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わたしの読書記録

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自然や生物を題材にした本、純文学、海外文学、ノンフィクション。 文学は1900年初頭~昭和半ば頃までに書かれたものや、戦争文学が特に好き。 谷崎潤一郎、堀辰雄、原民喜、梅崎春生、…
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わたしの今日を形作った2023年の本

わたしの今日を形作った2023年の本

年が明け、北海道は冬本番を迎えております。
今冬は雪雲にエンジンがかかるのに随分と時間がかかり、ここに来て毎夜しんしんと舞い落ちた雪により、ようやく例年通りの雪景色が見られるようになりました。
北国の人はこの現象をこう言います。
「雪の量は毎年帳尻が合うように降るもんだべさ」
最近考えることといえば「あと二ヶ月で春が来る。春よ、来い。早く、来い」に尽きます。

さて、noteを放置するに任せたこの

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誰がため、何がために書くのが日記か

誰がため、何がために書くのが日記か

谷崎潤一郎「鍵」

読み始めてまもなく、冷えた指先で衿首を撫でられたようなざわめきが背筋に走った。
サイドテーブルに無造作に置かれた手帳に目を落とす。
そして、脇に置かれた数冊の本をそっと上に積み重ね、その存在感を消し去った。

昨年秋から、毎日この手帳に日記を書き続けている。
どんなにとりとめのないことでも、心の悲喜も、隠すことなく書いている、つもりだった。
「夫は勝手に盗み読むことはないだろう

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〈小さなことばたちの辞書〉に自分だけのことばを集めること、それはわたしの人生そのものとなる。

〈小さなことばたちの辞書〉に自分だけのことばを集めること、それはわたしの人生そのものとなる。

頭に浮かんだのは、数年前に観た映画「博士と狂人」だった。
あれも確かオックスフォード英語大辞典編纂に纏わる実話だったはず。

調べてみると、時代背景や人物は「博士と狂人」に描かれたのと同じ実在のものをベースに、辞典には載せられない(正確な出典のない)市井の人たち─主に女性たち─が使う「迷子のことば」に関心を寄せ、生涯に渡ってことばと向き合い続けた一人の女性の姿をプラスし、女性参政権や第一次世界大戦

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わたしと戦争と文学と

わたしと戦争と文学と

窓を背にした図書室の隅、日も当たらない薄暗い本棚の下、私は煤けた床にしゃがんでいた。
一番下の棚には、大型の書籍が収められている。
ぎちぎちに詰まった本の群からハードカバーの花切れに爪を立て、ぎゅっぎゅっぎゅっと一冊抜き出す。
しましま模様の服を着た人物が写る白黒の表紙──アウシュヴィッツ強制収容所の写真集だった。

図書室はとても静かで、私以外に誰もない。
いや、もしかしたら他に誰かいたのかもし

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遠い水平線の夢

遠い水平線の夢

目線の先にはいつもの見慣れた海岸。
見慣れた?
わたし、前にもここに来たことがあったの?
ここはどこだろう。

右足は太陽の熱の伝わる真っ白な砂の上に、左足は冷たくごつごつとした小石に乗っている。

目線を上げると、右側の海水はどこまでも透き通ったコバルトブルーで、左側は日本海のような鈍色をしている。
中央で二色が混ざり合い、そのどちらとも言えない青碧色をした波が立っている。

右から左へ流れるよ

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内田百閒「ノラや」で蘇る、我が家の「ユイや」──生き物と共に過ごす時間

内田百閒「ノラや」で蘇る、我が家の「ユイや」──生き物と共に過ごす時間

野良猫だから、ノラ。そのネーミング、好きです。百閒先生。

四毛模様だからヨモ、牛柄だからウシ(ではあまりにも猫らしくないので訛ってウッチ)、小さかったからチビ(現在8キロ)。我が家もそんな見たまんまネーミングにこだわり続けて早数十年目の猫生活を送っています。

その先代の先代…元祖先代と言っていいのが、今日お話するユイちゃん。
どの角度から見てもかわいいから、「かわゆいのユイ」ちゃんは、その母猫

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冬空の下でタブッキの「レクイエム」/「イザベルに」を読む

冬空の下でタブッキの「レクイエム」/「イザベルに」を読む

インド夜想曲のあとは、レクイエムとイザベルに、を…

タブッキを愛する卍丸くんから勧められてインド夜想曲を読んだのが去年4月。

ちょっと時間がかかってしまったけど、お正月明けの連休を使ってどっぷりとタブッキの世界に浸りました。
すごくすごく好きな世界観。

【レクイエム】
7月最後の日曜日の灼熱の昼下がり、ひとりの男がリスボンの街を彷徨し、死んでしまった友人、恋人、そして若き日の父親と出会い、過

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星野道夫とともに、太陽の描く弧を見つめる時間 【魔法のことば】

星野道夫とともに、太陽の描く弧を見つめる時間 【魔法のことば】

昨年十月に入った頃から読み始め、池澤夏樹の「ゆっくり読むこと。次に、一度にたくさん読んではいけない。」の言葉に従おうと思って従ったわけではないけど、結果的にゆっくりと約三ヶ月間かけ2022年最後の日に読み終わりました。

去年一月に約二年ぶりとなる仕事を再開したことで、ニートの頃とは違って心と時間のバランスを取るのが難しいことも増えました。

一昨年前まであれほど毎日のように通っていた緑あふれる自

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【白の闇】見えなくても見えていること、見えているのに見えないと思っていること

【白の闇】見えなくても見えていること、見えているのに見えないと思っていること

読み終わってからしばらくの間、その世界から抜け出せなかった衝撃作。

少し前に読んだ同じくサラマーゴの「象の旅」で、彼の書く文体や構成力に唸らされ、手に取らずにはいられなかった本書。

ある日突然失明してしまう「ミルク色の海」の感染が急拡大し人間としての尊厳を失うことになった者たちの、極限状態の秩序もルールも存在しない世界がこれでもか、これでもか!というほどに描かれている。
そしてただ一人の女性だ

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子を想う親と、親を想う子の物語 【カラスのジョンソン】

子を想う親と、親を想う子の物語 【カラスのジョンソン】

住んでいるところも年齢も違うけど、同じ道産子で、同じく看護師というInstagramで知り合った彼女とは、読んでいる本が示し合わせたように同じだったり、古代エジプトに魅せられていたり…とまだ一度も会ったことがないのに、ずっと前からの知り合いのような、不思議な繋がりを感じている。
その彼女が一年半ほど前に紹介していて、「これはいつか必ずや」と思っていた「カラスのジョンソン」

先々週末の伊勢原への行

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コミさんの脱力系戦争文学《ポロポロ》

コミさんの脱力系戦争文学《ポロポロ》

【読書記録】
少し前に暇つぶしのために入った小さな書店でたまたま手に取ったポロポロ。

表題作のポロポロは谷崎潤一郎賞受賞作で、ポロポロの他には、田中小実昌独特の脱力系表現で戦争体験を語った6つの短編が収録されている。(“書いた”というよりも、まさに“語った”なのである)

一度スタートすると次々に話が枝分かれして、「ふんふん」と聞いているうちにその話の中を引き回される感じがまるで私の母の話を聞い

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「名もなき人たちのテーブル」席では、ひっそりと面白いことが起こることになっている。

「名もなき人たちのテーブル」席では、ひっそりと面白いことが起こることになっている。

【読書記録】

文字を目で追っていると、瑞々しい言葉が波のように心に寄せては返し、胸の奥で沸き立つ静かに熱く燃える何か…を抑えきれなくなった。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやける。

─人生
─その中で出会う人や事物
─自分を失い、流され、落ちゆく深淵

出会わなければよかったのに出会ってしまった人。
出会うべくして出会えた人。

その誰とだっていつでも会える、なんてことはない。

懐かしい声を聴

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〈あの図書館の彼女たち〉 戦時下における本の力について考える

〈あの図書館の彼女たち〉 戦時下における本の力について考える

戦争✕図書館──
つい手に取ってしまう本のテーマである。

【あの図書館の彼女たち】

今年4月に出版になった《あの図書館の彼女たち》は、第二次世界大戦中のパリ…にあるアメリカ図書館を舞台にしていて、実在の出来事や人物を基に肉付けされたストーリー、というのが私の読みたい意欲を掻き立てた。

本が人と人とを結びつけ、心を育ませる一方で、つらい別れをも呼び込むこととなる。
図書館に収蔵された本の運命と

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《カンガルー・ノート》 彼の脛から生えるは「毛」ではなく「かいわれ大根」

《カンガルー・ノート》 彼の脛から生えるは「毛」ではなく「かいわれ大根」

【読書記録】
初めて読んだ「砂の女」で、安部公房の沼に片足を突っ込んで抜けなくなってしまった。

二作目に選んだカンガルー・ノート。
遺作に手を出してしまったことが吉と出るか凶と出るか。

読み始めて5ページ目にして、すでにある一言を言いたくてたまらなくなる。

なんのはなしですか

これは一体
なんのはなしですか

脛からかいわれ大根。
その生え始めの描写が、たまらない。
たまらなく気持ちが悪い

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