。

「ねえねえ」

「んー？」

「顔色悪いよねえ？」

「そう？普通でしょ」

「どうして嘘つくの？」

「嘘はつかない主義だけど」

椅子ごとぐるっと回された。

「こっち見て」

「ちょっと、」

「…辛いことあんなら、言っていいんだよ？泣いたっていいんだよ？

オレが優しくしてあげる。」




「…っ、何、言ってんの…」

キラキラした目でそんなことを言われて
目を逸らすのがやっとだった。

「だってそうでしょ？いっつも笑ってごまかしてる。」

「それは、…大人だからね」

「いつまでそうする？
いつまでごまかしてんの？

死ぬよ？」



「…」

「死にたいの？」

「…死んだらラクになれるのかなって、考えたことはある。」

「それ楽しいの？それでいいの？」



死にたい奴の気持ちは
死にたい奴しかわからない。


「伊吹にはわかんないでしょ」


伊吹の雰囲気がガラッと変わった。

「わかんないよ！わかんないから言って欲しいって！そう言ってるじゃん！もう嫌なんだよ！間に合わないのは！！…死ぬとか簡単に言うなよ…どうしてみんなそんなに死にたがりなんだよ…」



「…希望ってのは、…あってないようなもので、…私は、…もう希望を追いかけることに疲れた。どこを見ても、真っ黒で。みんな自分のことで精一杯で、人を傷つけていることに気づいてないのかもしれない。…わたしは、もう自分が変わるとは思えないし、何をしても、この世の真っ黒さは変わらないし、頑張っても報われないし、何も！何も変わらないって！」

「…」

「あ、ごめん。声大きかったね。」

「…」

「私が思ってることって黒いの。くだらないでしょ。これ以上はもう、」

「何見たの？」

「え？」

「何見たらそうなったの？」

「…」

「誰かに助けてって、どうして言わないの」

「言えてたらこうなってない。最初からいえなかった。誰にも。誰にも言ったことない。」


「じゃあオレに言って。ほら。言ってみて」



「…わたしは…あなたに、嫌われたくない」

「嫌わないよ？」

「…なんで？どうして私にかまうの…伊吹の手、…あったかくて、…嫌になる」

「絶対。絶対ひとりにしない。嫌わない。オレには絶対がある。どこにもいかない。」


「絶対はこの世にないって聞いたけど」

「あるよ。あるの。ここに。」

「例えばね？信じてさあ。裏切られたときの、絶望を知ってる？」

「知ってる。怖いよね。すごく。今までが全部消えて無くなる感じがして。暗くて怖い。」

「私はもうそうなりたくない。二度と傷つきたくない。」

「うん。わかるよ。」



「永遠はない。好きだ、ずっと一緒にいるって、そう言った数ヶ月後とか数年後に、やっぱりやめたって、そう言うんだから。人の気持ちは変わるから。変わるの。変わってしまうの…」

「永遠はない。それはそうだ。だけどお互いの命が尽きるまでは一緒にいられる。オレは絶対、ひとりにさせない。覚悟がある。」

「…」

「別にね、恋愛とかそういうのでなくていいの。オレがいることを、忘れないでほしい。助けてくれる人がいるって思って欲しい。
たぶんね？志摩さんもそう思ってる。だけど、できたらね？
オレは志摩さんよりもはるちゃんを好きだし、絶対幸せにしてみせる、そういう自信がある。それもわかってほしい。今じゃなくていいから。いつか信じられる日が来たら。オレは待ってるから。」

「…」

「今日は帰ろう。ね。」



「伊吹」

「ん？」

「…ありがとう」


「んふふ〜そんなお礼言われるようなことじゃないよ」

「頑張る、から。」


「…」


「先帰って。私も片付けたら帰る。ちゃんと帰るから。」

「わかった。お疲れ様でした」



好きだっていう気持ちって見えないじゃん？
相手が、私を好きだって言うその気持ちって
見えないし、どれくらいなのかもわからない。

信じればいいって言うのかもしれないけど
信じるってのは都合の良い話で
自分が思ってたのと現実は違ったりする
好きのレベルが
どんどん下がっていることに気づかずに
急に「もう無理」だの、「疲れた」だの
そんなこと言って
「嫌いになったわけじゃない」とか
そんなこと言われて


泣いても何も変わらなかった。
時間はゆっくりと過ぎていって
ただ自分は何も変わらないで

ただ人を信じられなくなった。
自分も信じられなくなった。


たぶんもう、誰かを好きになんてなれない。


もう二度とあんな気持ちになりたくない。




そう思っているのに
勝手に夢に出てきて

私は都合の良い幸せな時間を過ごす。


哀れで醜い生き方。












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