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差別〔ショートショート〕


アパートの階段の踊り場に
白と黒の斑柄の蛾が飛んでいた。
壁を伝うようにして飛ぶ
ヨロヨロした様子は、
どこか見下ろして通り過ぎる私に
怯えているようだった。
外は曇り空、予報は雨。
向いの家の母子の会話が聞こえる。
小学生の息子は準部ができたらしく
ランドセルを背に玄関から出てくる。
「……いってきます」
「傘持ったの?」
母親の問いかけに、小さく答える。
「いらなぁい」
すぐに玄関から出てきた母親は、
子供用の傘を「ほら」と握らせる。
「いってらっしゃい」と、
母親は息子を送り出す。
傘を無言で受け取り、
彼は背を向けた。
私は住宅街のマナーを守り、
近くに子供たちがいないのを確認して
車のエンジンをかけた。

あれが「蛾」だと断定する私には、
予備知識などは無い。
なんとなく感じる翅の形だろう。
直感的な気味の悪さと
綺麗とは思えない色と模様は、
蝶と呼ぶには相応しくはないなと
判断した。
いや、そんなふうに
整理された思考からではない。
もっと乱暴な
私の心の動きのみを優先した
鼻をかんだ後にもじゃくる
ちり紙のように
特に意味をもたない差別だった。

深夜のファミレスで、
一度見かけただけの女。
SNSで知り合った大学生の男と
待ち合わせしていた、
そんな会話が聞こえてきた日の夜に
偶然、
見かけたような気がするだけの女。
近所付き合いに興味は無いから、
顔などよく覚えていない。
他人の空似。
わたしは車をゆっくり走らせ、
小学生の彼とは反対の方向に曲がって
進む。
彼が傘をわざと地面に倒す。
自宅の玄関のドアを
誰かを待つように見つめている。
小雨が降りだした。
彼が傘を拾う姿が、
バックミラー越しに見えた。

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