亜成虫の森で 20 #h
有休消化明け、一発目に社長に呼び出された。
なんだろう。結局怒られるのかな?笑
誰にも会わずにエレベーターで直行した。
いつものたいそうな扉を開けると元気な社長が待っていた。
「おはよ〜!どう?休暇楽しめた?リフレッシュできた??」
「ええ、まあ…地元に帰ってました」
「そっかそっか。」
「…何か御用でしょうか?」
社長はずっとにこにここちらを見ている。
なんだろ。嫌な予感がする。
「はるちゃんはさあ、好きな人いるの?」
「はい?」
「あ、間違えた、彼氏はいるの?」
「…いません」
「じゃあ、友達から恋人に昇格っていうのはどう?」
は?なにを言ってる?
すごい考えて出た言葉がこれだった。
「…契約ですか?」
自分でもなかなか笑いのセンスがあるんじゃないかと思う。
「そこさ〜もっと驚くところじゃん。契約って笑」
「仕事として、しかも手当てがつくんだったら考えなくもないです」
我ながら最低の返しだ。
さすが。社長をなんだと思っているんだ。
「OK。じゃあ今日のパーティーついてきて」
「パーティー?!私そういうの苦手なんですけど…」
いや、何もOKじゃない!!
「大丈夫大丈夫!隣にいればいいから。少し経ったら抜けてもいいし、別に部屋も用意できるし、そこで休んでてもいいよ?ちゃんとお手当も出すよ!」
「んー…」
「お願い!パートナー同伴なんだよ〜!」
「ていうか、社長こそ彼女さんとかいないんですか?」
「いたら頼まないよ〜」
ま、お金もらえるんならいっか。
なんて現金なやつだ…自分。
「でも私、そういうところに来ていく服とかないですよ?靴も。」
「じゃあ買いに行こ!ね!今日終わったらすぐ社長室来て!」
「買いにって…」
「全部プレゼントするから!ね!」
とりあえず仕事に戻ってその日の分の業務は片付けた。社長室に向かう。
「よし!じゃあ行こうか」
社長はこの上なく笑顔だった。いつも笑顔でいる人だけど。なんとなく楽しそうだった。
馴染みの店なのか、社長の指示によって店員さんがさっさと見繕って着せてくれた。
背が小さくて、おまけに足も短い私にも似合うものだった。
タイトめのワンピースでビジューがついている。
ノースリーブで、首回りと、下のスカート部分のフチにビジューがついていて、シンプルだけどかなりシルエットがいい。
靴も、ラインが綺麗で、自画自賛したくなるくらいだった。ヒールは高めだけど歩きやすい。
鏡を見ると、違う自分みたいだった。
嘘みたいな。そんな感じがした。
こんな綺麗になれるんだ。
魔法かなんかだろうか。
「うん、いいね」
サラッとそう言って、そのあと私ににっこり笑って見せて、じゃあ行こうと手を引かれた。
なぜか胸が高鳴った。
ドキドキして、違う世界に飛び込むような
そんな感覚になった。
色のない世界に住んでいたはずなのに
今一番華やかな自分になって
見る世界には色がちゃんとついていた。
このままこの人の恋人とやらになれば
一生華やかな景色が見られるだろうか。
完璧な世界で生きられるのだろうか。
なんの心配もいらない、素晴らしい世界で。
「いつものままにしてたらいいからね。」
ぼーっとしていると社長が耳打ちしてきた。
そうだ。魔法なんかじゃない。
これは仕事だ。
会場に入る直前に私ににこやかに笑って、社長はどんどん歩き始めた。いろんな人が社長に挨拶をし、社長は私を紹介し、仕事の話をする。
それが続いて、会場の奥まで来て、もうこれ以上挨拶する人はいないってくらい人に会った。私は後ろにいるだけだったけどかなり疲れた。にもかかわらず、社長はずっと笑顔で、丁寧に会話をしていた。
すごいなと思った。
本当にできる人なんだと思った。
そう思うと、途端に自分の場違い加減に我慢ができなくなって、社長に合図して抜けることを知らせた。
あらかじめもらっていた鍵で、部屋に入った。
疲れた。
部屋番号が大きいから予感はしたけど、高層階のかなりいい部屋だった。東京が一望できる。
ぼーっとその景色を見ていた。
私はまた、何をやってるんだろう。
いやいや、思いあがっていた。
あんな世界でずっと生きていけるはずがない。
社長はできるから社長なんだ。スーツが派手なだけの人じゃないんだよ。(失礼)
いや、これは仕事だ。
仕事をしている。
なんなら残業だし。
なんなら休憩だし。
東京の景色は光が多くて
眠らない街、そのものだ。
田舎の星空とどちらが綺麗だろうか。
そんなことを考えていたら、チャイムが鳴った。
開けると社長が立っていた。
「はるちゃん大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。すみません抜けちゃって。」
「大丈夫だよ。ちゃんと働いてもらった。助かったよ。ありがとう。」
「…なら、よかったです。私社長ってすごいなって思いました。丁寧で。笑顔で。かっこよかったです。」
社長はすごく嬉しそうな笑顔になった。
「ありがと。
それにしてもさ、綺麗だね」
「ですよね〜景色が一望できて」
「違うよ、はるちゃんが」
え?
「はい?」
「すごく、綺麗。みんな言ってたよ?あの人は誰なんですか、どこで出会ったんですかって」
「いやいや…」
社長が近づいてきて言う。
「…本当に恋人になるってのはどう?」
「…」
「嫌?」
「え、…あの、嫌、じゃないですけど…」
「…はるちゃんでも、困った顔するんだね」
「…だって、そんな急に…」
そう言い終わらないうちに社長は私を抱きしめた。
「そんな悲しい顔しないでよ」
「…え…?」
「にのと、仲直りしてないんでしょ?見ればわかる。はるちゃんはいつも、ひとりになろうとする。ツラいならツラいって言えば良いのに、オレの前でも大丈夫とか、かっこ悪いからとか。すぐ言うじゃん」
「…」
「もっと甘えて欲しい。」
社長の腕が私を包み込んだ。
ダメだ、意識が飛びそうだ。
香りが、頭に充満して
冷静になれそうにない。
「今だけ。全部吐き出してしまえばいいよ。言葉じゃなくてもいいから。」
「…」
「僕はキミの、心が見たい」
もうダメだ。
にのが私にしない笑顔でももちゃんと話しているのを思い出した。
私に向かって愛想がないと言った時の顔も。
何年も前の
「諦めろ」という文字も。
寂しさが溢れ出して。
「…埋めたい。」
「…」
「ずっと埋まらない何かを。今だけでいいから。ずっとそばにいるって、愛してるっていうその気持ちで。」
最低だ。
なんて最低なことを言っているんだろう。
だけど開き続けた心の穴を
埋められそうな気がしてしまった
今この体温を離してしまったら
またあのときみたいになってしまう
「いいよ。今だけは、今日だけは。絶対にそばにいる。」
涙がこぼれて仕方がなかった。
優しさと
罪悪感で
涙が止まらない。
「ごめん…なさい」
「いや、オレは嬉しいよ。」
「他人で自分を埋めようなんて、最低…」
「違うよ」
「…?」
「人は誰でも寂しさを持ってる。過去にできた傷が開きっぱなしなのかもしれない。甘えたいときだってあるよね?そのときにオレがいて、手を伸ばしたら届く距離にいたんだから、別にいいんじゃないかな?」
「でも、…」
「…もう何も言わないで」
「…」
「違うんだ。オレが甘えたいだけだ。」
「…?」
「キス、してもいい?」
「…」
私がうなずくと、唇を重ねられた。
「パーフェクトクライム。秘密だよ?」
いたずらっこのような可愛い笑みを浮かべて
彼はそんなことを言った。
気がつくと
シンデレラのように12時前には私は家の前にいた。
埋まるはずだった心の穴は
虚無感でいっぱいになった。
社長は優しかった。
触れる全てが優しかった。
魔法がとけた。
シンデレラなら、魔法がとけても
王子様が探してくれるわけだけど
そううまくはいかない。
私はガラスの靴を落としていない。
なんなら私は王子様に明日も会える立場にはあるが。
そういうことじゃない。
違うよな。
そうじゃない。
魔法は魔法として。
一回きりだ。
社長といると私は雨にあたらなくて済んだ。
いつも家の前まで送ってくれて。
私の中に入ってきて
世界ごと変える。
二度と雨が降らない
楽園のような。
でも
彼の心の中には
ザーザー雨が降っている気がした。
小さな少年が雨に当たったまましゃがみこんでいる
手を差し伸ばすと
彼の手は冷え切っていて
泣いている
私は彼に何か与えられただろうか。
抱きしめ合ったその温度が
彼に伝わっただろうか。
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