亜成虫の森で 25 #m

 

「お疲れ様」

翔くんが残業していたオレのところにふらりと来た時があった。フロアには誰もいなくて、ふたりきりだった。

「お疲れ様です。社長」

「残業なんてしなくたっていいんだよ」

「終わらせちゃいたいからさ。あ、はるは?どうですかね?」

「ふふ。潤の言う通りの子だよ。」

「うん。いいよね。」


「似てるよね。春菜ちゃんに。」


「…。」

「だから、推薦してきたのかと思った。」


「…。確かに、どことなく似てる。はる、って呼んでしまうのも。似てるからなのかもしれない。だけど、オレは、はるははるとして見てるつもり。別に春菜に似てるから推薦したわけじゃない。ちゃんとできるし、信頼できるから、推薦した。」

「…そっか。」

「…。うちの部で仕事するより、翔くんといたほうが安全なのかもしれないね。そういうことで言うと、ちょっと安心するっていうかさ。」

「いや。はるちゃんは潤のところに置いておくよ。だって部の仕事回らなくなっちゃうでしょ?本当は今すぐにでも社長専属にしたいくらいだけどね。」

「そうなんだよね。こっちが進まなくなっちゃう。はるのことは、オレも気をつけて見るようにする。」

「うん。ほどほどにして帰りなよ。じゃ、お疲れ」

「お疲れ様です」





「お兄ちゃん、傘持ってったほうがいいよ」

「大丈夫だろ。晴れてるし」

「天気予報では雨になるんだよ」

「うーん。荷物になるからいいや。じゃあな。いってきます」


それが最後にした会話だった。


春菜はオレに傘を届けようとして事故にあった。




会社からの帰り道。

皮肉にも雨が降っていた。


「珍しいお客さんだ」

傘をたたんで店に入ると、大野さんは笑顔で迎えてくれた。

少し、ホッとする。


「お久しぶりです」

「…どうしたの?」

「…。いや、」

「まあ、座りなよ」

慣れた手つきでお茶を出してくれた。
本屋さんなはずだけどね。


「この子、わかりますか?」

彼女の履歴書を出した。


「あー。よく来る子。最近仲良くなってさ〜」


「…」

「はるちゃん、でしょ?」



「…この前病院に搬送されたんです。今もICUにいます。」

大野さんは大きく表情を変えなかったけど
驚いたのはわかった。

「…大丈夫なの?」


「…生死を彷徨っています」


長い沈黙が流れる。



「潤くんはさ。どうしてここにきたの?」


「…。わかりません。」


「…」

「…僕はこの子の上司です。…初めてこの子に会った時、春菜かと思ったんです。

生き返ったって。そう思いました。」


「…オレも思ったよ。そっくりだよね。何もかもが。」



「…嫌だなって。死んだら。嫌だなって思って…。はるには、この子には同じ目にあってほしくないと思ってたのに。結局また生死を彷徨わせている」

「今回の件は関係ないんでしょ?それにあのときだって。君のせいじゃない。」


「…大野さんは僕を恨んでないんですか?」


「…。君を恨む理由がない。それに、誰を恨んでもはるは帰ってこない。そうでしょ?」

「…」

「僕はこの子に逢えて嬉しいんだ。君の話しもたまにするよ?優しい上司がいて、って。会社名聞いて、潤くんのことだなって思ってさ。言わなかったけどね。」

「…」

「…彼女は雨を嫌わないんだ。あの日降った雨を僕は嫌いになった。だけど、彼女は、雨は汚れを流してくれるから嫌いじゃないんだって言うんだよ。彼女から見えてる世界って、きっとすごく汚いんだろうね。だけど、夜に降る雨は、それをきれいにするために降っていて、どんどん汚れが落ちていくって。」

「…」

「オレたちの汚れも、流れていくのかもしれない。」


「…」

「忘れようって言ってるんじゃないよ?

…でも、囚われてはいけない、とは思う。どんどん闇に引き摺り込まれる。それは危険だ。」



「この子は…はるは、ひとりで頑張る子で。オレは何もしてやれなくて。悩みにも気付いてあげられなくて、…いつもいつも、オレは後悔しかしてない…。」

「それは君の悪いクセだ。」

「…」



「待ってるだろ。オレが君を責めるのを。」



「…」

「そんなことはしないよ。それは君の思う壺だ。オレが責めれば、君は自分を傷つける。それで良しとしてしまうだろ?何も変わらないよそれじゃ。」

「だって大野さんは…一回も…」

「そうだよ。意味ないからね。そんなの。」


「…強いんですね」


「違う。向き合いたくないだけだきっと。別に悲しまなかったわけじゃない。たださ、毎日泣いてもね?何も変わらなかったんだ。誰かのせいにしてみても、自分のせいにしてみても、誰のなんのせいにしたって、現実は変わらない。春菜はもういない。」

「…」

「だけどさあ。はるちゃんがここに来たときに。ああ、生きててよかったって、なんだか、思っちゃってさ。春菜ではないけど、でも、もう一度会えたような、そんな気がして。前を向こうなんて、そんな綺麗事言うつもりはないけど、ただ毎日を、前を向いて過ごす彼女に背中を押された気がした。一緒にいると、雑念が消えてくような。大事なことを思い出させてくれるんだ。だからオレは、…少しだけ前向きになったよ。」

「…そうですね。はるはいつも、前向きだ。元気なわけじゃないけど。前を向いてる…」

「はるちゃんはきっと助かるよ。潤くんは潤くんのできることをすればいい。僕は僕のできることをすればいい。

それしかないんだ。」


「春菜は大野さんのこと。

すごく大事な人だって言ってました。自慢されて、兄としては少し嫉妬しましたが。」

「そう?それは光栄だ」

「はるのこと、よろしくお願いします。」

「いや、僕は何も。彼女にはちゃんと、傘をさしてくれる人がいるよ。」


「そうですね。」



外に出ると雨はやんでいた。

「雨、やんだね。」

「…。あの、今日は急にすいませんでした」

「また、いつでも来たらいいよ。僕はいつもここにいるから。」

大野さんは笑顔でそう言って見送ってくれた。



泣いた。
久々に泣いた。


歩きながら涙が止まらなかった。



雨がやんだあとの空気は澄んで
月が出て夜を少しだけ照らしていた。





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