見出し画像

太陽を見間違えるひとはいない〔ショートショート〕

 7月のある雨降りの午後に、僕は太陽にそっくりな女性を見かけたんだ。
 その日は内科の受診のために、駅前の総合病院を訪れていた。僕は看護師から渡された体温計で検温しながら椅子に座り、名前が呼ばれるのを待っていた。彼女が現れたのはそのときだった。
 これはべつにその女性が、輝くほどの美人だったという話ではない。寧ろ、彼女は地味な顔立ちをしていていた。身長もどちらかといえば低めで、胸やお尻もぺたっとしている。洋服の着こなしだとか、美容に気を使っているとか、そういった目立つタイプの容姿でもない。第一、そのときの彼女はマスクをしていたので、僕から見えるのは目元くらいのものだった。
 でも彼女こそが、太陽だった。それは、僕が密かに好きだった同級生の成長した姿だと確信するほどにそっくりだったからだ。
 彼女が目の前を通り過ぎていく。本当に彼女なのかと自問し、そんなはずはないと臆病な自分を正当化する。彼女の顔を25年は見ていない。彼女について最後に聞いたのは、10年以上も前の同窓会のときだ。たしか、関西の方で仕事していると。
 歩いていく彼女の後姿を目で追いかけていた。
 いまの僕が、「気のせいだよ」と否定する。それが正しい。冷静に考えてみれば、どんな風に成長しているかも知らないのだ。さっきの人が実際に似ていようと似ていまいと、僕のなかにその答えはないのだから。
 小学生の僕が肯定する。「あれは絶対に彼女だ」と。どんなに理屈を並べても、ひとつだけの理由で言い負ける。

 そのとき、どうして僕が彼女の歩いてくる方向を向いたのかは分からない。だってこれは、その時のことを後からになって美しいものにしようとしている僕の勝手な脚色でしかないのだから。本当はどこまでいっても、偶然なのだろうから。
 太陽は直視できない。鼠色した雨雲越しに、夏の匂いがした。

この記事が参加している募集

頂いたサポートは、知識の広げるために使わせてもらいます。是非、サポートよろしくお願いします。