亜成虫の森で 9 #h
始業前、社内は薄暗いが朝日がさして眩しい。
この時間はしんとしていて好きだった。
「はる、ちょっといい?」
「はい」
松本さんが呼ぶので、デスクに向かう。
「なんでしょう?」
「来年度から正社員にならない?」
「え…いいんですか?」
「もちろん。
それと、新しくできるプロジェクトのメンバーになってほしい。」
「…プロジェクト?」
「そう。まだ細かいことはよくわかってないんだけど、できる人集めておけって上の指示。」
「え?私必要ですか?」
「とりあえずこの部から2人。オレとはる。」
「え?聞こえてます?私必要なんですか?それに、もっとベテランさんいっぱいいますよね?」
「…。わかるでしょ?ベテランなだけじゃダメなの。」
私より年上で長く働いている人なんていっぱいいる。というかこの部の全員がそうだ。
ベテランなだけ、ということなのか。
まあ、あまり擁護はできない。
ただ、松本さんとの接点が増えるのは困る。
「…。この話、勤務時間内では…というか、皆の前で話すのはやめてもらっていいですか?」
「え?発表しようと思ってた。」
「いやいや。私への風当たり余計に強くなるじゃないですか。」
「え?なんかされてるの?」
「…。私ずーっとみなさんに無視されてますけど。ご存知ありませんでしたか?」
松本さんは大きい目をもっと見開いて静かに驚いていた。
「…。ごめん。気づかなかった…。」
「まあそりゃ、あの方々も松本さんの前ではちゃんとしますからね。そのときは私にも優しいし。」
「…上司失格だな。申し訳ない。
…今更だけど…なんかオレにできることある?」
「私に極力話しかけないでください。」
「…。」
松本さんは悲しい顔をした。
こちらが悪いのかと思うくらいに。
「…話なら、朝とか、私たちしかいない時にお願いします。あとは書き置きなりメッセージなり。」
「それじゃオレまで無視してるみたいじゃん。」
「それでいいんです。…きっとみなさん、…喜びます。」
そうやって来たじゃないか。いつも。
別になんてことない。大丈夫。
「…プロジェクトは、参加してくれる?」
「…はい。松本さんが言うなら。」
「…ありがとう。」
松本さんの少し安堵した顔が私の心を締め付けた。
この人はなんの悪気もなく、ほんとに何も知らなかっただけだ。
話しかけないで、なんて、言うことじゃないのはわかってる。だけど、きっとこれが最善策だ。
そうしている間に皆さんが出勤する時間になった。
私はデスクを離れいつも通りに席に座る。
プロジェクトがなんなのかはさっぱりわからないが、とりあえずやれることはやっておこう。新しいことがはじまることに、ほんのちょっとだけ、わくわくした。
私の色のない生活に
少しずつ変化が起こり始めていた。
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