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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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#スキしてみて

迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

 コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。

 仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい

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幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

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〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

 今朝のアパートの窓からは、雪が舞っているのが見える。向かい合って並ぶアパートの駐車場で、風が空中に円を描いている。それは、雪が踊るようだった。これなら、妖精がくるりと不規則な動きをすると思うのは仕方ないなと思う。停車する車の上にべっとりと積もる雪が、休日のお出かけを億劫なものに変えたがっていた。

 むかし、ばあさんが言ってたっけ。「祭りの白粉は子供を獣に変えるためだよ」って。祭りでは獣となって

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〔ショートショート〕        シャボン液のような

〔ショートショート〕        シャボン液のような

 その日、4才のボクはシャボン玉をはじめて見たんだ。
 ストローで変な匂いのする水を膨らませると、風に飛ばされていった。
 まん丸に見えるシャボン玉の中身はボクが吹き込んだ空気で、シャボン玉の外側にはみんなが吸ってる空気がいっぱいある。だけど、同じ空気なのに変な匂いのする水は、ボクの空気だけを丸くしてどこかに連れて行こうとするんだ。母さんは、どこにも連れて行ってくれないのに。
 
 それから一週間

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〔ショートショート〕        未来よりも明るい時間

〔ショートショート〕        未来よりも明るい時間

 アイマスクをして眠るキミを見るのが好きなんだ。キミの寝顔を見ながら、一緒に行った旅行先で見つけた振り子時計を思い出す。

 その時計があったのは古い小さな旅館で、駐車場にボクらの車が入るとすぐに女将さんが迎えてくれた。隅々まで掃除が行き届いている庭と、木の葉を風が撫でる音が気持ちが良かったのを覚えている。
 そして玄関を入ってすぐのところに、それはあった。「調整中」と書かれた札が貼ってある大きな

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晴れのち曇り。

晴れのち曇り。

 折角のよく晴れた午前中を見送り、軽い昼食を済ませると、「眠いな」と思う。机の上のデジタル時計は、14時と表示している。
 間違いなく、ボクは馬鹿だ。
 昨日の夜に眠気と過ごしている時には、連休初日に行くべきところは先にかたずけよう、そう決めていた。床屋の開店時間にあわせて自宅を出発して髪を切り、返却期日の図書館へ行く。それから、昨日買い忘れた牛乳を買って帰宅する。ホットケーキミックスと卵があるか

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崇高な憧れと、拗らせた理想。

崇高な憧れと、拗らせた理想。

 向かい風だった。
 タバコの煙に泣かされたから、片目を薄く瞑って息を吐いた夜に再会したのは、もう会わないと決めていた女。待ち合わせ場所は、昔よく来た公園。
 彼女が来るまで、公園の手すりに腰を乗せていた。
 小さな公園だ。ペットの散歩をする人も、自分の散歩をする人も今は居ない。海に近いせいか、たまに潮の匂いがするくらいの夜だった。そのせいか彼女が来るのは、すぐに分かった。

 白と黒のゴシックフ

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虹のくすり

虹のくすり

「虹が出る薬があるって知ってるか?」

 そう言って、ケン君がリスみたいに目を大きくして見せるから僕もつられて笑ってしまう。ケン君はいつも僕の知らないことを教えてくれる。晴天の風の中を洗濯物が泳いでいる。そのすぐそばで、僕らはいつも2人で遊んでいた。
 港のすぐ近くにケン君の家はあった。猫が2匹いる、いかにも漁師をしているといった海と魚のにおいのする家だった。車庫のそばには、漁で使う大きな茶色い網

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ペンシルnoチョコレート

ペンシルnoチョコレート

背伸びの上手い人たちに囲まれた幸せな時間だった。ちょっと高いところにあるものを無邪気に取る人たちだから、そこには憧れも混じった驚きがあって自分の心まで両手で掬い上げられたような感覚がしていたんだ。
そんな人たちの中で、格別に背伸びの上手かったキミに惹かれていた。

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善からぬ噂話

善からぬ噂話

月にカエルが祈っている。
グギュるグギュると上げる鳴き声は、月に届くのだろうか。
その日を信じて夜通し歌うのは、何の歌だろう。
体が壊れるほどに震わせて、願う望みはなんだろう。
もしも綺麗な願いならば、月の光に身をさらせるだろう。
なのにどうして闇に隠れて祈るのか。
雨が降ってきた。
雨音が彼らの声を隠す。
だから、カエルは雨を呼ぶ。
秘密の願いを巧妙に隠すためには一番都合がいいから。

月にカエ

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光って見える

光って見える

この島を出たいのかな、わたし。
こんなに広い海の向こう側を、奥の、奥のほうを見てる。
朝になれば、あそこから光が見えるんだ。波がキラキラきれいに光って、わたしが主人公の一日がはじまる気持ちになる。
だからね、たまにだけど、それにあわせて秘密で歌ってるんだ。

歌手になって、みんなの一番になったら……。
そのなかに、みんなはいてくれるのかな。

なんか、わたし、イヤなやつみたいだな。

この島を出た

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寝起きも寝る前も、大差はない。

寝起きも寝る前も、大差はない。

あたたかい陽射しが右の頬に当たり、欠伸をする。少し痛さを感じるくらいに口を大きく開け、「くぁー」とわざと音を出してする。猫が欠伸をするときは、そんなふうに野生味たっぷりの表情をするものだから、自分もネコになると決めた日からそうすることにした。

6時55分。

車内のデジタル時計に目をやってからシートに寄り掛かり、それから首の辺りの伸びをした。気が付いたらこんな時間になっている。
すこし眠っていた

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ポケットにしまった記憶

ポケットにしまった記憶

海岸沿いに見晴らしの良い休憩所がある。
車が20台くらい止められる駐車スペースとトイレ。それと、そこからちょっと歩いていける屋根のついた休憩ベンチ。その一帯を区切るように囲む柵が、青く広がる海の迫力を一層盛り上げている。
天気は、やや曇り。

運転中にかかってきた電話に折り返すために、そこに駐車した。
若者が4台並べて駐車して、車外にでて楽しそうに談笑している。会話の内容までは聞こえないが、最近上

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