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虹のくすり

「虹が出る薬があるって知ってるか?」

 そう言って、ケン君がリスみたいに目を大きくして見せるから僕もつられて笑ってしまう。ケン君はいつも僕の知らないことを教えてくれる。晴天の風の中を洗濯物が泳いでいる。そのすぐそばで、僕らはいつも2人で遊んでいた。
 港のすぐ近くにケン君の家はあった。猫が2匹いる、いかにも漁師をしているといった海と魚のにおいのする家だった。車庫のそばには、漁で使う大きな茶色い網が丸まっている。日曜日の昼過ぎに、網を広げるのを何度か手伝ったことがある。「絡まっているのを解きながら広げて乾かすんだ」と、得意げに話す息子を見るケン君のお父さんは険しい顔のままだった。けれど、僕ら二人には笑っているのが分かる。
 ケン君のお父さんは、怖い顔をしている。眉毛が無くて髪も短い。それから、いつも日焼けをしていてガラガラした擦れた声で話す。でも元から怖い顔なんだ。この空に浮かぶ、真夏の太陽が元から熱いのと同じように。

 でも、夏でも雨が降るように、当然その日はやってきた。ケン君が漁師になって船を出す日だ。子供の頃に、訳も分からないまま二人で乗って遊んだ陸に保管してある船ではない。ひとたび海に浮かべたら、波は平等に船底のペンキをはぎ取り、木を搔きむしる。風も、季節さえも味方とは言えない。ただひたすらに敵しかいない海に出るための船だ。その船に、ケン君がのっている。
 僕らが高校を卒業する前から、ケン君のお父さんは海から帰ってこない。どこにいるかは分からないけど、海にいるのは確かだ。けれど仕方なく、そういった決まりがあるから、決まった日数がたったのでお葬式を行った。その日、僕らはどんな顔だったかはお互いしかわからないけど、いつもとは違う顔だった。

「オレは漁師になるけど、お前はいいよ」

 そう、ケン君が言ったのを覚えている。

 ストローで、海に向かって息を吐く。
 ケン君に教えてもらったシャボン玉が、太陽に照らされ虹色に見える。このままどこかへ行ってしまわないように願っても、どうしょうもないこともある。太陽は元から熱い。

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