亜成虫の森で 7 #h


「よう」

「おお、お疲れー。」

帰ろうとエントランスに向かって歩いていると、にのが声をかけてきた。

「お前年末年始どうすんの?」

「実家帰るよ」

「そうなんだ。岩手?だっけか?」

「そう。そっちは?」

「オレも同じ。実家帰るよ」

「にのは東京だもんね。」

「帰るって言っても岩手に比べれば近くだわな。

どっか行ったりすんの?休み。」

「同窓会があるんだー。30日に。中学のね。」

「同窓会?…え?あの人も来んの?あの、イタリアンの人。」

「…ああ、んーとね、来るのかな?よくわかんないけど。連絡取ってないし。」

「大丈夫かよ」

「何が?」

「何がって…あのときお前すげえ動揺してたじゃん。会っても大丈夫なのかって。」

「あのときは…あのときは、ごめん。自分でもよくわからないんだけどね、とにかくあのときは動揺した。だけど、今回はみんないるし。大丈夫だよ。」

「…いいならいいんだけど。」

「そんなに心配なら電話してよ」

「え?笑」

「気済むでしょ?」

「お前なあ…。んまあいいや。暇だったら電話する。」

「暇だったらね」

「そう。暇だったら。」

「んじゃね。良いお年をー」

「おお。またな」



とは言ったものの。


本当は心配極まりない。

10年くらい話してないんだから。
今さらどんな顔して会えばいいのか。
この前は偶然だったからどうしようもないけど。

でも、正直いうと、会って話したいってのはある。
この呪縛を終わらせるために。
たぶん一回でも話せれば、全ては終わるはずだ。


連絡取ってないって言っちゃったけど。
一方的にメッセージは来ていた。

YESかNOで答えられるのは返したりもしていた。



私は昔から彼を前にすると話せなくなった。
高校の時はまだよかった気がするけど。
それでも、振られてからは怖くて話すとか話さないとかそんなレベルでなく、見れば心臓にドンっと衝撃が来ていた。

なんで、正直に言えないんだろう。
にのに、心配だから、電話してって、
連絡してちょうだいって。

なんで言えないの?

あんな、遠回しに、暇だったら、なんて。


そういう自分が嫌だった。


だけど、失いたくなかった。

もし、近付いて、甘えてしまって、
嫌な顔されて


はやとの顔とだぶって。
思い出す。

私嫌だ。
にのが離れるのは嫌。


そう思ったらやっぱり
あんな言い方しかできなくて。
この距離を保っていたほうが
いいのかもしれないと。

でもこれが逃げになることも
わかってはいる。


女子の先輩方にガン無視され続けた1年が終わり、休みに入った。


同窓会は意外と人が集まって、彼もその中にいた。
結局は男子と女子が分かれて固まって座っていて、開始1時間、別に今のところ話せてはいない。
このまま普通に終わって帰ろう、そう思っていた。
どうせ話すこともないんだし。


トイレに立った。
用を済ませ、手を洗って鏡を見た。
多少顔赤いなあー。あんまり酔ってはないけどなー。

戻ろうとすると彼がいた。
私の前に立ち塞がっている。

「あの人彼氏?」

「え?」


10年ぶりに話しかけてきたと思ったら唐突でなんか引いた。初っ端からそれかよ。

「違うけど。」


「そうなの?…なんか、あの人怒ってたから。」

「…怒ってた?」

「いや、いいんだけどさ。」

「…」




立ち塞がる彼をすり抜けて戻ろうとした。
こんな無意味な会話したくない。

「あのさ、」

「なに?」


「やり直さない?」


は?

「ん?」

「オレたち。やり直さない?」

「結婚してるんじゃないの?」

「離婚した。」

「…へえ。」

「ダメかな?」

「…

あ、ごめん電話だわ。」


とっさにケータイを耳にあて、店の外に出た。

とにかくその場から逃げたくて。
ありもしない嘘を付いた。
電話なんか来てない。

『やり直そう』

その言葉は、待っていた言葉だった。
自分の中の奥の自分が喜んでいる。
ただ表の自分はそれを否定している。
喜ぶことじゃない。落ち着け。

勢いでにのに電話をかけた。
誰でもいいから話したい。
それに、電話をしてる感を出す為に。
嘘にしないために。


「もしもし?どした?」

「電話するって言ったじゃん」

「暇だったらな」

「暇じゃない?」

「いや、大丈夫だけど。」

「…」

「なんだよ、なんかあった?」

「嘘、ついちゃった。」

「嘘?」

「私嘘つくことなんてほとんどないんだけどね、嘘つくくらい、それくらい早くその場から逃げたい、ってなった。」

「…ん?どういうこと?」

「…やり直そうって…より戻そうって、言われた。」

「え?あの人に?」

「そう」

「…お前はなんて言ったの?」

「電話きたからって言って、外に出てきた」

「それが、嘘ね…。なるほど。」

「もうさ、なんか、嫌になっちゃった。」

「…。帰りなさいよ。わざわざそこにいる必要ないよ。あとあんまり飲むなよ。」

「ん。にのの声聞けてよかった。安心した。」

「家着いたらメッセージ送って。気をつけてな。」

「わかった。じゃーねー。」


この人は。

優しい。


少し落ち着いた。
とりあえず店に戻った。
特段変わった様子もなく、同じ空気が流れていた。

「はるちゃん電話してたの?」

「うん。同僚の人。」


彼ががチラッと私を見たのがわかったが、無視した。



その場はお開きになって、実家に帰った。


にのに、家に着いたことを連絡してベッドにダイブした。



酔いが回って、もう動けなかった。
ベッドに身体が沈み込んでいく。



あなたはわかっているのか?
私があのとき、どれだけ悲しくて悩んで
復縁したくて望んだか。

復縁することに執着した自分を変えるために
どれだけ時間がかかったのか。


過去はもう全部
消えて無くなればいい。
最初から出会わなければ
こんなことにはならなかったし
こんなふうに思うこともなかった。




なのに残酷にも夢には
彼が現れて
美しい時間を過ごしてしまう。


私は楽しかったと思いながら目を覚ます。

朝起きて、
また後悔する。



何が「やり直そう」だよ。
諦めろって言ったのはそっちなのに。

何を、今さら。






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