亜成虫の森で 4 #h


「ここ」

「へ〜。なんかおしゃれだね」

約束していたイタリアンににのが連れてきてくれた。


「私これ」

メニューを、開いてすぐに決める。

「いつもだけど、決めんの早いなお前」

「そう?」


テーブルに料理が広げられる。

「どうよ、おいしい?」

「うん。おいしい」

「よかった」


にのは私においしい?っていつも聞いて、おいしいよと答えると嬉しそうな顔をする。


「にのはさ、彼女とかいないの?」

「は?」

「まあ、今さらだけど。」

「いたらこんなことしないね」

私の質問の意図を察している。
これが彼のすごいところ。

「そうだね。よかった。」

「え?笑 どういう意味?」

「にのがそういうことする人じゃなくてよかったってこと」

「ふーん」

にのが楽しげな顔で言う。

「あ、デザート来たよ」

「うわ、すごいね。おいしそう」

「お前甘いの好きなの?」

「うん。ケーキとか。しっとりしたやつね」

「しっとりしたやつ?笑」

「プリンとか、ゼリーとか。クリームも好きだけど。焼き菓子より生菓子。ザクザクとかはいらない。ずっと同じ食感のやつ。わかる?」

「ふはは。なんとなくな。わかった。じゃあ今度はそういうの探しとく」

「にの、優しいんだね。」

「ん?そう?」

「もっと寡黙っていうか…話す人じゃないと思ってたし、人間嫌いそうだし。」

「それはお前もだろ」

「確かに。でもにのは好きだよ。一緒にいてラクだしね。」

「…ラク、ね」


微妙に表情が変わったのを見過ごさなかった。

「にのもラクって言ってたじゃん。」

「そうだけど。」

「なんかマズいこと言った?」

「いや。そんなことない。」


店員さんが食後の飲み物を持ってきた。

私の前に紅茶を置くはずの手が止まる。

「…はるか?」



私の名前を呼んだその顔を見ると
彼の顔だった。

「…勇人?」


殴られたみたいな衝撃に襲われて
意識が飛びそうだった。

「…東京にいたんだ…」

「…勇人もね」


彼はハッと我にかえり、
ごゆっくりどうぞと言って戻っていった。


「知り合…

ん?」

怖くてにのの手を掴んだ。


「はるか?どうした?」

「ちょっと、…手貸しておいて。」

何にも言わないで手を握る私に対して、にのは何も言わなかった。


怖くて怖くて、何かに触れていないと自分の存在が消えそうだった。とにかく恐怖が襲ってきて、寒気がして、どうしようもなかった。


「はるか?…大丈夫?

紅茶、飲んだら?落ち着くかもよ」


促されるまま紅茶を飲んだ。
あたたかくて、少し落ち着いた。


自分でも驚くほど動揺していた。


「はるか、ちょっと手離してもいい?」

「…あ、ごめん」

「トイレ行ってくるから。すぐ来るから。ちょっとまってて」

離された手に冷たい空気が触れて、孤独を感じた。



何してんだ、自分。


もうぼーっとするしかなくて。
何も考えられなかった。
とにかくここから出たい。

「お待たせ。行こう」

にのは私の手を引いてお店のドアを開けた。

「あ、お金…」

「払ったから大丈夫。」


手を引かれて、近くにあった公園のベンチに座らせられた。

「ちょっと休憩。」


ベンチに座って深呼吸をした。
少し落ちいてきた。
物理的にあの人と距離が取れて安心している自分がいる。

「にの。ごめんね。…あ、お金、払う」

「いらねーよ。

それより、誰なの?あの人」

「…。同級生、」

「それだけじゃないんだろ?」

「そんな、もうすごく、昔の。子供の頃の話だから。」

「なんかされたの?」

「いや、違う。違うけど、…。なんだろ。怖い。」

「怖い…?」


「にの」

「なに」

「…私、急に手握ったりして。怖かったよね笑 ごめんごめん笑」

「なんで笑ってんの?」

「…」

「笑う感じじゃなかったよね?」

「…だって」

「だってなに?」

「おかしいでしょ…いつのこと思い出してんのって話じゃん…気持ち悪いよね。ほんと。どんだけ引きずってんのって…。やだなほんと。こんなとこ見られたくなかった。」

「…。

お前がおかしいのは最初から知ってたよ。」


「…そっか。」


「…別に昔のことを思い出すことに、いい悪いはないだろ。」


「…にのはさ、そうやっていつも、優しいんだ。」

「…普通だろ」




「…駅まで一緒に行ってくれる?」

「当然。家まで送ってやるつもりだったけど」

「ほんと?ありがたい」

「同じ路線だしな。よし、そろそろ行くか」

「うん」


くだらない話をしながら帰った。
特段あの人のことを聞くとかもなく。

気を遣ってくれたんだなって。


そういう気遣いが嬉しくて
居心地がよかった。


部屋についてケータイを見るとメッセージが入っていた。

『今日はびっくりしたよ』

そう書いてあった。
メッセージの同級生のグループの中にはお互いいるので、連絡先は確かにわかるけど。まさか連絡まで来ると思わなかった。

なんだかすごく萎えた。

この期に及んで感がすごくて。


もっと前に、話すきっかけなんていくらでもあったじゃないか。

今こうなってる理由、わからないのかな?


私だけなのか。動揺したのは。



どうでもよくなって

返信しなかった。






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