#リフレイン 19
インターホンを鳴らしても応答がない。
ドアノブを下げるとカギは空いていた。
「…お邪魔しまーす」
「いらっしゃーい」
暗闇から声だけが聞こえた。
夕暮れに、少しだけ人影が見える。
どう考えても寝る場所ではないところで
彼女は大の字になって横になっていた。
「そんなところに寝そべって。こんなに暗くして。そのうちキノコ生えますよ」
「…うん」
「鍵も閉めないで。不用心ですよ」
「志摩が来るから。いいかなあって」
「オレじゃない人が来たらどうするつもりだったんですか」
「んー…」
「電気つけますよ。ほら、寝るならベッドに行ってください。それかソファに座るとか。
それで?何があったんですか?」
彼女はダルそうにベッドにダイブした。
オレはその横でローテーブルに買ってきたものを広げた。
「私ね、あの人に会ったの」
「え?15年前の?」
会った?
「会おうって。離婚したからって。より戻そうって言われて。ホテルに行って、やることやって、気づいたらあの人電話してて。相手は誰かわかんないけど、なんか、ちょろかったわーって。そのあと奥さんと電話してた。今から帰るからねって」
「…」
衝撃的なのと、話の展開が早すぎて
理解するのが大変だった。
「…やるせないってこういうことなのかな。いや、違うか。」
「…。嘘、ついてたってことですよね。離婚してなかったってこと?」
「そう。騙されたの。私。
私ってバカなんだね」
「…」
「騙されやすい。…っていうので片付けられないか」
「…」
「ストーカーって言ってた。私のこと。ストーカー。ちょろいストーカー。ははっ笑 チョロQか」
「…ちょっとおもしろいですけど。てか懐かしい」
「これだから嫌。好きって純粋な気持ちがストーカーになるんだから。しかもそれって相手の取り方によるじゃん。普通にしてたはずがチョロQなんてさあ。」
「…」
「別にストーカーしてないし。20歳のとき最後に、好き的なメールは確かにしたけど。それ以外はアクションは起こしてない。ストーカーの定義には当てはまらないと思ってるんだけど。」
「…」
「もうさ。恋愛とかさあ。結婚とかさあ。子どもとかさあ。全然ピンとこないの。順調に歳だけを重ねてくでしょ?周りはどんどん結婚して子どもできて。急にLINEとかインスタとかの名字変わってたりしてさ。
…でも私は、…そもそも、全然そういうのできないと思うんだよね。人の世話できないし。」
「別にいいんじゃないですか?恋愛しなくても、結婚しなくても。子どもがいなくても。」
「…だけどね?寂しい気持ちはなくはないんだよね。でも、誰かと一緒にいて…、気持ちがなくなったり、変わったりしたときはさあ、どうすればいいんだろうね。もう嫌なんだよねそうなるの。」
「ならない可能性だってあるでしょ?」
「でも現に私は騙された。いとも簡単に。」
「それは相手がその人だったからでしょ?」
「…他に誰かいるっていうの?」
「じゃあ、一緒に堕ちましょうか」
「…志摩ならそう言ってくれるんじゃないかってね。ちょっと思ってたよ」
「オレははるかさんとならどこにでも行きますよ。地獄でも」
「…」
「恋人にもなるし、結婚もしますよ。旦那になって、子供ができたらお父さんにもなります。ね?いい提案じゃないですか?」
「それは、志摩にとってなんのメリットがあるの?」
「最低な返しですね。」
「単純な疑問よ」
「オレはるかさんのこと好きなんで。好きな人と一緒にいるの、メリットだらけじゃないですか?」
「…」
「それに、もう傷つくところを見なくて済む。オレが傷付けばいい。はるかさんがそうなりそうだったら止めることもできる。代わりにもなれる。」
「崖から落ちそうなのをつかまえる?」
「そう。オレの仕事はそれだけでいい。本当はずっとそれだけでよかった。あとはもう、何もいらないんです。」
「キャッチャーインザライ。」
「そう。」
「私ね、志摩のそういうさ、なんでも知ってる知的なところとか、私に優しすぎるところとか、どこまでも私を許そうとするところとか、…すごく大好きなの」
「…」
「大好きなの…」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「その好きは違う好きでしょ?」
「…」
「…それに、気付いてるんじゃないんですか?オレじゃダメだってこと」
「…」
「オレの優しさは優しさじゃない。ただの道連れ。」
「…なんで言っちゃうのよ。なんでいつもみたいに甘やかしてくれないの?」
「オレもはるかさんも、気付いちゃった。一緒に地獄に向かっていくようじゃダメだって。」
「でも、怖いの…。永遠っていうのは怖いの。存在しないんだから。作っていくものだから。すごく怖い。」
「でもね、あいつなら、伊吹なら。きっと大丈夫。それはわかる。」
「…」
「それにね?オレが崖の淵に立ってるから。もし、転がり落ちそうになっても、助けられる。ずっと見守ってる。」
「じゃあ、志摩のことは誰が守るの?」
「伊吹と、はるかさんで。ふたりで。」
「…
ほんとに志摩のことは大好き。志摩、代わりに傷つくなんて、もう言っちゃダメ。伊吹はそれを許さない。私も、許さない。」
「だから、それははるかさんに言われたくないですって」
「真面目に話してるの」
「…覚悟してくださいね。ちゃんと、自分を犠牲にしないで、律して、伊吹についていくって。伊吹はオレみたいに優しくないですから」
「…わかった。」
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