〔ショートショート〕 未来よりも明るい時間
アイマスクをして眠るキミを見るのが好きなんだ。キミの寝顔を見ながら、一緒に行った旅行先で見つけた振り子時計を思い出す。
その時計があったのは古い小さな旅館で、駐車場にボクらの車が入るとすぐに女将さんが迎えてくれた。隅々まで掃除が行き届いている庭と、木の葉を風が撫でる音が気持ちが良かったのを覚えている。
そして玄関を入ってすぐのところに、それはあった。「調整中」と書かれた札が貼ってある大きな振り子時計。ボクが受付をしている横で、キミはその時計を眺めていた。
なにがそんなに気になったのか、キミがあまりにも真剣な顔で見ていたから、「時間、合ってないよ」なんて茶化して言えなかった。だから結局、「どうしたの?」と聞いてみたんだ。
するとキミは、「修理中じゃなくて、調整中なのがいいね」と微笑み、続けて指差してみせた。そうして、「ほら、振り子はまだちょっと、動いてるよ」と、振り子の揺れに合わせるようにキミは体を揺らした。
そんなキミを見ていると、その時間のずれた時計が僕ら二人の時間を特別に示している時計のような気がして、ボクはキミの横顔と時計を交互に見比べていた。
時計のある世界では、時計の針が一番最初に未来に辿り着く。そして、時計の針に唯一、抵抗するのは弱った振り子。いつからか未来が一番で、現在と過去はその次になった。
でも、その日を境にボクの一番は、キミとの現在になった。
おでこに「調整中」と札がを貼って眠るキミを見て、僕らの時間を確かめる。振り子が止まるまで、いつまでも時間を刻み続けようと心に誓う。
ボクが現在、夜を調整中。
未来が必死に邪魔してくるけど、キミと一緒の今がいいから。
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