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#30 音楽史㉕【2010年代後半】トラップの大流行とポストEDM

クラシック音楽史から並列で繋いでポピュラー音楽史を綴る試みです。このシリーズはこちらにまとめてありますのでよければフォローしていただいたうえ、ぜひ古代やクラシック音楽史の段階から続けてお読みください。

これまでの記事↓

(序章)
#01「良い音楽」とは?
#02 音楽のジャンルってなに?
#03 ここまでのまとめと補足(歴史とはなにか)
#04 これから「音楽史」をじっくり書いていきます。
#05 クラシック音楽史のあらすじと、ポピュラー史につなげるヒント


(音楽史)
#06 音楽史① 古代
#07 音楽史② 中世1
#08 音楽史③ 中世2
#09 音楽史④ 15世紀(ルネサンス前編)
#10 音楽史⑤ 16世紀(ルネサンス後編)
#11 音楽史⑥ 17世紀 - バロック
#12 音楽史⑦ 18世紀 - ロココと後期バロック
#13 音楽史⑧ フランス革命とドイツ文化の"救世主"登場
#14 音楽史⑨ 【19世紀初頭】ベートーヴェンとともに始まる「ロマン派」草創期
#15 音楽史⑩ 【1830~48年】「ロマン派 "第二段階"」 パリ社交界とドイツナショナリズム
#16 音楽史⑪【1848年~】 ロマン派 "第三段階" ~分裂し始めた「音楽」
#17 音楽史⑫【19世紀後半】 普仏戦争と南北戦争を経て分岐点へ
#18 音楽史⑬【19世紀末~20世紀初頭】世紀転換期の音楽
#19 音楽史⑭【第一次世界大戦~第二次世界大戦】実験と混沌「戦間期の音楽」
#20 音楽史⑮【1940年代】音楽産業の再編成-入れ替わった音楽の「主役」
#21 音楽史⑯ 【1940年代末~1950年代】 ロックンロールの誕生と花開くモダンジャズ
#22 音楽史⑰ 【1950年代末~60年代初頭】ティーン・ポップの時代
#23 音楽史⑱ 【1960年代中期】ビートルズがやってきた!ブリティッシュ・インヴェイジョンのインパクト
#24 音楽史⑲ 【1960年代後半】カオス!渦巻く社会運動とカウンターカルチャー
#25 音楽史⑳ 【1970年代】交錯する方向性 ~"複雑化"と"洗練"、"反発"と"原点回帰"
#26 音楽史㉑【1980年代】デジタル革命
#27 音楽史㉒【1990年代】"オルタナティブ" な時代
#28 音楽史㉓【2000年代前半~中盤】「細分化しています」だけで終わらせません!
#29 音楽史㉔【2000年代末~2010年代前半】EDMの席巻
<今回> #30 音楽史㉕【2010年代後半】トラップの大流行とポストEDM

本当は「多様化」とか「細分化」みたいなタイトルをつけたかったんですが、何個か前の記事でその態度を自分でむちゃくちゃ批判してしまっていてブーメランになってしまうので、避けました。笑

そこで、この時代の各ジャンルのサウンドの傾向をひとまず自分なりに「トラップ」と「ポストEDM」というふうにまとめてみましたが、とはいえ時代が最近に近づけば近づくほど客観的な評価が難しく、どうしても「細分化」という言葉のほうが的確なように感じてしまいますね。しかし、それだとやはり単なる誤魔化しになってしまうので、2020年を分かりやすい区切りとして、「2010年代後半」という時代をきちんと一つの記事として自分なりにまとめてみたいと思います。

ということで、西洋音楽史シリーズもひとまず最終回になるでしょうか。本当は昨年のうちに辿り着ければ良かったんですが、自分の知識があやふやな分野を勉強するのに時間がかかってしまいました。

ある程度、新たに勉強しまして、前回までの記事も箇所箇所を加筆修正しています。是非おさらいにも過去の記事もチェックしてくださいませ。


◉ヒップホップ

2010年代後半、ヒップホップはオールドスクールとは違う新しいものへと完全に変化しました。同時に、ヒップホップの定義は曖昧化しながらも大量の新しいリスナーを獲得し、21世紀のアメリカを象徴する最大級の音楽ジャンルの地位をとうとう獲得します。

従来のギャングスタラップの血を受け継ぐラッパーとしては、ケンドリック・ラマーYGニプシーハッスルなどが新世代で活躍していましたが、「男らしさ」が価値であったギャングスタラップは、時代の潮流によってさほど注目されなくなってきていました。

一方、フューチャー、ヤング・サグ、ミーゴスらに代表されるアトランタの勢いはますます増加していきます。南部のなまりと、ドラッグの影響によるモゴモゴとした聴き取りにくいラップスタイルは「マンブルラップ」と呼ばれてブームになっていましたが、2015年以降、フューチャーに影響を受けたであろうマンブル・ラッパーたちが急増しました。

リッチ・ホーミークアン、21サヴェージ、2チェインズ、アイラヴマコーネン、リル・ヨッティ、プレイボーイ・カルティらが一気にブレイクしたことで、リズムマシンの808の音色が特徴的な、太いキックと高速ハイハットのリズムが特徴的なアトランタ発の「トラップ」というジャンルが、一時的な流行ではなく、完全にインフラ化されたスタイルとしてヒップホップの土台となったのです。

プロデューサーもトラップ初期から活躍するゼイトーベンや808マフィアに加え、メトロ・ブーミンが大量にヒット曲をプロデュース。さらに、ロンドン・オン・ダ・トラック、ブッダブレス、ソニーデジタルといった若手も登場しました。曲の冒頭に入るお決まりの名刺フレーズのような「プロデューサー・タグ」を入れることが流行ったことで、ラッパーと同じようにプロデューサーもスターのような存在になっていきました。プロデューサー・タグは、マーダ・ビーツ、ピエール・ボーン、ジェットソンメイドらが特に活用しました。

南部のサウンドからの広がりとしては他に、トラヴィス・スコットがプロデューサーのマイク・ディーンとともに、「ダーティーサウス」から派生させた「サイケデリック・トラップ」というジャンルを広めて成功しました。マイク・ディーンはカニエ・ウエストとも一緒にサイケデリックなヒップホップを生産していましたが、トラヴィスは南部出身ということもあり、カニエと違ってトラップの要素も取り入れたことで、同時期のトラップブームに合流した形となりました。


フロリダのアンダーグラウンドシーンから登場したXXXテンタシオンらのサウンドも衝撃を与えました。ひどく音割れしたサウンドと、過激なリリックが物議を醸し、一部から叩かれながらも若者からカルト的人気となりました。「カニエ・ウエスト=華麗、XXXテンタシオン=粗雑」という対比がなされるほどとなります。ここから、フロリダ発の音割れしたクラウドラッパーたちが次々登場します。ブームの火付け役となったのが、フォンクのレイダークランに所属していたデンゼル・カリーです。さらにボーンズ、ザビエル・ウルフらもこのようなサウンドの元祖とされ、そこからリル・パンプ、スキー・マスク・ザ・スランプ・ゴッド、スモークパープ、コダック・ブラック、バッド・ベイビー、ワイファイズフューネラルなどが登場しました。

XXXテンタシオンはニルヴァーナのカート・コバーンに影響を受けており、グランジの鬱的なリリックや曲のコンパクトさもXXXテンタシオンの音楽の特徴に現れました。それまでのラップのようにドラッグの売買の問題の話などではなく、使用中のことを歌っていたり、自殺などの負のパワーが全開となった悲しい音楽が「エモラップ」と呼ばれるようになります。鬱屈としたLo-Fiなサウンドは、「LoFiヒップホップ」というムーブメントにもつながりました。

一方、「エモロック」からの影響を受け、ロックのサンプリングなどを多用したリル・ピープが登場します。「Awful Things」という楽曲がヒットし、こちらも「エモラップ」と呼ばれるようになりました。

ところが、サウンド面でLo-Fiだった「XXXテンタシオン」と、サンプリング面でロックサウンドが特徴的だった「リル・ピープ」という、異なる方向性の音楽が同時期に出現し、双方がともに「エモ」というキーワードで表されたことで、曖昧な定義のまま「エモラップブーム」が起こってしまい、大量の「エモラッパー」が出現してしまいました。中でも代表的なのはポスト・マローンリル・ウージー・バートらが挙げられます。

多くのラッパーがサウンドクラウド上に発生していった背景には、「タイプビート」の出現が挙げられます。PC上で簡単に音源からMV制作までを自己完結で制作できるようになった時代、多くの新米ビートメイカーらが、「○○っぽいビート=タイプビート」をアップするようになりました。誰でも良質なビートを見つけてラップを乗せることが可能になり、多くのアマチュアがサウンドクラウド上にアップするようになっていたのです。

タイプビートを売って有名になったプロデューサー集団が、インターネット・マネーです。また、そのようなタイプビートを使って台頭したラッパーの成功例として、ジュース・ワールドが挙げられます。ジュース・ワールドの登場以降、多くのメロディック・ラッパーが出現しましたが、多くは一発屋のような存在であり、「インダストリー・プラント」と揶揄されました。無名なのにいきなり大物とコラボしたり、大ヒットしたのちにすぐ消えていくなどの状況が巻き起こるようになっていました。

ネット上に未知のジャンルが大量発生し、ヒップホップの定義は曖昧になりながらも、多様化によって大量のリスナーを獲得したヒップホップは、アメリカの音楽シーンを席巻する最大級の分野となったのです。

エモラップ、サウンドクラウドラッパーの動きは加速し、2018年にはヒール役としてシックスナインが登場。叫ぶスタイルの「スクリーモラップ」と、派手な見た目や話題性でSNSをジャックしました。コメダジンは、タイトル詐欺の手法でサウンドクラウドを攻略し、ヒット。チカはカニエ・ウエストへのdisが話題となり、ヤングボーイはYouTubeで成功しました。

このようにネット戦略がますます重要になった時代ですが、この時期新たに出現したTikTokのブームにより、ヒットはますます予測不可能の時代に突入します。TikTokで使用してもらうために曲の長さを調整したり、サビをキャッチーにするなどの工夫が音楽側でも発生しましたが、逆にTikTokのおかげでそれまで無名だった音楽が突如ヒットするなどの状況も発生していました。

そうした状況下で考え抜かれて生き残ったのが、リル・ナズ・Xだといわれています。ラッパーとして活動する前からニッキー・ミナージュのファンアカウントで活動していましたが、ラッパーとしてはカントリーラップの分野で成功しました。

Instagramのストーリーにて楽曲をリリース前に先出しする「スニペット」という戦略も生まれ、カーディBなどがこれを活用しました。

アジア系のラッパーも登場し、韓国のキース・エープが日本人のコールータとともにリリースした「It G Ma」が評価されました。

これを受け、アメリカに88ライジングというアジア系のプラットフォームが発足しました。インドネシアのリッチ・ブライアンが所属し、「Dat $tick」がバズとなっています。

2010年代末になると、ブルックリン・ドリルが再び人気となり、ポップ・スモークが大ヒットとなりました。





◉オルタナティブR&B

ブラックミュージック史を振り返ると、「ポップな側面」と「ディープな側面」の二面性を常に抱えながら、リズムアンドブルース、ソウル、ファンク、ディスコ、ブラックコンテンポラリー、R&B、ネオソウル、というふうに様々なジャンルに発展してきました。00年代末、EDMブームによって多くのR&Bシンガーがフロア向けのポップスへシフトした一方で、その潮流とは別の、よりディープなネオソウルの系譜は、EDMとは違ったかたちでエレクトロニカ的な電子音やチルウェイブ、ダウナーなヒップホップ的な要素が取り入れられ、「オルタナティブR&B」と呼ばれるようになっていました。

前回触れたように、ネオソウルから台頭したミゲルやフランク・オーシャンと、2010年から活動を開始したザ・ウィークエンドらの音楽を従来のR&Bと区別するために「オルタナティブR&B」という語が評論家の間で使われるようになったとされますが、その後さらに、同時期のヒップホップの分野と結びつきを深めていきました。

新世代のR&Bアーティストとして、SZA、ケラーニ、カリード、ケレラ、ブライソン・ティラー、シド、サマー・ウォーカー、ダニエル・シーザー、マック・エアーズ、ジェネイ・アイコ、スノー・アレグラといったアーティストが台頭し、人気となっています。トラップのようなビートを使い、ラッパーとコラボした楽曲も多く、またこの時期ヒップホップ的にもメロディアスなラップが増加したことから、オルタナティブR&Bとヒップホップは境界線が無くなり、今までで一番ジャンルが一体化した状態になっているといえます。




◉ポストEDMとポップミュージックシーン

2010年前半に全盛期を迎えたEDMはそのブームのピークを終え、新たな段階へと突入していきました。復習しますと、一般的に「EDM」と言われたときに真っ先に思い浮かべる、4つ打ちのキックに乗せたハイファイで煌びやかなサウンドは、フェスや大箱向けの「ビッグルーム」と呼ばれていましたが、その中身を細かく分類すると、エレクトロハウスやトランス、プログレッシブハウスというジャンルだといえました。

またこのような「ハウスミュージック系EDM」人気の中、唯一「非4つ打ち」のEDMとして人気となっていたのが「ダブステップ(ブロステップ)」でした。ドラムンベースなどをルーツとするこちらはハウス系に対し「ベースミュージック系EDM」ということができるのですが、ビッグルームハウス一辺倒だった時期を終えたEDMシーンは、まずこのベースミュージック系に新たなサウンドが融合するところから進化が始まります。

上述したとおり、2010年代後半はヒップホップの人気の急拡大によって、「トラップ」のビートがヒップホップ以外の分野にも影響を及ぼしていたのですが、そのビートがベース系EDMとも結びついたのです。まずはじめに、単純にトラップのビートを用いたダブステップの系譜を感じさせるEDMが、そのまま「EDMトラップ」として登場し、ナイトメア、イエロークロウ、バウアー、DJスネークなどがサウンドを発信しました。

さらに、この新しいEDMトラップと近いジャンルとして、エモーショナルでキラキラとしたサウンドに進化した分野が「フューチャーベース」というジャンルの確立となり、2016年以降から急激に盛り上がりを見せました。

フューチャーベースの特徴は

  • 「ダブステップの流れを汲むハーフタイムのビート」

  • 「アンビエントな導入部と激しいドロップの対比」

  • 「ボーカル素材を切り刻んだ、特徴的な"ヴォーカルチョップ"」

などが挙げられます。

マシュメロ、サンホーロー、フルーム、リド、イレニアム、ムラ・マサ、スラッシー、ルイス・ザ・チャイルド、カシミアキャットなどがフューチャーベースの代表的なアーティストです。さらに、ビッグルームで活躍したゼッドも、このようなサウンドを手掛けるようになりました。

また、フューチャーベースのシンセの手法などはEDMやポップミュージックの新たなトレンドとなり、ヒップホップの純粋なトラップから少し離れた形でのヒット曲も現れました。特に境界線は無いですが、様々な語がある中で、フューチャー・ポップという語を当てはめるのが適切ではないかと僕は考えています。

DJ・アーティストとしてはEDMトラップやフューチャーベースの分野と一緒に括られることも多いですが、マシュメロやゼッド、そしてザ・チェインスモーカーズがヒット曲を多数生み出しました。


この流れに呼応するように、4つ打ちビートを伝統としてきたハウスミュージック系の音楽も、ビッグルームとは違った風潮が生まれてきます。その典型例として挙げられるのが、トロピカルハウスです。EDM全盛期のテンポ感よりグッとテンポが落ち、フューチャー・ポップ的なサウンドと、南国を感じさせるサウンドと結びつきました。トーマス・ジャック、カイゴが代表的アーティストとして挙げられ、他にマトマ、ロスト・フリクエンシーズ、サム・フェルド、ロビン・シュルツ、シガーラらが挙げられます。

このようなトロピカル・ハウスともリズム面で関連が深いのが、2000年頃にプエルトリコで発生したラテン系のクラブミュージック、レゲトンです。もともとダンスホールレゲエとヒップホップとの中間のような形で発生したこのジャンルは、2010年代に大きく注目されることになりました。

レゲトンのリズムは以下の動画で解説されていますが、ラテンアメリカ地域はトラップの発生した南部アメリカとも位置的に近いこともあり、レゲトンは「ラテン・トラップ」と関連した分野として発展しました。一方で、クラブミュージックのように4つ打ちの要素も持ち合わせていたため、このようにダウンテンポ化したハウスミュージックとの相性も良く、2010年代後半のリズム面の流行にピッタリと合致したといえるでしょう。

00年代に盛り上がっていたレゲトンは、ラテン圏でのヒップホップミュージックの一種であり、レゲエやヒップホップの内部でのムーブメントだったといえます。

ところが、2017年、ルイス・フォンシとダディ・ヤンキーによる「Despacito」が大ヒットし、一種の社会現象にまでなり、「レゲトン」や「ラテン・ポップ」の再メジャー化の動きに一気に火が付きました。

レゲトンとヒップホップ(トラップ)は、ビート的に異なりながらも、同じアーティストが相互の分野で活動するケースが多く、このようなラテン音楽への注目の流れをさらに決定づけた例として、ヒップホップシーンからはカーディ・Bの「I Like It」がラテン・トラップとして大ヒットしたことが挙げられます。ラテン調のヒットソングとしては、キューバ出身のカミラ・カベロの「ハバナ」もこの系譜として挙げることができるでしょう。

こうしてラテン音楽に再注目が集まり、同時にレゲトンのリズムが浸透していった動きが一番顕著にわかる例が、エド・シーラン「Shape Of You」のヒットです。レゲトンがわからない人でも「この曲のリフのリズム」と言えばすぐに通じるでしょう。それほどの浸透度を持ったのです。


ダンスユニットのメジャーレイザーも、レゲトンやフューチャーポップ、トロピカルハウス、トラップといった流行のリズムの要素を感じさせる楽曲「Lean On」のヒットで注目を浴びました。

様々な有名アーティストに楽曲を提供していたシーアも、レゲトンの楽曲「Cheap Thrills」で初めてのビルボード一位となりました。

トップ・スターのジャスティン・ビーバーも、スクリレックスのプロデュースによってレゲトン調の楽曲をリリースし、大ヒットとなっています。



さて、ビッグルームEDMが席巻した時代から新たな段階へと変化が起こったクラブミュージックシーンにおいて、ディープハウステックハウスといった、歴史のある従来のハウスミュージックと、EDMを再接続させる動きも生まれました。EDMと従来のハウスの中間を狙ったサウンドは、DJのチャミによって「フューチャー・ハウス」と名付けられました。EDMのように派手過ぎないサウンドでありながら、心地よく踊ることのできるサウンドが人気となりました。チャミの他に、ドン・ディアブロ、オリバー・ヘルデンスなど多くのDJがこの動きを支持していきました。

また、跳ねたリズム(バウンス)と融合したフューチャー・バウンスというジャンルも現れます。オランダのDJ、メストがこのジャンルを提唱し、注目されました。

「ポストEDM」の時代のトピックとして、このように伝統的なハウスへの回帰の傾向が見られるのですが、その関連としてさらに見逃せないのが、ヴェイパーウェイヴやシンセウェイヴといった、2010年前後にアンダーグラウンドなネットコミュニティから広まってジャンル化された「レトロでLo-Fi」な動きの発展です。

1980年代のさまざまな電子音楽を現代のクリエイターたちが再解釈したシンセウェイヴは、エレクトリック・ユースやカヴィンスキーによって注目を集めていましたが、さらにオルタナティブR&Bから登場したザ・ウィークエンドが、レトロなシンセウェイヴ調の楽曲を発表し大ヒットしたことによって、メインストリームのポップスにもこのようなサウンドのブームが発生しました。

また、1980年代を舞台にしたアメリカのSFホラー・ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』がNetflixで大ヒットし、シンセウェイヴのようなテーマ曲が注目されました。


また、80年代~90年代の様々な音源を無造作にサンプリングし、デフォルメさせたエフェクトで仕上げるインターネットミュージックである「ヴェイパーウェイブ」のブームの中で派生ジャンルとして生まれたのが、「フューチャーファンク」です。手法的にはレトロな素材を加工・切り貼りして制作されるという、ヴェイパーウェイヴと同じものなのですが、サンプリング元として発掘されていったのが、なんと日本の80年代のシティポップ・歌謡曲なのです。

この動きをつくった重要人物として、セイント・ペプシナイトテンポが挙げられます。

ナイトテンポは2016年に、竹内まりや「Plastic Love」をリミックスします。これによってシティポップの海外でのムーブメントに火が付きました。

セイント・ペプシも、山下達郎の楽曲を使ったリメイクで注目を集めました。

このように、日本の昔の楽曲と、無造作に継ぎはぎされたアニメ映像の組み合わせは、過去への憧憬と近未来へのイメージが妙な形でマッチした、独特のムーブメントに発展したのでした。こうして、日本の古き楽曲をレアグルーヴ扱いとして発掘し、リメイクするDJ・アーティストが続出したのです。


このような流れを受け、メジャーなポップミュージックシーンでも、チャーリー・プースデュア・リパが80年代を彷彿とさせる楽曲をリリースするようになりました。


さて、2010年代後半のポップミュージックを語る上でもう1つだけ見逃せない動きがあります。それはベッドルームポップです。

ヴェイパーウェイヴのルーツにもなったチルウェイヴや、00年代末からの実験的なインディロックシーン、ローファイでチルアウトなオルタナティブR&Bといった音楽の空気感をざっくりと身にまといながら、弾き語り、打ち込みや宅録など自宅のベッドルームで生まれる音楽、またはベッドルームで聴くのにふさわしい音楽、というニュアンスで使われることの多い語です。

非常に曖昧な定義ですが、重要な説明として「90年代後半から2000年代に生まれたZ世代が中心的な担い手である」ということが特徴に挙げられます。

Z世代は、インターネットを介して、ロックもヒップホップも、新譜も旧譜もフラットに、しかも大量に聴いてきたからこそ、既存のジャンル区分を飛び越えたポストジャンル性を身にまとった音楽のムーブメントが発生した、という説明。

Z世代は、ジェンダーやセクシュアリティの在り方などでも、旧態依然の分類を拒否しており、それを音楽で表現している。という説明。

Z世代は、楽器や録音機材が安価になったことで、インディペンデントかつDIYに音楽制作を(まさに自身のベッドルームで)行い、MacやiPhoneにあらかじめインストールされているアプリで録音するアーティストも増加した結果、手作り感やローファイが生まれている、という説明。

などといった説明がなされます。(個人的には、曖昧なムーブメントに対して共通する要素を見つけて後付けの説明がなされているようにも感じられるのですが)

曲調的には、ベッドルームポップの多くはチルウェイヴやオルタナティブR&Bの分野の音楽と共通している感じです。

しかしそれとは別に、このキーワードで説明すべきモンスター・ヒット曲が1つあります。それはビリー・アイリッシュ「bad guy」です。

極端に音数の少ないミニマルなサウンドは、一般的に、ベッドルームで曲を書き上げ、世界中へ発信されたというサクセス・ストーリーと合わせて語られています。しかし、実際のところは、ビリーはもともと映画・音楽一家の出身であって、子供のころから芸能界と仕事をしていたり、SpotifyやNetflixによる綿密なプロモーション戦略が最初期から練られてたようです。

このようなことからも、ベッドルームポップというのは、綿密な定義があるというわけではなく、この時代のローファイ的なサウンドを大きくまとめて評する一種のシンボリックワードであると捉えたほうが適切かと思います。



長くなりましたが、ここまで挙げてきたトラップビートヒップホップオルタナティブR&B、ベッドルームポップポストEDMフューチャー・ポップレゲトンラテンポップレトロサウンドシティポップ伝統的ハウスへの回帰、といった要素によって2010年代後半の多岐に渡るヒットソングのサウンドの多くが、一応は説明できるかと思います。

この時期は他にも、トップスターのアリアナ・グランデジャスティンビーバー、ポップバンドやアイドルユニット的な立ち位置のワン・リパブリックジョナス・ブラザーズBTS、R&Bアーティストの流れにあるファレル・ウィリアムズ、シンガーソングライターのルイス・キャパルディなどの楽曲がヒットソングに名を連ねました。





◉ロック

ロックシーンを説明するとしても、目立つのは上記に挙げたようにローファイで実験的な要素を併せ持つチルウェイヴやベッドルームポップなど、またはオルタナティブR&Bやネオソウルといったヒップホップ系の動きと重なるサウンドが多いでしょう。旧来のロックリスナーにとっては、90年代のオルタナティブロック以降どうしてもヒップホップやEDMなどに座を奪われた「冬の時代」と見る向きもある中で、2010年代後半にさらに新たな世代のロック・バンドやシンガーとして奮闘した面々にここで触れておきたいと思います。

まずUKロックはロイヤル・ブラッド、ザ・ストラッツ、The 1975、サヴェージズ、ヤングブラッド、などのバンドが台頭し、時代の寵児となりました。さらにオーストラリアのバンドで要注目なのがテーム・インパラ、そしてアメリカ勢はイマジン・ドラゴンズ、トゥエンティワン・パイロッツ、ケイジ・ジ・エレファント、アラバマ・シェイクス、ハイムなどが挙げられます。ソロアーティストとしては、ファーザー・ジョン・ミスティ、ラナ・デル・レイ、セイント・ヴィンセント、ロードなどが挙げられます。

ちなみに2020年代に入ってからはイタリアのロックバンド、モーネスキンが大注目を浴びますが、一応この記事は2020年までを区切りとするので、余談としておきます。



◉コンテンポラリージャズ

2010年代のジャズシーンは、前回の記事で紹介した通り、ヒップホップやネオソウル的サウンドへの接近が大きな特徴となりました。2010年代後半もその流れは変わらず、ロバート・グラスパーらを筆頭として「ヒップホップジャズ」の動きが盛り上がりましたが、それらがコンテンポラリージャズの一番メインストリームの動きであるとして、それとはまた別の動きも台頭してきたといえるので、ここではそちらに注目してジャズ史の締めくくりとします。

まず最重要トピックはスナーキー・パピーの台頭です。ベーシスト/ギタリストのマイケル・リーグを中心にテキサスで結成され、30名前後のメンバーが流動的にプロダクションに参加するというプロジェクトで、結成は2004年にさかのぼるのですが、2012年にアルバム『ground UP』をリリースし、その後2013~2016年にかけて多数の賞を受賞したことで2010年代後半にますます注目を浴びるようになりました。フュージョンやファンク、ロック、ヒップホップやエレクトロまでの要素を内包するハイブリッドなサウンドは、まさに現代のジャズの姿を象徴しているといえるでしょう。

ピアニスト・キーボーディストのコーリー・ヘンリー、ショーン・マーティン、サックス奏者のボブ・レイノルズなど、ソロでも活躍する多くの重要ジャズミュージシャンがスナーキー・パピーに参加しています。日本人プレイヤーの小川慶太さんもこのバンドに参加しており、注目を浴びています。

マイケル・リーグはスナーキー・パピーを軸に、ground UP music を設立。そこから出現したバンドがファンキー・ナックルズです。数々の大物ミュージシャンのサイドマンも務める実力派が集まり、スナーキー・パピーを猛追するバンドだと称されています。

オーストラリアで結成されたバンド、ハイエイタスカイヨーテもコンテンポラリージャズシーンで注目を浴びる存在です。ネオソウルを発展させた「フューチャー・ソウル」というジャンル名がこのバンドの出現によって定義づけられ、オルタナティブR&Bとはまた別のところから出現したネオソウルの進化系の1つとして注目されました。


カナダを拠点とするアノマリーは、エレクトロを主体にしながら、クラシックピアノやコンテンポラリージャズの近代的なハーモニー、そしてファンクやヒップホップ、ネオソウル、エレクトロニカ的な音色やグルーヴを高次元で融合したサウンドで注目を浴びています。

ルイス・コールが主宰するエレクトロニック/ジャズファンクのデュオ、ノウワーも、ビッグビートを彷彿とさせる実験的なエレクトリックサウンドでありながら新世代のジャズらしい近代的ハーモニーを使ってヒップホップ系とはまた違うエレクトロジャズの形を提案しています。

イギリスのジェイコブコリアーは、アカペラの歌唱も複数の楽器の演奏もすべて自分でこなし、いとも簡単にその複雑なハーモニーやリズムを自在に操り、YouTube配信で話題となったマルチプレイヤーで、世界中のミュージシャンをざわつかせました。

日本人の平野雅之氏はBIG YUKIとしてアメリカのジャズシーンで注目を浴びる存在となりました。「JAZZ TIMES」誌が行った読者投票では、鍵盤奏者の部門で、ハービー・ハンコック、チック・コリア、ロバート・グラスパーに次いで4位を獲得するほどの存在となっています。

ピアニストのジェームス・フランシスファビアン・アルマザン、イギリスのマンチェスターで結成された新世代ピアノ・トリオ、ゴーゴー・ペンギンなどはポストバップの系譜を受け継ぐアコースティックジャズの分野で台頭し注目されています。


さて、ここまで挙げたコンテンポラリージャズの潮流とはまた別の系譜として、ヴァンガード・ジャズ・オーケストラやマリア・シュナイダーといったモダンビッグバンドの系譜からも新たな潮流が生まれています。ラージ・アンサンブルです。

クラシカルな要素を取り入れて吹奏楽的なビッグバンドを鳴らしたマリア・シュナイダーの登場によって、それまでのビッグバンドとは違う「ラージ・アンサンブル」と呼ばれるようになったことを以前の記事で触れましたが、さらに、マリア・シュナイダーの系譜を受け継ぎつつ、ここまで管楽器のアンサンブルで独占していたジャズ界の常識を破って弦楽器を本格的に取り入れてクラシックのオーケストラに接近させながら、クラシックとは全く違う最新のジャズの形を提案したのが挾間美帆さんです。自身のm_Unitで最先端のラージ・アンサンブル・ジャズとして各方面から高い評価を得ながら、同時にポップスから本家クラシック、そして従来のビッグバンド編成まで、領域を問わず活躍しています。

マリア・シュナイダーや狭間美帆さんの活躍により、コンテンポラリージャズ界の中で、ヒップホップ系だけでなくラージアンサンブルという分野も重要な存在となってきています。



◉ミュージカル映画

2010年代後半は『ララランド』('16)や『グレイテスト・ショーマン』('18)といったミュージカル映画がヒットしたことで、ミュージカルという分野にも再び注目が集まるようになってきました。



まとめ

古代からクラシック史、そしてポピュラー史を辿って2010年代までなんとか概観することができました。この全体像を図解年表としても公開していますので、是非記事と照らし合わせながらご覧ください。

この図解年表がTwitterでバズったことで様々な意見を目にしました。想定よりも否定的な意見は全然少なくて、非常にありがたかったのですが、もちろんいくつかはご指摘があり、それは自分自身でも承知している通り、この歴史観は非常に「西洋中心主義」であり、ワールドミュージックや古代の民衆音楽、民俗音楽、アジア各地の民族音楽などの系譜は入っていないということです。その点は読んでくださっている皆様もご留意ください。

そもそも、地球上に存在する古今東西すべての音楽を網羅することを目的としておらず、一番わかりやすいところで言うと、やはり僕の興味は「クラシック」と「ポピュラー」の対立の話であり、それは言い換えれば「ヨーロッパ音楽史」と「アメリカ音楽史」のことなのです。


そもそも、音楽史がメインの連載となっておりましたが、シリーズの一番初めのほうの記事に書いていた通り、もともとの動機としては歴史研究自体に興味があるわけでは無く、「良い音楽とは何か?」「音楽のジャンルとは何か?」「音楽の様々なジャンルの価値観の違い、機会の違いとは何なのか?」といった疑問を追っていった結果として、音楽史を追う羽目になり、音楽史を調べたら通常真っ先に出てくる「クラシック史」と、身近な音楽である「ポピュラー史」が分離してしまっていたので、それを繋げたい、という発想に至ったわけなのです。

note上でもそうですし、その他のサービス、さらには紙面など、ありとあらゆる場所でたくさんの人が音楽について、分析・評論していますが、そもそもの前提として音楽ジャンルにどのようなものがあるのか、その全体像が見えている人ばかりではなかったはずです。少なくとも僕はそのとおりで、こうして曲がりなりにも一応音楽ジャンルの全体像がざっくりとわかったところでようやく、フラットに様々な分析や批評を始めることができるな、と思います。

しかし、大きく「クラシック」「ポピュラー」と追ったところで、まだ自分にとって一番身近な音楽に触れることができていません。そう、JPOPですね。日本人として当然、日本音楽史は非常に重要になってきます。

ただ、日本の音楽史を追っていくにしても、その前提として、今回まで書いてきたクラシック史+ポピュラー史の各時代の状況が非常に重要になってくるので、そういう意味でも、まずはここまでまとめることができて良かったと思います。

なお、日本編につきましては、まだまったく全体像がイメージできておらず、ここから時間をかけてまず勉強するところから入るので、下手したらまとめられるのは数年後になるかもしれません・・・。また気の遠くなる作業ですが、世界編をまとめきることができたことを自信にしてマイペースにリサーチしていくので、気長にお待ちいただければと思います。

ひとまず、ここまでたくさんの記事を読んでいただいた方、本当にありがとうございました。


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