亜成虫の森で 11 #h


「はる、ちょっと来て」

松本さんに呼ばれた。話しかけないでって言ったのになあ。

「なんですか?」

当然のように、部の皆さんに監視される。

「今社長から、呼び出し。はる、社長室行って」

「はい?え?私だけ?」

「そう。とりあえず今すぐ来てだってさ」

「松本さんも来てくださいよ」

「いいからいいから。はるご指名なんだよ。行ってきて。大丈夫だから。」


なんで私だけ…私だけに用事ってなんだろ…?

社長室とか…緊張するな。

ノックするとすぐに返事が聞こえた。

「おー、いらっしゃい」

「失礼します。ご用件はなんでしょうか」

「いや〜特段用があるわけじゃないんだけどさ」

満面の笑みで照れるように話す。


「はい?私仕事あるんですけど」

「わかってるよ!だって就業時間だもんね!休憩でもないし!」

櫻井さんは笑顔で言う。
なんだよ、来る必要なかったじゃん。


「では、失礼します」

「あ、待って!待って待って!
まあとりあえず座ってよ!」

「…」

「ふふ。オレが思った通りの人だね。はるちゃんは。」

「どんなふうに思ってたんでしょう」

「誰に対しても毅然な態度。権力にしがみつかない。男に媚を売らない。女とつるまない。」

「ええ、おかげさまでひとりですけど。」

「違うんだ、そういう意味じゃないよ?ひとりでいられるってことはオレはすごいことだと思うんだよ。その上仕事もできるしね?」

「…買いかぶりすぎです」


「オレはさあ。信頼できる人を横に置きたいわけ。裏切らない人。探してるの。そういう人。しかもね?もっと言うと、仕事をしてもらうためじゃないんだ。オレをわかってて欲しいだけ。…要は友達が欲しいんだ。」

「友達になれってことですか?」

「簡単に言うとね。いや、わかってるよ?とても頭のおかしいことを言ってるよね?普通、会社の社長が社員に友達になってなんて言うわけないから。」

「ええ。」

「今までだっていろんな人間関係があったけど、長く続いたのはほとんどなくて。松本くらいかな?今でも翔くんなんて言ってくれるの。みんなオレの、てか父さんの権力とかさ、お金とか、男も女もそれが目当てだったんだろうなって、今は思う。それなりにちやほやされて生きてきたけど、本当の信用なんて1つも生まれなかった。」

「…私をあのチームに入れる必要性が見当たりません」

「チームに女の子がひとりは欲しいじゃない。」

「女の子ならこの会社に無数にいますよ。」

「松本が推薦してくれたの。信用できて、仕事もできるって。松本はいたくはるちゃんのことを推してるんだよ」

「…そうですか。」

「やっぱり、社長のお友達なんていうふざけたプロジェクトはお気に召さない?」


「そうですね。」

「…そう、」


「社長がひとりだったことはわかりました。わたしもそうです。大切なものを失うこと、それがどういう種類のどういう経緯だったとしても、辛くて苦しい体験だということに変わりはありません。それを社員で紛らわそうとしていることは納得しかねますが、私を正社員として雇用してくれたことと、尊敬する松本さん、そして二宮くんがあなたのことを信頼し、できる人間だと言っていたことを私は信じたい。だからお友達になります。」

「…こんな、こんなお願いなのに?」

「普通や常識といったものはただの空想です。私はそういうのが嫌いです。私は、私が真実だと思うことに真実を見出すことにしています。普通じゃないからダメ、なんてことはありません。」

「はは。さすが、松本だな。松本が推すだけのことはある。キミは優しい人間だ。」

「それで?友達の私は一体どのようなことをすれば?」

「じゃあ、メッセージのIDでも交換しようか。そのほうがはるちゃんもラクでしょ。監視されないしね。」

「わかりました。」

「これからは、なんかあったら大体はメッセージで呼ぶから。」

「はい。」


「あれ?雨降ってるね…はるちゃん傘はある?」

「いつも折りたたみバッグに入れてるんで。」

「ぽいね〜用意周到。でも今日は送ってくよ。折りたたみじゃ賄えない量の雨だから。」


窓からでもわかるくらいの、スコールのような雨だった。


地下の駐車場まで降りて、運転手さんが持ってくる車に乗り込む。黒塗りの車。


「BMですか」

「お、車わかるんだ」

「少しは。」


車に乗り、地下の駐車場を出ると車に雨が当たってひどい音がした。大雨だった。

雨で窓からの景色が歪むくらいだったが、櫻井さんはそれでも窓の外を見ながら言った。

「はるちゃんはさあ、毎日どう?」

「え?今さらですか?笑」

「状況はわかってるつもりだよ。松本に聞いてるし。だけど現場を見たわけじゃないし、松本目線からじゃわからないこともあるし。」

「…私は透明人間なんです。普段はいないことになっていて、でも松本さんとか、相葉くんとかと話したりすると、急に監視されます。…透明なはずなのに。」

「…そう。」

「でも今は松本さんも相葉くんも気を遣ってくれて。逆に皆さんに合わせるっていうか。だから、それ以上の害は今のところありません。まあ、無視されてるだけでそれ以上の実害はないですからね。」

「…にのは?仲良いの?」

「あの人はなぜか私によくしてくれます。仲良しだと…私は思ってますけど。」

「じゃあにのだけだね、本当にキミのことをいつも見てるのは。」

「別に松本さんだって相葉くんだって、気にかけてくれてますよ。それににのは、アメリカに行っちゃったし。」

「そうだけどさ。でもやっぱり、落ち着ける空間ではないよね。…にのの件はオレのせいだな。」

「仕方ないですよ。仕事ですから。職場ですから。」


「ダメだよ。ひとりになっちゃ。」

「…」

「自分がひとりになることを、選んだらダメだよ」

「…。どうしてですか」


「…。」

「私という存在が疎まれていることは明白です。元凶が透明になれば、問題は無くなります。」

「それだとはるちゃんが消えちゃうでしょ」

「何か問題が?」


「友達として、そういう生き方はお勧めしないよ」


櫻井さんはまた窓の外を見ながらそう言った。


「着いたね。」

「ありがとうございました」

「じゃ、また明日〜」


そう笑顔で手を振って行ってしまった。



ひとりになるのは、やはり逃げだろうか。
一番それが手っ取り早いのに。

悪をなさず
求めるところは少なく
林の中の
象のように。



傘がないのに
雨に当たってしまっていた。
せっかく送ってもらって濡れなかった服を
雨は簡単にびしょびしょにしてくれた。

何か、流れただろうか。





#小説 #夢小説 #妄想 #エッセイ #コラム   #音楽 #詩 #オリジナル #恋愛 #note #人生 #読書 #短編小説 #つぶやき #言葉 #創作 #生き方 #ポエム #ひとりごと #夢 #短編 #連載小説 #人間関係 #哲学 #ファンタジー #連載 #考え方 #恋 #愛 #心 #恋愛小説 #独り言 #自由詩 #人生哲学 #生き方 #ライフスタイル #雑記   #生活 #考え方 #幸せ #自己啓発 #感想 #連載 #悩み #思考 #暮らし #社会 #メンタル #感謝 #自分 #女性 #人生哲学 #目標 #成長 #記録 #独り言 #未来 #備忘録 #生きる #価値観 #時間 #人生観 #メンタルヘルス #呟き #習慣 #考察コラム #不安 #心理


サポートありがとうございます!