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ショートストーリー

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短い物語をまとめています。
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迷宮入り。

迷宮入り。

嘘しかつけない日に良い事があった。
正直に過ごそうとした日は怒られた。

嘘をついてはいけませんと教えられたけど、正直なことが良いわけではないらしい。ついていい嘘というのもあるらしい。

嘘をついて、笑って見せた。
正直に泣いた。

朝から、元気に挨拶した。
やりたくないことを断った。
みんなの話題に話を合わせた。
知らないところで起きた悲惨なニュースを消して、ゲームの続きをした。
もう会う気のな

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〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

〔ショートショート〕喫茶店にスプーンは必要かな

 コーヒーゼリーの上からかけた白い生クリームソースが、スプーンの後を追って行く。「苦いのが美味しいね」なんて格好をつけたところで、本当はシロップ入りの生クリームがあるから好きなんだと、後悔した。僕は今日、初めて彼女を尾行した。

 仕事だと思っていたが平日が、急に暦通り以上の連休が取れることになった。付き合って半年の彼女と旅行にでもと思ったが、彼女の方は仕事らしい。だから、僕は以前から気になってい

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〔ショートショート〕 雨と無知

〔ショートショート〕 雨と無知

 仕事から部屋に戻ると、いつも決まってまず風呂に入る。これが、この男の習慣だった。湯を張ったバスタブの中にふんぞり返って座り、ふちに足を投げ出して大股開きで座る。このとき、肩はお湯の中にしっかり沈め、首を通り越し顎の先にお湯が付くまで沈む。「肩までしっかり浸かれよ」。男が父親から言われたことで、一番理解できて、心から納得した教えだった。今日みたいに肌寒い日は、もう秒数を数えてもらわなくても良いくら

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消えた蜘蛛の居場所は知らない。

消えた蜘蛛の居場所は知らない。

 戸惑いながら怒るボクに、「ごめんね」とすぐに謝れるキミに恋をするのは1年後のことだった。

 小学校の掃除の時間。共にふざけていた女の子が急に泣き出した。箒の柄の木の部分でボクを叩いて笑っていたその子が、暫くして、ぼーっと他のことに気を取られていたから、ボクはその子の頭にコツンと箒の柄を当てた。すると、その子はしゃがみ込んで泣き出してしまった。すぐに「だいじょうぶ?」と、周りの女の子達が集まって

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ポンパドール

ポンパドール

 わたしは右手の甲に雀を飼うことにした。
 痛みを唄うこともことも許されないから、強くなれる。理不尽なことに押さえつけられるのは馴れているし、今回がはじめてというわけじゃない。だけど、だからこそウンザリするの。我慢さえしていれば、その声は野鳥のさえずりと変わらない平穏の括りの中に入れられる。
 だから、わたしは舌切り雀のタトゥーを入れることにした。
 
 そんな理由で雀が、わたしの右手に住み着いて

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灰皿にスプリング

灰皿にスプリング

 4月1日にオレが始めたことといえば、読みかけで積読になっている短篇小説集を切りの良いところまで読んで栞を挟み直したくらいで、履き慣れたウォーキングシューズで歩くことになんら変化は無かった。昨日、散髪に行ったが、それは単なる偶然。
 
 床屋のドアを開けると、床屋のおやじが煙草を片手にこちらを見る。
「ちょっと待ってくれ。お前も吸うか?」
 そう言って差し出す煙草を一本受け取り、隣に座る。
 オレ

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〔ショートショート〕 友達図鑑

〔ショートショート〕 友達図鑑

 過ぎ去った年月の中に閉じこもるには、理由がある。でも大勢の人が、それを妨害しようとしてくるから煩わしくなって、それから嫌いになった。

 十歳の誕生日に、ボクはその本を盗むことを決めて、17歳のときに実行した。その本は、皆が言うには「みんなの」もので、100ページくらいあり、それほど重たくはない。
 本については常識的な共通のルールがあり、それを守るのが普通のことであるらしい。ネタバレをすること

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幼い頃から

幼い頃から

 罪悪感を感じたというのが、はじめて恋を知った日の感想だった。
 その日、はじめて床屋に入った。中学に入学するからと父に連れられて入った床屋にあなたがいた。
 決して手が届かないと思った。けれど、それと同時にふれてみたいとも思った。手を伸ばしたいというより手を引かれていく、そういった感覚だったのを覚えている。

 まだ髭の生えていない頬をカミソリで剃る前に、あなたがゆっくりと撫でていった。冷たい手

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ぬるいと、お腹を壊す

ぬるいと、お腹を壊す

 トイレはぬるめの便座がいい。
 朝は炙ったパンでいい。
 しみじみ飲めば、しみじみとぉーおぉ。

 そんなふざけた替え歌を思い浮かべるボクの火曜の朝は、相変わらず冴えないはじまりだった。
 昨日から持ち越しのコーヒーをレンチンしている。不味いけど、勿体ないからそうする。とりあえず便秘とは無縁だ。丈夫に産んでくれて、ありがとうございます。
 コーヒーカップに口をつける。匂いだけは、一丁前。
 PC

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〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

〔ショートショート〕休みの日に妖精はいらない

 今朝のアパートの窓からは、雪が舞っているのが見える。向かい合って並ぶアパートの駐車場で、風が空中に円を描いている。それは、雪が踊るようだった。これなら、妖精がくるりと不規則な動きをすると思うのは仕方ないなと思う。停車する車の上にべっとりと積もる雪が、休日のお出かけを億劫なものに変えたがっていた。

 むかし、ばあさんが言ってたっけ。「祭りの白粉は子供を獣に変えるためだよ」って。祭りでは獣となって

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〔ショートショート〕ひな祭りの主役は、二段目に。

〔ショートショート〕ひな祭りの主役は、二段目に。

 少女が一人。
 湿った砂浜に膝を抱えて座り、素足の指と指の間を海水が触っては戻っていくのを見つめる。3月の波打ち際は、まだ冷たい。
 当然、少女にとって、そんなことは常識だった。
 考え事をするときは、普段からこの海を訪れるから。

 今日、彼女は、波打ち際で遊ぶ理由を考えていた。
 それは視線の先に、噂に聞いたことのある未知の世界が広がっているからで、ここでその世界を妄想するのが好きだから、そ

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〔ショートショート〕        几帳面で忘れっぽい

〔ショートショート〕        几帳面で忘れっぽい

 早朝の太陽の光を背中に浴びて、男がポスターを貼っている。

「1日増えた今日を、休日にしなかった人間を好きになる方法募集」

 男の身長が高いせいなのか、長い手足でポスターを貼る後ろ姿がどこか不器用に見える。白地に黒のストライプのスーツにネクタイ、柔らかくかき上げたオールバックには赤いメッシュが入っている。結んだ口元には、黄色のラメ入りリップ。その顔は険しく、真剣である。
 知り合いに頼んで、こ

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理想と好き

理想と好き

 「ゆで卵」と「焼いただけのオムレツ」、両方にケチャップをかけて食べる。わたしは幸運にも、この二つの味の違いが分かる。でも、理由は分からない。
 熱を加える前に混ぜるか、それとも混ぜないかの違いだけ。それだけで大きく変わるこの不思議に、決着をつけること無くここまで生きてきた。たぶん理由なんて、赤ん坊の頃にみんな通るであろうテイスティング行為(とりあえず口に入れる行為)をしっかりと行ったからかもしれ

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〔ショートショート〕        シャボン液のような

〔ショートショート〕        シャボン液のような

 その日、4才のボクはシャボン玉をはじめて見たんだ。
 ストローで変な匂いのする水を膨らませると、風に飛ばされていった。
 まん丸に見えるシャボン玉の中身はボクが吹き込んだ空気で、シャボン玉の外側にはみんなが吸ってる空気がいっぱいある。だけど、同じ空気なのに変な匂いのする水は、ボクの空気だけを丸くしてどこかに連れて行こうとするんだ。母さんは、どこにも連れて行ってくれないのに。
 
 それから一週間

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