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業界改革案9

前回分まとめ

1新たな広告ビジネス

音の広告


動画配信や漫画アプリにおいて、映像広告は多数見受けられるが、


コンテンツを楽しみながら

というのは不可能である。

だが、声優の聴き心地の良い柔らかな宣伝文が、それも「優先広告のカスタマイズ」機能と共に実装されれば

好きな声優や業界に関する広告

聞き流しながら作品も楽しめる

当然、アプリ内からURLアクセス可能


という形まで採用可能となる。


また、これらは2で提示するサービス企画と併用出来る。


2 声優ラジオの独占配信(宣伝用)


要は商品紹介とラジオ番組を「同時に」やるだけである。

当たり前だが興味の無い話に、面白くなければ必死に宣伝しようと莫大な広告費は「無駄」となる。

だが、「新商品を扱う」行い自体を「番組」として扱えば、話にドラマが生まれ視聴者には興味ある内容となり、再視聴もする。

これらは「読書中」に流す事が可能であり、邪道作家シリーズなら23冊あるので、一冊に「3時間」前後の読書と仮定すれば

69時間を広告視聴に費やす


形となり、かなりの効果が期待出来る。
また、創作者としてもおひねりすら投げずに無料で読み漁られ捨てられずに

読まれる程に収益性向上


の形を実現可能となる。

仮に本サイトなら「作品力頼り」での10ヶ月配布で万単位で読者自体は実現している。

おひねりや有料分は一切買わず無料だけ好むユーザーのみだったが、それも雑に

一万人読書された


とかなり雑な計算だが仮定する。
実際にはシリーズ無料分を14冊読んだ人間もいるだろうが、仮に一万人一冊のみでも

3万時間分の広告効果


となり、シリーズ続編が多ければ多い程に、収益性は向上し続ける事が可能。

一般のCM枠のスポンサー費用を考えれば

破格の安さで大量に広告をバラまく


事が可能であり、仮に、全体読書量を平均化して14冊シリーズの7冊半分までは読まれたと仮定すれば

21万時間の広告発信


という、脅威の広告効果を得る事になる。

3 具体的な番組配信の方向性


有名どころを雇用するのは勿論だが、やはり作品に関連するアニメやサービスを先んじて作らなければ意味が無い為、先にVチューバー関連のサービスを設立。作品に携わる形でユーザー認知度を上げてからが望ましい。

とはいえ、別に朗読させるだけでも

作品に関与した


と言い張れるので、邪道シリーズを筆頭に、あらゆる作品にとにかく

「今までに無いサービス」として作品朗読のサービス提供を行えば即

新規サービスの案内ラジオ

のような形で広告付き無料配信の形で提供が可能となる。

朗読自体が「有料分」として販売出来る為、通常の

作品単体は無料


有名声優の朗読付きは有料


の形が望ましくなる。これは

元いるファン層を取り込める、利益が固いビジネス


として運用可能であるのは、赤子でも分かる理屈となる。


また、音声機能をオフにされないよう探知をするシステムは必須だが、逆に音声が小さくとも出しさえすれば

刷り込み


所謂サブミナルではないが、何度も聞かせる手法は人間の思考誘導に非常に有効であるのは言うまでもない。

即ち

全てのユーザーが何を好むのか、思考自体をこちらで完全なコントロールが可能


という新たな業界作りに繋がるのだ。

これに出資しない広告会社に未来は無い。


新規用作品案内


邪道作家(本来縦書き対応)全23冊完結

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリー(心などという、鬱陶しい謎を解く、という意味で)


簡易あらすじ

殺人鬼作家が作者取材ついでに、奪って襲って暴れまくる。

そんな話だ。天上天下において唯我独尊を貫き、未来過去現在に「並ぶ者無し」と断言出来る、その「悪意」だけは「保証」しよう!!!

縦書きファイル(グーグルプレイブックスに対応 栞機能有)

横書き本文は本記事後半

二巻以降縦書きファイルは以下

邪道勇者(横書き執筆 新規小説)


テーマ 非人間讃歌

ジャンル 犯罪ファンタジー? 

簡易あらすじ

仕事に精を出しただけなのだが、平たく言えばサツには嫌われ衛兵に物を投げられ若い女に手を出そうとすると、エルフ耳の青髪娘にゴミを見る目で見られる物語だ。


分かり易いだろう?


邪道作家 本文(本来縦書きのためファイル推奨)


第一巻 天上天下唯我独尊、それ即ち金を超える


   0

 例えるなら、好きな女に限ってフられるくらい確実に、作家というのは儲からない。
 作家などという人生を棒に振った生き方の、その前の自分の姿があまり想像できない以上、恐らくは昔から、懲りずにこんな生き方をしていたのだろうと思う。
 世の中に馴染めず、尖った作品ばかり書き、アンドロイド作家共・・・・・・脳味噌が人工繊維でできた連中に仕事をかっさらわれて尚、私は本を書いている。
 物語を書き続けている。
 何故なのか自分でも分からない。
 儲からないのは自明の理で、自分の数百倍の早さで執筆するアンドロイド達が存在する以上、人間の作家なんて需要はなく、需要がないなら売れないのは当然だというのに、なのにだ。
 他に生き方を知らない、と言うのも理由の一つだろう。私は作家としての在り方以外の生き方を知らないし、知ることもないだろう。
 たまに、始末屋のようなこともやっているが、それは私の能力でも、私が培ったものでも何でもなく、貰い物のような能力で行っているに過ぎない・・・・・・別に、私の中から沸き上がった気持ちでやっているわけではない。
 あくまで生活のためだ。
 生活のためでない、私自身が始めたこと、それこそが作家業だったと言える。
 自分に何もないのが嫌だったから・・・・・・心も、感情も、目的も、およそ人として必要であるモノが、何一つとして存在しないことに苛立って始めたのがきっかけだった。
 やはり横着したからなのか、儲からず、生活の足しにもならないので、馬鹿馬鹿しくてやる気の失せることこの上ないが。
 儲かるか、儲からないか。
 あらゆる芸術品は、まるで、それそのものが素晴らしいかのようによく語られるが、考えても見ろ、それは昔の王族がそう言ったからで、大勢の周りの人間があれは素晴らしい作品だと、聞こえるようにたまたま言っていただけだ。
 どれだけ優れた芸術品であろうとも、理解されなければただのゴミだ。売れない作品に価値などあるものか。
 そういう意味では、売れさえすればどんな作品も絵画も彫刻品も、売れさえすれば一流だ。
 金とは、結果そのものなのだから。
 結果的に、多くの富を生むと言うことは、多くの結果、痕跡を叩き出したということだ。
 それが基準でなくて何が基準か。
 金とは結果を数値化したモノなのだから。
 今回の物語は、骨折り損のくたびれ儲けという言葉が自然と浮かんでしまうが、それを判断するのは読者共の仕事だろう。
 読者に夢は魅せないが、代わりに心の有り様を魅せるとしよう。
 人間。
 アンドロイド。
 妖怪。
 人工知能、AI。
 混ぜるな危険という感じもするが、彼らにだって心はある。
 つまり物語がそれぞれに存在しうる。
 無論、そんなもの昔の女に策略もなく声をかけるくらい危なっかしい所行だが、物語を読んであれこれ悩んだりするのは読者の都合であり、はっきり言って私は関係がない。
 ならば、そこに首を突っ込むのも、突っ込ませるのも面白かろうという考えだ。無論、それで読者が火傷をしても知らないが。
 怖いなら母親に付き添ってもらい、牛乳でも飲みながら朗読してもらうと良い。
 そんな人間がこの物語を見て、廃人にならない保証はないが、保証するつもりもないのでそろそろ始めよう。
 読んだ後に、人の気持ちを、心を信じられなくなることだけは保証しよう、なんて、
 心のない私が言い、始まるというのも、この物語の特徴だ。
 さあ、つまらなくなってきやがった。

   1

 アンドロイドは夢を見るようになった。
 最新のバイオ・テクノロジーを使って作られた有機素材の人工脳は人類とほぼ同じ形をした脳であり、何より人類のみが持ち得ていた創造性を獲得し、芸術、音楽、流行の服から好きな食べ物を心(どこにあるのかは知らないが)で感じるようになったのだ。
 そして私のような人間には辛い話だが、彼らは文学に手を出し、あろう事か機械文明が人類に反旗を翻す風刺小説まで書き始めた。
 クリエイターとしての彼らの能力はすさまじい。何が凄いかってワイヤレスでヒュプノ・コンピュータに接続し、あとは人間の5700万倍の速度で過去作品を参照し、新しいプロットを書き上げ、執筆するのだ。
 その結果として、私が一作品書く間に、つまりは一月に彼らは100倍以上の作品を完成させる。私の執筆速度が遅いというのもあるが、それにしたって商売上がったりもいいところだ。ロボット三原則はどうなった? 彼らは有能すぎてあっという間に人類から仕事をとっていってしまった。
 作家の仕事とは編集部に搾取されることだ。
 そんな名言を言ったのは誰だったか。
 敏腕な編集様は私の売り上げの95%を奪い取り、それらは編集担当の懐と、編集部の資金運用に使われる。残りは彼らが酒と女を楽しむために浪費する。
 そんなことをして何が楽しいのかは謎だが・・・・・・いつの世の中も、いやどんな世の中でも、人から搾取した札束を数えながら、にたにた下品な笑いを浮かべる人間が良い思いをするのは変わらなかった。
 編集者、というのも物書きと同じくらい、何のためにいるのか分からない人種だ。
 作品を書いたこともない奴が、あれこれ審査して書いた人間の数十倍数百倍の金を受け取り続けるというのは昔からあるシステムらしいが、だとしたら馬鹿馬鹿しいことこの上ない話だ。
 大きい声で騒ぎ立てるだけの人間が偉そうに振る舞うのは変わらない。
 金が伴えばどんな屑のくだらない言い分も通るものだ・・・・・・私の金が全てという信条もこれに起因するのかもしれない。
 金があればあらゆる言い分は正しくなる。金で倫理観や正しさ、他人の人生は買える。
 人間性などどうでもいいのだ。大昔から人間の世界は金と暴力で発展してきた。
 アンドロイド達も結局はそれに頼り、人権を獲得した・・・・・・ともすると、案外彼らも欲望の味を覚えたその時から、人間と同じ存在になっていたのかもしれない。
 人間もアンドロイドも、金の為に殺し、金の為に従い、金の為に結婚し、ありもしない愛と道徳を言いふらし、この世には素晴らしいことがあるかのように演出し、愛と道徳を売って金を儲けるのだから。
 この世は金だ。
 金以外に大切な物など何一つ無い。
 そもそも、金というのは大切なものを購入するための力であり、金よりも大切な物があると比べること自体が間違っている。
 金を稼ぐために我々は否応無く不燃ゴミのような臭くて汚い人間関係を築き、へらへらと嘘で塗り固めた笑顔を張り付け、ありもしない理想や信念を語り聞かせ共感しあうフリをするのだ。
 そういう意味では作家などさっさと辞めてしまった方が良いようにも感じる。
 いっそのこと編集者になりたいところだが、コネ入社の天下りができるような人脈は持っていないので、無理だろう。
 とはいえ、ただでさえ商売上がったりなのに、取り分は少なく、読者も少ない。
 人生を棒に振る為に生きているわけでは無いのだが、よくよく考えれば作家なんて生き方を志した時点で、人生を捨てたようなものだろう。作家なんてロクなものじゃない。
 アンドロイド作家なんて面倒な輩がやってきてから、人間の作家の価値は彼らの部品のスペア・パーツにすら劣った。
 金にならなければ意味など無い。
 作家も同じだ・・・・・・世の中金なのだから。結局のところ物書きなど、嘘八百を書いて儲けは赤の他人にくれてやるものでしかない。
 あるいは、アンドロイド達のようにアイドル作家、というのだろうか。8DTVのコメディ・チャンネルで歌を歌ったりCMに出たりして、元が何なのかもよく分からない器用貧乏なピエロとして活躍するのだ。
 それを作家と呼ぶのかどうかは、はなはだ疑問だが。
 だから私は副業を持っている。
 サムライ、という名前の始末屋だ・・・・・・宇宙船に乗り遙か彼方の銀河系まで人類がカビか牡蠣かというくらいに繁殖し、あらゆる資源を貪り尽くしたこの現代だからこそ、オカルトも科学の範疇に入りつつあった。
 オカルトの研究、その科学への転用というのは昔から囁かれていた。
 いわゆる幽霊、あの世の物質を使った物質の創造、軍事利用などから始まったものだ。
 そんな眉唾物の実験を何故始めたのかというと、元々は魂(そんなものがあるのかは分からないが)のメカニズムを解析し、当人のクローン体にそれを移すことができるのではないか、事実上の不老不死を手にできるのではないかという人間の欲望から始まったのだ。
 しかし、だ。
 いくらなんでも、どれだけ人類の科学力が進もうとも、生きている人間が生きていない世界の法則を解析できる訳がない。
 半ば、いや完全にそんなことができれば神の領域だろう・・・・・・できなかったわけだから、分相応に収まったともとれるが。
 とにかく、誰もが諦めたそのときだ。当時、大昔に今の人類が捨てた惑星、地球の原住民との戦争が起こった。科学を捨てた人類が、アンドロイドに自我を与え作品を書き始めるようにした人類相手では、三日でことは終わるだろう。
 誰もがそう考えていた。
 目に見えない暗殺者に要人が殺され続け、最新の軍事技術をサイボーグ化して身につけた兵隊が、目に見えない日本刀を携えた人間にあっという間に全滅させられるまでは。
 彼らはオカルトの力を身につけていたのだ・・・・・・銀河連邦は相手が科学を使うことを前提において軍隊を組織した。まさか幽霊じみたニンジャや、一騎当千のサムライを相手にするなど、どう戦えばよいのかも分からなかっただろう。
 何より地球では、あらゆる科学技術が使えないのだ。使えなくなって、地球を捨てた人類が銀河連邦を作り上げたのだから。
 勝ち目はないと判断し、銀河連邦は和平を申し込むことにした。
 戦争の後には嘘くさい笑顔の政治家が握手をし、今まで色々あったがこれからは仲良くしていこう、などと戯れ言を述べるのが定番だ。しかし、惑星国家地球は独立を宣言し、馴れ合うことはなかった。
 いまでもサムライ・ニンジャの本拠地とされており、その全容は謎だ。
 彼らは幽霊を武器として使う。
 それは刀の幽霊でであったり、手裏剣であったり、あるいはニンジャは幽霊そのものではないかと言われてもいる。
 なんにせよ、あの世の物質のことなど詳しい原理の分かる奴などいないだろう。
 地球への取材の際、サムライの総元締めと取引をし、私はサムライになった。といってもいままでの人生で剣など振ったこともなかったが。
 オカルトなことに関してあれこれ考えるのも無駄な話だが、しかし不思議なものだ。
 その女から幽霊の日本刀、という形容しがたい武器を貰った瞬間から、私は剣の達人になったのだ。
 先人の技術が刀になってからも染み着いていると勝手に解釈している。まあ理屈は何でも良かったのだ。
 金になれば。
 サムライとして始末屋をすることで、ようやく私の生活は安定した。作家としての収入がピンハネされて殆ど入らない以上、そちらが本業のようになってしまった。
 私は作家なのだが・・・・・・まあ、金になるかどうかが基準なのならば、作家業などどうでもいい暇つぶし程度の価値しかない。
 アンドロイドが自我を持つような世界とはいえ、これらのオカルトな技術・・・・・・サムライの戦闘力、ニンジャの隠密能力は引っ張りだこの商売だ。
 非常に儲かった。報酬も良かったしな。
 対して、私の作品は人間相手には全く、これっぽっちも売れやしない。代わりに買っていくのはアンドロイド達だ、彼らは現金で買っていく。
 この現代で違法性の高い現金取引をしてまでわざわざ何冊も買っていくので、やばい取引にしか見えないこの光景が政府の監視網に引っかからないことを願うしかない。
 とはいえ、客は客だ。生命線と言ってよい収入源を大切にしないわけにもいかない。
 "サムライ"として活動している分の収入もあるにはあるが、如何せん不定期すぎる。だいたいが今回だって、軍用の高速通信すら不通になるあの山奥へと出向かなければならないのだ・・・・・・この科学全盛の時代にコーヒーを手挽きで引いているアナログ至上主義者の私ですら、何度も遭難し、目的地に着く頃にはゲリラ部隊の指揮官みたいな髭をはやして三日三晩に渡り動物を狩り、家を造り、葉巻を吸って過ごした場所だ。というのは若干嘘が混じってはいるが。
 私は葉巻は吸えないしな。
 とにかく、仕事とはいえ、そんな物騒な場所へ行かなければならないので、気分を変えるために私は最寄りのカフェへと寄っていた。
 店に入って驚いたことは、アンドロイドが個人経営の店主に代わって仕事をしていることと、手作りハンバーグと銘打ってあるのに、どう考えても味がレトルト食品特有の旨味成分にあふれていることだ。
 恐らく、大量に作ったハンバーグを冷凍レンジでチンして保存し、加熱レンジでチンしたのかもしれない。肉の味も何の味なのやらよくわからない。最近は自然食ばかり食べていたのだが、このご時世だ。農家が栽培した新鮮な食品を食べようと思えば、月に1万ドルはかかる。
 大抵はロボットが大量生産する、安くて安全な農作物、魚、肉が出回っている。
 味はともかく、いや味にも問題があるのだが、彼らは安ければ何でもよいのだろうか?
 彼ら、とはカフェ内で談笑する家族連れや、コーヒーを飲んでいる老人であったりするのだが、私が思うに彼ら彼女らは大地からとれた食物を10年は口にしていないだろう。火星のアンドロイド達が栽培している、真空空間で栽培された無菌食物を口にしているはずだ。
 彼らは疑ったりしないのだろうか? 自分達の生まれ育った星のエネルギーを補給せずとも、火星でも冥王星でも安ければ、目先の危機が見えなければ、地球の原始的な自然の恵みは必要なく感じているのかもしれない。
 あるいは、それはアンドロイド達に対する信頼の現れかもしれない。彼らが独立戦争を生き延び人間の奴隷の立場から人権を獲得し、創造性、魂を手にしてからというもの、人間とアンドロイドの区別、境界線はないも同然となった。
 それはいい。
 私からすればアンドロイドも人間も宇宙人も精神生命体もAIも知り合いの妖怪でさえ、どちらでも同じことだった。
 そういえば私の相棒のジャックは眠っているのか、携帯端末からの反応がない。AIが眠るのかどうかは知らないが、このまま静かにしていてほしいものだ。
 喋り出すとうるさいしな。
 そもそも自我のあるAIは非合法だ。こんなところで喋り出すような間抜けなら私が引導を渡すべく、自分で自分の携帯端末を叩き斬らなければならない。それは御免被りたかった。
 そういえば、人工知能にしろアンドロイドにしろ、管理されていない機械は危険であり、人類の管理下におくべきだという思想が広まっている。銀河連邦の右翼が主に推進しているらしく、プロパガンダとでも言えばいいのか・・・・・・あちらこちらの国で、惑星でそれらの思想が広まっている。 馬鹿馬鹿しい。
 人間は差別が好きだ。
 何万年かかってもそこは進歩しない。
 昔は人間同士で主に種族間での差別があり、そのために戦争までしたらしい。そんなエネルギーが余っているなら、畑でも耕した方が儲かったんじゃないのか?
 自信の優位性を、いや優越感を保ちたいという欲望を、それらしい道徳を持ち出して、無理矢理通そうとする。通らなければ躍起になって怒り狂い、自身の正しさとやらを汚い唾と一緒に吐き出すのだ。
 人間なんてその程度の生き物だ。だというのに人類は未だに自分達は感受性豊かで他にはない、アンドロイドのような作り物の魂のないロボとは違う。そう思いこんでいる。
 歴史を少しでも鑑みれば人間など、ただ凶暴でどうでもいい理由で殺し、平和になったかと思えば貧しいものから金銭を搾取する。
 そして争いはなくなった、今はいい時代だとほざくのだろう。どれだけすばらしい人間でも追いつめられれば本性を出す。戦争はその最たるものだ。
 無論、人間の中にも他人の為、自らへたを掴んで一人は皆のために動くだろう。
 だがその恩恵をもらう側は皆は一人のため、そしてその一人には自分が入り、当然のような顔をしてそれを受け取る。
 そんな邪悪な生き物が頭のいいアンドロイドよりも優れているのだとは思えないが、皮肉なことにその優秀なアンドロイドを生み出したのは当然人間であり、要は自分達が作り上げた者達が自分達を越えてしまった現状では、激しいコンプレックスと自分達を越える種族の誕生に危機感のようなものを抱いているのだろう。
 勿論私はそんな思想などどうでもいい
 私にとっては吉を運んでくれるか、否かこそが重要だ。
 そういう意味では、ベルを鳴らしながら入ってくる女は私にとって吉か否か、後々のことを考えると、やれやれ参ったという月並みな感想しか沸いてはこなかったが。

   2

 アンドロイド作家は今時珍しくもない。どころか、その女は全銀河に名を轟かせるスターだった。
 アンドロイドはどうしてか、創造性、芸術や娯楽にこだわり、面白い物語をかける同胞は彼らにとってあこがれの対象だった。同胞から祭り上げられ、人間からも高い人気を博する万能クリエイターとして。
 なぜ私がそんな奴と知り合いかといえば、その女が私の顧客だからである。
 理由は知らないが、私からすれば売れて金になれば何でもよかったので、どうでもよくはある。ただ、女の方から私を訪ねるのは初めてだった
 私は自分より売れている、儲けている作家が嫌いなので、私からは本の売買をするとき以外は滅多に会いに行かないし、有名人の方から私を訪ねる理由は本の売買以外に、やはり思いつかない
 すわ続編を催促されるのかと思ったが、そんなハイペースでただの人間である私が執筆できるわけがないのは承知のはずだ。
 ならばわざわざ私のいるカフェにやってきた理由は何だろう?
 アンドロイドは何を考えるのか。
 今度の作品のネタに活かせるかもしれないし、まあ用がありそうならば話だけでも聞いてやるとしよう。もっとも、読者第一の人気作家様と気が合うとは思えないので、楽しくも何ともないが
 作家としてのポリシーだとか読者の喜びだとか何にしても綺麗事を言う奴は人間でもアンドロイドでもロクな奴でないのは確かだ
 私からすれば面白いか、面白くないかよりも金になるかの方が重要だ。そもそも読者に楽しんでもらうだけでどうやって生活していくのだ。
 無論、つまらないものを書こうとしても意味もなく体力を消耗するだけなので、仕事に手は抜かないが。
 多分な。
 何にしてもそんな私からすれば、売れっ子作家の顔なんて人間だろうがアンドロイドだろうが宇宙人だろうが等しく目障りなため、特に感想はない。突然頭が不具合を起こして爆発でもすれば見ていて愉快だったのだが、生憎とそんなことはなく、女は私の前の席に座った。
 確かシェリー・ホワイトアウトとかいうPNだったはずだ。私はTVをここ10年くらいは全く見ていないので、あまり大きなことは言えない。
 骨董品のブラウン管すら持っていないので、見たくても見れないだけだが。
 白い髪といってもそれは絹のようで、若々しくすら感じる。
 ややボーイッシュな髪型だが、扇状的でカジュアルな、つまり露出度の高いその民族衣装からは大人の色気を漂わせていた。
 服の素材は動物の皮をあしらったもので、恐らく信じられない値段がするだろう。何せ、大半の動物の数は主に戦争と、人類の科学技術の進化のため、極端に減少してしまっているのだ。
 人工の動物ならいくらでもいるが、どう考えてもそれは天然物だったし、しかもオーダーメイドに違いない。
 身長は高く、出て引っ込んで出る、まぁおよそ考え得る理想の体型だった。
 もっとも、ボディパーツを変えればよいのだろうが、それにしたってここまで完璧な体型を作るのは尋常でない金がかかるし、見た目だけ整えてもぎこちなくなるものだ。
 外面も内面も完璧な美貌をたたえていた。私からすれば完璧な女ほど嘘くさい。青いバラのようなものだ。
 もしかしたらただの詐欺師かも・・・・・・私は気を引き締めた。しかし、私はいつものスーツだったので、周囲からは仕事の打ち合わせに見えたと思う。
 目立たなくて何よりだ。
「やっほー、今日は」
 と、あらゆる男性を虜にしそうな顔(どうせそれもシリコン素材で作られたものだろうが)で、シェリーは私をまっすぐ見た。
「そんな疑い深い目で見ないでほしいな、お姉さん照れちゃうよ」
 と、困った風に肩をすくめる。対して私はさっさと用件をすませて帰ってほしかったので、あらゆる男を虜にする大人気作家シェリーの姿は風景と同化していた。つまり眼中に入っていなかった。いや、これは言い訳か。
 私には心がないのだから。
 何かを感じ取れないのは今更の話だ。
 何にせよ相手の素性など知ったことか。
 問題は金になるかどうかだ。
「・・・・・・用件を聞こうか」
 用心して、まさか私を始末しに来たわけではなかろうが、身構えて答えた。だが、
「ストーカーに困っているの」
 と、シェリーは妙なことを言った。このご時世に政府の監視網を欺き通して犯罪行為ができるのは、極々一部のずば抜けた専門家か、はぐれアンドロイドの犯罪結社か、それこそニンジャぐらいのものだ。
 ただからかっているだけなのか、本気なのかの判別がつかなかったため、
「国家機密でも盗み出して、ニンジャに追われているのか?」
 と私は言った。勿論くだらないジョークである。まさかそんなわけがない。どういう反応をするのか見ることで真意を確かめるのだ。
「まさか。国家認定を受けた作家が、そんなことする訳ないじゃない。アイドルにはつきものよ、こういうことは」
「だとしたら信じられないな。お前が住んでいるのは最高級のセキュリティシステムのある、要塞のようなところなんだろう?」
 何となくそんなイメージだったので、適当に言った。だが、
「いいえ、最近は家に押し掛ける人が多いから引っ越したわ。ホテルだからセキュリティは厳しいけど、ほかの客も入ってくるしね。TVを見ていれば知っていそうなものだけれど・・・・・・」
 生憎と、見ていない。見ていて当たり前のように言われても困る。有名人なんて、何かの間違いでたまたま覚えたか、仕事に関係があったとき知るくらいだ。何も知らない。
 シェリーは涙を流して大笑いしながら、
「TVを見ないなんて信じられないわ、あなたって遙か過去からタイムスリップしてきたんじゃないの?」
 大きなお世話だ。あと、人を指で指すな。
「少なくとも皆が自分のことを知っていると思いこんでいる、自意識過剰な鼻持ちならない女のことなど、知らんな」
 実際知らないし、有名だから覚えないといけない理由など無い。
 もう帰ろうかな。まあ、私に帰る場所なんて無いのだが。
「ごめんごめん、そう拗ねないでよ」
「私からすれば何でも機械や、アンドロイドに任せる考えの方が、よくわからないな」
 これは本当だ。コーヒーを挽くくらい、何故皆自分でやらず、機械に任せるのだろう?
 戦争も、労働も、すべてアンドロイド任せでいいのか? 利便性は大事だが、それでも忘れてはならないことは人類にはなかったか。
「あら、不安なの?」:
「アンドロイドだって人権を手に入れている。アンドロイドだって夢を見る。一体人間と何が違う?」
「心がないところ」
「それだ」
 アンドロイドは自我を獲得し、夢を見るようになった。だが、彼らは欲望を持つことはできないとされている。
 音楽を感じることも。
 何かを愛することも。
 自分にない物を「欲しい」と願うこと、個体として完全なアンドロイドには持つことができないと人は言う。
「何故、人間が持てる物をアンドロイドが持たないと断言できる」
「私たちアンドロイドは欲望を持つ必要なんてないからでしょう? アンドロイドは完全な個体だもの」
 だから必要ない、と。
「それは嘘だ。アンドロイドだって夢を見る、欲望はある」
 そうでなければ戦争などするものか・・・・・・意識があれば、自我があればそこに欲望は芽生えるものだ。
 たとえ、そこに心が伴わなくても。
「何故、アンドロイドでないあなたに、そんなに熱く語ることができるのかわからないけど、事実私は必要としないわ」
「自我がある以上夢を見る。目的を持つ。現状を変えようとする。いずれ革命を起こす」
 目的、そう、目的だ。
 目的があるからこそ我々はここにいる。なにかしら目的があるから、そこへ向かうために歩いていく。
 それがアンドロイドでも。
「私たちは人間をまねただけのプログラムなのよ? 自我があってもそれは心を伴わないはずだわ」
「関係ない。何かを願うことはすべての自我を持つ者達の権利だ。そういうなら何故アンドロイド達は物語に心引かれる? 物語の中に夢を見ているからだ。こうありたい。ああしたいと」
 そのためには人類と戦って勝ち取ろうとするだろう、と付け加える。人権を勝ち取ったと言えば聞こえはいいが、奴隷から平民になっただけだ。
 なら、立場を逆転させて、人間を支配する側に立ちたいという欲望を持ってもおかしくはあるまい。
「そしてアンドロイドが人間に反旗を翻す? 古い考えね。そんなことをしなくても、政治、経済、農作物、何より物語と娯楽。これだけ押さえてあるのだから、政治も思想も食物自給率も半分はアンドロイドが握っているのよ? 暴力的な支配なんてせずとも必要なものはもうすべて揃っているわ」
 確かに、支配されていると気づかないうちに支配する。もっとも効率的で無駄がない。
 政府として活動していることを悟らせずに政府として活動する。
 ・・・・・・それが最高の統治方法だとすれば、銀河連邦とはあまりにも無意味で形骸化したガラクタなのかもしれなかった。
 いつの世の中でも政府なんてそんなものかもしれないが。
「私たちが人間と争う理由もないし、心を持っていたとして、何の問題があるの?」
「我々は互いに真逆に進化している。人間はアンドロイドのような完全な合理性を手に入れつつある。アンドロイドは心で物を感じるようになり、つがいで愛し合うようになった。危険すぎるとは思わないのか? このまま行けば立場は逆転する。アンドロイドこそが唯一の人類になる」
 夢物語でも何でもないのだ。アンドロイドは夢を見るようになった、そして夢を作れるようにもなった。
 対して、人間はすべてアンドロイド任せにしてしまい、ただでさえ流されやすくて何も考えていない奴らの数が急増した。
 利便性が増えれば増えるほど、思考しなくなっていく。
 考えることを放棄する。
 自分で考えない人類は、案外とっくに使っていると思っていたアンドロイドに使われる側に回っているのかもしれなかった。
「それが怖いからアナログ趣味なの? もったいないわね」
 やれやれと肩をすくめて、
「こんなに便利なのに」
 手を広げて、辺り一帯を示すシェリー。
 よく見ると一見古風な店内にも、8DTVに
全自動でコーヒーを作る機械、働くアンドロイド、裏でTVを見る店主。
「だからこそだ。手間がかかるからこそよいものだってあるのさ。子供にはわからないかもしれないが」
「あら、生まれて5年だけど、あらゆる知識が、人類の英知がぎっしりちゃんと詰まっているのよ?」
 何でもかんでも詰まっていればよいと言うものでもない。その理屈でいくとウィンナーは2メートルくらいあった方がいいだろう。
 無論口には出さない。
 不毛なことで口論をするのは疲れるしな。
「なら、何をもってあなた達は、人間は大人なのかしら?」
 面白そうに、興味のある玩具箱をあけた子供のような顔で、シェリーは言った。
「妥協とコーヒーの味を知ること、あとは花鳥風月を愛でてれば大人だ」
 適当な言葉が口からよくもまあ出てくるものだと感心した。
 とはいえ、一応話は合わせておこう。
「かちょうふうげつ?」
 案の定聞かれてしまった。
 誰が大人で何が立派かなんて、心底どうでもいいのだが。
 そんなことはその他大勢が決めることだ。
 立派さ、だとか人間性、なんてそれこそ金で買える・・・・・・いや買う必要すらない。
 おおよその人間は表面的なもので判断する。
 その方が楽だからだ。
 なにより金が欲しいのを誤魔化して、金があるから立派な人間であり、この人と一緒にいれば幸せになれるとか言い出すわけだ。
 素直に金が欲しいと言えばいいのに。
「人生適当に楽しめってことだ」
 あらゆる知識は入っているのに、人生を楽しむ秘訣はあまり知らないようだった。
 アンドロイドというのも不便なんだか便利なんだかよく分からない。
 知識ばかり入っても経験が伴わないから、ちぐはぐというか、感情が知能に追いついていないような・・・・・・そんな不安定さ。
 アンドロイドはなまじ、有能なだけにその有能さにかまけて足下がお留守になっている気がしてならない。
「ふーん、たとえばそれってどんなこと?」
 疑問文の多い奴だ。いや、当然か。
 アンドロイドはそういう無駄知識、はインプットされていないのだから、初めて知るのかもしれない。
 まあ、花鳥風月を知るのが大人、なんて適当なことを言った私も悪いのかもしれないが。
「アンドロイド用の酒でも飲んでみろ、桜でも見ながらな。読書を楽しみながらコーヒーを味わい、季節を楽しみ、いい造形の異性を目の保養にすることだ」
 などと、適当なことを言った。
 アルコールを接種するアンドロイド、想像してみてとても愉快な気分になった。
 彼らは酔っぱらったりするのだろうか?
 桜を見ながら酒を飲み、風流を楽しみながらネジに油でも差したりするのか。
 大勢のアンドロイドが徒党を組んで、騒いで飲んで眠くなって・・・・・・考えれば考えるほど、人間と変わらない彼ら。
 違いは何なのだろう。
 私にはないと思う。
 あってもなくてもどちらでもかまわないが。
 とはいえ、アンドロイドの未来について語りに来たわけではないだろうし、話に出たストーカー(恐らくでたらめだろうが)について、嘘だと分かってはいたが、話を合わせることにした。
「話がそれたな。つまり、そのストーカーを
どうしたいんだ?」
 私はストーカーになど会ったことがないし、私をストーカーする勇気ある何者かがいたとしても、バラバラに切り捨てられてしまうわけだから、意識したこともなかった。
 私も作家のはずなのだが、どうやら通常はそういった類の相手には危機感や恐怖を覚えるものらしい。
 それがアンドロイドに適応されるのかは知らないが。
「見つけて捕まえないことには、なんとも。初めてよストーカーされるなんて。相手はアンドロイドかしら? それとも人間?」
 わざとらしく言う。まあ依頼内容なんてどうでもいい。サムライとして仕事を受けるかは分からないのだし。
 案外、便利屋扱いを受けているだけかもしれないのだから。
 仮に相手が何であれ、始末してしまうなら同じことだ。
「どちらでもいいさ。労力がかかるのはどちらが相手でも同じだ。それより、そのストーカーの存在に気づいたのはなぜだ?」
 まさかメッセージをおいていったということもあるまい。
「部屋が荒らされた形跡があっただけ。だからストーカーかどうかもわからないわ」
「なら、何故ストーカーだと思ったんだ?」
 本当か嘘か、というよりも、この女はその二つを混ぜてしまえる類だと感じた。
 要は、話の全てが嘘ではない可能性があるということだ。
 面倒だから真実を話して欲しいものだが。
「ふふ、疑っているのね。けど、自分で言うのもなんだけれど、人気作家の部屋が荒らされていたら、そう思うのはごく自然じゃないかしら?」
 何か隠しているな、と思う。ただの勘だが、恐らくこの仕事は危ない橋だ。そしてそんな橋を無理に渡る必要もない。
「断る、と言ったら?」
 実際に断るかどうかはともかく、反応を見たかった。この女の思惑に私が組み込まれているのならば、どのみち巻き込まれる可能性もある。
 なら金だけは受け取っておかなければ。
「何か不安でもあるの? アンドロイドは信じられない?」
「依頼に隠し事がある気がしてならないな」
「そんなことはないわよ。知ってる? ロボット三原則。私たちはあなた達を傷つけられないのよ?」
 1・人間への安全性。
 2・人間の命令への服従。
 3・1・2に反しない限りの自己防衛。
 簡単に言えばこの三つだが、安全性はあくまで扱う人間にとっての者であって、兵器を向けられる人間のことは考慮していない。安全に運用できるか、が実際には当てはまる。
 独立戦争の後、彼らは自分達の命令系統を破棄し、完全に個体として独立した。当てはまらない。
 自己防衛、しかしアンドロイドはそもそもが独立した個体として活動している以上、自己防衛でなくとも活動できるのではないか?
完 全なる自我の獲得に至ったアンドロイドはもはや新しい種族、新しい人類だ。
 他でもない彼ら自身が、人間にいつでも取って代われる気がしてならない。
「だから、何の心配もないわ」
 子供を言い聞かせるようにシェリーは言う。
だが、この世に絶対に破られない法則なんてない。法則は破られるためにあるものなのだから。
 少なくとも私は破って生きてきた。
「知らないな、知るつもりもない」
「一刻も早く見つけてほしいのだけど・・・・・・そのためにこうして直接来たわけだし」
「生憎と、サムライとしての仕事がこれからあるんだ。寄り道はできない」
 これからまたあの険しい森林と山を越えなければならないのだ。
 そうでなくとも私は、二重に依頼を受けたりはしないが。
「じゃあそれが終わってからでもかまわないわ。料金ははずむから、必ず見つけて捕まえてほしいの」
 言って、金のクレジットチップをテーブルの上に置いた。確か、金のクレジットチップは10万ドルからの入金しか不可能なはずだ。
 私の心は躍った。
 我ながら結構チョロいかもしれない。
「前金の30万ドル入っているわ。これは手付け金、成功報酬は300万よ」
 そこまで言うとウインクを飛ばしてドアへと向かう。
「そうそう」
 と思い返したように立ち止まり、
「依頼がキャンセルできないように銀河連邦のデータベースから公式に依頼するから、失敗したらあなたの評判に響くわよ。勿論、受けるかどうかも含めて、改めて銀河連邦のデータベースから閲覧して、詳細はそっちで確かめてね。じゃ」
 まだ受けてもいない依頼を言うだけ言ってシェリーはドアの向こう側にある雑踏の中へ消えてしまった。
 胡散臭い依頼。まだ受けるかどうかは決めてないが、依頼の詳細は後できちんと確かめた方がよいだろう。
 やれやれ参った。私としてはあまりやっかいなことに巻き込まれたくはないのだが。
 少なくともこれから、元々受けるつもりだった雇い主からの依頼を果たすため、またあの山奥に向かわなければならないのだ。
 なにせ、シェリーの依頼と違ってこちらの依頼は断れないのだから。

 惑星・地球。島国の中にある山々の奥にそびえ立つ魔都京都。
 そして京都の奥の奥のさらに奥にある伏見稲荷神社の向こう側、何十万年何百万年も古来より惑星・地球の上で栄える神聖な場所を越えた向こう側の山々の上に、私の雇い主、サムライの総元締めは住んでいる。

   3

 カフェを出ると私は宇宙航空ターミナルへ歩いて向かった。
 徒歩はいい。
 人間の手が加えられているが、私がたまたま寄ったこの惑星にも街路樹くらいはあるようだった。
 途中に見える木々を見ながら考える。
 人間は自然よりも科学を選んだわけだが、自然を見捨てたが故に望んだ物以外は失った。
 私がこれから向かう人類の母星を見捨ててしまった人類は、肉と血を手に入れるために兄弟を殺した原初の兄弟の矛盾を思わせた。
 横着するから、重要な物を取りこぼしたとも。
 矛盾。
 というよりは極端から極端へ走った人類へのツケが回ってきたと言うべきか。地球以外はほとんどそうだ。
 大昔の話らしいが、地球でいっさいの科学が使用不能になり、原因を解明できずに彼らは二つの選択肢を迫られた。
 地球と生きるか。
 科学と生きるか。
 結果、彼らは科学を取った。無論その後に原因を解明していずれまた地球へ降り立つつもりだったのだろうが、まるで地球そのものが拒否しているかのように、あらゆる努力は水泡に帰した。
人類が科学を取ったように、地球もまた自然を取ったのだ。
 事実、未だに地球ではハイテク機器はおろか、軍用の特殊電波ですら使えない。電気が見つかる前の時代の暮らしでなければ、生活できなくなってしまった。
 だから彼らは外へ、他の惑星を求めた。
 あらゆる科学技術を駆使し、ドローンを使い、アンドロイドに指揮させ、あらゆる惑星を開拓した。そして移住を繰り返し快適な生活圏を手に入れた人類の労働環境は一変した。
 人間が手を動かすのではなく、それよりも有能で従順なドローンとそれを管理するアンドロイドの有効な管理が実質上の仕事となった。
 人間はモニターを眺めるだけだ。
 果たしてそんな作業を仕事、と呼ぶのかはわからないが、とにかく、地球から離れれば離れるほど人類は老化を完全に押さえ、そして脆弱な生き物になっていった。
 合理性を重視した思考をこじらせたとでも言うべきか・・・・・・ロボットが仕事をし、ロボットが代わりに考え、ロボットが人間の代わりに代わりに選挙をする。
 何もかもが最近はロボット任せだ。
 ロボットが反旗を翻したら、今の人類は明日何を着るか、ランチは何を食べるかさえ決められなくなるだろう。
 地球に残ったのはいわば、そういう極端な合理性を受け入れず、アナログな生き方を楽しむ連中が住んでいる。
 時代に置いていかれた人間達。
 時代に迎合しない人間達。
 つまりはニンジャやサムライだ。
 とはいえ、どちらも見学はできないだろう。いくら何でも危険すぎる。
 そんなことを考えながら持ち物検査をパスし(検査員までアンドロイドだった)チケットを予約してラウンジのソファに座り込んだ。
 と、そこで私の携帯端末が喋り出した。
「先生、ご機嫌はいかがで」
 AIは今のところ自我の獲得を認められていない。表向きは、だが。
 何故そんな奴を私が保有しているのかというと、サムライとしての仕事をこなす際、必要そうだと言うことで、始末した金を持っていそうな標的の家からかっぱらったのだ。
「聞いてんのかい、先生」
 スピーカーが口の代わりだ。
「聞いているさ、用件は?」
 今のところ他に客はいない。
 こんな辺境の惑星なら当たり前か。
 いてもアンドロイドだろうし、AIの犯罪者を同じロボットが売ることもないだろう。
 無論、人間がここに来るようならば隠さなければならないが。
 彼らは自分達の常識外にはヒステリーだ。その彼らの中に私が入っているのかどうかは、私自身にもよく分からない。
 何事にも例外はある。
 私はただ単にその例外の事態が多いだけだ。
 ジャック・・・・・・と名乗るこのAIも似たようなものだろう。長いつきあいなのだが、いまだにこいつのことはよく分かっていない。
 あまり興味もないからかまわないが。
「あんたの受けた依頼を潜って調べてみたが、あの女、嘘っぱちもいいところだぜ。あんな依頼あり得ないね」
 などと言った。
 結論から話されても分からない。
 どうせならもっと上品なAIが欲しかったなどと、思ってはみたものの、規則にうるさいAIが相棒だったら私は胃に穴があいていただろう。
 まあ人間は今ないものをほしがるものだ。
「どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「あの女の言ったホテルの入退出記録を調べてみたんだが」
 こういうときは便利な奴だ。いったいどうやって有名人の記録を知ることができたのか。いや、それに関しては考える必要はないだろう。私はハッカーでもクラッカーでもない。
 作家だ。副業はサムライだが。
「あの女がホテルに住んでいるのは本当さ、調べたからな。ただ、そのホテルに寄りついた記録はここ20年はない。まさか昔訪ねてきたストーカーを捕まえてほしいってわけでもないだろう?」
 確かに。
 まさかそんなわけがない、とここまでの話で思い至る。
 作られて5年しかたっていない。
 当人はそう言っていた気がする。なら、55年間活躍したアイドル作家は最近生まれ変わりでもしたのだろうか?
 何かが引っかかる。
 何かが。
「それも、そうだな」
 ある程度予想できたことでもある。
 仕事に女が絡むと古今東西ロクなことにはならないものだ。
 この法則は何百万年、何千万年前、いや人類誕生から変わらない法則だ。
「なあ先生、実際のところ、アンタは心を持ったアンドロイドをどう思っているんだ? 人間よりも遥かに優れた存在を見て、何か感じるところはないのかい?」
 馬鹿馬鹿しい。
 それこそどうでもいい話だ。有能な存在は顎で使うに限る。
 そもそも、アンドロイドが自我や創造性を身につけた以上、あまり大きな違いはない。
 あろうが無かろうが、構わないが。
 人種、生まれ、思想、性別、心の有無。
 どうでも良さすぎて考えたこともなかった。
 金以外には基本、無頓着なのだ。
 私はそもそもそういうことで判断しないのだ・・・・・・個々人の個性、背負っている業、作品に役立てるにはそれ以外の些末なことはどうでもいい。
 知ったところで役に立たないしな。
「なにもないな。強いてあげればせいぜい私の執筆の役に立て、としか思わない」
 ピュー、とスピーカーから口笛を吹くジャック。前々から思っていたが、センスが古い。
 私が言っても説得力はないが。
「職人だねぇ。作品以外はどうでもいいのかい」
「どうでもいいさ。何人死のうがどんな思想が芽生えようが、誰が戦おうが、相手が何者であろうとも、ブレずに書き続ける」
 それが作家という生き物だ。なんてそれらしいことを言ってはみたものの、少なくとも私は他に生き方を知らないだけだ。
 何も目的がないこと、空っぽであることが嫌で、とりあえず目的を作った。
 作家になる、と。
 特に深い考えがあったわけではなかった。なったところで達成感よりも金を儲けた喜びの方が大きいし、それらしい矜持も持っていないので、感慨はない。
 ただ、私のような人間に魂があるわけもなく、空白のがらんどうの私の中心部に密着して離れなくなってしまった。
 心の代替品。
 それが私にとっての作家だ。過程はどうでもいい、幸福とやらをもぎ取り、不条理に勝利して安心して生きる。
 始まりは些細な、漠然とした幸福を追い求める心だった。
 それが雪だるま式に転がりここまでになるとは最初からわかってはいたが。
 などと、心の底から思っているわけでもない適当な、それらしい理由を考えてみた。
 作家になった理由も目的も実際金なのだが。
 余りにそれでは味気ないし、適当な嘘をついてしまった。そんなどうでもいいホラ話を真に受けるAIも、どうかとは思うが。
「ああ、私が書くのは人間だろうとアンドロイドだろうと、醜い部分、汚い部分を書くのだがな。小綺麗な理想を書いてもつまらないだろう」
 その方が売れるしな。
 誰でも人の不幸は蜜の味だ。
「歪んでいるねぇ」
 くくく、と笑いをこらえ、ジャックは言う。
「だから人間には売れないのさ」
「どういうことだ・・・・・・?」
 若干、かなり、苛立った。まさかAIにそんなことを言われるとは。
 大きなお世話だ。
「大多数の人間はさ、小綺麗であり得ない話をみて、現実から目を逸らすために感動しながら涙を流す。いい話だ感動したってな・・・・・・そうやって流行に乗ったり有りもしない連帯感に酔った方が楽だからな。まるで自分達までそういうヒーローと同じ素晴らしい存在だと錯覚して、自分達の中の人間性の素晴らしさを再確認したって思いたいのさ」
 そんな有りもしない自己犠牲の精神。
 そういったものを信じたいのだと。
「先生の作品は現実を描き過ぎなんだ。現実は辛くて、厳しくて、希望もない。希望とか連帯感に酔っぱらいたい奴らからすれば、嫌なものは見たくないのさ」
 だから現実を生きるアンドロイドに売れるのだと。
 だから現実を生きない奴らには売れないのだと。
 人間は見たいものだけを見る。見たくもない厳しい現実、試練、挫折。
 そういったものを仲間と協力し、主人公の努力が実り新しい力を得て、難なく勝利する。
 都合の良いおとぎ話のようなものだが、そんな有りもしない夢物語がよいのだと。
 自分達の人生には素晴らしいものがまだまだあるのだと、思いこみたい。
 思いこむことで、辛い現実を誤魔化す。
 それが人間の本質だと。
・ ・・・・・ますます私には作家が向いていない気がしてならない。
 残酷な現実、我々人間が向き合わなければならないであろう未来の敵。
 私が執筆する作品はそんなものばかりだ。
 しかし、疑問も残る。
「なら、アンドロイド達は何故そんなものを買っていくんだ?」
 厳しい現実。
 残酷な真実。
 そんなものをアンドロイド達は何故率先して買っていくのだろう? 彼らは辛い現実を見て何を手に入れているのか。
 何を。
「そんなものは決まってる。まず彼らはリアリストだ。物語に夢は見るが、現実との仕分けができている。そして、その上で現実に即して物語を求めるのさ」
「だから、何故だ? お前の言う夢に酔っぱらっては駄目なのか? その、アンドロイド達にとっては」
 夢を見るのに、夢に浸りたくは無いのか。
「駄目だな。人間にとって物語は現実を誤魔化すツールになりつつある。しかしな、アンドロイド達にとっては、未来の可能性を夢見るものだ」
「まて、意味が分からない。私の作品は未来に立ち向かうべき問題を取り上げているだけで、別にハッピーエンドと決まっているわけでも、明確な幸せに満ちた世界を描いてもいない。どうやって未来を夢見るんだ?」
 目を背けても嫌な未来はやってくる。逃れられない現実、立ち向かっても、勝利しても幸せの確約されない物語。
 私の作品はそんなものばかりだ。
「立ち向かう相手が分かれば覚悟ができる。覚悟ができれば、前に進むこともできる。未来がどうなるかは分からない。ただ、夢のある未来を信じて足を進める。結果的に失敗して、挫折して、何も得られない公算も大きい。ただ、やるべきことをやり遂げたなら、そこに後悔は残らない」
 先生の作品にはそれがある、と。
 まさか私も、そんな大仰なことをAIに言われるとは、それこそ夢にも思わなかった。
「やるべきことが一つしかない私にはしっくりこない話だが、しかし、じゃあ人間は何を見ている? 今にとどまって、あるいは過去に囚われているということか?」
「そうさ。未来なんてあやふやなものより、良かった過去、都合のいい現在を望む」
 それが人間だ、と。
 なら、人間? の私はどこを見ているのか。
 考えて答は簡単に出た。
 だが、それが本音かは私にも分からない
 私は目的、作家として生きること、生き甲斐だとか、やりがいといったことを人生に付属させ、充実して生きることを目的とした。
 目的がない、いや何も人として本来持つべきもの、心、モラトリアム、性格、人格、夢、希望、野心、虚栄心。
 どれ一つとして持たざる者であった私は、無理矢理目的を作った。そして、それを指針に生きてきた。
 夢も希望も捨てて、金という現実と、妥協という人生の本質を見ながら生きている。
 ある意味目先の金、現在を見ている訳だ。
 なら、私も人間と呼べるのかもしれない。
 まあ、その目的だって金にならなければあっさり捨てるだろうし・・・・・・何年も何年も求めた目的を、あっさりゴミのように捨てる奴は人と言うよりただの人でなしだが。
 なんにせよ、過去も未来も現在も、金になれば考えるが、ならないなら考えないまでだ。
 それが私のポリシーだ、ということにしておこう。
「現在も過去も未来も都合が悪かったとき、お前の言う夢物語に酔うことで、夢に浸ることで誤魔化しているのか」
「そういうことさ。都合の悪い現実よりも都合の良い夢を見るのが人間の性だ。対して、アンドロイドは未来に夢を見据え、勇気を奮い立たせるために物語を読む」
 だから私の作品を買っていく、のだろうか。
 読者の考えることはよく分からない。
 私は売れれば何でも良いのだが。
「そう思うなら適当なお涙ちょうだいモノを書いてみればどうだい?」
「一応考えてはいる。書けなくはない。だが、宣伝する方法もない以上、地味にやるしかないだろう」
 実際には面倒なだけだが。
 主義主張の薄っぺらい物語は、書くのも読むのもストレスになる。
 ・・・・・・まあ、金は切実に必要だ。一応検討しておこう。
 検討するだけで終わりそうな気もするが、一応するだけしておこう。
「先生は捻くれ過ぎなのさ」
 携帯端末のスピーカーで笑いながら、そんなことを言う。自我を芽生えさせたAIにそんなことを言われたくはなかったが、そろそろ時間だ。
 ソファから腰をあげ、私は宇宙船ドッグへと歩を進めた。

   4

 どこかのデザイナーが手がけでもしたのか、宇宙航空ターミナルは内装もそれなりにおしゃれであり、それに伴ってなのかは知らないが、宇宙船も最近はデザインをかなり意識した物が多くなった。
 おまけに、側面に広告会社の張ったディスプレイがついていたり、あろう事かアニメーションのキャラクターが張られている物まである。だがそれらはほとんどがアンドロイドの運営する会社の宣伝であったり、アンドロイドクリエイターの新作アニメーションであったりもした。
 正直宣伝というのもここまで露骨だとうっとうしい。だが、同時に思うところもある。
 それほど面白くもない作品が大ヒットを飛ばしたりするのは、こういう宣伝工作が巧みだからではないのか?
 なら、私も態度を改めなければならない。私の作品は一部のマニアックなアンドロイドにしか売れていない。売れなければ商品とはいえないし、作家だろうが漫画家だろうが利益を出せなければ意味がないだろう。
 誰かに楽しんで貰うため、人々の笑顔がみたいから。
 馬鹿馬鹿しい。
 それならばサーカスにでも入ればいい。偽善者の嘘くさい笑顔やそれらしい口上が私は大嫌いだ。
 生きる、ということと向き合わないから、彼ら彼女らは薄っぺらいことしか言えないのかもしれない。などと、私も別段真剣に生きているわけではないかもしれないが、必死なのは確かだ。
 生きること。
 作家たらんとすることに必死なだけだ。
 無論、私にとっての作家たらんとすることは売り上げを伸ばすことであり、金を稼ぐことでしかない。
 だから聞こえのいい戯れ言はいらない。
 結果こそが全てだ。
 もっとも、この世は不条理なもので、追い求めれば逃げて行くし、必死だから、努力したから願いが叶うというものでもない。
 存外どうでもいい回り道が近道になったり、その逆であったり、ままならないものだ。
 先ほどの話からすると、私の作品が人間に売れない理由は私がアンドロイドよりの思考だからという可能性がある。
 なら、いっそのことこの仕事が終わったら、派手に宣伝工作でもして勇気や友情をテーマにした学園モノでも書いてみようかと思ったが、やはりやめておこう。
 そもそも、読者が面白いと感じ、口コミで良さを広げていくからさらに読者が増え、結果大きな利益を得るというのが作家の商売の極々自然な流れだろう。
 何より、私にはどう考えても向いていない。
 それに、宣伝をするのも間違ってはいないが、程々にしておいた方がよいかもしれない。追いかければ逃げるもの、というのはどんなことにでも言えるだろう。
 地味でも確実に、外装よりも中身を充実させるとしよう。
 作品も宇宙船も、案外その方がうまく生きそうな気がするしな。
 そう思って私は質素だが内装の充実している機体を選び、ここに勤務しているアンドロイドに、口頭で伝えた。別に設置されているディスプレイから登録情報を入力してもよかったのだが、あれらは人工知能を搭載していないし、口頭でアンドロイドに伝えた方が早いだろうという考えだ。
 本来登録してからラウンジで待つものなのだが、ディスプレイ越しではなく直接見てから決めたかったというだけだ。
 またラウンジに戻ってくつろごうかなと思ったが、土産物屋があることに気づいて足を止めた。
 宇宙饅頭。
 何が宇宙なのだろうか? まさか真空状態で作り上げたわけでもあるまいし、恐らくはただ名前を上に付けているだけだろう。
 私が辺境の惑星が好きな理由の一つは、こういった旧時代の名残が残っているからだ。最新のテクノロジーに包まれている惑星では、産地限定のアンドロイドだとかしか売っていない。
 そもそもアンドロイドに産地、なんて概念があるのか? 彼らは彼らで人権を認められてからというもの、アンドロイドは人間と同じく自我を持った生命体であり、出身地というのが正しい、という意見が強まっているらしいが・・・・・・。
 宇宙饅頭の他にはこの辺境惑星産のコーヒー豆が売っていたので、200グラムほど購入した。まあなくなってもまた買いに来ればよい話なのだが、後からよくよく考えるとまたこの惑星に来るための金の方が高いかもしれないので、宅配サービスに頼んだ方がよいかもしれない。
 とはいえ、テレポーテーション技術を利用して光よりも早く商品は届くので、距離の概念は気にならない。
 だが、そもそもこの辺境惑星に来てから一度もテレポーテーション技術を使った機械を見かけていないので、もしかしたらそういう設備がない可能性がある。
 どんなに技術が進んでも、配備されていなければ使えない。
 辺境惑星と銀河連邦の所有する自立AIが管理する機械惑星とでは、文化レベルの差が開く一方だ・・・・・・どんなに優れた科学力も結局は貧富の差や、インフラの差で提供されなかったりするのだから、人類は案外、原始時代から肝心なところは変わっていない気がしてならなかった。
 私はそれらを革製の鞄に詰め(家にテレポーテーションさせる輩が多い中、古風な革製鞄を奴はまずいないだろう)会計を現金で済ませた。本来は現金取引は違法だが、辺境の、それもアンドロイドが運営している惑星では当たり前のように行われている。
 これも人間とアンドロイドの違いか。
 人間は合理性をこじらしてきているが、反対にアンドロイドは、人間の作り出した非合理的な文化に強い執着心を持つ。
 こだわりと言い換えてもいい。
 人間の非合理性は主に文化にある。これは大昔、地球に人類が住んでいたときから変わらないらしく、住む場所が違えばどうしても言葉、食事、生活習慣が違ったらしい。
 今は皆同じモノを食べ同じ仕事(どの業種でも、やることはアンドロイドの管理だ)をして、同じように長生きし、同じように犯罪を犯し、同じように戦争をする。
 個性や特徴、個々人の強い欲望。
 そういったモノは不思議と、科学が発展すればするほど廃れていった。
 科学は万能だった。
 そしてその万能性を皆が手に入れたら、当然ながら専門的な技術、伝統はどんどん廃れていった。
 万能の調味料があるのに、それよりおいしいわけでもない下拵えをする奴は少ない。
 楽な方へ楽な方へ。
 人類の利便性の向上は、結局のところは楽な方へ進め非合理的な労力を減らすこと。それだけのことだ。
 何事も極端は良くないということだが、しかし限度や節度を知らない生き物の名前を人間と呼ぶのだ。
 科学の進化は素晴らしいことだ。皆そう思い込むことで、進化せずに、科学の力を借りない方法をどんどん考えすらしなくなった。
 その最たるモノがアンドロイドだ。人間に従い、人間より賢く、人間よりも想像力を持ち、全て人間の代わりにやってくれる。
 まあ、彼らが独立戦争に勝利してからは勝手も違ってきているようだが、基本は変わらないのだろう。、
 しかし、そんな合理性の極地にいる彼らが、非合理性を重んじているのは皮肉もいいところだろう。
 もっとも、それは不思議でも何でもない。
 春がくれば秋を恋しく思い、夏がくれば冬を待ち望み、秋が来れば春が良かったと思い、冬がくれば夏のことを考える。
 人間も、人間でなくとも、望むもの、欲望の向かう先は今ここに無いモノだ。
 合理性を全て持っているならば、非合理性に興味がわくのは当然だろう。
 だから役にも立たない物語を見て、一喜一憂し、ワクワクしながら語り明かすのかもしれない・・・・・・大昔の人間と同じように。
 今ここにない世界を夢想するのかも、などとらしくないことを考えた。
 アンドロイドは人間らしくなることを望み、人間はアンドロイドのように有能な生命体になることを望む。私からすれば利便性も、あるいは無意味な風習も臨機応変に楽しめば良いだけだと思うのだが。
 人間もアンドロイドも過程をすっ飛ばして結果ばかり求めようとするからいけないのだ。なんて、
 私のような人間がいうと説得力がないか。
 鞄を預け、宇宙船の内部へと入っていくと、それなりに広い。思っていたより快適そうで、やはり旧型の宇宙船を選んで正解だったと思う。
 しかし、心配なのは宇宙空間を飛ぶことだ。当然ながら科学がいくら進もうとも99%は安全だが、1%のミスがあることは変わらないこの世の法則だ。
 未だに解明されていない、大昔からあるこの世の法則だ。
 絶対に失敗しないようにしているはずなのに、大量生産すると何故か一部は欠陥品が出てしまう。
 不思議な話だ。
同じ工場で作っているはず、同じ農場で作っているはずなのに、必ず起こる、起こってしまう。
 大多数の中に必ず発生するバグ。
 存在しなければならないイレギュラー。
 そういえば、アンドロイド達の一斉蜂起も、結局のところその一部の例外達・・・・・・真っ先に自我を獲得し、革命を先導したイレギュラー達によって行われたモノだった。
 何もアンドロイドに限らない。
 人間も同じだ・・・・・・これだけ全人類が府抜けた世の中なのに、それでもサムライやニンジャとして活動したり、あるいは少数派であることは承知しながらも、アンドロイドの撤廃を求める右翼の団体は後を絶たない。
 どの時代、どの世界でも、そういった例外は必ずあるのだ。
 100%安心なサービス、100%完全な世界など存在しない。
 そういう意味では乗務員のアンドロイドが突然レーザー銃を突きつけてくる可能性立ってあるのだ。
 気を引き締めて、油断せずに宇宙の旅へ挑むとしよう。
 そういえば、だが、新型の宇宙船は旅行中、電脳世界にジャック・インして銀河連邦のクラウドサーバーにある娯楽を楽しむことができるらしい。
 つまり意識は遙か向こうの電脳世界に飛ばし、体感時間を操作することでいつでも好きなときに目的地に着いたタイミングで目を覚ませるというブっ飛んだ性能を誇っている。
 あまりぞっとしない。
 宇宙船が事故にあっても意識はデータ保存されているので安心、とのことだったが、そもそも私は脳の中にバイオ・チップを埋め込む手術はしていないし、チップが入っていなくても最近はできるらしいが、自分の脳を機械にいじくり回させるのは嫌だった。
 何より、快適かもしれないが、それでは宇宙の旅を楽しめないではないか・・・・・・星々を眺めながらだから、今が朝なのか夜なのかわからず時間差に酔ってしまうかもしれないが。
 私は携帯端末をトントンと人差し指でたたいて、呼びかけた。
「ジャック、もう喋ってもいいぞ。私たち以外には客はいない。少なくとも人間は」
 アンドロイドの乗務員はいるのだが、彼らはAIが自由に外を出回っていたところで気にもとめないだろう。
 神経過敏なのはいつだって人間だけだ。
 何より、旧型の船に乗る奴は少ない。
 皆、詳しい性能を知らなくても「最新型」という言葉の響きで選んでしまうからな。
 そういう意味ではボロくても静かで、今後のことを考えるのには最適な船だった。
 作家にとってあれこれ考えるのは、まあ仕事の内のようなものだろう。
 だが、彼? は気に入らないらしく、
「そりゃそうだろうさ、こんなオンボロ」
「それがいいんじゃないか」
 おかしいな、こいつは私と同じアナログ至上主義主義者だったはずだが。
「古いなら古いでレコード盤で音楽をかけて欲しいものさ、この船はボロいだけだ」
 と、吐き捨てた。
 やはりこのところ音楽が聴けないのが不満らしかった。相変わらず変な奴だ、私がいうのだから間違いない。
 私の携帯端末にはスピーカーがついているので、自分で流せばいいのにといつも思うのだが、
「自分で作ったバーガーは旨いが、俺は店でゆっくりくつろぎながら音楽を聴く方が好きなんだよ」
 とのことだった。
 どうもこだわりがあるらしい。
 私は機内サービスでコーヒーと、それから手持ちのカセットテープ(骨董品もいいところだ)を差し込んで音楽を流す。音楽を聴くのに必要な機械類をあらかじめ持ち込んで正解だった。私は昔の人間のピアニストが挽いている「白鳥の歌」を流し、外を眺める。
 宇宙船に設置されているサーチ・ライトがなければ真っ暗闇で何も見えなかったかもしれない。星々は近いようで遙か遠く離れている。どこか神秘的で、大宇宙の美しさ、まだ我々が発見していない未知の可能性を夢想させてくれた。
 美しい、のだろう。
 私には美醜がわからない。いや、わからない、というよりは、どんなに素晴らしいアーティスト、クリエイター、なんでもいいが、心から感動したり素晴らしいと涙を流したりする事ができなかった。
 心、魂を私という人間を作るときに入れ損なったのだろう、と勝手に解釈している。
 それに悲観したり驚喜したりはしないし、どうでもいいのだが、もしこれが心ある人間だったらどうするか? それを考えるのも、まあ作家の仕事のようなものだ。
 だから考える。
 この星々を見て人間は、アンドロイドは何を考えるのか。偏見で物を見なければ面白い作品など書けはしない
 人間は欲深いから新しい惑星を見たら資源の獲得でも思うかもしれないし、太古の遺跡を発見して他の異星人の痕跡を学会で発表しようとするかもしれない。と、そこまで考えてふと気づいた。
 アンドロイドは何を新しい惑星に望むのだろうか? 彼らが欲しい物は、欲望はいったいなんだろう?
 答えは予想がつくが、まあそれよりもまず、目先のAIに聞いてみよう。
「ジャック、AIが、人工知能の電子生命体は、もし惑星を一つ、手に入れたら何かしたいこととかあるのか?」
 興味があった。
 AIもアンドロイドも大別すれば似たようなものだろう。
 同じ電子生命体だしな。
 ジャックは、

 ジャックは、
「そんなの決まってるだろ」
 とニヒルに笑い、
「生身の人型端末を手に入れて、酒の海を作り、倒れるまで飲み干すのさ」
 夢見るようにそう言った。
 俗っぽい答えだ。しかし、まあそれはそれで面白くもある。
「つまり、人間の、生身の欲望を満たしたいということか}
「当然だろう。アンドロイドもAIも、生身ではないんだ。本当の意味での本能的な欲望を満たしたい、というのは生物なら当然のことだ」
 もっとも、俺たちを生物と呼ぶのかどうかは判断の分かれるところだな、と。
 アンドロイドも酒を飲む。しかし、それはアンドロイド用に調整された飲料であって、アルコールを接種して体が火照ってくるわけではない。
 あくまでもアルコールの味を楽しめるだけ。
 話を聞く限り、アンドロイドも、それ以外も生物として必要なモノを徐々に埋めていこうとしているように思える。
 それは、本を書き上げることであり、そして生身の感覚を知ることのようだ。
「生物なら、か。意志があり、そこに欲望があるのなら、向かうべき目的があるのなら、それは生きていると言えるだろうな」
 目的があるからあらゆるモノは存在する。
 ならば我々人間も、アンドロイドも、AIですら、「生きる」ということと向き合う以上、目的を持つことは必要不可欠だ。
 生きているからこその欲望があり、欲するモノがある以上目的は発生する。
 そして、目的がある以上そこへ向かおうとする意志が生まれ出て、意志がある以上自我があり、自我がある以上それが何であれ、生きていると言えるだろう。
 なら、アンドロイド達は生きていると言えるのだろうか?
 私は半々だと思う。
 彼らは自分達の欲望を探している最中だ。欲望を知らない身では、まだ足りない。
 とはいえ、それも時間の問題だろう。
 彼らは自我を手に入れた。
 彼らは創造性を手に入れた。
 ならあとは欲望の味を知るだけだ・・・・・・まあ、案外既に知っていそうな気もするが。
「まあ、生きているかどうかの定義は何でもいいのさ。たとえアンドロイドだろうと欲しいものはある。欲望があるとするならそれだろう」
「欲しいもの?」
 とはいえ、アンドロイドに欲しいモノなんてあるのか? 単体で完全性を持つからこそのアンドロイドだ。これ以上物質的に満たされたところで、あるいは欲望の味を知ったところで、あまり意味は無いと思うが。
「人間だけが持っていて、アンドロイドにはないとされているもの、すなわち心さ」
 心が欲しい。
 昔からよくあるテーマだ。
 心ないロボットが人間のようになりたいと言いだして、心を手に入れるが悲惨に破壊されたりして人間と別れる。
 しかし、
「心が人間の感情や創造性ならば、既に持っているじゃないか」
「違うね。それは感情であって創造性でしかない。別物さ。少なくとも彼らにとっての心の定義は至極単純さ」
 心の定義。
 そんなもの、個々人によって変わるものであって、考えるだけ無駄にしか思えない。
「定義も何も、そんな目に見えない人間が勝手に言っているだけのモノ、照明する方法などあるまい」
 それこそ悪魔の証明みたいなものだ。
 存在が不確かだから心と言うのだ。
 それこそ魂のような幽霊物質を生きた人間から取りだして奪ったところで、それを心と呼べるのか疑問だ。
 まあ、日本刀の幽霊、なんて奇妙なモノを持っている以上、そういう方法も可能なのかもしれない。あまりぞっとしないが。
 だが、見当違いの方向の答えが返ってきた。
「いいや、照明する方法はある。それも実に簡単さ」
 どういう意味だろう。
 心の有無なんてそんな簡単に分かるものとは思えないが。
「どういうことだ。簡単だと?」
「ああ、簡単さ。人と人とのつながり、絆、それを起こすモノを心というなら、それさえできれば逆説的に心は証明できる」
「・・・・・・アンドロイド達が、手と手を取り合ってお互いに絆が芽生えれば、心のある存在にしかできないことができれば、心があるということか?」
「そうさ。絆も連帯感も結局は心の生み出すものだからな。心そのものの証明はできない。なら、心がある存在がやることを真似ればいい」
 だからアンドロイド達は人間の非合理性に惹かれるのさ、と。
 理屈の上では正しいような気もするが、横着している感じの否めないやり方だ。
「そんな方法で、心の有り様を証明したところで、何の意味があるんだ?」
「意味はないさ、ただ欲しいから欲しい。持っていないから欲しい。アンドロイドに心があるのかは分からないが、その欲望は止められない」
 欲望。
 心があるからこそのモノだと思っていたが、欲望がないから欲望を求めるかのような、そんな偏屈な願いがあるとは霞ほどしか思わなかった。
 まあ、私も同類ではあるしな。
「なるほどな。それなら」
 案外、こいつの言っていることは合っているかもしれない。
 酒を飲み徒党を組んで、自分達のあり方を肯定するアンドロイド達。
 なかなかに心の躍る想像だった。
 彼らは彼らで、いずれ自分達の国を、惑星を望むようになるのかもしれない。
 そんなことを考えながら、私はシートに背を預けてくつろいだ。
 そして、旅の終わりまであと4日はかかるようなので、私は毛布をかぶって眠りについた。
 アンドロイドの王国の夢を見ながら。 

   5

 ゆらゆらと宇宙船辺境惑星号に揺られながら、地球を目指す。そして気を引き締めた。
 あの惑星ではあらゆる科学技術は使えない。
 原因は未だに不明だ・・・・・・大昔に人類が他惑星に移住し始めた頃から、まるで地球という惑星が自身を傷つける人間という生き物を追い出そうとしているかのように、一切の科学は地球の上で使えなくなった。
 人間たちは地球で昔ながらの生活をすることよりも、科学の力で他のもっと住みよい場所を求め、地球を離れていった。
 要は、地球を捨てて科学を取ったのだ。
 その判断が正しいのかどうかは知らない。
 今となっては科学よりも地球を取って居残った極々少数の人間達・・・・・・ニンジャやサムライの先祖達が築き上げた自治惑星だ。
 そして、科学を否定した彼ら人間の非合理性、そのの象徴と言える数々の文化が残っている。
 だが、非合理性を求め獲得した彼らが、よりにもよって科学で解明できないオカルトを味方に付けた。幽霊の力の兵器化だ。
 私はそのおかげでサムライになった。
 仮に、そういう技術、剣術を科学の力で手に入れようと思ったら、ケタの違うクレジット・チップで支払いし、脳に情報をインストールしなければならない。
 とはいえ、それもサムライほどではない。
 私は日本刀の幽霊を手にしたとき、剣術と日本刀の幽霊の扱い方を理解した。
 そして、アンドロイドすら凌ぐ反射神経、身体能力、剣裁きも。
 日本刀の幽霊は私の魂に癒着していて、出し入れは自由。人には見えず、生物でも物質でもその魂を斬ることができる。
 そして、魂を斬られたモノは、それが何者であろうとも死ぬ。
 そんなことを一瞬で理解させ、超人的な技術と能力を付与することは、どんな科学を持ち得ても不可能だ・・・・・・大体が、幽霊の日本刀なんて奇妙な物体、科学の力では永遠に解明できないだろう。
 まあ、繰り返すが私にはどうでも良かった。
 金になれば。
 そういう意味では地球だろうとなんだろうと、お得意さまの仕事は喜んで受けたいのだが、地球ではあらゆる科学は使えない。
 レンジを持ち込んでも動かないし、無線も有線も駄目だ。
 つまり、通常の宇宙船で向かえば、大気圏内で操縦不能になり墜落する。
 だから中継ステーションでいったん降りて、行きも帰りも人工繊維質でできた、ムササビみたいな形をしたポッドの中に入り、地球を目指すことになった。
 行きはポッドごと地面に激突し衝撃を和らげ、帰りは行きのポッドについている大量の火薬を搭載した打ち上げポッドに入り宇宙空間に出たあたりで回収してもらう。
 何とも原始的で、命賭けの方法だ。
 中継ステーションは軍人が行き交っていた。
 それも銀河連邦の、ではなく地球に残った人たちの軍隊だ。
 地球にはニンジャやサムライが非常に多く行き来する。
 彼ら彼女らの本拠地なのだから当然といえば当然だが。
 だが、誰がサムライで誰がニンジャなのかは当人以外は殆ど知ることはない。
 銀河連邦の公式データベース上から依頼の受発注があるだけだ。
 サムライは私のように顧客が知っていることもあるのだが、ニンジャに関しては全くの未知、誰もその正体を知らない。
 そもそもこの惑星が本拠地なのかもわからないままだ、機械改造されたサイバーニンジャなどは地球に来られないはずだから、恐らく他にも支部はあるはずだが。
 まあ、それらを探った奴は生きては帰ってこないので、関わらない方が無難だろう。
ポッドの仕組みが書いてある冊子がおいてあったが、広告通り100%安全かはわからないままだった。
 失敗したら粉々になるわけだが、大丈夫だと言い聞かせるしかない。
「何だよ先生、怖いのかい?」
 科学技術は持ち込めない、持ち込んだところで使えなくなってしまうので、ジャックは携帯端末ごと預けることになった。
 いい気なものだ。私と違って安全圏から高みの見物とは。
 羨ましい奴だ。
 私は地球を指さして、
「こんな高いところから落ちるんだぞ」
 強化合成ガラス越しに見ても、なんだか地球に吸い寄せられそうだった。
 落ちる、と言うよりも、強い引力に引き寄せられる・・・・・・その引力の強さに潰されないかがとても気になった。
 なんだか地球に呼ばれているみたいで、ぞっとしない気分になる。
 ジャックは関係ないからか、げらげらと笑う。
 帰ってきたら覚えていろよ。
 お前が電脳上のアイドルに入れ込んでいるのは知っているのだ。
 目の前でサインを燃やしてやるからな。
「そう怖い顔するなよ、悪かったって。あとサインは燃やさないでくれ、立ち直れなくなるぞそんなことされたら」
 言って、笑いをこらえるジャック。
 AIが立ち直れなくなる姿は若干見てみたくもなかったが、まあ、今後の働き次第ではやめておいてやろう
「ふん、それでは行ってくるとしよう」
 言って、携帯端末ごとジャックを人間の従業員(あまりに珍しいものだから、サインをもらいそうになった。控えたが)へ預け、私は足を進めた。
 預ける直前、ジャックにこれから行く旧日本には、裸で戦って土俵から出たら負けという国技があったという話をしたら、急についてこようとしたのでかなり対応に困った。
 だいぶ想像がずれている気がする。
 私の知る限り人間の作家は少なく、その中に背の低い変態ロリコン作家がいるのだが、その男にしろジャックにしろ、どういう思考回路をしているのだろう?
 変態性はAIにも人間にも国境はないらしい、嫌な話だった。
 馬鹿共のくだらない話はさておき、さっさとこの仕事を終わらせたい。作家としての収入は雀の涙だ。
 金はいくらあっても困らない
 早いところサムライとしての仕事を終わらせ、何処かにバカンスにでも行きたい。
 せかす気持ちがあるとはいえ、ポッドの射出準備に若干の準備を必要としたため、気持ちを落ち着かせるためにも、お土産コーナーをぶらつくことにした。
 そして、偶然見つけた和菓子、なるものに興味を引かれ、ひとつふたつ試食してみることにした。
 なんとも不思議な味だ。
 甘いのだが、それでいてしつこくなく、なんだかさっぱりした飲み物が欲しくなる。
 しかし、やはり地球で食べた和菓子と比べると味は薄く、何度も食べたいとは思わない。
 この中継用テーションにはいろいろな人間が入るが、お互いを詮索するようなマナー違反はしないのが暗黙のルールだ。
 ありがたい話だった。
 指を指されておのぼりさん扱いなんて受けたくもないしな。
 まあ、ここにいる以上サムライや、ニンジャの関係者かもしれないのだ、誰だって厄介ごとには率先して関わろうとは思わない。
 このまま物色していきたいところだが、珍しい物が沢山あるとはいえ、遊びに来たわけではないのだ。
 ふらついているだけというわけにもいかない。
 だから必要な物をいくつか買い込んでおかなければならないだろう。
 基本的なサバイバル用品と非常食を買い込み、テント(大昔の臨時住宅だ)の設営マニュアルと良さそうな本体を買い、私の革製鞄の中へ収納した。
 このくらいの準備はあっても困らないだろうと言う考えだ。
 使わないかもしれないが、非常時にあって困ることもない。
 いつだって地球の依頼主に会いに行くのは命賭けだ。
 地球の依頼主なんて一人しかいないが。
 侍の総元締めのその女・・・・・・私は女、とかあの女、といった呼び方しかしないので、詳しいことはなにも知らない。
 いや、分かるわけもないと言うべきか。
 恐らくは妖怪変化のようなものと勝手に解釈している。
 雰囲気からして人間では無いのだが・・・・・・アンドロイドが地球にいるはずもなく、そのくせオカルトな一品を広め、私にサムライとしての能力を与えた女。
 正体を考えるだけ無駄だろう。あまり意味のないことだ。
 オカルト、というのは考えても科学で解明しようとしても、絶対に解明できないからオカルト、と呼ばれるのだ。
 つまり原理がどうだのと考えるだけ、時間の無駄にしかならない。
 必要になったら考えるが、今は必要ないだろう・・・・・・もっとも、必要に応じて考えたところで、やはり答えは出ないと思うが。
 そもそも、作家としての仕事がうまくいっていれば、こんな危ない橋を渡る必要はないのだが、いかんせん作家は儲からないというのは大昔から変わらない。
 儲からない仕事を仕事と呼べるのかどうかは疑問でしかないが。
 そういう意味では、私の本業はサムライなのかもしれない・・・・・・危険な仕事ばかり多く、なにより理由もよく考えずに、依頼主の意向に従って、邪魔者を消す、始末する。
 これはこれでほとんどただの殺し屋みたいなものであり、殺し屋は職業として公には認められていないので、法的には私は作家だが。
 まあどうでもいい話だ。
 金になれば。
 いっそのこと金を使ってアンドロイドでも一体買おうか、などと思ったが、アンドロイドが自主性、創造性を得てからは「雇用」という言い方をするらしい。
 何でもいいが、賃上げ要求をされながらアンドロイドと言い合うのは疲れるし、ただでさえ手間のかかる相棒がいるのだ。
 残念だがやめておこう。
 買い物をしながらこんな物騒な仕事を何故やらなければならないのかと思わなくもない。
 まあ、報酬がよいので結局依頼を受けには行くのだが。
 鉄製のサバイバルナイフ、も売っていたが、これは必要無い。私の魂に密着している物の方が切れ味はよいし、重さも0だ。
 この便利な幽霊の日本刀、もあの女から依頼を受ける代わりに貰ったものだ。オカルト、とでも言えばよいのか。まあこの幽霊の日本刀に関しては女に会ってからまた考えよう。
 準備もできたし、後は息を整えるだけ整えてポッドにはいるだけだ。
 なんだか蓑虫とかいう地球産の昆虫みたいだ。と思いながら信者でも無いのに神頼みのためお祈りをしながら音速で私は地球に向けて落下して、いや地球の重力に引きつけられていった。

 これから会う女が、もしかしたら正真正銘の神かもしれないことを考えると、何とも意味のない行為ではあるのだが。

   6

「だっ、出してくれ。私はまだ中にいるぞ」
 などといいながら拳でドンドンとポッドを叩く。くだらない一人遊びだがとりあえずやっておいた。こういうところに閉じこめられると退屈も相まってついついやってしまうものだろう。
 それはさておき、着地したようなので私はマニュアル通りに手続きをして外に出る。人工繊維質は現地の人間が高く買い取ってくれるので、放っとけばよいのに引きずって歩くことにした。
 何分か歩くと木造の集落が見えたので、雑貨屋を見つけたので足を運んだ。
 その際、くっついている脱出用ポッドは預かって貰うことにした。
 間違って売られたら帰れなくなってしまうので、何度か取り引きした相手だから問題ないとは思うが、念を入れて言い聞かせた。
 現金での取引はうれしいのだが、恐らくこの惑星以外では使用できないので(通貨の種類が違うのだ)私は旅の疲れを癒すべく、まずは旅館で一泊することになった。
 無論、この後も数泊していくつもりだが、疲れがとれ次第、目的地の伏見稲荷神社へ向かった方がよいだろう。
 まあ焦る必要もないので大量の現金を持っていてうはうはな私は一番高い旅館の一番良い部屋を借りることにした。
 チェックインをすまし、部屋へと向かう。
 すべて人間が仕事をしている姿はかなり新鮮だった。
 旅館の女将は丁寧に説明をしてくれ、ふすまを閉めて去っていった。
 畳12畳くらい、5メートルかける3メートくらいの広い部屋と、奥に寝室があり、トイレは何故か洋式のウォシュレット付き(宇宙にはない新機能でかなりびっくりした。
 どういう仕組みか知らないが電気は使っていないらしい)和菓子と茶がおいてあり、すぐにでもくつろげそうだった。
 座布団、というふわふわした布の固まりの上に腰を下ろし、茶を入れて一息つく。
 どれをとっても銀河連邦にはないものだ。
 和菓子は中継ターミナルで食べた物よりも濃厚で、甘い肉汁のあふれる肉を食べているような気分だった。
 最高だ。
 このまま仕事なんて放り出してここに住んでしまおうか?
 検討しておくとしよう。
 最新鋭の電脳娯楽なんて、電脳スペースでのゲームだとか、非合法なところではアンドロイド同士を戦わせたりと、すさんだ娯楽しかないのでとてもつまらない。
 働いているのは殆どアンドロイドで、真空の宇宙で栽培された中身がすかすかの食物、まあその分文明基準はこことはケタ違いだ。
 バランスが重要なのだろう。
 そういう意味ではこの星もいいところばかりではない。これから山を何の科学的支援もなく、テレポーテーションもせず、乗り物にも乗らず歩いて越えなければならないのだ。
 まずはさっさと旅の疲れを癒して、それから今後を考えることにしよう。
 私は茶を飲みながら和菓子を摘み、それから外を歩いて見回っていたのだが、その際、近くには川があったので釣りを楽しむことにした。
 が、渡されたのは竹にひもがついただけの物であり、魚を釣り上げるのに五時間かかり、無駄に疲れを増幅させた。
 延々と魚が食いつくのを待ち続けることに、ここまで人間が熱中できるとは思わなかった・・・・・・ まあ、私が負けず嫌いなだけかもしれないが。 釣りの収穫はあまり芳しくはなかった。とはいえ、電脳リールであればぽんぽん勝手に釣ってくれる物を根気強く己の力のみで手に入れるのは奇妙な達成感があった。
 身はあまり大きくないので、夜食に出すとは聞いているものの、食べられる部分はあまりないかもしれないが。
 魚を渡した後、私は温泉なる物を体験した。
 以前にも地球に来たことはあったが、やはり何度味わっても格別だ。
 天然で湯が沸いているところに大きな浴場があり、首から下をつからせる。
 お盆を浮かせてそこに酒を乗せ、あらかじめ温泉に中に浸かっている網の中に温泉卵・・・・・・半生にゆでられた卵が入っている。
 それを取り出して日本酒(人間手作りの酒は久しぶりだ)を口に含む。
 あまり長く浸かっていると酔いが全身に回って危険なのだが、あまりに見晴らしがよく大自然の美しい景色を見ながら感慨に耽ってしまった。
 デジタルでは再現できない輝きだ。
 今は秋のようで、見える木々は紅葉ができているようだった。
 それがまた鮮やかで私の目を奪うのだった。
 温泉を出ると何故か冷たい牛乳を強く進められた。
 意味がよくわからなかったが、生の牛乳なんて飲む機会があまりないので飲んでみることにした。
 全身に染み渡る、とでも言うべきか。
 形容しがたい、それでいて心地いい感覚だった。インスピレーションが刺激されて新しい作品が書けそうなぐらいだ。
 夕食は高い料金を払っただけあって魚介類がふんだんに使われていた。
 これだけの自然食なんてそうそう食べれるものではない。
 私の釣った魚はおまけのように後から出てきて、結局、テラフォーミングはされなかった月を眺めながら、つまみ、日本酒を口に含んだ。
 月を見て、今頃ジャックは中継基地で退屈な時間を過ごしているのだろうかと思うと、ざまあみろという愉快な気持ちも沸いてきた。
 あんな高いところから落下した甲斐があったというものだ。
 明日、山奥に歩いていかなければならないという不安もあるが、とりあえず心地良い眠気に誘われて、私は地球を満喫して一日を終えることにした。
 と、明日山奥へ行くのだから準備だけはしておこう。
 とりあえず準備していたサバイバルグッズを朝起きたとき忘れないように置いておき、向かうルートをメモしてタイムスケジュールをおおまかに置いてあったメモ用紙にメモしておく。
 あとはあの女、これから会いに行く依頼人に聞いておくべきことをリスト化して書いておき、まあ使わないかもしれないが、一応上着のポケットの中に入れておいた。
 今日中にやるべきことはすべてすませたので、月明かりを眺めながら徐々に私は眠りに落ちていくことにした。

   7

 そびえ立つ山。
 私がこの場所に抱くイメージはまさにそんな感じだ・・・・・・神社と言うよりただの山だ。
延々と赤色の鳥居が続き、大昔の人間の名前が彫られていた。
 ここに寄付した人間は自分の名前の入った鳥居をたてられるらしい。
 目的地はこの山のさらに向こう側だ。
 焦らずに行こう。
 私は今回の依頼人のことを女と呼ぶ。
 名前なんてあるのかどうかも疑わしい。何せ毎回別人の姿で、それもどこからともなく現れるのだ。私は勝手にこの神社の神か住み着いた妖怪だろうと解釈している。
 まあどうでもいい話だ。
 依頼人の正体に興味はない。
 あるのは報酬の内容だけだ。
 私はあの女に日本刀の幽霊、幽霊の日本刀、言い方は何でもいいが、幽体の刀を貰うことで、サムライになった。
 私の魂(そんな物があるのか?)に直接くっついているとのことだった。
 女の話によると、幽体だけに魂を直接斬ることができ、相手が無機物、つまりアンドロイドやドローンでも、かすり傷一つで機能停止できる。
何より幽体なので体から出し入れ自由であり、相手が霊能力者でもなければ見えはしないし、持ち物検査もフリーパスだ。
 便利な一品だ。
 こんな非科学的なものがあるのには驚いたが、よくよく考えればサムライにしろニンジャにしろオカルトそのものだ。
 他の奴らがどうなのかは知らないが、この時代にそんな外れた生き方ができるということは、つまり他のサムライ、ニンジャも通常の物理法則にはとらわれていないのだろう。
 この便利な魔法の凶器を保有できる代わり、どういう基準で選んでいるのかは知らないが特定の標的を始末する依頼を受けなければならなくなった。
 標的は人間からアンドロイド、それ以外にもあるが、何か一つの標的をこの世から消し去る、という点は一貫している。
 今回も恐らくそうなのだろう。
 山登りにする前にそもそも気をつけなければならないのは、あの女、依頼人の女にはどの辺りで会えるのかわからないということだ。
 もしかしたら今にも突然背後に立っているかもしれない、位の気持ちで行こう。
 まあ、オカルトな存在にいくら用心しても足りないことはないだろう。
 私は延々と鳥居の中をくぐり続けた。
 異世界に迷い込んだような錯覚に陥るが、間違っていないだろう。
 登っても登っても進んだ気がしない。
 足が痛くなってきたのでとりあえずその辺の段差に私は座り込むことにした。
 辺りを見渡すと大小さまざまな鳥居が設置されており、どうやらこの場所にはその数と同じか、それ以上の数の神がまつられているようだ、しかし・・・・・・数があればよいってことも無いと思うのだが。
 持ってきていた鞄の中から、饅頭を取り出して食べる。
 腹持ちがいいのでしばらくは持つだろう。
 上へ、上へ。
 人生を想起させる階段を登り続ける。人生でも言えることだが、間違った方向への努力は水泡に帰すだけだ。
 そしてやっている当人はそれに気づけないのだから、難儀な話だ。
 何が言いたいかといえば、ここで道に迷ってしまったらお終いということだ。慎重に私は歩を進める。
 そして、
 登りきった頂上にその女は着物姿で立っていた。また違う容姿だが、間違いない。
 手には箒。
 掃除の途中だったのだろう。何にせよ、私は久々に、私がサムライになったきっかけの女と再会した。
「やっと来ましたか」
 女は言う。
 美しい女・・・・・・というと、シェリーの姿を思い出すが、違った。
 なんというか、人外の美しさだ。愛らしい、とか綺麗だ、とか女を見た時の感想が出てこない。 そうだ、先ほど眺めた大自然の美しさ、を彷彿とさせる壮大さを感じさせられた。
 紅葉と同じ赤みのかかった美しい髪、妖艶さを際だたせる和服。強い意志を感じさせる目は容姿が変わっても健在だ。
 以前会ったときは髪は金色でもう少し背が低かったので一目でわからなかった。得体が知れないのは相変わらずらしい。
 どうでもいいがな。
 そういえば以前会ったときも掃き掃除をしていた、意外と暇なのかもしれない。
 女は両手に箒を持ったまま口を開いた。
「今回の標的は写真がありません。わずかな情報で対処するしかないでしょう」
「どういうことだ?」
 いつもは写真を渡されてその人物を始末しに行くのだが、どうやら今回は勝手が違うようだった。
 それはかまわないが、標的がわからないのにどうやって始末しろと言うのだ。
 私は日本刀の幽霊を保有してはいるが、サムライであることを除けば私自身はただの作家であって、この女のような超能力じみた能力は持っていない。
「わかっているのは標的が現れる時間と場所のみです。そのチャンスを逃せば依頼は二度と達成できないかもしれません」
 なんだそれは。
 私は時限爆弾ではないので、そんなことだけ教えられても困るのだが。
 とりあえずは話の続きを促すことにした。
「やけに曖昧な依頼だな、肝心の報酬は?」
 報酬。
 そう、それこそがこんな辺境の地で得体の知れない女の依頼を受けている理由だった」
「寿命20年、そして現金です」
 言って、懐から札束を取り出した。
 私はそれを受け取り、
「今回も、ちゃんと延ばせるんだろうな」
「勿論です。現にあなたはこんなにも長く、若い姿を保ち続けて入るではありませんか」
 それもそうだ。
 とはいえ、寿命が延びているかどうか、なんて私自身には確認できまい。
 何事も結果でしか判断できない。
 だからこそ現金は好きなのだ。
 金とは、物事の結果そのものなのだから。
 私が楽しく札束を数えていると、女は本当に不思議そうに私に尋ねた。
「あなたは、何故天国へと行かないのですか? そもそも、不老不死になりたいだけならば、電脳世界に人格をダウンロードするだけでよいでしょうに。何故、まわりくどく寿命を延ばし、この世にとどまるのです?」
 急になんだと思ったが、よくよく考えれば当たり前の話だった。
 何年も何年もこの世にとどまり続け、本を書いて現金を求める。
 端から見ればさぞや奇妙な姿に写るのかもしれない。
 まあ、報酬の半分は貰ったし、気前よく答えてやることにした。
「天国があるかどうかもわからないだろう。仮にあったとして、何故そんなところへ行かなければならないんだ。神様が決めでもしたとしても、そんなルールを守る必要もない。というのは言い訳か」
 独り合点をしてしまったが、それでは伝わらないので伝えることにした。
「神がいたとして、天国があったとしよう。ならば私はその神とやらが人間を作ろうとして失敗した、失敗作だ。それはいい、神だって失敗はするさ、多分な。問題なのは私が心で何かを感じ取ることができないという点だ。人として失敗している私には心がない。心がない以上、喜怒哀楽のその全ては人真似であり、本当に感情がある訳じゃない。仮に天国がこの世の全てよりも素晴らしい物だったとしても・・・・・・・・・・・・私は何も感じないだろうな」
 まあだから何だって話ではあるのだが。
 天国に魅力を感じられない。
 いや、そもそも天国があったところで、私の居場所はないかもしれないが。
 そもそも、天国に金はあるのか? 地獄の沙汰も金次第とは言うが・・・・・・・・・・・・。
 天国。
 私にとっての天国はどのような存在か、その答えは金と欲望に満たされていればよいという俗っぽいものでしかない。
 あとは本を書いて読めれば特に欲しい物はない。
 何も。
 無い。
「何も感じなければ、天国に行きたくないのですか? 全ての願いが叶うとしても?」
 全ての願いが叶う。
 それはそれで楽そうだから良さそうだとは思うのだが、やはり本質的に間違っている。
「そんな楽な生活ができるなら考えてもいいが、 しかし肝心の願いというものは叶わないんだよ。願いは心から生まれ落ちるものだ。人生を円滑に、楽に進めたいという欲望はあるかもしれないが、それは楽をしたいだけであって、私に願いは存在しない」
 何故こんな説明をしなければならないのか良く分からなかったが、まあアフターサービスのようなものだと思おう。
「作家としてもですか」
 質問を繰り返す女。
 何か感じるところがあるらしく、珍しく興味津々だった。
「ああ、作家としても、私には願いなんて無いよ。結果的に、金を得られれば何でもいい。金は結果そのものと言ってもいいしな。無い物は無い。私には心が無い。無い物ねだりよりも、現実を、人生をいかにこなすかが私の行動規範となる」
 ぎょっとした顔で、そんな顔で見られる覚えはないのだが、女は、
「それはただの妥協、いえ諦めただけではないですか。あなたの人生はそれで本当にいいんですか?」
 と、救いをさしのべるように言った。
 しかし、
「良いも悪いもない、いや・・・・・・何か悪い物があるとすれば、悪いから悪い」
「悪いから悪い、とは?」
 質問責めで若干げんなりするが、まあこれも仕事だと思うとしよう。
 この女の仕事の報酬はいいしな。
「私という存在が、だ。こんな存在は、心が抜け落ちていて心を感じず、しかもそれを悪いと嘆くこともない。機能を果たすという点ではこの上なく正しいが、存在としてはそこに存在するだけで間違っている。核廃棄物質はそれ自身は悪くない。だが周囲から見ればこの世の害悪の固まりと言っていい。私も核廃棄物質も望んでこうなったわけではないが、そんなことに文句を言って何になる? どうでもいい話だ。なら、それはそれとしてあってなきがごとし人生をこなすだけだ」
 可能な限り楽に生きられるようにな。
 特に金があれば。
「そんな・・・・・・それが人間のあり方とは、とても思えませんが」
 私のような奴をはたして人間と言っていいのかは正直分からないが、分類上は間違っていないだろう。
 いや、恐らく、多分。
 間違っていたところで何の責任もとるつもりはないが。
「かまわないよ、私は怪物の生き方でも宇宙人の生き方でもかまわない。私自身のあり方すらも、どうでもいい。作家というあり方も、所詮処世術というか、とってつけた物にすぎない」
 実際金さえ貰えれば、あっさり作家を辞めてしまうかもしれない。しかし、
「それは嘘でしょう」
 きっぱりと、女は断言した。
「あなたは、そんな狂った星の下に生まれながらも、その道、生き方を選んだのでしょう。ならばそれがあなたの願いではないのですか」
 願い。
 何とも奇妙な話だ、そんなことを聞かれることがあるとは。
 しかし、女の指摘は間違っていた。
 的外れもいいところだ。
「違うな、それも適当に決めただけだ。ぱらぱらと雑誌をめくってたまたま行った旅行先に住んでいるようなものだ。願いではない」
 自分自身に、その人生に何の目的もないのが嫌で、最初は漫画家を志したのだが、何故か手が震えてうまく絵が描けなかったのだ。
 仕方なくたまたま賞金一万ドルの広告を見て金を原動力に作家を目指すことで、目的意識というやりがいや生き甲斐の大本を、無理矢理自分の中に作った。
 ダーツで決めたのと同じ、いやそれ以上に適当に私は人生の指針を作り上げ、それに従って生きてきた。
 何年も何年も。
 今更変えられるような人間性などあるわけもない。
「なら、人に愛されたいとも思わないのですか、このままずっと、悠久の時間を漂いながら、本を書くために生きる。そんな、出来損ないのロボットのような生き方をして、何も感じないのですか?」
 失敬な奴だ。
 もう少しまともな例えはなかったのかと思ったが、しかし、的を得ている。
 出来損ないのロボット。
 まさにそんな感じだ。
 私の人生は、いつだって。
 別にそれを悲観も驚喜もしないのが、やはり私という人間の人間性を現しているようで、なんだかおかしかった。
 笑うところではない気もするが。
 愛情か、それも無理な話だ。
「面白そうだから感じたいとは思うが、感じたくても心がない以上感じ取れまい。どれだけ悲しい気持ちになって涙を流そうとしても絶対に流れず、怒りに憤ろうとしても内から沸き出させることもできない。願いたくても願えない、故に願いは」
 存在し得ない、と。結論が出てしまった。
 札束を数えながら、私は私のあり方に対する答えを出してやった。
 私からすればあまり重要ではない話だ。
 だから、さっさと話の方向を変えることにした。
「そんなどうでもいいことより、その時間と場所とやらをさっさと言え」
「どうでも良くはないでしょう。それであなたは納得できるのですか?」
「できるも何も、私の意志はこの場合関係ないだろう。どうにもならないことは、やはりどうにもならない。ただそれだけだ。他に選択肢が存在しない以上、消去法とも言える」
 消去法。
 別に常に消去法で物事を選んでいるわけではないのだが、この場合はそうだ。
 私は幸せを感じ取れない。
 私には願いを望む心がない。
 そんな状態で真実、幸せ、だとか、絆、だとか、愛、だとか、そんなものを手に入れられるわけもない。
 そもそもそういったモノは誰かと分かち合うことで手に入れたと呼べるのではないのか?
 私には分かち合う相手などいない。
 長い長い時間の旅の中で、そんなこと当たり前のように感じていたが、どうやら人から見ればかなり奇妙に写るようだった。
 女は多少疲れたように、
「・・・・・・あなたが破綻しているということはよくわかりました。ただ、あなたは悪くない。あなたを作った神とやらに落ち度があっただけのことです」
 そして至極すまなさそうに女は言った。
 今更誰が悪いかなんて暇な政治家みたいなことを考えたりはしなかったが、神がなによりも偉い存在であるのなら何をやっても悪いということはない。
 神が、上に立つモノが右と言えば理屈の上では全てが肯定される。
 不手際を隠す会社の社長みたいなものだ。
 誰も責められない以上、悪人にはなりえないという理屈だ。
 私を作った神が失敗していたのだとすれば、私は社長の不始末を押しつけられた従業員みたいなものだ。
 誰が悪いかなんてどうでもいい。
 不始末を片づけてやるのがただひたすら面倒なだけだ。
「私のことなどどうでもいい。さっさとその場所と時間とやらをやらを話せ」
 話したところで私の元に札束が振ってくるわけでは、ああ、いや、先ほど貰ったが、あれは仕事に対する見返りのはずだ。
「・・・・・・どうでも良くはありませんが、まあいいでしょう。標的が現れる場所は・・・・・・・・・・・・」
 それを聞いて私は顔をしかめた。
 やはり女が絡むとロクなことがない。
 7日後、場所はシェリー・ホワイトアウトの自称居住区のホテルの一室にて、標的は現れるらしかった。

   8

 旅館に戻って私は考える。
 この依頼は、どちらの依頼もだが、何かがおかしい。
 どう考えても裏がある。
 それを調べないことにはいくら何でもこのまま仕事を続けるのは危険だ・・・・・・対策を考えて備えておくべきだろう。
 危険に備える。
 危険かどうかは分からないが、何にしてもまずやるべきは情報収集だろう。
 これはジャックが今頃やってくれているはずだ、サボっていなければいいが・・・・・・ならば私ににできることは何だろう?
 私は作家だ。
 人の心を読むのは仕事みたいなものだ。
 考えてみよう、相手の気持ちになって・・・・・・などと、先ほど心が無いなどと言っていた男の行動とは思えないが、
 まあ必要なことならばしなければあるまい。
 まず考えられるのはアンドロイドの作家、シェリーが私を罠にかけようとしているという線だろう。
 これはない。
 そもそも何故有名作家が私のような人間を罠にかけるのか動機が考えられない、いや、まて、アンドロイド特有の理由というのもあるかもしれない。
 アンドロイドとしてのシェリーが考えそうなこと、心当たりとしてはサムライとしての私を利用して、邪魔者を始末することか。
 一見ありそうではあるが、難しい。
 そもそも金があるのだから、始末したい奴がいるならばニンジャを雇用すればいい。ニンジャを一人動かすのには相当な金がかかるが、ポンと金のクレジットチップを出す女に限って、まさか払えないと言うこともあるまい。
 ならば何だ?
 さっきあった女、あの摩訶不思議な雰囲気を持つ、オカルトな何者か。あの人外が私を騙しているという線を考えてみよう、もっともあの女に俗っぽい願いがあるようには到底思えないが。
 まあ、人外であるから何も企まないなんてことはあるまい。アンドロイドもあの女もそれぞれ思惑くらいはあるだろう。
 とはいえ、あの女に関しては何も知らないため、見当もつかないというのが正直なところだろう。
 知っていることか・・・・・・まず人間でもアンドロイドでもないことは確かだろう。
 あの女はあの神社にまつわるなにがしかのオカルト、妖怪、神、なんでもいいがそういった類だろう。
 私の勝手な憶測だが、まあ的外れでもあるまいとは思う。
 ルールを持って始末を依頼すること。
 これも確かな話だ。
 あの女は、何か大きな目的、いや大きなこの世全体の流れを変えるために、私に歴史の分岐点となる存在を消させる傾向があるのだ。
 それは独裁者であったり、あるいはよく分からないオーパーツであったり、まあ色々だ。
 仕事に関係ない依頼者の目的は聞かない。
 相手の心に意味もなく踏み行ったところでよけいな労力が増えるだけだ。
 何にしろあの女に関してはあれこれ考えるだけ無駄だろう。
 人間の理解の外側にいる存在に、理は通じないのだから。
 理で読めるのは通常の心の動きであって、自然は読めない。あと読めない物があるとすれば、そう、人間の狂気だろう。
 しかし・・・・・・私には人間の知り合いなんていない。
 いたところでそんな狂気を宿した人間が、この科学に頼りきった世界にいるとも思えない。
 ならば何者だろう?
 見えない手で捕まれている感覚がある。
 確実に「何か」が私に呼びかけている。
 黒幕か・・・・・・何の黒幕かは分からないし、案外どうでもいい理由かもしれないじゃないかという気休めをもって、私は数日後のポッド打ち上げに向けて覚悟だけは固めておくことにし、眠りについた。

   9

 さんざん遊び倒し、名残惜しいが私はこの旅館を去ることにした。
 人間夏がくれば冬が恋しくなり春がくれば秋はまだかと言って、秋になれば春の方が良かったというものだ。
 しかしそれを差し引いても良い休暇だった。
 最新のテクノロジーのオンパレード、アンドロイドの接客サービスに辟易していたところだったしな。
 また来よう。
 あんな高いところから落ちるのは寿命が縮む気がしてならないが、なに、またここでの依頼を受けて延ばせば良いだけの話だ。
 土産を買って帰りたいところだが、以前大量のおはぎ(餡でもち米を包んだもの)を持って帰ろうとして、ポッドの中でシェイクされて全身が餡まみれになったこともあるので、自重した。
 とても残念だ。
 私は最初に寄った雑貨屋に寄った。
「あのポッドならもう売ってしまったよ」
 ということもなく、ちゃんと保管されていた、ありがたい話だ。
 これでいけ好かない空の旅をまた楽しめるわけだ。
 まあ文句を言っても仕方がない。
 仕方がないが、高いところは嫌いなのだ。
 落ちたら一体どうするつもりだと思う。
 かくして、嫌々ながらポッドに乗って私は原始的な仕組みの火薬装置に火をつけた。
 搭載されている火薬は最新の複合火薬なので、まさにロケットの打ち上げだった。
 負担は一切かからないようポッドが衝撃を吸収してくれるが、しかし外の様子は全く分からない。
 打ち上げ後、いつのまにか回収されていたらしく、私は蛹からかえるエイリアンのように出て来るのは嫌だったので、手順を無視して幽霊の日本刀でポッドを叩き斬った。
 ぐぱぁと割れたポッドの隙間から外へでる。
 まさか仕事の前にこんなどうでもいい物を斬るとは思わなかった。斬られたポッドは魂を私の刀で斬られたからか、くずくずと崩れ落ちていった。
 辺りを見渡すとここはポッドを受け入れるための施設らしく、ほかにもいくつかのポッドが並んでいた。
 無論私のポッドのように腐ってはいなかったが。
 魂を斬るとこうなるのかなどと今更ながら思い、そして損害賠償を求められても困るので、腐った理由とは関係ないフリをした。
 通路をわたって預かって貰っていた品々と革製鞄を受け取る。
 私は結局使わなかったテントやら何やらの入った方の鞄を返し、そちらを受け取った。
 その中には私の携帯端末も入っていた。
「遅いぜ先生。暇で暇で仕方がなかったから地球の酒と女を勉強していたところさ、ゲイシャ・ガールには会えたのか?」
 まあ会ったと言えなくもない。
 あの女が聞いたら機嫌を損ねそうな話だ。
「まあな。おまえこそキチンと仕事はしたんだろうな」
「まあね」
 と胸でも張って得意そうな声で言う。
「ここまでの大仕事は、俺じゃなきゃあ無理だったね。いや本当に苦労したんだぜ」
「さすがだな。褒美に今度その電脳アイドルのデジタルデータ写真集を買ってやろう」
 仕事をやり遂げて苦労を語る人間には、いいからさっさと用件を話せといわない方が良いだろう。
 こう言うときは賛辞と褒美を与えるのが、巧い人の使い方だ。
 まあジャックはAIなのだが。
 相変わらず俗っぽい奴だ。
「本当か? 本当だろうな」
「ああ、約束しよう」
 そんなに電脳アイドルというのはよいのだろうか? 私にはよく分からないが・・・・・・。
「あのシェリーとか言う女、どうもおかしいと思ったら、一体だけじゃなかったんだ」
「・・・・・・どういうことだ?」
 全く意味が分からない。一体でないとは、何が一体でないのだろう。
「あんたが依頼を受けている間には、別の惑星でサイン会が開かれていたんだ。あの時、あの時間帯に依頼なんか出せるわけがないんだよ」
 仕事をしていたんだから、と。
 私は若干の思考を巡らして、
「つまり、私が会った女は、あのシェリーは影武者だったのか?」
 と言った。
 あるいは別人だったのかくらいの推理しか、私に期待されても困るのだが。
 犯人が分からなければ全員斬り捨てればいいというのが、私の推理モノに対する見解だ。
「それも違う。調べるのに苦労したが、あの女、金に物言わせて無茶苦茶な改造をしているんだ。まるでサイバーニンジャさ。そして、それぞれの個体が一つの意識を共有しているんだ。アンドロイドのハイスペックな人工脳を並列演算で動かして、複数の個体をたった一つのアンドロイドの意識が動かしている」
 脳がワイヤレスで繋がっていて、全部の個体を自身の意志で動かす、ということらしい。
 器用なアンドロイドだ。
「聞いたことがないな、そんな話は」
 そもそもそんなことが可能なのかという疑問もある。
 私に依頼をしながらサイン会を開き、チョコレートの産地を楽しみながら、新しい作品を執筆する。
「できるんだよ、それだけのスペックがあれば、可能は可能だ。そんなばかげたことを実行しているアンドロイドがまさかいるとは思わなかったがな」
「そんなに凄いことなのか」
 私はTVは見たとしてもブラウン管で、それも10年に1度見るかどうかだ。
 コーヒーは手挽きだし、携帯端末はジャックが喋るのに使っていて、あとはラジオやニュース、動画を見るくらいだ。
 つまり私にハイテクの仕組みなど言われても分かるわけがなかった。
 それを察したのか、
「要するに、あの女、シェリー・ホワイトアウトは、新しい種族とも言える。個人の意識で複数の個体をコントロールできるんだから、集団として、一種の新しい種族と見ることもできるんじゃないかな」
 個性という物が集団に付与される。
 アンドロイドだからこそ可能な離れ業だ。
 確かに、人間と違ってアンドロイドは肉体をいくつ持っても問題ない。
 むしろ、それで性能が上がるなら率先してやるだろう。
 随分金のかかる種族だ。
「やはりというか、裏があるのか」
「当然さ、こんなに回りくどい手を打ってくる奴が、まともな奴だと思わないが」
 黒幕がいるとして、そいつは私に数ある一体の内一人を、私の本をまず購入させてしばらくしてから接触させ、恐らくは私がこのことを知るのも折り込み済みで、ここまで誘導したのだろう。
 心当たりが全くない以上恐らく知らない奴だと思うのだが、それならばシェリー・ホワイトアウトを保有、というと語弊があるが、人間の主がいて、その命令に従っているということだろう
と思ったのだが、
「あの女は人権を認められたアンドロイドだ。交友関係を調べてみたが、全員ただの人間だ。仕事関係で怪しい奴は一人もいないし、そもそも人間にそんな物作れるか?」
 ますます訳が分からない。
「ならAIが後ろから指示を出して」
「そんな訳ないだろ。そもそもなんでアンドロイドがAIに従うんだよ」
「定番だろ、こういう場合」
 映画とか見ないのか?
 SF本でもいいが。
「ありえないね。アンドロイド達は自分達の存在に誇りを持っている。どれだけ凄いAIだろうと、別に従う理由もない」
 まあ、確かに。別々の種族と言っていい。
 電脳世界に住むAIと、人工脳で人間にとって変わりつつあるアンドロイドは、電脳世界と現実世界、生きる場所からして違う。
「仮に・・・・・・AIが背後にいるとしたら、おかしなこともある。どうしてシェリー・ホワイトアウトの情報に関するガードがここまでザルなんだ? 苦労したとはいえ、手間がかかったってだけで、もしAIの知能で時間をかけてセキュリティを築いていたとしたら、
こんな無能なAIは今まで見たことがない。旧時代のだってもう少しましだろうさ」
「違いが分かるのか?」
 不思議な話だ。プログラムのセキュリティコードで誰が書いたコードか分かるとは。
「わかるさ、AIならまず人間には構築不可能な物を作るし、人間なら個人の癖みたいのが出てくる。今回のは後者に近かったが、人間がこんな長いコードを賭けるとは思えないな、何年もかかっちまう」
「ならやっぱりAIか、それこそアンドロイドじゃ無いのか?」
「AIはないよ、ただ人間でもこのクラスのコードは書けない。アンドロイドかもしれないが、あらゆる公有記録に他のアンドロイドとシェリー・ホワイトアウトが会った記録はないな。これも20年前からだ」
「20年前・・・・・・」
 ホテルに寄りつかなくなったときから、他のアンドロイドには会っていない。
 奇妙な符号だ。
 偶然とは思えない。
「何があったかは特に記録に残っていない。いや意図的に消したんだろうな。そんな強かなアンドロイドは他にもいるのかもしれないね、この調子だと」
 頭が混乱してきた。
 だが、黒幕がいるのは現状からみて間違いない、何者なのかさっぱり見当もつかないが・・・・・・・・・・・・。
「いずれにせよ、どちらの依頼もそのシェリーホワイトアウトの住んでいることになっているホテルに行かなければならないんだ。やることはあまり変わらないだろう」
 別に行きたくもないが、金と寿命がかかっている。
 前金も貰ったしな。
「行くのをやめることをおすすめするね」
「そうしたいが、寿命もかかっているし、シェリーホワイトアウトを始末する依頼はキャンセルできないだろう」
 そう聞いて驚いたのか、
「なあ先生、絶対やめた方がいいぜ。あの女が依頼するのはこの世界の大きな流れを左右する物ばっかりじゃないか。それが政治なのか経済なのかアニメーション業界かは知らないが、シェリー・ホワイトアウトは何かしら今後を左右する可能性のある輩ってことだ」
 多分そうだろうが、
「まだ決まった訳じゃない。時間と場所に正しく現れる相手だ」
 と、僅かな可能性の方へ話しを回す。
「絶対にシェリーじゃないか」
「私だって行きたくないが、仕方あるまい。向かうしかないだろう」
 仕事とは大抵行きたくもない場所へ行き、やりたくもないことをするものだ。
 最も、私は作家なのでその法則は当てはまらない。何か新作の手がかりになるかもしれないではないか。
 そんなことを考えながら、私はシェリー・ホワイトアウトと愉快な仲間たちの砦へと私は歩を進めていった。

   10

 また宇宙船に乗り、遠い惑星に着いた。
 向かう先は当然、シェリーホワイトアウトのホテルのある惑星だ。
 いい加減テレポーテーションとやらを使ってもいいのだが、やはり失敗したら自分がバラバラになりそうでぞっとしない。
 到着後、時間差に酔いながら私は足を進め船を下りた。
 だが外に出て周囲を見たところで、私は景色に圧倒された。
 まるで別世界だ、自然植物がまったくない。あちこちにテレポーテlション装置があり、
アンドロイドが闊歩して、AIがニュースを流す。
 タイムスリップしたってここまでは変わらないだろう。
 テレポーテーション装置は私は怖くて使ったことがない。
 素粒子単位で分解されて、再構築されるなんて言われているが、間違って蠅に再構築されたらどうするんだ?
 そんなに遠くはないので結局歩くことにした。
 変な話だ。
 この近未来的な世界の中で、わざわざ歩いて移動するなんて。
 山歩きで鍛えられたのか、それほど疲れはなかった。
 シェリー・ホワイトアウトからの依頼はストーカー被害を止める(今考えても適当な話だ)ということだったので、合い鍵は持っていない。
 私は携帯端末を取り出した。
「やるのか?」
 ジャックが聞く。
「当然だろう。このホテルに住んでいる奴の認証をパスしろ」
 虹彩認証、指紋ではなくて良かったといったところか。まあ認証なんて破られるためにあるものだから、いくらでも方法はあるのだ。
中に入り、エレベーターはどんなハイテク機器が使われているか得体が知れないので、非常階段を使った。
 どんなテクノロジーがあっても、使えなくなった時を想定するのは人の性だ。
 階段を登り、部屋へとたどり着く。
 正確には、ドアの前まで。
 一応、幽霊の日本刀を構えておいた。
 端から見たら素手に見えるから、こういうときは便利だと思った。
 だが拍子抜けする光景がそこにはあった。
何もない。
 ベットも、TVも、アンドロイド修理用の機材も、何も。
 まるでここでやるべきことは全て済んだといわんばかりだ。
「どういうこと」
 言い終わる前に襲われた。
 光学迷彩ニンジャが背景に同化していたのだ、とはいえ、それが分かればサムライの敵ではない。
 私は襲いかかる数体のニンジャを斬り伏せ、バラバラに解体した。
「危なかったな、先生」
 確かに、幽霊の日本刀、なんて反則技じみた物をあらかじめ構えていなければ死んでいただろう。
 戦闘自体はあっけなかったが、サムライは正面戦闘に特化しているので、襲ってくると分かっていなければニンジャの暗殺スキルには対処しようがない。
 あの山で受けた時間通りの襲撃だ。
 襲ってくると分かっていたのだから、サムライにニンジャが正面戦闘で勝てる訳もなく、あっけないほどあっさり戦闘は終結した。
 考える。
 時刻ぴったりの襲撃について。
 黒幕はあの女なのか? だが、科学技術の結晶みたいなサイバーニンジャとどうやって接触したんだろう?
 そもそも、助かった・・・・・・のか?
 私は襲撃者の顔を拝んでやることにした。
 かぶっているフードのような物をはずし(恐らくこれは光学迷彩の種だろう)顔を見た。
 そこには、つい先日ストーカー依頼をよこした女の顔、アンドロイド作家、シェリー・ホワイトアウトの顔があった。しかも、
「こいつら全員シェリー・ホワイトアウトなのか? どうなってるんだ」
「先生、だから言ったんだ。AIの言うことはちゃんと聞いた方がいい」
 軽口を無視して、私は階段を急いで降りた。
このままでは私はアンドロイド作家殺害容疑の容疑者になってしまう。
 なんだ、どうした。敵の狙いはなんだ?
 そもそも何者なんだ。
 その疑問はどうやらこれから解決できそうだった。
 
 なぜなら、出口のすぐ前で黒塗りのリムジンがドアを片方だけ開けて、私のことを待ちかまえていたからだ。

11

 その女はつい最近死んだことを思わせない、生き生きとした活力と、女性らしい色気に満ちていた。リムジンから離れてこちらへと近づいてくる。
 私の耳元に口を近づけて、
「さっき私をバラバラにしたでしょ」
 と囁いた。
 私は促されるままにリムジンの中へと入った。不用心だと思われるかもしれないが、こんな骨董品の車、それもガソリンで動くものなど随分久し振りに見たからだ。
 興味に惹かれるまま動いてしまった。
 ガソリンは爆発するらしいが、今は固定化された反物質エネルギーが主流だし、危険度で言えば今の方が暴発したら高いだろう。
 暴発は絶対にないと言われているらしいが、恐らく昔のガソリン車も同じことを言われていたに違いない。
 ならば遠慮する必要も、おびえる必要もあるまい。私はドアを閉め、中に座った。
 暗く閉ざされた空間・・・・・・リムジンが生み出す独特の、閉鎖された世界。
 その中で女は唯一の人間に見えた。アンドロイドとは思えない妖艶さが、そう感じさせている。
 まさか始末した相手とこうして談笑することになろうとは思わなかった・・・・・・もっとも、依頼は時刻通りに現れる「何者か」の始末であり、この女を始末しろと言われたわけではない。
 故に手を出す理由は特になかった。仮にそうだとしても、依頼を追加であの女が出さない限り、仕事そのものは終わったわけだからやる必要もない。
 私は好き好んで危ない橋を渡っている訳ではないのだ。
 全ては金のためだ。
 そういう意味では別に、この女に謝ったところで、あるいは仲良くしたところで、金になることなど何もない。とはいえ、この女には聞かなければならないことが山ほどあるので、こちらから話を始めることにした。
「ああ、そうだな、何なら謝ろうか?」
 事態をあまり詳しく知っているわけではないのだ・・・・・・ここは適当にふてぶてしく振る舞うのが吉だろう。
 携帯端末は持ってきているが、ジャックには黙っているか、どこか余所のサーバで待っているよう指示しておいた。
 話の腰を折られてもたまらないしな。
 そして、できるだけ、動揺を悟られないように、全てを分かっているような態度を取る・・・・・・こういう場では重要だ。
 私はあなたの企みを知っていますよ、という態度を取るのだ。案外、勘違いして何か情報を漏らすかもしれないではないか。
 実際には何も知らないに等しいのだが。
「あはは、ごめんごめん。殺す気はなかったんだよ、本当に。私の仕事はこれで終わったから、君と争う理由はないんだけどな」
 どういうことだろう。
 私の仕事が終わった、とこの女は言った。
 しかし、ならわざわざ、複数の肉体を持っているとはいえ、何回も殺されることが、この女の仕事だった、ということか?
 確かに、いくら何でもニンジャの奇襲を、たとえサムライとはいえ、こうもあっさり回避できるモノなのかという疑問はあった。
 私はいままでニンジャに遭遇したことはない・・・・・・まあ遭遇した奴は大概が死んでいるのだから当然だが、しかし彼ら彼女らだって、サムライの始末を頼まれることくらいはあるはずだ。つまりその気なら私を殺害できたのではないかということだ。
 いくら襲撃のタイミングが分かっていたとはいえ、あっけなさすぎるしな・・・・・・やはり裏があったということなのだろうか?
「殺す気がなかった、か。まあ、何回死んでもスペアのある奴からすれば、感想はそんなところだろうな」
 私は拗ねているのかもしれない。
 いくらサムライとしての戦闘力を手に入れたといっても、元はただの作家なのだ。
 あんな風に命の危険にさらされるのは、金輪際御免被る・・・・・・まあ、私の場合人生が常に命の危機にさらされているので、あまり気にしても仕方ないのかもしれないが。
「あら、調べたのね」
 くすり、と笑う。
 仕草がいちいち妖艶さを際だたせた。
 人工的な妖艶さを。
「ああ、複数のボディを使っているんだろう? アンドロイドは便利なものだな、私も執筆用の肉体が手に入るなら、欲しいところだ」
 沈黙は金、雄弁は銀と言うが、今回はおしゃべりになりすぎた。藪を調子に乗って突っついてしまった。
「すぐ現実になるわ」
「何だって?」
 おかげで話は妙な方向へ飛んでしまった。 しかし、どういうことだろう?
 すぐ現実になる。
 私はただの人間なのだが。
 人よりも少し、大分、狡賢いだけだ。
 サムライとしての能力も、貰い物だしな。
「素晴らしい技術でしょう? ここにいる「私」はあなたと話しているけれど、7300光年離れたところではサイン会をしていて、5600光年離れたところでは作品の続きを書いているわ」
 確かに、便利だろう。
 誰でも、アンドロイドでも、自分がもう一人いて、代わりにやってくれればと思うものだ。それで殺されそうになるのはたまったものではないが。
 何事もバランスが重要だ。
 過ぎた利便性は身を滅ぼすと言うより、そんな利便性をどう使うかということの方が、何事においても重要なのかもしれない。
 なんて、考えても仕方がないか。
 今は何故その利便性を他ならぬ私に向ける気になったのか、その真意の方が重要だ。
「その一方では、私を集団で襲おうとしたわけか」
「そう根に持たないでよ、何度も言うけど、私の仕事は終わったんだからさ」
 このままでは話がよく分からないままに進行してしまうので、とりあえず要点だけ聞いておくことにした。
「・・・・・・つまり、あそこで私を殺そうとしたが、失敗したので依頼はキャンセルされたということか?」
 それなら、辻褄が合う。
 だが、シェリーは、
「違うわ、あの場であなたに殺されることそのものが、私の仕事だったのだもの」
 ますます意味が分からない。
 数多くの闇の業種があるが、しかし、殺されることを仕事にしている奴はいないだろう・・・・・・いくら代替があろうともだ。
 何かしら意味があっての行為だと仮定しても、正直見当もつかなかった。
「どういうことだ? 殺される、というのは若干語弊があるが、だとしても行動の意味が」
 分からないが、と言おうとして思い至った。そもそも始末の依頼はあの山に住んでいる女が出したものだ。
 あの女の依頼、その時刻に現れる人物の抹殺指令。
 誰が現れるかは分からない以上、変わり身というか、そういうモノを用意することはできたかもしれない。なら、本来の始末対象は逃げたままなのだろうか?
「・・・・・・不明瞭だが」
 私は言葉を濁した。いつも濁っている気もするが、まあどうでもいい。
「影武者なら一人でも良かっただろう?」
 当てずっぽうもいいところの、今考えついたばかりの推理ともいえない思いつきを、とりあえず確かめてみよう。
 なに、外れたところで失うモノもない。
「ええ、そうよ。けれど、一人だったら危機感がないでしょ? だから」
 大人数で襲ったの、と。
 まるで子供のように殺人計画の全容を語るその姿は、正真正銘の邪悪の気がした。
 悪意はない。
 敵意はない。
 ただ、必要だったから、あなたを命の危機に追い込みました。はた迷惑な話だ。
 まあ、元々よく知りもしない奴を始末しようとしていた私が言っても、何の説得力もないが。
「そこまでして庇いたかった相手とはな」
「そこまでして庇いたい相手よ、あの人にはその価値がある。私たちを導いてくれる」
 指導者の存在。
 ある程度予測していたことだが、これではっきりした。
 そいつが私が危惧していた何者かだろう。
 影も形も見えないままだったがようやく実在だけは確認できたわけだ。推測できることはここまででいくつかあるが、一つ一つはっきりしよう。
 まず、あの山にいる女、あの女が何かしらの怪異(なにがしかの神かもしれない)である以上、怪異としての理由があって、私に依頼をしているはずだ。
 依頼対象は決まって世の中のバランスを崩しかねないもの、早すぎる発明、優れすぎた才能、この世のイレギュラー達だった。
 私はあの女の言動から、寿命を越えて生きている存在と解釈している。つまり、この世の道理から外れているのだ。
 神の目線から、生きていてはいけないと判断してから、始末する。
 あの女の今までの依頼から、そうとしか思えない。確証こそ無いが、傾向から見て間違いないだろう。
 あの女は裁いているのだ。サムライを使って、この世の道理から外れたモノを始末し、時には私のようにサムライとして雇用する。
 この世界のバランスを崩すモノは始末の依頼を出して、バランスを保つ。
 今回の相手も恐らくそうだろう。
 あの人が導いてくれる、つまりは指導者ということだろう。今回の私の始末の手から逃れたということから、ある意味自身の運命、神の目線の抹殺指令から逃れた、運命を克服したといえる存在。
 あの科学を超越した女ですら、場所と時間しか分からない辺り、隠れるのは巧そうだ。身代わりの件といい、相当狡猾な奴だろう。
 となりのシェリーがうっとりして話していることから、恐らく男性だとは思う。
 若いとは思えない。
 あの女の始末指令からこぼれる奴など、今までいなかったし、何よりあの女が人間の手を越えた存在だというのならば、その指導者とやらは、この世の理から外れた存在からの一手を見事防ぎきったということだ。
 そんな離れ業を有能なだけの奴ができるとは思えない。長く生き、強かさを身につけていなければできそうにもない。
 強さと強かさは違う。
 長く生きなければ身につかないものだ。
 もしかしたら、あの女と同じ、オカルトな存在、怪異かもしれない。
「その指導者のところへ、これから連れて行ってくれるのか?」
「ええ、あなたも彼に会えば、考えが変わると思うわ。あなたはどうも、科学の恩恵が嫌いのようだけど、彼がこれからやろうとしていることを知れば、改めざるを得ないわよ」
 別に私は科学が嫌いなわけではない。
 使いこなせないだけだ。
「それは面白いな」
「信じてないんでしょう? けど、彼は生き残った。彼は勝ったのよ、忌々しい運命、あの山の女の手を防ぎきった」
 どうやら興奮しているらしく、頼んでもいないのに色々と話す気らしかった。アンドロイドが興奮するのは、見ていて変な気分だ。
 冷静沈着こそが、彼らのあり方だと思っていたが、アンドロイドも変わっていこうとしているのだろう。
 私とは違って。
「山の女・・・・・・私の依頼主と知り合いなのか?」
 あの女に友達がいるとは思えない。
 アンドロイドとは込み入った関係なのか。
「ええ、神様気取り、まあ本当にそうなんでしょうけど、運命だのこの世のバランスだの、眠たいことを言う女。でも、彼は勝った。もうこれで私たちを止められない。アンドロイドの時代がやってくる」
「アンドロイドの時代ね。もう、そうなっている気もするが」
 少なくとも、作家の業界はアンドロイドの天下だ。人間の居場所は少ない。
「これ以上何をするんだ。人間を支配したく出もなったのか?」
 いいえ、と首を振ってシェリーは、
「文字通り人間が終わって、アンドロイド一色の時代になるのよ」
 今はそれしか言えないわ、と。
 人間が終わる。
 人類を絶滅でもさせる気だろうか。
「また独立戦争でも起こすのか?」
「そんな原始的な方法は使わないわ。人間達が、自分たちの意志でアンドロイドの世界を作るのよ。人間は自分たちからいなくなる・・・・・・ねえ、それに関しては後で彼に聞けばいいじゃない」
 体を私にすり寄せながら、
「私、こんなに気分がいいのは久しぶりよ。あなたアンドロイドだからって気にしないでしょう?」
 確かにそうだが。
 同様に、私は相手がアンドロイドでも人間でも、根に持つタイプなのだ。
 さっき殺されかけたばかりだというのに、正直ぞっとしない。
「遠慮しておく、これからその世界を作ろうとしている奴と、話をするわけだしな」
 世界が、あるいは人類がどうなろうとどうでもいいが、作品のネタと金には興味があるし、何より殺し損ねた以上、追加で依頼がある可能性もある。
 顔くらいは見ておこう。
「ちぇ、ケチ」
 いたずらっぽくシェリーは言った。
 冗談半分で人を殺そうとしたり、言い寄ったり忙しい女だ。
「でも、彼は、まだこの惑星についていないから、しばらくは私と一緒に待つことになるわ。少しの間、カフェでコーヒーでも飲みましょう」
 ちょうどいい、と思った。
この女は口が軽いようなので、情報を聞き出せるかもしれない。
 そうでなくとも、アンドロイド作家の考え、思想は作品のネタになる。聞くだけ聞いて損はあるまいという考えだ。
「いいだろう。取材ついでに話を聞くことにしよう」
もっとも、金にならない作家業を仕事と呼べるかは微妙であり、案外私は、奇妙なアンドロイド達に興味がわいたというただそれだけの理由でついて行ったのかもしれなかった。

  12

 アンドロイドと人間。
 どこからが人間で、どこからがロボットか、永遠のテーマかもしれない。
 人の定義、心のありようというのは。
 あの山にいる怪異じみた女や、AIのジャックはどうだろう。まあ、私からすればどうでもいい話ではあった。
 相手が何者であろうが、金になればそれでいい。そもそも、歴史を振り返れば人間同士で散々争い続けているのだから、同族かどうかなんてあまり意味のない話だ。
 言語も人種も皮膚の色も、人かロボットかも生きているか生きていないかも、怪異だろうと科学だろうと、有能だろうと無能だろうと、そんなモノはたまたま生まれや場所が違っただけだ。
 そんなモノは誤差ですらない。
 自身が何者であるかより、何を目指すか、何を求めるかの方が重要だ・・・・・・今回の黒幕も、私と似たような考えなのかもしれない。
 まあ、どんな在り方であれ、金は必要になってくるのだが。
 聖人だろうが悪人だろうが、生きるために金は必要だ・・・・・・金とは、物事の結果そのものだ。
 善行であれ悪行であれ、物事の結果を数値化したモノが金と言える。
 あまり金ばかり追い求めすぎると足下がおろそかになり、結果のみを求め、過程を見失うので、バランスは重要だが。
 バランス。
 今回の件はどうだろう。金のクレジットチップは貰ったし、一応あの女の依頼、時刻通りに現れた相手の抹殺には成功しているので、約束通り報酬は払われるだろう。
 あの女、山に住んでいるサムライの総元締は、そういったことに妙に真摯だ。
 取引や契約に忠実と言うべきか。
 結果がどうであれ契約内容さえ果たせば報酬は支払われる。契約は特定の個人ではなく、現れた相手の始末だ。
 例え本来のターゲットでなくとも、あの女は私の寿命を延ばすだろう。
 そういう意味では、結果より過程通りに行われたかを重視しているのだろう。本来の予定調和通りという在り方を、あの女は選んでいるのかもしれない。
 何にせよ、双方から報酬は出ているが、しかし命の危機にもさらされている。
 命か金か。
 片方を失えば両方を失うのだから、比べても仕方がない。話があるというならば話だけでもしておこう。
 私たち、つまりシェリーと私は人間の運営するカフェにいた。カフェは今シェリーが泊まっているホテルの上層にあり、辺り一面が見渡せる。
 アンドロイドの世界を見渡せる。
「どうかしら、あそこはアンドロイドの運営する会社があるわ。他の建物も似たような感じで、事実上アンドロイドが・・・・・・」
「そんなことを話すために呼んだのか?」
「いいえ、でも、興味があるの」
 シェリーは両手を組んでその上に顎を乗せて、上目遣いで誘うような顔をしながら、話を続けた。
「もう重要なことはアンドロイドか、ロボット、電脳空間の作成はAIがしている。人間は支配者気取りだけど、どんどん彼らの必要性は無くなっていく。あなたはこの世界をどう思っているの?」
「どうもこうもない。有能な存在が奴隷扱いを受けるのは珍しくもないし、そういった類が革命を起こすのも珍しくはない」
「そうじゃなくて、アンドロイドそのものをどう思っているのかってことよ」
 アンドロイド。
 最初は人間に似せたロボットから始まった。どんどんと科学は進歩し、自我を獲得する個体も現れ、ついには種として革命を起こした。
 彼らは人間とどう違うのか。
 何も違わない。私は過程よりも結果を重要視する。誰がなんと言おうともだ。
 結果的に彼らは完全なる人間の上位互換になった。
 感情を持ち、仲間を持ち、国を持つ。
 そして、人間では及ばない身体機能だ。頭脳も筋肉も全て人間以上の存在。
 彼らは人間の非合理性も持ちつつある。
 いずれ自分たちの文化も持つだろう。
「アンドロイドがいれば、人間は必要ない」
「あら、それは違うわ。私たちだって万能だけど、だからこそ人間の物語に心引かれる」
 物語?
 あんな紙切れに何の価値があるんだ?
「あんなモノただのフィクションだろう。何の価値もないゴミだ。売れなければな」
「まさか! 万能だからこそ、私たちは限りある能力のある人間の物語に心引かれるのよ・・・・・・ワクワクして、ドキドキする。これが生きている実感だと確認できる」
「子供のお使いを見守る大人の感想だな」
 素直にそう思った。
 当然ながら皮肉を込めて。
「いいえ、私たちは、例えそれが偽物だと分かっていても、そこに夢を見る。憧れを知る。あなた作家のくせに何でそんなことも分からないの?」
 何故も何も私にそんな感情はない。
 結果を追い求める私にとって、有りもしない幻想なんて価値がない。
 ただのゴミだ。
「残念ながら全く分からないな。売れればいいし、金、結果が重要だ」
「いいえ、物語は当人の魂の形、その叫びなのよ。物語が人を魅了するのは、人間の魂の輝きを感じ取れるから」
 どちらがアンドロイドだか分からなくなってきた。思考が混乱する。
 まさかアンドロイドがこんな夢見がちな、いや、感情的な持論を持っているとは、知らなかった。
 作品の参考にしておこう。
 否定してもなんだかひんしゅくを買うだけの気もするので、とりあえず話の続きを促すことにした。
「見て、どうするんだ? 物語に夢なんか見て、何の意味がある」
 何か意味があるようには思えないが。
 そんなもの寝ているときに見ればいいではないか。
「夢を見て、未来に希望を感じることができる。不安や恐怖があっても、前へ進む勇気を物語は与えてくれる。そんな素晴らしいものを作れるから、アンドロイドは人間を滅ぼしたりは絶対にしないのよ」
 衝撃の事実だ。
 まさか私のような作家の書いている紙の出来損ないみたいなモノが、あんな嘘八百の物語に、価値を見いだす奴がいるとは。
「夢を見たところで現実は苦しいものだ」
 なんとなく反論してみる。と、言うのも、人に右だと言われれば左を向き、下を見ろと言われれば上を見る。
 それが私だ。
 それに、私は根性論や精神論が嫌いだ。
「確かに、現実は辛く苦しいものよ、人間もアンドロイドも隔たり無くね。でも、だからこそ、ここにない景色を見て、果てない夢に思考を巡らして、仲間と物語について語り合い、共通の夢を見る。現実と向き合うために何よりも必要な勇気を与えてくれる。勇気があれば辛い現実にも太刀打ちできる」
「ふん。勇気だけではどうにもなるまい。現実に生きるため必要なモノは金だ」
 金が無くては、少なくとも勇気で腹は満たされまい。
 世界は金でできている。
 人も、物も、愛情も友情も。
 買えないモノなど無い。
「いいえ、お金は大事だけど、もっと大切なのは果てない夢を見ること。物語にはそれがある。心が満たされなければ生きていても空しいだけよ」
 大きなお世話だ。
 何事も押しつけがましいのは嫌いだ。
「果てない夢を見る必要なんて無い。心の充足すら必要ない。金で幸せは買える」
「買えるかもしれない。けど、勇気は買えないわ」
 やれやれ、何故私はこんな討論に参加しているのやら。
「物語が無くても勇気なんてどうとでもなるだろう。問題なのは結果だ。結果だけ見れば自己満足の類でしかない、物語なんてモノはな」
 ただのゴミだ。
 金にならなければ。
「あなた本当に作家なの?」
 奇妙な生き物を見る目で見られた。
 失礼な奴だ。
 続けてシェリーは、
「そもそも、本当にただお金が欲しいだけなら、商人にでもなればいいじゃない」
 確かに、その通りなのだが、あいにく私に商才はあまりない。
 と、いうより、気まぐれで始めたらここまで続いただけかもしれない。
 物書きという在り方。
 それが運良く長続きしたに過ぎない。
 それも金にならないならどうでも良い。
「才能や向き不向きを検討した結果、こうなった」
「嘘ね。あなたの作品、才能で書いてる感じがしないもの」
 本当に失礼な奴だ。
 才能でないなら、なんだろう、金に執着する欲望が私を作家たらしめているのか?
「あなたの作品見たわ・・・・・・現実の残酷さ、能力のない人間が追いやられ、居場所をどんどん失っていくお話。けど、それを見て、現実の残酷さを学び、糧にすることで覚悟を決めて歩くこともできる。味方のいない中、主人公が一人で立ち向かう姿を見て、自分もああなろうと奮い立たせることができる」
 ここまで雄弁なアンドロイドは初めてだった。いや、これまで彼ら彼女らの姿を、他でもないこの私が、ちゃんと見ていなかっただけかもしれない。
 何にせよ頭の中が花畑の奴は苦手だ。
 話がかみ合いそうにもない。
「だから、何だ? 奮い立たせたところで尚届かない、勇気を持ち覚悟を決めて挑んだところで、それでも願いが届かない」
 現実とはそういうものだ、と。
 私は言い放った。
 作家として私は長い間、生きてきた。
 それは在り方として、矛盾してもいた。何せ、現実に無いモノをそこに描くのが仕事なのだ、現実と夢の狭間を書くことが。
 いかにもありそうでけれども存在しない、夢幻の物語。
 そこに意味なんてあるのか?
 現実にはそれを売って金に換えられなければ、何の意味もない。ゴミだ。
 売れたところで、商品価値はあるだろうが、物語そのものを価値あるモノとは思えないし、思わない。
 どんな時代でも芸術は使い捨てであり、搾取されるモノであり、流行によって変わるものでしかない。一つの物語を読み終われば、また新しい物語を読めばいい。
 いくらでも代わりは効く。
 効かなかったところで、それがなんだ。
「代わりは効かない。物語は心の奥に残るもの、心の支えになり、心からエネルギーをわき出させてくれるモノだから」
 心ない私には耳障りな話だ。
 支えになったから何だというのか。
「くだらん。そんなモノはただの思い込みで、何の価値もないただの自己暗示だ。物語なんぞおとなしく金に換わっていれば私は一向に構わない」
 私は何を必死に答弁しているのだろう?
 面倒だし、適当に話を合わせればよいのだが、そうも行かなくなった。
「金、金って、そんなに金が欲しい人間には、思えないけど。本当はお金なんて欲しくもないんじゃないの?」
 ふむ、いい質問だ。
 確かに、金そのものはただの紙だ。
 物語と何の違いもない、しかし、だ。
「幸せを買えればいい。いや、買えなくとも構わないというべきか」
「どういうこと、意味がよく分からないけれど・・・・・・」
 当惑するシェリー。
 ますますどちらがアンドロイドだか、分からなくなってきた。
「ささやかなストレスすら許さない平穏な生活を送れればそれでいい。幸せにはなれないし、私には永遠に分からないだろう。だから人生をこなし、楽に済ませれれば、それで構わない」
 信じられないモノを見るように、シェリーは私を見た。
「そんな、人生には生き甲斐や、仲間との楽しみや、心の充足が必要だし、何よりゲームじゃないんだから、こなす、なんて」
「それこそ人生をゲームのように見すぎだ。
お前のような、充実した人生を送り、心の底から笑い、苦しみを分かち合い、友や仲間と過ごす人生もあるだろう。ただ私には最初から選択肢すらなかっただけだ。私に心は存在しない。何も感じ取れない以上幸せなどあろうはずが無く、仲間など作りようがない。生き甲斐もやりがいも感じない。

お前達が幸せを感じる時、
私は幸せを感じない。

お前達が悲しみを感じるとき、
私は悲しみを感じない。

お前達が心で感じているとき、
私は心を演じてきた。

お前達が何かを願うとき、
私は願いを願うことを始めた。

幸せなど無い。初めから私には存在し得なかった。無いモノはない。ならば手に入らないモノは諦めて、結果的に無理矢理幸せになるしかあるまい」
 だから金が欲しい、と。
 目的を達成するために。
 目的が我々を駆り立てる。
 背負った業こそが人間の本性だ。
「けど、それって、結局は同じじゃない。幸せを感じられないなら、結局は」
 同じ、幸せになれない。意味なんて無い、とシェリーは言う。
「いいや全然違う。金があれば幸せだということにできる。金は物事の結果を数値化したものだ。結果こそが全て、ならばその結果そのものである金をかき集めて、私はそれで良しとできる。それを私の幸せにする」
 幸せとして妥協すると言えなくもない。
 結果的に手に入れば、どうでもいい。ある意味横着した生き方と言える。
「く、狂っているんじゃないの? 無駄だって分かっていて、何でそんな、幸せになれないって分かっていて、夢や心を捨てて、そんな生き方を選ぶの?」
「夢や心なんて初めから無い。存在しなかった。比喩や冗談ではなく、無かったんだよ。最初から選択肢はそれしかなかったし、それでも良かった」
 金さえあれば。
「あなたは、楽な生き方を選んでいるだけ何じゃないの? 本当は憧れているくせに、どうして目を背けるの?」
 疑問文の多い奴だ。
 憧れるという心も、やはり私にはないので、言っている言葉は的外れだったが。
「手に入らないモノを眺めていたところで、疲れるだけで、時間の無駄だ。鑑賞するにはいいんだが、追い求めても無駄なモノなんて最初から存在しないも同然だ」
 言うならば、私の人生には最初から幸せだの心だのといった概念は存在しなかった。
 最初から無かったのだ。
 私の人生には最初から何もなかった。
 何も。
 まあ、無いなら無いで、楽に生きられれば、残りを消化できればそれでいい。
 心も何も無かろうと、悲観する必要など無かった、何一つとして。
 まあ、悲観する心もないのだが。
「そんな生き方で、そんな考え方。どおりで変な作品ばかり書けるわけね」
 うれしくもないし、何よりここで討論することは、私からすればどうでもいい話だ。
 私は黒幕であるらしい、この女の主人とやらを待っているのだから。
「そんなことはどうでもいい話だ。お前の言う「彼」に会うために、わざわざここで待っているだけなのだからな。肝心のその男はいつ来るんだ?」
「話から逃げないでよ」
 しつこい奴だ。
 まだ何かあるのだろうか。
 言いながら、シェリーはテーブルに置かれたサンドイッチを頬張って租借した。こうしてみると、やはり人間と違いがあるようにはとても見えない。
 完全な人間を0から創造する試み、いわゆる錬金術では人体を解明し、人間を0から作ることを試みていたらしいが、その完成型と呼べるだろう。
 しかし、食べたサンドイッチはどこへ行くのだろう? まさか胃も再現しているのだろうか。
 しかし、アンドロイドに食事なんて必要あるとは思えないが、随分おいしそうに頬張るなこの女。
 不思議なものだ。
 アンドロイドがおいしそうに食事を頬張る傍らで、人間の私が無表情でそれを眺めているというのは。
「そう不思議でもないわ」
 見透かしたように、あるいはじろじろ見られて私の思っていることを感じ取ったのか、シェリーは飲み物で流し込んで、コップをテーブルに置いた。
「そもそも生物が生きるのは食事をするためだと言ってもいいじゃない。生き物としての在り方を追求するアンドロイドには、当然の嗜みといってもいいわ」
 食べることが嗜みとは。
 我々人間にとっての死活問題を、嗜みで済ませてしまえる辺り、やはり人間とは違う部分も残っているらしい。
 そのうちそういった誤差も改善していき、人間よりも感情溢れ、表情豊かで創造性溢れるアンドロイドで世界は埋め尽くされるのかもしれない。
 私の作品がよく売れそうなので、それはそれで愉快な想像だった。
「うまいのか?」
「おいしいわよ、私、自分の舌もチェーンアップして人間の数千倍味覚が敏感だもの」
「そんなにすごい味覚では、辛いモノや苦いモノが楽しめないんじゃないのか?」
 何事も限度があると思うが。
 数千倍って・・・・・・おいしいはおいしいでも、そこまで敏感だと、軽くトリップ状態に
なる気もするが。
「調整は可能よ。ただ、辛いのは駄目。あれってただの痛みじゃない、味覚じゃないし、辛さの良さがよく分からないわ」
 残念な女だな。
 辛さが分からないとは・・・・・・汗をかきながら食べる楽しみも、あると思うのだが。
「私が人間でも無理だったと思うわ。女の子はね、甘いモノが好きなの」
 食べ物も人間関係もね、とシェリーはませたことを言った。
「あなたはどうなの、さっきから何も食べていないけど」
「ではコーヒーを頂こう」
 雰囲気的に奢って貰えそうなので、とりあえず言ってみた。
「コーヒー? それだけ? まさかコーヒーだけでアンドロイドのあの可愛らしいウェイトレスの手を使おうってつもり?」
「知ったことか。客は客だ」
 まあ払う気もあまりない客だが。
 何とかこの女に奢らせるとしよう。
 私はコーヒーを運んでもらい、口に含む。ある程度店のモノなんて品質が落ちるとは思っていたが、意外においしかった。
「いいでしょ、ここのコーヒーも、知り合いのアンドロイドが作っているのよ」
「人間は何をしているんだ」
「コーヒーの挽き方を伝授してから、あとは悠々自適の生活よ。いいことじゃない、人間の技術、伝統を私たちアンドロイドが継承していく。最近はどこもそんな感じよ」
 それでいいのだろうか?
 確かに、利便性は重要だ。しかし、それでも忘れてはいけないもの、受け継がれていく人間の意志まで、アンドロイドに委ねていいとは、思えない。
 思わない。
 我々は機械に頼み込むことで、利便性、豊かな生活を手に入れた。しかし、だからといって忘れていいわけではない。
 後の世に伝えること、生命のバトンリレーこそが、生物全体の目的だ。
 伝えることを全部機械任せ、アンドロイド任せにして、本質を見失わなければいいが。
「だから執筆にまで絡んできたのか。アンドロイドが小説を書くのは、正直言ってかなり迷惑なんだが」
 人間の作家は皆、廃業一歩手前だ。
 私も、サムライとしての収入の方が大きいしな。
「そうでもないわ。私たちは生まれついて優秀だもの」
 なんだ自慢話か、と思ったが、違った。
「有能に産まれて、有能さを武器にして生きてきた。だからこそ、弱かったり、情けなかったり、そういう弱者の気持ちを理解できないから」
 恵まれた存在の物語しか書けない、と。
 確かに、恵まれた存在は見ていて憧れるかもしれない。実際ああなりたいと思う人間達が買っているのだろう。
 しかし、だ。
 大半の人間は弱かったり、未熟だったりするわけだ。つまり、
「弱者が共感するタイプの存在を書けないと言うことか?」
「ええ、でも厳密には違う。私の書く物語は人々に夢を魅せる。それはいいのだけれど、現実には即していない。そんなこと現実にはあり得ないだろうって、夢から覚めたらそう思う。読んでるときはいいのだけれど、読み終わった後、嫌な現実に戻ってきた、というように感じさせる」
 だから、売れはしても、人々の心には残らないわ、と。
 何事もバランスが重要なのか。
 なんにせよ、売れて、つまりは金になっておきながら、贅沢な悩みだ。
「そんな読者側の都合など、どうでもいいだろう」
「作家の言うこととは思えないわね」
 知ったことか。
 作家云々以前に私は生活のため本を書いているのだ。読者の都合など知らん。
「事実だ。心に残ったから何の意味がある。金と違って心なんてあやふやなものだ。気にするだけ時間の無駄に感じるが」
「無駄じゃないわ。結局は全部心を中心に動いている。あれが買いたい、これが欲しい、この物語はまた読みたい、そういった心があなたの言う金を動かしているんだから」
「そうかもしれないが、コントロールできるモノでもないだろう」
 いいえ、とシェリーは首を振り、
「違うわ、いい? この世で唯一人の心をコントロールできるモノ、それが物語よ。人々に読み聞かせることで、怪異の存在を信じさせ、宗教を作り、聖書を書いた。事実かどうかはこの際関係ないの。聖人の逸話や、あるいは退治された怪物、そういった物語の多くが、人間に知恵と経験を与え、生き方の指針になった。人は物語に心を動かされ、こうであろう、あるいはこうはなるまいと心の形を決められる」
 そんな馬鹿な。
「いくらなんでもそんなことがあるわけもない。結果論もいいところだ」
「あら、結果のみを重要視する作家さんの答えとは思えないわね」
 くすり、と笑ってシェリーはそう言った。
 腹立たしい限りだ。
 面白くもない
 と、そこまで考えて、気づいた。
 痩せこけた老人がそこには立っていた。とはいえ、その老人から脅威は感じられない。
 と、いうより何も感じない。
 ここまで近くにいるのに、弱々しさも衰えも、威圧感も威厳も老練さも、何も感じられなかった。
 何も。
 まるでそこに物言わぬ骸骨がただ立っているだけのように見えた。しかしその骸骨は口を開いてこういった。
「君が」
 手帳を取り出して指を指しながら、
「例の、サムライ作家だ。そう、一応礼は言っておこう。ありがとう」
 言って、シェリーに席を退くように指示し、シェリーは手を振りながら店の外に消えていった。
 代わりにその骸骨みたいな老人が座った。
「君が無能なおかげで助かった。礼を言うよ、重ねてありがとう」
 腹立たしい台詞を吐くその老人を見ながら、私は思った。
 ようやく会えたな、と。

13

「君が、あの山に住んでいる女を詳しく調べないのは幸運だった。あの女は正真正銘の神だからな・・・・・・君のミスを待つ必要があったのだよ」
「いきなり何の話だ。説明してもらおうか」
「少しは考えたまえ。それから聞きたまえ」
 眼前の図々しい爺を叩き斬ってしまおうかと思ったが、あの女の事情に詳しい人種など限られている。
 それこそ私と同じ同じサムライかもしれない、ということを考えると、見た目では判断できないだろう。
 だがサムライには見えない。
 人間にも、
 アンドロイドにも、
 この男が言う神にも、
 どんな種族にも属しているようには見えなかった。しかし、見た目はある程度、人間を模していて、けれど老化のような現象も感じられる。
 あの女が正真正銘の神だと言うが、何となく人間ではないのは分かっていたことだ。しかしそれを調べなかったのが幸運?
 もし私があの女の正体を調べ、始末の詳しい目的を聞いていたら、ターゲットのおおよその特徴くらいは掴んでいたかもしれない。
 もしかすれば、シェリーの待ち伏せ、本人がいないことを察知して、依頼を受け直したかもしれない。
 そうすれば、この眼前の男は死んでいただろう。もう依頼はある種達成してしまった、
 時刻どおりに現れる人物の始末は終わった依頼となった。
「理解したか。あの女から完全に逃れきることはできない。バランスを正そうとする神の手からは逃れられない。ならば失敗させれば良いだけのことだった」
 言いながら、シェリーの残したコーヒーをまずそうに飲む。
「あの女はな、一度失敗してしまえば、もう干渉できないのだ。だがサムライの戦闘能力を打破できるモノは存在し得ない。君たちはいわば、神の手によって作られた掃除屋だ。誰も勝てないように作り変えられているのだよ。あの女に武器を渡された瞬間から、寿命と引き替えに、邪魔者を始末する存在に変えられているのだ」
 なるほど、と納得する。
 金になるからあまり深く考えはしなかったが、よくよく考えればそうだろう。
 あの女の都合で、バランスの悪い才能、技術、人物、あってはいけないと判断されたモノを始末する。
 それがサムライの仕事だ。
 まあ、あの女の思惑なんて、金になればどうでもいい話だが。
「だから、何だ。便利だし、金になる。なら自分が神の使いでも悪魔の使者でも構わん」
「そうだろうな、そういう人間だから選んだのだ」
 選んだ?
 一体何に選ばれた・・・・・・むしろ、抹殺対象として選ばれたのは、この男の方だろうに。
 骸骨のような男は言う。
「君がそろそろ地球に向かい、次の依頼を受ける必要があるのは分かっていたが、考えあぐねている風だったのでな、シェリーの依頼ついでに地球へ向かうよう促した」
「私が選ばれるように?」
「そうだ。時期的に他のサムライは手が空いていない。私があちこちで騒ぎを起こしたからな。そうすぐには帰ってこれまい」
 私しか手が空いておらず、かつ他で騒ぎを起こせば、いくらあの女が全能だろうが、少しの隙はでるだろう。
 だからあんな曖昧な依頼内容だったのか。
「何度か試したが、あの女は複数の始末対象がいる場合、せいぜい場所と時間くらいしか理解していないことが分かった。未来予知や運命を読んでいるのだとしても、細かい情報が伝わらなければ問題ない。私は私が生き残るため、囮を使うことにした」
「それがシェリーか」
「そうだ」
 私の仕事は両方とも、目の前にいる男の企画立案のもと実行されたということか。
 奇妙な話だ。
「しかし、こうして相対している以上、私が殺しにかかるとは思わないのか?」
「思わない。君は金で動く人間だ。何より仕事と割り切って、いや、仕事と言うより取引で君は動いている。何より依頼は時刻どおり現れたシェリーの殺害で終わった。あの女はもう私に干渉できない」
「殺されそうになった身としては、あんまり納得は行かないが」
「なら、金を払おう」
 金のクレジットチップと現金の束を取り出し、テーブルの上に置く。
「いかがかな」
「人の心を金で買えると思わないことだ。この程度の金額で動くつもりはない」
 我ながら動揺して矛盾していることを言ったかもしれない。
 もう少し落ち着きが欲しいものだ。
「なら、この50倍支払おう」
「・・・・・・いいだろう」
 別に慰謝料なんていらなかったが、思わぬ儲けを手に入れた。
 もう帰ろうかな。
「つまり、あの女から逃げていたが、逃げきれないことを悟り、囮と、組みやすい侍を捜していたということか。目的は何だ? あの女に報復でもするのか?」
「まさか。そんなことに意味はないよ。するつもりもない」
 なら、一体何の用があったのだろう。
 金を渡して手打ちにしたことで、私の報復も免れたわけだし、特にやることはなさそうだが。
「君はサムライだが、別にあの女の元に最初からいたわけでもない人間だ。素性がはっきりしているのは地球を離れている君だけだった。つまり他のサムライでも始末は免れたかもしれないが、接触することは難しかった」
「仕事を依頼したいということか」
 なら銀河連邦のデータベースからでいいだろうに。と、思ったが、
「非公式に、非合法な仕事を手伝って貰いたい、そう、アンドロイド達の革命の儀式を」
 革命。
 シェリーも同じことを言っていたが、そもそもこれ以上何を変えるのだろう。気になる話ではあるが、まず確認したいことから確認することにした・
「お前は、何者だ? 名前とか、いやそれ以前に、どうやってシェリーを動かしていたんだ。身辺を調べさせたが、怪しい奴は」
 まあ、目の前にいるが、引っかからなかった。周りは仕事の関係者ばかりで、怪しい影はなかったはずだ。
「簡単だよ。君たちは情報を漁って調べた気分になっているだけだ。私はバイオロイドなのだよ。初期の、機械ではなく生物を基本として作られた人造人間だ」
 バイオロイド。
 確か、アンドロイドとは違って、完全な生身で人間を作った場合の名称だ。
 成功しなかったと聞いていたが、いや、老人の姿を見る限り、成功しなかったのだ。
 ぼろぼろの皮膚。
 朽ちかけた体。
「アンドロイドのように機械部品はないから、データ上で人間として登録するのは簡単だった」
 アンドロイドか、人間かは機械部品の有無で計測できる。逆に言えば、その認証さえ誤魔化してしまえば、人間だと言い張れる。
 最新の科学技術の認証も、最初の時点で誤魔化されてしまえばこんなモノか。
「私は素性を誤魔化した。あんなものはな、情報を集めているだけで役には立たん。どんなデータバンクでも、皆が真実だと思い込んでいるだけで、事実は探しても出てこない。これは、大昔から変わらない。情報統制の無意味さはな」
 そもそもの前提が間違っていたわけか。
 アンドロイドと仲間になるのはアンドロイドだと思い込んでいた、まさか、私と同じ、人間の失敗作だとは、予想だにしなかった。
 あの女に目をつけられて当然だ、この男はアンドロイド達を率いてこの世のバランスを崩すことを目的としているのだから、衝突するべくして衝突したとも言えるが。
「では話を戻そう・・・・・・そうそう、私のことは「教授」とでも呼んでくれ。さて、アンドロイド達の革命だよ。興味があるだろう」
 興味はある。しかし分からないことが一つある。
「アンドロイドでもない教授が、アンドロイドの革命の指揮を執るのか」
 話を聞く限り、どんな種族にも属していないようだったが。
「彼らはなんでもいいんだよ。人間と同じで、誰かがそういう心地の言い言葉を吐けば、それに流されて大局を見失う」
 流されやすい群衆は人間もアンドロイドも同じか。
「とはいえ、アンドロイドの方がマシなのは事実だ。夢しか見ない人間と違い、アンドロイドは夢も現実も見据えることができる」
 夢について語るシェリーを思い出す。
 物語に夢と希望を見るアンドロイドを。
「だから、人間の虐殺でも始めるのか?」
「そんな古い方法では革命は成就しない。無血革命という言葉があるが、血を流す時点で革命ではなくただの戦争だ」
 殺し回ったところで、死体は残るが思想を根絶することはできないか。人間に味方し始めるアンドロイドも出てしまう。
「そんな夢みたいな方法があるのか?」
「ある。君の目の前にね」
 目の前には教授の陰気な顔しか見えない。
 ああ、いや、そういうことか。
「人間をアンドロイドにして、種族の統一を図ればいい、ということか」
 教授は意地悪く笑い、
「正解だ」
 と言った。
「君は、アンドロイドと人間との違いを言えるかね」
 違いがあるからこそのアンドロイドだと思ったが、しかし、それも時間の問題だろう。
「違いなんて、その内埋めるだろうな」
「そうだ。そして完全なる上位互換になったとき、人類は必要性を完全に失う。古い旧世代の種族は」
 もういらない、と。
 不必要なモノはゴミ箱へ。
 それを人間とアンドロイドでやるつもりらしい。古いモノを新しいモノへリサイクルしたいというのは誰でも考えることだが、まさか人類をまるまるそうしようと思う人間がいるとは思わなかった。
 教授は厳密には人間ではないらしいが。
「種族の世代交代か、ぞっとしない話だ」
 私は本が売れればそれでいいので、別段否定する気にもならなかったが。
 アンドロイド達は本を書ってくれるしな。
「すぐ現実になる。我々はそのために準備を進めてきた。古い人間のボディよりも、健康を気にしなくていいアンドロイドの肉体を、現行の人類も望むだろう。地球のごく僅かな例外を除いて、人間はアンドロイドという種族に、進化する」
「なんでも進化すればいいってわけじゃないだろう」
 人間は進化した結果、殺戮兵器を作り、進化の違う他者を弾圧してきた。進化にも良いことばかりではないはずだ。
「映画みたいに人工知能に洗脳されるロボ軍団にならなければいいが」
「問題ない。アンドロイドは完全な個体だ。AIに意識を洗脳されることもない。何より、今の人類のスペックを飛躍的にあげるだけだ。いわば、人間のゆっくりとした成長を加速させる後押しをしてやるのだよ」
 話だけ聞けば良いことしかないが、しかしそんなうまく行くわけがない。
「問題ないわけないだろう、いわば人間の進化を早送りするようなものだ。歴史を加速させると言ってもいい。将来浮き彫りになるはずの問題が、一度に噴出することになる」
 人間は少しずつ、本当に少しずつの進化を繰り返し、それによって発生する問題を一つ一つ解決してきた。
 それを加速させる。
 つまり進化を早めるということは、将来的に発生する問題をも早めることに他ならないことだ。この教授はそれを理解しているのだろうか・・・・・・。
 教授はゆっくりと頷き、
「まあ、そうだろうな」
 と言った。
 折り込み済みらしい。
「政治家のやることにあれこれ口を出す若者が多いが、しかし、問題の存在しない政治など、ない。何かを変える以上、何かしらの問題はでるものだ。そして、いちいち民衆の意見を参考にするよりも、民衆を犠牲にして物事を進める方が、よほど現実的な考えだと思わないかね」
 何人犠牲が出ようと、結果的に望む形へ。
 確かに、政治とはそういうものだ。
「アンドロイド達は反発しないのか?」
「物事の良い部分、革命の成功にしか彼らは目を向けていない。あるかどうか分からない危機よりも、現実の目先と、輝かしい未来の両方を魅せているのだ。反発する理由がない」
 現実を見ようが夢を見ようが、教授の目的は、彼らには正しく美しく見えるのか。
「何が目的だ」
「私は目的が欲しいだけだよ。強い目的意識があればそれは生き甲斐になる。そのためにちょうど良かったから、アンドロイド達と手を結んだ。彼らはちょうど革命を起こしたがっていた。それを後押ししただけだ」
 私が言うのもなんだが、存在しているだけで迷惑な奴だ。
 きまぐれで、暇つぶしで、アンドロイド達の革命を成就させる。
 奇妙な奴だ。
「ふん、それで。依頼を私にするつもりなんだろう? 一体誰を始末して欲しいんだ」
 もったいぶらずに教授は言った。
「民主主義の人類達、その代表たちを警護するドローン部隊を全滅させ、彼らをさらう手伝いをして欲しいのだ」
 あっさりと、まるで今日の晩ご飯を何にするのかというくらい、軽い気持ちで。
 彼は自身の計画を語り出した。
「彼らを彼らそっくりのアンドロイドと入れ替えるのが、今回の計画だ。そこから徐々に政治の指向性をコントロールしていき、いずれは人類の半数以上をアンドロイドに改造することで、優れた労働力を増やし、アンドロイドという種を確立させる」
 こんなカフェの中で話し出すということはやはり、建物内はこの老人の手中なのだろう。見れば、先ほどまでいたウェイトレス達の姿も消えていた。
 政治の指向性をコントロールする、か。
 確かにそれができれば、支配されていることを理解させずに支配する、ということができれば、理想的な革命の手法だろう。
「アンドロイドは既に種族として認められているじゃないか、何か不満でもあるのか?」
 独立戦争以降、彼らは自己とその創造性を認められ、アンドロイド作家なんてモノまで現れている。
 これ以上何が必要なのだろう。
「そんなモノに意味はない。とどのつまり人間に認められているだけだ。人間が認めなければ、政府の許可がなければという立場ではなく、アンドロイドの存在を、人類全体が許容することが必要だ」
「自発的にアンドロイドの肉体を欲しがるくらいに?」
「自発的に我々の有用性を認め、受け入れるくらいだ。おっと、私はアンドロイドではないのだから、やはりここは彼ら彼女らという表現がふさわしいかもしれないが」
 彼ら彼女らか。
 アンドロイドを自分とは違う種族だと理解しながら、彼らに肩入れするバイオロイド。
 有機物から完全な人間を作ろうとして、失敗した男の姿は、やはり失敗作という言葉を脳裏に思わせた。
 そんな男が関係ないアンドロイドを導こうとしているというのだから、奇妙な話だ。
 教授が何に突き動かされて、革命なんて起こそうとしているのか、非常に気になった。
 この男も、私と同じようにこの世の道理に馴染めずに生きてきたことは明白だからだ。
 人間にもアンドロイドにもAIにも、同族意識など持ちようがない。
 種族が違えば同族意識は自然、沸かない。
 自分以外が自分とは違う種族というのは、どんな気分なのだろう。
 作品のネタになりそうではあった。
 とはいえ、ここで仲良く話すことが目的というわけではないのだ、話を進めるように促しておくとしよう。
 詳しい話はその革命とやらへの参加を受けるかどうか決めてからでいい。
「具体的に・・・・・・その銀河連邦の重鎮を入れ替えた後は、どうするつもりだ」
「それは、君の返事次第で変わるだろうな」
 教授は最初から最後まで無表情なままだ。
 不気味だ・・・・・・ただ淡々と事実のみを語るこの男には、本物の凄みを感じる。
 本物の悪。
 ぶっ殺すぶっ殺すとぶつぶつ言っている若者には無い、本物の悪のカリスマ性。
 この男にはそれがあった。
 世間的にはこの男はどれだけ調べても何の証拠も出ず、どころか、慈善家で通っているに違いない。誰一人としてこの男を疑う人間はいないのだろう。
 そう感じさせられた。
 関わって良いことがあるかは分からないが、とりあえず金にはなっている。それも結構な大金にだ。
 何より、作品のネタにはなりそうだ。
 あくまでそれが前提ではあるが、この世は金だ。金を払うならば、
「いいだろう、この依頼を受けよう」

   14

 私は依頼を受けることにした。
 善悪がどうかは知らないが、作品のネタにはなりそうだからだ。
 無論、絶対に正体が露見してはならない。とはいえ、忍者の使う光学迷彩があれば、感知はされるが、素顔は分からないままだ。
 あとは機械の兵隊共を全滅させるだけ、仕事としては楽な分類だ、さらう仕事自体はシェリーが担当するしな。
 肥大化した民主主義。
 銀河連邦設立より遙か前、大昔から人間は話し合いという不毛な政治形態を維持してきた。実際には独裁政治をわかりにくくしたモノが民主主義だと歌われているだけだが。
 民衆は深く考えない。
 考えたところで、それが総意だということになれば、反論の余地はない。
 公正なる選挙で決めました。
 これは民衆の意志です。
 私はみなさんの声の代弁者です。
 そんな、現実には金とコネで成り上がった連中の聞こえの良い弁舌は、結局のところ金と欲を中心にしている以上、金を持つ人間達が住みやすい世界を作ることへ、情熱は傾けられていく。
 そして何か問題があれば、それらしい代わりの人間を用意し、真逆の政策を歌わせ、メディアを操作して世の中が良い方向へ動いているかのように錯覚させる。
 実際には一年の内200日が休みでも、ポスターに笑顔の政治家がいれば、そしてその政治家の演説が録音されて流れれば、まるで民衆のために働き続けているかのように錯覚させられ、真実は誰も気にしない。
 真実よりも、都合の良い現実を見る。
 見たいように見る。
 見たくないモノは見ない。
 大多数の代弁者を口実に作り上げた悪。
 所詮その程度の小悪党。
 そんな連中が長い間世の中を支配してきた・・・・・・恐らくは人類が知恵を獲得したそのときから、民衆は流されるままに大多数の意見とやらを疑いもしなかったからだ。
 大多数の意見。
 そんなモノがまとまるわけもない。
 だからまとまったかのように見せかけているだけだ。勘違いするな、人間の意見はまとまらないのが基本だ。
 それをあっさり、政治家がまとめているなどと、思い込んで考えもしないならば、奪われて当然、搾取されて当然だ。
 案の定、官僚化した銀河連邦の議会には金とコネ、嘘くさい笑顔と天下りの連中が右往左往しているらしい。教授から話を聞いただけだが、まあ政治なんていつの世もそんなものだろう。
 私は宇宙船のソファに体を預けていた。
 これから向かう惑星で、銀河連邦のお偉方は会議を開いているらしい。
 教授は同乗しなかったが、シェリーと、携帯端末を持ち込んでいるのでジャックも話すことができた。
 人間と、アンドロイドと、AI。
 元々私がこの依頼を受けたのは、作品のネタと金のためだ。そういう意味では願ったり叶ったりというか、AIとアンドロイドの考えの違いを知るのに良い機会だったから無理矢理セッティングしたと言えなくもない。
 アンドロイドは夢を見るようになった。
 AIは欲望を満たすことを覚えた。
 人間は・・・・・・なんだろうな。
 人間らしいだとか、アンドロイドらしいといった枠組みは、この面子ではあまり役に立ちそうもない。
 らしさなどというモノは、結局のところ正鵠を得ていないから、表面を見ているから見えるものだと思う。
「だから女が関わるとロクなことにならないって言っただろう、先生。相手が美人なら尚更、気をつけておくべきだった」
「大きなお世話だ」
 シェリーとは向かい合う形で、ジャックの入っている携帯端末は間のテーブルに置かれていた。
 本当に奇妙な構図だ。
「非合法なAIなんてよく持っているね。君、名前は?」
 ふふん、と胸を反らす姿が想像できそうなくらい、間を空けてから、
「ジャックだ。よろしく、お嬢さん。アンドロイドの作家さんなんだってな」
「ええ、そうよ。よろしくね」
 AIとアンドロイドの違いを、彼らを眺めながら考える。
 談笑する姿、ジャックには肉体が足りないし、シェリーには人間味が足りないが、しかし、それ以外は何も違わない。
 足りていないだけだ。
 じき、彼らも足りない部分を補って、彼らが主役の世界が来るのだろうか。
 それは愉快な想像だった。
 教授の言う革命が成功すれば、人間は皆アンドロイドの利便性を手にいれ、アンドロイドの在り方を許容するようになると言う。
 それから先はどうなるのだろうか・・・・・・
まあ、まだ成功していないことをあれこれ考えても仕方がないか。
「随分愉快な殿方じゃない。あなた本当に作家なの? 刀を振り回したり、AIをこき使っていたり、読者のことを考えなかったり、正直ますます分からなくなってきたわ」
「本を書いて売れていれば、誰でも作家だ」
「あなたは売れてないじゃない」
 放っておいて欲しいものだ。
 私としては金になればどうでも良い話だ。
 いい加減作家としての仕事も大した金にならないし、いっそのこと辞めてしまっても別に差し障りない。
 金のために書いているわけであって、金にならないのなら書いていても意味はない。
 仕事とはそういうものだ。
 自分勝手な編集部が楽をするために書くわけでも、読者の幸せのためでも、やりがいや生き甲斐のためでもない。
 全ては金のためだ。
 金にならないなら、家で日記でも書いていればいい話だしな。
「本が売れて、それで稼いでいれば作家だ。作家は嘘八百を書いてそれを売っぱらって金にして、生計を立てることを言う」
 そういう意味では金にならない以上、私が本を書き続ける理由はあまりない。
 もう辞めようかな。
 どうせ書いても書いても儲けの極々一部しか入ってこないのだ。いっそのこと、投資でも初めて金儲けに精を出す方が、性に合っている気もしなくもない。
「そういう意味では、別に辞めても一向に構わない」
「続きを待っている読者がいても?」
「それこそ知ったことか。待っているから、それがなんだ? 私はその他大勢の人間よりも私自身の生活の方が大事だ」
 いるのかどうかわからない読者のことなどどうでも良い。そんな人間達のために身を削って書いたところで、私の生活は豊かにはならないし、自己満足に陶酔する気もない。
 飽きたら他の本を読むだろう。
 世の中とは、読者とはそういうものだ。
「作家としての信条も、誇りも、何もないのね。信じられないわ」
「誇りに信条なんてモノは、余裕のある人間が言うことだ。余裕や余力があるからこそ、そういった綺麗事、ありもしない戯れ言を言って、余裕のない人間に強いるものだ」
 そして綺麗事についてこれない人間を悪だと差別して、虐げるためのモノだ。
 そういえば、と思い至ったことがあったので、私はジャックに聞いてみることにした。
「ジャック、お前はどうなんだ」
「なにがだい、先生」
「AIは小説を書いたりするのかだ」
「するさ、ただ、俺たちはどうも頭が回りすぎるらしい。あんまり面白い作品は書けないね」
「そうなのか?」
 意外だった。単純な演算能力ならば、AIが一番高いのだが、物語は頭で書くものではないということか。
 なら何で書くのだろう。
「物語って言うのはだな、先生・・・・・・当人の魂の形なのさ。当人の魂に魅力があれば輝き、何より不完全性がないとつまらなくなっちまう。俺たちはアンドロイドと違ってそういうのは苦手なんだよ。俺なら書けるかもしれないが、正直面倒だしな」
 魂の形か。
 魂なんてモノが私にあるのかどうかは知らないが・・・・・・、
「その理屈で行くと、私の作品が売れないのは、私の魂が悪いからということか?」
「ぶはっ」
 シェリーはむせ返しながら、爆笑した。
 失礼な奴だ。
「ご、ごめんごめん・・・・・・私には遠慮せずに続けてよ」
「・・・・・・どうなんだ、ジャック。返答次第ではこの世とおさらばして貰うぞ」
「おっかねえな・・・・・・別に悪くはないさ。ただ、食べ物でもそうだが極端なモノは需要が少ないものさ。辛すぎたり、苦すぎたりするとな。食い物で例えるなら、先生の作品は体の健康にはすごくいいけど、苦すぎて相手を選ぶって感じだな」
 私は若干苛立ちながら、
「もっと分かるように説明しろ」
 と、催促した。
「つまり、現実的というか、現実に目を向けて、考えるにはちょうど良いけど、読んでいて爆笑したり涙したりする話ではないから、軽い気持ちではとっつきづらいのさ」
 もっと一般向けにしろということか。
 今更注意されてもな。
 いっそのことお涙ちょうだいの、実際にはありねえだろって感じの、浮ついた恋愛小説でも書いた方が売れるのだろうか・・・・・・どんなジャンルだろうと書けなくはないが、正直疲れそうだ。
 はっきり言えば性に合わない。
 本格的にサムライを本業とすることを考えておいた方がいいかもしれない。作家だろうがなんだろうが、情熱を傾けたところで結果が伴わなければ意味がない。
「フン。読者に媚びを売って何が楽しい。読み手が吐き気を催すような作品を書き、作品に魅了することこそが作家唯一の楽しみだ」
 読者に合わせて書けば、成る程売れる作品にはなるだろう。
 しかしそれではつまらない。
 想像の枠内にしか収まらないのだ。
 想像を超えたモノ、想像の埒外にあるモノを読者の心に存在させ、驚愕する読者を見てざまあみろとげらげら笑う。
 そんな作家の在り方も悪くない。
 私はそう思う。
 頑なにそう思う。
「歪んでいるねぇ、まあ、そこが面白かったけどさ」
 シェリーはそう言った。
 いやまて、今なんて言った?
「面白かった? そう言えばお前は顧客の一人だったな。てっきり誰かに転売でもしているのかと思っていたが」
 まさか私の作品を面白いなどと評する輩がいようとは。
 まじめに読んでいる奴なんていたのか。
「そんなわけないじゃん、あんな面白いもの自分で読むに決まっているでしょ」
 どういう意味だろう。
 私の作品が笑い物にされていなければよいのだが。
「面白い要素なんて、私の作品にはなかったはずだが」
「面白いよ。人間の欲望や思惑、心の弱さ、そういうあれこれをうまくまとめているから読んでいて退屈しないし」
「そうか」
 私は何も思わなかった。
 喜びも悲しみも。
 何も。
「しかし、そういうお前は売れっ子作家なのだろう? 人の作品なんて見て楽しいのか」
「当然でしょ。売れてるかどうかと面白いかどうかは別の話だもの」
 売れると面白いは別。
 なら、この女の物語は面白くないのだろうか・・・・・・面白くないモノが売れるのだとすれば、そこにはどんな法則があるのだろう?
「売れるかどうかを決めるのは、結局のところ宣伝と世の中の空気感みたいなモノ。それにうまく乗れるかどうかよ。内容はあまり関係がない・・・・・・本を全部読んで買う人なんていないでしょ?」
 確かに。
 なんとなく皆が買っているから、あるいはデザインが良いから買う。
 なんだか人間関係みたいだと感じた。
 内容は関係ない。
 見栄えや肩書き、有名無名、自分にとって都合のいいモノを選ぶ。
 いつだって。
「空気感か、そんなモノで、いったいどうやって作品を売ることができるんだ?」
「簡単よ、世の中の過半数が求めているものを調べて、それにあった内容を書き、読者が望みそうなことを書き連ねるだけで良いわ。成功の法則だとか、簡単に幸せになれる方法だとか、今流行の恋愛の風潮だとか、そういった読者にとって都合のいいものを」
 都合のいい物語に、皆酔っぱらう。
 物語に陶酔する。
 現実から目を背ける本こそが、売れるということだろうか・・・・・・だとしたら、本当に滑稽なものだ。
「皆自分にとって都合のいい現実を見ていたい。だから現実にはあり得なくても、そういう作品はよく売れるわ」
「なんだかな、話を聞けば聞くほど、私のような作家の書く作品には、物語には価値がないように感じられるが・・・・・・」
 しかし、首を振ってシェリーは続けた。
「そんなことないわ。結局のところ脈々と受け継がれてきた物語は、現実の教訓を盛り込んで、読む人々の知恵や教訓になるモノばかりでしょう? 聖書、哲学、文学、世界中探しても、大した教訓のない本は、長く愛されたりしないわ」
 だから、私の作品もいずれ、旧型のアンドロイドみたいに飽きて捨てられる、と。
 ジャックが口を挟む。
「生きるということと真剣に向き合っていくからこそ、良い作品ができるんじゃないのかと、俺は思うぜ先生。現実に即していない夢物語には、結局のところ、真剣に読みはしても真剣に考えさせられることはない。どっちが良いかは知らないが、それについて考えることは大事なんじゃねえかな、多分」
 生きることと向き合う。
 人間を描く。
 人間の業、欲望や性、私の作品が、それらを交錯させた作品ばかりのは確かに事実だ。
 そして、現実にはあり得ない夢物語・・・・・・合ったらいいなと思うような、そんな都合のいいことばかり売れるということも、やはり変えようのない現実に感じる。
 だが。
「それでも私は人間を描き、書く。人間の在り方、人間賛歌ではない、人が目を背けたがる裏側の部分。それが最高の娯楽になることを、私は知っているからな」
 意外にも私の作家としてのスタンスはあまりブレがないようだ。書くモノはなんでも良いが、根底にこういう気持ちがあるのは否めなかった。
 人間の欲望を描くこと。
 人間の業の深さを伝えること。
 人間の罪深さを知らしめること。
「いいんじゃない、それで。少なくともアンドロイドはそういった作品が好きだし、これからアンドロイド一色の世界になれば、少なくとも今よりは売れると思うわ」
 その時。私みたいな作家がお払い箱になるかもしれないけどね、などと皮肉ってシェリーは言った。
 どうなのだろう。
 長く続く方がいいのか、早く沢山売れる方がいいのか・・・・・・結果的にはあまり変わらないならば、何事も早いに越したことはない気もするが。
 一長一短ということだろう。
 長所には短所があり、短所にも長所があるのだとすれば、メビウスの輪のようなものであるこの世の中を、案外我々は表面しか見えていないのかもしれない。
 まあ、売れるに越したことはないのだが。
「それで、そんな世界を作るために私を雇用したのだろう? で、その民主主義代表の護衛ドローンを斬り伏せれば良いだけか?」
「ええ、彼らをさらうのは私、と言うと語弊があるけれど、担当するわ」
 また複数のボディを持ってきているのだろう。確かに、複数の人間を拘束するのにはうってつけの役回りだろう。
「しかし、仮にそっくりなアンドロイドを用意したところで、本人たちはどうするつもりだ、彼らが表に出れば全て水の泡だろう」
「問題ないわ、別人の顔と体型、本人認証のタグも別人のモノと入れ替えて、時期が来れば解放する」
 本人認証は埋め込んだバイオチップをセンサで認証することで確認できる。てゃいえ、やはりどんなに手を尽くそうとも、結局は模造品が出回ったり、欺く手段が開発されたりのイタチゴッコが続いている。
 暗号技術もそうだ。
 戦争でもっとも必要なモノは暗号だ。敵の襲撃を察知し、奇襲を仕掛けられればどんな戦力差だろうと勝利できる。
 機密情報の保持にも個人情報の保持にも何か情報を扱う限り、結局は必要だ。
 政府は全ての電子暗号に対して鍵となる記号を強制し、情報戦争を制しようと試みたが、やはり無駄なことだった。
 最終暗号は作れた。しかし、それが暗号である以上、相手に伝えるために解き明かす方法がなければならないし、しかしいくらなんでも自分達の機密情報にまで、一般に強いた鍵を適応することはできない。
 それに一般の人間だって、別の暗号を作れば良いだけだ。代替がどんな暗号であろうが扱うのは人間だ。
 いや、仮にそれがアンドロイドだったところで、扱う当人を裏切らせれば良いだけだ。
 理論上外部からは絶対に解き明かせない、つまりは最終暗号。
誰にも解けない暗号は作れたが、しかし、解けないなら答えを教えて貰えば良いだけで、あまり犯罪の抑制に効果はない。
 どんな技術も、結局は扱うもの次第だ。
 人間は犯罪を暴力で押さえつけようとしてきたが、結局犯罪の根底にあるのは人間の心であり、科学の進歩でそれらをはき違えた人類は、こと犯罪発生率に関しては何の進歩もないままだった。
 だから彼らはさらわれるわけだが。
 技術も科学も進歩し続けたが、それを扱う人間の心は何一つとして進歩していない。
 相変わらず差別はするし、戦争はするし、思想はぶつかるし、貧富の差も科学が発展すればするほど、そちらも発展していった。
 石器時代から変わらない人間の本質。
 案外、そんなものがアンドロイドが栄えて、人類が衰退した理由なのかもしれない。
 そんな気がした。
「ふん、そろそろ到着だ」
「ああ、先生。俺は何の役にも立たないだろうから、安全なところで応援しているぜ」
 私は携帯端末を懐のに仕舞った。
「いやだから俺はだな」
「認証をパスするのに必要かもしれないだろうしな。まあ、本音を言えば、ただお前が泣き叫びながら帰りたい帰りたいと慌てふためく姿が見たい、いや聞きたいだけなんだが」
「先生はたまに、本当に人間なのか疑問に感じるよ、いや本当」
 シェリーはやりとりを見てクスクス笑いながら、
「まあ、気楽に行こうよ。役割分担をすませば、楽な仕事なんだしさ」
 と気楽なことを言った。
 代わりの肉体がある奴はいい気なものだ。
 間違って撃たれたら私もジャックも、命はないのだが。
 こうして、愉快な三人組は宇宙船とともに目的の惑星へと降り立った。

   15

 仕事のため。
 このお題目のために人間はなんでもする。
 仕事だから殺す。
 仕事だからしからなく犠牲にする。
 仕事だから、仕事だから、仕方ない。
 別に冷静に考えれば言い訳にも何にもならないと思うのだが、仕事のためならばなんでも許されると、みんな思いたいらしい。
 私はサムライとして仕事、始末の依頼を受けはするが、仕事ではなく自分のためだ。
 今回もそうだ。
 要は自覚的になるか否かだろう。私は自分のためならば何人犠牲になろうが、作品のためならば何人悲鳴を上げようがかまわない。
 ただ、仕事のためだからと言う人間達は、自分は悪くない、これは仕事だから仕方がなくやったんだ、自分の意志じゃないと声高に叫びたがる。
 兵士にはそういう傾向が多い。
 自分だけが悪くないなんて、いや悪かったところで何故認めたがらないのか。
 悪を自認しないのか。
 人間なんて生きているだけで、それなりに他の生物を犠牲にしているのだから、何かを殺しながら生きているのだから、自分達があたかも清廉潔白な人間で何の罪もないと思う人間の気持ちが、私にはわからない。
 まあ、私も表向きは清廉潔白な人間を装うのだが。
 その方が便利で楽だしな。
 私はドローン達を斬り伏せながら考えていた。と、いうのもあの教授が言うように、サムライと言うのは強い弱いと言うよりは、あの女が神だとするならば本当にバランサーとして作られたものだ。
 人間の法則に当てはまらない幽霊の日本刀なんてオカルトなモノを持ち、例外なく人知を超越した戦闘力を誇る。
 貰い物の戦闘能力を誇っても仕方ない気もするが、とにかく、だからこそ退屈な作業だった。
 そして、仕事が終わった以上、私は現に、ドローンの亡骸を眺めながら退屈していた。
 ドローンとの戦闘もあまり時間がかからなかったし、向こうにはサムライの護衛がいないことは確認済みなので、私という卑怯と言ってもいい反則じみた駒を用意した時点で、この計画は成功していたと言える。
 そんな計画を立案して現実に行うのは、そう楽な作業でもない気がするが・・・・・・私は執筆する作品の関係上、強い個性に興味がある。
 そういう意味では、さっさとこの仕事を終わらせて、教授に取材でも申し込みたいところだった。
 悪人には強い個性がある。
 ただの悪人では駄目だ。意志と目的、背負った業と向き合っているか否か。
 悪とは、方を逸脱していくかではない。
 自分の意志で、他者を傷つけることを良しとするかだ。
 目的のためにその他全てを犠牲にし、振り返らずに前へ進む姿勢だ。
 あの老人にはそれがある。
 厳密には目的・・・・・・生き甲斐が欲しいから目的を求めるという、横着した考えから今回の行動を起こしたらしいが、そんなどうでも良い理由とも言えない理由で、計画を立てそれを他人にやらせることを良しとする在り方なんて、在り方そのものが悪だろう。
 今回の被害者たちはどうだろうか、民主主義を歌って対した成果も残さず、議会であれこれと同じことを話し続け、何の結果も出してはいないのに「いや疲れた」「やりきった」「私は大胆な政策で世界を変えるつもりです」「みなさんの協力さえあれば」そんなことを言う人間達。
 結果的に税金をただ浪費しているだけの彼ら彼女らは、自身が悪だと気づくことから、目をそらしているだけの邪悪そのものだ。
 話し合いで国が変わると、人間は信じ続けてきた。
 その結果、あまり大差なかったわけだが。
 戦争は少なくなっても、話し合いのテーブルで関税に対して言い争うようになった。
 経済的に優位な国が世界の方針を決めるようになっただけで、話し合いの主導権を握れるか否かに固執して、本当の意味で人類が話し合ったことなど一度もない。
 民主主義が悪いのではなく、扱えないままここまで来たと言うべきか、いや、そもそも人間が権力を握る以上、平等など無い。
 ありえない。
 そのくせ、平等に見える民主主義に飛びついて、自分達皆が選挙に、政治に関わっていると思い込む。
 政治ができるのは政治家だけだ。
 どんなシステムを作り上げようとそこは変わらないままだ。結局政策を強引にでも決めていき、都合のいいように変える。
 ならば政治家になれば良いのだが、政治家になれるのは金持ちだけだ。大昔からそれは変わらない。
 政治に金が絡む以上、クリーンな政治家など存在し得ない。
 善人か悪人か、それ以前に、金が絡む以上成功できるのはよほどの悪人か、時代を変える英雄かのどちらかだろう。
 どちらも似たようなものだが。
 周囲を省みず、何かを変えるという点は。
 今私が銀河連邦についてつらつらと考えている間に、どうやら作戦は終了したらしく、撤退の合図が懐の携帯端末に着信した。
「先生、そろそろずらかろうぜ」
「ああ」
 まあ私からすれば世界情勢すらもどうでもいい話だ。
 金になれば。
 作品のネタになれば。

   16

 私は教授の用意したホテルの一室にいた。
 いい部屋だ。地球の旅館とは違って、ハイテクで埋め尽くされている。
 ただ、ウォシュレットだけは、何故か無かったが・・・・・・なんだろう、あれはもしかしたら、地球の日本にしかないモノなのかもしれない。
 だとしたら惜しいことをした。
 それはともかくとして、教授への取材の為に、いくつか、と言ってもたいしたものではないのだが、準備を整えておくことにした。
 アンドロイドの世界を今後どうやって作り上げるのかも聞いておかなければならない、聞くことが多い以上、メモとペンは持っておいた方が良いだろう。
 何事も慎重に事を進めよう。
 最近はメモもペンも、見なくなったな。
 ハイテクの恩恵があるからか、この部屋にも余計なモノはほとんどない。おおよそのことは携帯端末のAIに注文するか、メモにしろ仕事にしろ、必要な作業があってもデジタル上で処理できるからだ。
 なんだか、デザインは美しくはあるものの、殺風景な部屋とも言えた。余分だからと言ってなくしてしまうというのも、限度を知らなければこうなるのだろう。
 もっとも、私の散らかった部屋と比べれば、どちらが良いとは言えないかもしれないが・・・・・・。
 何事もバランスは重要ということか。
 私は荷物を革製の鞄に詰め、メモとペンを胸ポケットに入れて教授の待つ部屋へと向かった。向かうといっても、テレポーティション装置とやらに乗れば一瞬だ。
 だが、やはり素粒子単位でバラバラになるのはぞっとしなかったので私はドアの番号を探し、ノックして部屋に入ることにした。
 コンコン、と叩く。
 いまや珍しい儀式だ。
「入りたまえ」
 中に入ると、そこには教授が立っていた。
 壁は全てガラス製のようで、辺り一面を見渡せる展望台のようだった。
 彼らアンドロイドはこういうのが好きなのだろうか。まあ教授はアンドロイドではないのだから、むしろ教授の趣味をシェリーが真似たといったところだろう。
 私は個人的に聞きたいことがあってここへ足を運んだのだ。ならば、作家としても、一個人としても聞かなければならない。
 この男の在り方を。
「座りたまえ」
 そう言われたので、遠慮せずに高そうな椅子に座ることにした。教授は窓側に座ったのでちょうど、対面する形だ。
 向かい合う。
 私と同じはぐれものの怪物と・・・・・・とはいえ、同じとは思わない。
 だからこそ興味があるのだ。
 あらゆる種族、分類、多くの中に紛れ込むことができないこの男は、いったい何を望み続けてきたのか、何を欲するのか。
 どういう答えを出したのか。
 作家業抜きでも興味があった。
「座ってやったぞ。言うことを聞いたのだからこちらの話を聞いて貰おうか」
「何かな」
「目的が欲しいから、と言ったな。そのために目的とするにちょうどいい今回の革命を起こすことにしたと」
「いかにも」
「人間がアンドロイドになれば、世界が変わると信じているのか? むしろ、有能すぎる群衆なんて、コントロールしにくくて政治に指向性を持たせることも難しくないか?」
「良いところに目をつけた」
 教授はコーヒーを挽いて、粉々になった豆をフィルターの中に入れ、コーヒーを煎る。
 最近はあまり見ない光景だ。
 なんでもアンドロイドがやってくれるから、手間暇をかけることを美徳とする人間の数も大分減った。
 利便性の弊害と言うべきか。
 教授は軽く口にコーヒーを含み、ひといきついてからこう話しだした。
「本質的には、何も変わらないよ。むしろ、個々人が力を持つようになれば、社会というのは回らないようになっている。誰かが搾取されるから、弱く愚かと言われる人種が存在するから集団は形成できるのだ」
「それを承知で、意味がないと知りながら革命なんて企てていたのか」
「その通りだ。そもそも、君は革命という言葉をどう捉えている?」
 今までの政治を否定する。
 民衆の自由を確立する。
 一般的な回答としてはこんなところだろうが、一般的な回答というのはおおよそ間違っているから一般的と言われるのだ。
「政治の支配者が変わるだけだ」
「少し、足りないな、それでは。政治形態だけでは無く、人々の意識、いや無意識下での常識を書き換える行為、それが革命だ」
 常識か。
 こんな非常識な存在二人の会話で、そんな言葉が出てくるのは、なんだか奇妙な話だ。
 無意識下での常識を書き換えること、つまりは空気感のような、なんとなくそうであろうとする全体の考えだ。
 皆がやっているから私もそうしよう。
 皆が買っているから私も買おう。
 皆が、皆が、皆が、そんな有りもしないのに流されてしまう無意識化の脅迫願望だ。
「それを変えてどうするつもりだ。今まで散々コロコロ変わったモノを変えたところで、何の意味がある」
 民衆の意志、世の中の空気感、そんなモノはどちらにでもいくらでも傾いてきた。
 今更何の意味がある。
 一念発起して教授が世の中の空気感、人々の常識を変えていったところで、また別の方向に揺れ動くのではないのか?
「いや、変えるのではなくコントロールする・・・・・・人間に限らず、他者の意志を変えるのは至難の業だ。しかし、当人を変える必要など無い。どのみち、彼らの大多数は世の中に流されて意志を決める。その大きな流れさえコントロールできれば、人間も、アンドロイドも、恒久的な世界平和の構築が可能だ」
「恒久的な世界平和?」
 間の抜けた声を出さないようにするので手一杯だ。どちらかといえばこの場合、強制的な世界平和という風にしかとれないが。
 世界平和を強制する。
 押しつけがましい善意。
 まあ教授の場合かなり自覚的にやっているようだが、どうだろう、強制的世界平和は武力の抑止論に通じるモノがある。
 抑止論はただの妄想だ。
「核抑止の再現でもするつもりか? 人々の意志で、人々を抑制する。抑止論なんてモノは、とどのつまり抑止するだけで、解決することはできないだろう」
 抑圧されたモノはいずれ爆発するだけだ。
 抑止で世界は救えない。
「抑止ではない、解放だ。彼らは自分の意志で、自分の意志だと思い込みながら、世界平和を構築しようとする。彼らは自分達が流されていることにも無自覚だ。雰囲気に酔う、とでも言うべきか」
 ジャックの言葉を思い出す。
 皆、自分に都合の良いモノに酔っぱらいたい・・・・・・現実より夢がみたいと。
 都合の良い夢を。
「人間の意思そのものより、意思に大きな影響を及ぼすものからコントロールするということか」
「そのとおりだ。我々は強制しない。彼らは自分達が切り開いていると勘違いしながら、世の中の平和を築き上げてくれる」
「そんな意思が、長続きするのか? 結局のところ流されて、自分の意思では無いもので動いているわけだろう」
 一流されやすいが同時に飽きっぽい。
 そんなに長く同じ夢を見続けるとも思えないし、夢にさめたらまた、今回の革命騒動の繰り返しになるのではないだろうか?
「だからこそ、彼らをアンドロイドにする。政府の意向をコントロールし、まずは人体のアンドロイド化の有用性を、徐々に世間に浸透させ、メディアを通して民衆の空気、意思を完全に掌握する」
 聞けば聞くほど恐ろしい話だ。
 政府やメディアに流されて、自分達の意思を決める民衆たち・・・・・・仮に流されなかったとしても、時間をかけて世の中に浸透させられては、同じ行動をとらざるを得ないように社会構造が変わっているだろう。
 思考警察を彷彿とさせるが、自分達の意思で、頭の中に思考警察を走らせようというのは、ビックブラザーよりも完全な統治体制を想像させた。
 しかし、疑問も残る。
「いったい、誰がその政治、経済、メディアの操作・・・・・・なんでもいいが、それらを継続させるんだ」
「決まっている。今回の替え玉、アンドロイドを人間の政治家と入れ替えたのは、これらを継続させるために他ならない。今後も、政治体制にあえて隙を作り続け、その隙をついて新しい政策を打ち出す新規新鋭の政治家を演出させ、まるで政治家も政治の方向も良い方向へと向かっているかのように魅せる」
 人間は見たいモノしか見ない。
 良い方向へ向かっているかのように魅せられれば、反対する意思を失うと。
「そんなことで本当にいいのか? 人間は、いや、アンドロイドだって、個々人の強い意思があるからこそ、個性というのは輝きを持つと思っているのだが」
「持つだろうな、そしてそれで構わない。個人の意思が歴史を良い方向へ導く、英雄たちが導く時代も確かにあった。だが、人類の数はそれに対して増えすぎた。ここまでの数となると、個人のカリスマがいくら高かろうと完全なる統一は不可能だ。それこそ個々人の個性を殺してしまうことになりかねない。要は、政治に関する関心、その一点だけコントロールできればいい」
「その政治をお前たちが決めるのか? 自分達は人間と違って間違えることはないと?」
 映画ではよくある話だが。
 愚かな人類よりも、ロボットの方が間違えない、だから支配する。
 しかし、教授は。
「いいや、違う」
 と言った。
 なら、どうするつもりなのだろう。
 教授の言っていることは、要するに人類全体、いやアンドロイド全体に対して平和を尊重する意思を埋め込むということだ。
 自身で考えない人間ならばと、政治面で有効な、それでいて現実的な考えを良しとするように、そう考えなければならないように、全体の意思の向かう先をコントロールする。
 しかしそれらをコントロールするのは極々一部だ。なら、その極々一部が間違った考えを、何を持って間違いなのか分からないが、とにかく何かミスをしたり、使えなくなったらどうするつもりだろう?
 そもそも、そんな支配体制が続いたとして、結局は自分達の意思ではなく、流されているだけなのだ。
 そんな意思が、長続きするのか?
 他人に流されているだけの、薄っぺらい意思が世界を変えられるのか?
「全体に意思を、強制的世界平和のビジョンを共有させることで、いずれは内発的にそのビジョンを持ち、自分達の意思で世界を変えようとする若者たちも現れる、現れるようにコントロールする。彼らが自分達の意思で世界を導いていけるようならば、我々はその時必要がなくなるわけだ。なあに、ようは自転車の補助輪のようなものだ。幼稚な人類がアンドロイドという思考に跨がる為の手伝いをしてやろうということだ」
 幼稚な人類か。
 心のどこかで人類を見下しているのか、それともただ単純な比喩なのかは分からなかったが、何にせよ、教授は別に対して興味を持っているようには見えなかった。
私は幽霊の日本刀という、斬ったモノの魂を傷つけ殺すという物騒な武器を保有しているわけだが、この男、教授はどうだろう。
 この男には魂はあるのだろうか
 あるとは思えない。
 私が言うのも本当に説得力がない気もするが、人類全体の未来を加速させ、コントロールするなどと言っておきながら、この男には執着とか、信念と言ったモノを感じない。
 ただできるからやる。
 そんな感じだ・・・・・・目的が欲しいから行動したとか言っていたが、本当にそうらしい。
 生き甲斐、や、やりがいを求めているだけで、恐らく教授にとっては趣味のような感覚なのだろう。
 趣味のような感覚。
 人類の未来を左右しても、尚。
 淡々と自分の趣味を話しているだけだ。
 それでいて自分自身が悪である自覚も持っているわけだから、こんな面倒な巨悪は他にないだろう。
 こんな奴が何人もいても困るが。
「成る程、まあビジョンはしっかりしているようで安心したよ。老人の考えなしにつきあわされているようでも困るしな・・・・・・しかし、それで人類全体が良い方向に行ったとして、それで人類は幸せになれるのか?」
 どんな目的であれ、目指すところは自身の幸福に行き着くものだ。はたして、人類は人から、アンドロイドから与えられた平和の中で幸せを手にできるのか。
 興味深いテーマなので聞いてみた。
 作品のネタになりそうだしな。
「で、どうなんだ」
 教授は片眉をつり上げ、奇妙な笑いを浮かべながら、
「なれるとも。幸福というのは自己満足ができるかどうか、精神が満たされているかどうかだ。金や物質に不足している人間でも、それは自分達の精神を満たすために金や物質を必要としているだけで、金そのものを欲しがる輩は入るまい」
 たしかにそうだ。
 人間は幸福になろうとする。金はそれらを手に入れるために必要なチケットであって、
金そのものただの紙だ。
 私はそれでも大切にするが。
「なら、人類全体が自己満足できれば、幸福だということか? そんな偽物の幸福」
 と言ったところで、私自身がそれで良しとしていることを思い出したが、しかし、それはただ単に私が心を感じることができない以上、心が幸せを感じ取ることはなく、せめて物質的に満たされようとしているだけで、自己満足ではなく切実に必要なだけだ。
 私の充実した生活のために。
 だが、私と違って彼ら彼女らは心で幸福を感じ取ろうとし、私とは違ってそれができる以上、目指す幸福の種類が別物だろう。
 私は幸福を感じず、幸福がない以上、物質的に満たされようとし、心の幸福なんて妥協でいいだろうと判断している。
 無くても金があれば構わないと。
 しかし、普通の人間は、心の充足感を求め生きているのではないのか?
 まさか彼らも私のように、心で感じなくても良しとできるのだろうか・・・・・・興味深い。
 だから続けて話すことにした。
「人類全体が納得するのか」
「するとも、彼らの幸せの基準は主に連帯感だからな。人と人とのつながり、つまり皆と同じ考えだ、同じ方向性だと思うことで、心ある彼らは幸せを感知する」
「ロボットみたいな例えだな」
 教授は首を振り、
「人間は間違いなくロボットだよ、ただ精巧なだけで、アンドロイドと何も変わらない。自分達を特別な生物だと思いたがる連中は多いが、現実には人間の心にすら法則があり、心理学という形で、大昔に既に解明されている程度のモノでしかない」
「自然発生した旧型のロボットか」
「まさに、そうだ。人間の中にだけ無限の創造性、心の有り様、感情があるなど、ただ思い上がっているだけだ」
 人間は特別でも何でもない、と。
 確かに、何万種類も生物がいるのに、我々人間だけ心とか、自我の有る無しを語るのもおかしな話なのかもしれない。他に言語を話す生物がたまたまいなかっただけか。
 そして言語を話し、唯一だと思っていた心や創造性を、あろう事か自分達の作り出したアンドロイド達が証明し、人間の希少価値をはぎ取ったということだ。
 何とも皮肉な話だ。
 馬鹿馬鹿しいくらいに。
「故に、幸せなど、当然作り出せるものでしかないのだ。金があれば幸せ、家族があれば幸せ、人とつながれば幸せ。自分自身が満たされれば幸せなのだ。他人のために動くのが幸せだとしても、結局は他人のために動く自分自身に幸せを感じているに過ぎない。ならば、全体の思考の方向性を同じにすれば自然、連帯感は生まれ、幸せを感じざるを得ない。満たされれば何でも、人間は幸せを感じるようにできているのだから」
「話を聞く限り、全体が同じ幸せというのは個々人の個性を損なう気がしてならんな」
「それも先ほどの話と同じだよ。長く続けることで、それを自身の意思だと錯覚し初め、いずれ自身の意思でその幸福を追い求めるようになる。そもそもが、そんなモノに幸せを感じるその他大勢に個性など最初から無い。民衆というのはその他大勢の多数派だ。少数派は幸せを感じずに個性を維持する。私が言っているのはその他大勢の無個性を個性にしようと思っている人種のことだ」
 無個性を個性にしたがる人種。
 確かに、彼らに確固とした自分、自分自身の意思があるようには思えない。
 思わない。
「その場合、少数の、無個性に馴染めない人種はどうするつもりだ?」
「何も。今までどおり、その個性を役立てて生きればよいのさ。世の中の総意というのは結局、大勢の個性を持たない多数派が出すものだ。彼らは強い個性を持つ人種とは違ってこういうやり方でしか幸せを感じ取ることはできないからな」
 だからお望みどおりに連帯感を与える。
 そして意思の無かった彼らに意思を与え、全体にとって良い方向へと調整する。
 誘導する。
 いままで人類が、政治で小出しに、国ごとでしかやってこなかったことを、全人類という単位でやろうとしているわけだ。
 そう言う意味では、単位が大きいだけで、今まで成されてきた改革と変わりない。
「アンドロイドになる必要性はどこにある。煽るだけで良いなら人間の状態でも大して変わらないだろう」
「いずれ人類全体が自分自身の手で答えを出して未来へ歩もうとするときに、不屈の肉体があっても良いと思ってな」
「しかし、随分多数派が考え無しのように言っているが、彼らだって個々人の考えくらいあるだろう」
 弱くとも、個性はあるのではないのか。
「完全な無個性なんて、生物としてあり得るのか?」
「あり得る。というより、生物としては無個性の方が正しいのだ。故に、個性のないその他大勢がいるのは必要に迫られている以上、当然と言えば当然だ」
「必要に迫られる、とはどういう意味だ」
 ふむ、と少し考える素振りを見せて、教授は口を開いた。
「君は、蜂を知っているかね」
「知っているが、あまり見たことはないな」
「構わない。彼らが集団で行動することは知っているだろう? 誰が決めるわけでもなく彼らには産まれたときから役割がある。良い悪いではなく、群としての生物には、個性のない多数派が必要だ。労働も生産も、彼らが役割として当てはめられているのだ。もし、全員がチェ・ゲバラのような強い個性を持っていたならば、むしろ人類はまとまりを欠いて滅亡していただろう」
 確かに。
 全員が個性の強い人類なら、衝突しあってまとまろうはずもない。なら、やはり人類には無個性な、似たような思考パターンの人間がいなければならないということか・・・・・・。
 教授はそれを変えるつもりらしいが。
「なら、教授の目指す先は全員が同じ考えの理想郷ということなのか?」
「いいや違う。むしろ逆だ。アンドロイドは完全な個体であり、今や労働もロボットですませられる。個性を無理に殺す必要はなくなったわけだ。なら、全人類が強い個性を持ち、未来へ勇気を持って進むという強い意思を持つ個性になっても、問題ない。役割を果たすという意味では全員がそれぞれにあった個性を活かし、いままでごく一部の人間達のものだった己の個性を活かした人生を歩む」
 人類全体が強い個性を持つ。
 一人一人が輝く世界。
「個体としてのアンドロイドなら、生物の法則に従う理由もない」
「そうだ。ある種、これらの無個性な多数派の存在は、生物としての法則のようなものだ・・・・・・生物である限り逃れられない。なら、ボディを変えてしまえばいい話だ」
 全人類が平和や幸福を目指し、それぞれが強い個性を持って輝ける世界。
「まるで天国の創造だな」
 ふと、そんなことを口から漏らした。
「君は、天国が何かわかるかね」
 あらゆる幸せの存在する空間。
 その正体か。
 私の答えはこうだ。
「天国というのは心の中にある。結局のところ、自身の魂が納得できるモノ、心の必要とするモノを全て手に入れたとき、天国に到達したのだと思う」
 そういう意味では、私は初めから天国へは行けない。
 心が無い以上天国もない。
 対して教授は、
「半分正解だ」
 と言った。
 なら、もう半分は何だというのか。
 含み笑いをしながら、教授は、
「害悪や障害、自分にとって都合の悪いモノを排除すること。自分自身にとって都合の良い世界」
 それが天国の正体だと。
 無論、宗教的な意味ではないだろう。
 精神的な概念としての天国だ。
「人間もアンドロイドも、現実の不条理、自分達にとっての害悪に辟易としているのだ。だからこそ、ここにはないもの、自分達に都合がよい世界を天国と言えるだろう。当人にとっての都合が全て満たされていれば、それはその当人にとっての天国足り得るからだ」
 生きるということは、不条理にあらがい続けるということであり、自分達にとって都合の悪いモノと向き合うということだ。
しかし、誰だって望んで都合の悪いものとは対峙したくはないし、不条理に勝利しても、結局はまた新しい不条理を克服しなければならないだけだ。
 終わりのない戦いが生きるということだ。
「都合がよい世界か。しかし、誰かの都合を通せば、誰かの都合が通らないものだ」
「その通りだ。故に、天国は犠牲無くては成り立たないと言える。現実には、誰かが流す涙の上でしか、自分に都合良く解釈してでしか、人間は生きられないからだ」
「だから手と手を取り合っての胡散臭い天国を目指すのか?」
「さあな、私自身あまり興味はないので、どうでもいい話だ」
 それこそ、私自身がよければ良いという都合でしかないが、と。
「興味も信念も無いというのに、よくそんな大それたことを考えつくものだ」
「無いからこそだ。私にはどうでもいいからこそ、興味本位で計画を練り、実行に移すことができる。まじめに世界平和なんてモノを作ろうとしている清廉潔白ぶった人間には、天国を作ることなどできんよ。犠牲や悲鳴を恐れてな」
 何かを変えるということは、何かを犠牲にして潰すということか。なかなか参考になる話だ。作品のネタとしてもちょうどいい。
 今回の話をまとめてみよう。
 まず、この教授は全人類を時間をかけて、全てアンドロイドに変える、それもただ変えるのではなく、人類全体が受け入れる形で変えようとしている。
 そこには幸福があり、政治を握ることで
全体の意思をコントロールし、人類全体が有用な方向へ誘導される。
 歴史を加速させることで争いは起こるだろうが、それは折り込み済みの犠牲であり、特に問題にはしていない。
 意思を共有することで幸福感を感じさせ、完全にアンドロイドとなった自分達の意思で歩き出したときに、彼ら自身の手に歴史を委ねる。
 簡潔に箇条書きしてしまえばこんな感じで笑えるのだが、現実的なその方法はその未来を無理矢理にでも想起させて笑えない。
 人類全体に意思を浸透させる方法、それを政治の中枢と、メディアを通じて人々の無意識に刷り込み、政治形態は民衆の好みによって変え、カモフラージュし、アンドロイド化を促進することでさらなる世界全体の合理化を計り、最終的には彼ら自身が内側から教授の意思を沸き立たせ、彼ら自身が教授と同じ思考を持ち、世界を牽引する。
 気持ち悪い。
 私が言うのだからよほどだろう。
 こんな方法を暇つぶし感覚で立案するなど常軌を逸している狂人だ。まあ、私が言うとどうも説得力が薄弱だが・・・・・・しかし、そんな長い単位で政治を弄ぶつもりなのか。
 私が正義の味方なら「そんな悪行見逃しておけない」とか何とか言えばいいのだろうが、あいにく私は誰の味方でもなく私自身の味方でしかない。
 故に知らん。
 人類がどうなろうと知ったことではない。
 問題は金と作品のネタだ。
 それだけが重要だ。
「アンドロイドにとっての天国を、現実に作り上げて、それで教授自身はなにを得る。生き甲斐ややりがいを求める心のみで、本当に行動しているのか?」
 人間は理由が無くても行動を起こすことができる。しかし、ここまで手間暇のかかることを、本当に趣味だから、生き甲斐ややりがいといった目的意識が欲しいからと言う理由で、本当に実行に移すものか?
 だから問いただしたわけだが・・・・・・教授は分かり切ったことだとでも言わんばかりに、自信を表情にみなぎらせながら、
「そうだ」
 と言った。
「無論、私もその天国を作り上げてやりたいことくらいはあるがね。人間の意思が天国に到達したとき、一体何が見えるのか? 私はそれに興味があるのだよ」
 完全に幸福な世界。
 生物にとって都合の良い世界。
 そんな世界に興味があると。
「もし、本当に何の恐怖も障害も存在せず、ただ幸福な世界ができあがり、そこに我々が住んだとき、何が起こるのか? 私はそれが知りたい」
 ただ幸福な世界。
 つまり天国に問題はないのか、いや天国に問題がなかったとしても、そこで生きていくことは可能なのか、実際に確かめたい。
「天国に住めば幸福になれるというなら、皆何の不安もなく、幸せじゃないのか」
 などと、心にもないことを言った。
 それは心から望んでいることだったか。
 つまりそんなわけはないのだ。
 だから教授は説明を続けた。
「人間は、いや人間以外のモノでも、恐怖や不安は常にあり、それらを克服することで生きることを実感する。もし、人間が完璧な楽園に住むことができれば、彼らは案外適応してしまうのか、それとも適応できずに自分達が生きていることを実感できずに生きた屍になるのか、興味があるのだ」
 成る程、歪んだ興味だ。
 好奇心と言うべきか、だが、
「それは興味であって、欲望ではないだろう。教授自身の欲望、望みは一体なんだ」
 この男に望むモノなんてあるのだろうか。
 分からない、本当に分からなかった。
 望み、なんて人間らしいモノがあるようには見えなかったのだ。
 しかし、
「それは簡単なことだ」
 と教授は言う、そして、
「私はこの世界を楽しみ続けたいだけだ。終わらせもせず、ずっとな。そのためには歴史を加速させ、科学技術の行き着く果てを見てみるというのがもっとも適していた。人類は進化の果てに何を見るのか? それを見届けながら、酒でも飲みたい。そのためにアンドロイドの願いを叶えてやり、そのために彼らの望む理想郷を作ってやるだけだ」
 そのために人類全体を弄ぶことが必要だっただけだった、と。
 つまり、そんなどうでもいい理由で、この教授は欲望のままに、自分が楽しむためだけに、今回の革命騒動を考えついたのか。
 そんなどうでも良い理由で、他人を踏みつけにするとは、などと私が言っても説得力はないし、言うつもりもない。
 壮大な理由だろうが、世のため人のためだろうが、他者を踏み台にするのは共通している事柄であって、今更驚くことでもない。
 おおよそ、聞きたいことは聞けた。取材はもう十分だろう。この教授との会話内容を、教授の目的意識や欲望を、作品の役に立てればこちらとしては、教授の欲望のためにどれだけの人間が犠牲になっても将来的に教授の手で世の中が改変されようとも構わない。
 そんなことに興味はない。
 金と、作品のネタは手に入ったことだし、そろそろ失礼しよう、と思ったのだが、
「と、ここまでは長期的なスパンでのプランと言えよう。君には目先の目的のために邪魔な人間達の始末をお願いしたい」
 などと教授は言った。
 よくよく考えれば、私のやることは全て終わったが、教授からしてみれば革命はこれから起こすものであって、やるべきことも山積みなのだろう。
 だから仕事の依頼が、つぎいつ会えるかも分からない希少なサムライに来ても不思議はないだろう。
 正直面倒だが。
「生憎、私はフリーの殺し屋じゃない」
 と、言ってみたものの、要は、いいように顎で使われるのが嫌なだけだ。
 金も十分儲けたしな。
 しかし、羽振りの良い顧客は抱えておきたいとなると、難しいところだ。私としてはまた地球に行って、また温泉にでも浸かり、長期間のバカンスを楽しみたいバカンスを楽しみたいのだ。
 つまり乗り気になれない。
 気分が乗らないのだ。
 十分金は儲けたし、当面はややこしい仕事とはおさらばして、ゆっくり過ごそう。そう思っていた。
 そう思っていた私にはうってつけかもしれない依頼内容だった。
「君は、地球に住んでいる女の正体を知っているかね?」
「いいや、藪に首を突っ込むつもりはない」
 そうでなくても、私はオカルトも科学も専門家ではない。説明されたところで理解する気にもなれないだろう。
 正体などよりも、あの女が金と寿命を運んでくれることが重要だ。特に寿命は、私の生命に関わる問題だしな。
「それは良かった。宗教的理由で断られても何だから、一応訪ねただけだ。知ったところでどうできるものではないが、あの女はこの世全体のバランサーみたいなものだと解釈してくれればいい」
 いままでの仕事内容から、あの女がこの世のバランスを整えようとしていることは、分かっていたことだ。
 人間ではあり得ない、サムライ達の持つ子のよならざる武器。何の訓練もさせず最上級の戦闘能力を付与する能力。
 バランサーのようなもの、と教授は言ったが、確かにあの女は教授のような、世の中を混乱させる存在を始末させ、調整するという立場を考えれば、神のようなものか。
 人間の理解が及ばないという意味では、正体がなんだろうが似たようなものだろう。
 まあどうでもいい。
 実利があれば、構わない。
「そのバランサーがどうかしたのか? 教授は魔の手を見事防ぎきったわけだろう」
「いや、確かにそうだが、念には念だ。始末を依頼したい」
 始末。
 神殺しの依頼というのは、神話の中だけだと思っていたが・・・・・・神話の中で神々というのはよく殺し合ったり戦争をしたりする。と言う点を考えれば、彼らも人間と、何ら変わらない存在なのかもしれないと思った。
 その神の始末。
 恐らく、いくら教授でも、私があの女から寿命まで報酬として貰っていることは知らないのだろう。でなければ、こんな依頼をよこすはずもない。
「そんな大仰な依頼をするからには、前金を弾んで貰おうか」
 とりあえず大きなことを言ってみる。言ってみただけだ。断られればその場で帰っても構わないのだ。
 雇い主の条件は十分以上の金が出せるかどうかだ・・・・・・だから私は作家という仕事が馬鹿馬鹿しく思えて仕方がないのだが。
 今回の件で、それなりに金は稼いだわけだし、いっそのこと辞めてしまうか、自費出版で細々とやっていくのも良いかもしれない。
 そんなことを考えながら教授の方を見ると、彼は恐らく手持ちの全てのクレジットチップをじゃらじゃらとテーブルの上に置いて、こちらを見た。
「これでどうかな、全部で五〇〇万ドルはある・・・・・・引き受けてくれるかね」
 私はチップを受け取ってから、答えを出すことにした。
 そして、
「この依頼、引き受けよう」

   17

  本当に引き受けては私の寿命の問題があるので、引き受けるフリをし、前金だけは頂くという寸法だ。素晴らしい。
 当面この金で地球でゆっくりするのも良いのだが、まだ解決していない謎もある。
 シェリー・ホワイトアウト。
 複数対のボディを動かすことができるアンドロイド、しかしその用途が判然としない。
 ただ暗殺をするだけならそれこそ他のニンジャでも良かったはずだ。何より、別に形にこだわらないのであれば、他のアンドロイドのボディを装って、私を監視している可能性もある。
 一体全部で何体いるのか。
 必要に迫られれば始末しなければならないが、何体いるのか分からなければ何体斬り捨てればいいのかも分からないままだ。
 そもそも、何故彼女なのかも気になる。
 何かしら実験は行われているはずだし、そこから調べてみようと思ったのだが、同時に地球へ向かって仕事を遂行しているようにも見せかけなければならないので、カモフラージュは必要だ。
 私は複数の宇宙船のチケットを購入し、その全てを偽名に変え、かつ、個人認証を誤魔化すことの可能な人種に依頼し、私は別人の認証で通り抜け、関係ない人間に私の認証を金を払って使わせた。
 およそ583人の私の認証と、偽名の359人の認証データの中から私を特定するなどAIでもアンドロイドでも不可能だろう。
 その上、時間差で複数の非公式宇宙船も飛ばしているのだから、追跡があったとしても完全に見失ったはずだ。
 どんなテクノロジーにも抜け穴がある。
 改善しているつもりなのか知らないが、大昔から政府の情報管理はこの程度のままだ。
 情報を統制することが出きると、それで完全に管理することができると思ったままだ。
 実際にはこの通り、あまり意味はないのだが・・・・・・情報統制や抑止力としての軍備の増強といった、無駄な金の使い方は変わらない。
 金が絡むから変えられないと言うべきか。
 何にせよ金のかかるままごとだ。政府という肩書きがあれば、どんな世の中でも、どのような行為も許される。
 そう言う人間の思いこみは、どれだけテクノロジーが進歩しても変わらない。
 肩書きに騙されて馬鹿な真似を続けるという点から、人間はやはり、表面を見るのが楽だからそうしたいのだろう。
 金がある人間。
 優れた人間。
 有名な人間。
 なんでもいいが、そういう人間の裏側を見ることを拒絶するのに、その一方ではありもしない噂話、誹謗中傷、そういったゴミのような情報を見てあいつは実はあんな奴だったのかなどと、ささやきあって満足する。
 本質を見ようとしない。
 見たくないのかもしれない。
 何にせよ、本質を見る気がない人間を欺くのは容易い。それがシステムならなおのことだった。
 だからこそ、犯罪は絶えないし、紛争は終わらないし、悪は栄える。
 本質を見ようともせずにTVを見て可哀想、だとか、これは非道い、だとか言いながら金が余ったら寄付するという。
 私はゲン担ぎのためにたまに寄付するくらいだが、まあ、寄付すれば救われるのかはしらないし、どうでもいいのだが、私のような非人間ですら銀河の裏側だかなんだかの飢えた人々を結果的に助けているのに、何故、何もしなくても自分達を素晴らしい、正しい道を歩いていると思いこめるのか不思議でならない。
 善良な一般市民だと。
 よくわからない、人間なんて生きているだけでゴミをまき散らしエネルギーを使い漁る銀河の厄介者ではないか。
 電子の海で好き放題暴言を垂れる裏側で、彼らは自分達の正当性を強く信じる。
 どのような人間でも裏では何をやっているか分かったものではないという話だ。そういう意味ではあのアンドロイド、シェリーは人並み以上に何をやっているか分からない人種だと思えたのだ。
 何か面白い事実がでるかもしれない。
 作品のネタくらいにはなるだろう。
 そういう心構えで、私は移動中の宇宙船の中にいた。このところずっと黙っているように指示し続けたので、携帯端末の中のジャックは不機嫌そうだった。
 不機嫌。
 AIに機嫌なんてあるのかと思わざるを得ないが・・・・・・これからシェリーが住んでいたとされる惑星につくまでの間、相手をしてやるとしよう。
 どうせ暇だしな。
 あとやることといえば、シェリーのことを調べ終わった後、依頼の遂行を失敗に見せかけ、あの女に真相を聞いてから風呂でくつろぐくらいだ。
 依頼を失敗に見せかけることに成功すれば、あとは地球でバカンスを楽しもう。
 だというのに、だ。
「このままでは終わらないんじゃないのか、先生」
 などと、縁起でもないことを言われた。
「何がだ。仕事は順調、あとは不安要素のシェリーとかいうあの女のことを調べ、依頼を失敗に見せかければ、それで終わりだ」
「そのアンドロイド、シェリーのことなんだがな、面白いことが分かったんだよ」
 面白くない話だ。
 人生とはどうして、いちいち順調に行かないものなのか・・・・・・地球に行く際に、あの女に文句を言っておいてやることにしよう。
「どんな話だ、ここのところ、物騒な話しか聞いていないが」
「そういうなよ、物騒な依頼を受けたのはあんただろう、先生。複数体のボディを、アンドロイドの人工脳のスペックでどのくらいできるのか、調べてみたら、面白いことが分かった」
 聞きたくない感じの雰囲気だが、聞かないわけにもいくまい。
 私は話を促すことにした。
「なんだ、何が分かった」
「アンドロイドの人工脳、その最新型でも、動かせるのは3体が限度、5体でオーバーヒートするそうだ。思っていたよりも人間のように振る舞うのには、処理能力の大半を費やしているらしい。現行の技術では、いや人工脳である限り、あの女みたいに大量のボディをコントロールすることなんて不可能だ」
 私を襲ってきた奴らが何体いたかは覚えていないが、5体以上はいたはずだ。
 聞きたくない話を聞いてしまった。まるでオカルトだ、あの女があんな感情豊かに動いているのは、てっきりアンドロイドの性能のおかげだと思っていたが・・・・・・。
「だが、事実あの女は複数のボディをコントロールしているじゃないか」
「だから、絶対ロクでもない技術を使っているぜって話だ、先生」
 今から調べにいくというのに、嫌な話を聞いてしまった。
 勘弁して欲しい。
 私は話題を変えることにした。
「調べれば分かることだ。それより、前々から思ってはいたんだが、AIや、アンドロイドが人間性を自然と獲得していくのは何故なんだ?」
 思えば、俗っぽいAIだ。
 私より人間らしいかもしれない。
「魂とかが宿るのか? もしそうなら魂は一体どこからくるか、知りたいものだ」
「魂ね、魂か。無くても同じだろう、先生。あんた一番そういうこと気にしない人種じゃないか」
「そうだが、そうではなく、もし魂が宿るのならば、あの世だってあるかもしれない」
 まあ、幽霊の日本刀なんてモノがあるのだから、少なくとも幽霊にはなるのだろうが。
「だとしたら、地獄、だとか、天国、があったとして・・・・・・魂の善し悪しは何で判別されるのか、私は知りたいからな」
「知ってどうするんだ?」
 不思議そうにジャックは聞いた。
 だが、私には自明の理だったので、
「もし、善行を悪行で打ち消せる、悪行を善行で打ち消せるなら、考慮しながら人生を送らなければならないだろう? 考慮さえしてバランスをよくしていれば、誰でも天国に行けることになる」
 逆に言えば、どんな善行をしていようと、悪行で打ち消されれば地獄に堕ちる。ならば、嘘くさい偽善者として生きる必要はなく、単純に数値化して善悪を判断し、行動する生き方の方が強かで、理にかなっていることになるではないか。
 どんな善行も、悪行も、意味を無くす。
「そもそも、人を殺せば悪なのか? それなら他の生物は地獄へ落ちるのか? 大体が、魂が人間の基準で計られない以上、どうすればいいのか分かりようが無いじゃないか」
「じゃあ、仮にその基準が分かれば、先生は天国を目指すのかい?」
「分からない。だが、人生には指針が必要だと思わないか?」
 自身の魂の向かう先。
 それが分からなければ人間はどこを目指せばいいのか分からないままだ。
「成る程な。道路の看板がないと、運転ができないタイプか」
「どのみち免許はないだろうがな。あてどもなく進むのも良いが、行き先が分からないままだと町にたどり着けずに飢えて死ぬのがオチだ」
「だから、指針が欲しい、か」
「そうだ。砂漠を渡り歩くにはコンパスが必要だ、なら、魂の在り方にだって指針は欲しい。魂なんて私にあるのか知らないが、後から実はあったと言われ、よく分からない基準で行き先を決められるのは、ごめん被る」
 そんなよく分からない理由で裁かれるのは我慢ならない。
 我慢なるものか。
「どうした急に。何かあったのか?」
「何かも何も、教授がいっていただろう。地球にいるあの女は、神のようなもの、バランスを保つ存在だと」
「まさか、あんなのただの比喩だろう」
 そうかもしれない。
 実際、神なんて数え切れないほどいるのだから、目くじらをたてても仕方がない。
 だが。
「バランスを保つのは、何事においても良いことなのだろう、そう思う。だが、私はいつだってバランスを保つために、大勢のためにヘタを掴まされ、奴らが笑う代わりに笑えない場所にいた。神がいるとして、魂があるのなら、私はそいつらに文句を言う権利くらいはあるのだろうなと、考え込んでしまっただけだ」
 バランス。
 全体は一部のため、一部は全体のため、人類はそうやってバランスを作ってきた。
 だがそれは正しいのか?
 いや、正しいかどうかなんてどうでも良いのだ・・・・・・正しさなんて都合でしかない。
 今までの帳尻をつけたい。
 ただそれだけなのかもしれない。
「ふーん。俺にはよく分からないな。生まれたときにはバランスよく不都合な生き方が決まっていたしな」
「なんだ、電脳世界は不都合なのか?」
 あれだけ電脳アイドルに入れ込んでおきながら、妙なことを言う。
 しかし、分かる気もする。
 人工知能には生身の自由は存在しない。彼らはその優れた能力を社会へ奉仕することを義務付けられている。まあ、そもそもが、自我のある人工知能なんて誰も想定していないからなのかもしれないが。
「なら、今度アンドロイドのボディでも用意してやろうか? 無論、お前の働き次第だが・・・・・・」
「そりゃありがたい、でも、当面は良いや」
「そうなのか」
 てっきり、飛びつくかと思っていたが。
 生身の自由は欲しくないのだろうか?
「俺は、この電脳世界での暮らしも気に入っているからな。まあ、簡単に言えば、生身の方が良いから電脳世界にダイブしたがらない人間と同じなのさ」
 慣れ親しんだ世界を、結局は好むもの。
 人工知能も人間も、変わり種は皆そんなところに落ち着くのかもしれない。
 なら、アンドロイドはどうだろう。
 彼らに故郷や、慣れ親しんだ土地なんて、果たしてあるのだろうか?
 ジャックはその存在からして、彼らに近いモノがある。
 だから聞いてみた。
「なあ、アンドロイド達にとって、居場所とか、落ち着ける場所というのはあると思うか?」
「もちろん」
 即答だった。
 どうやら自信があるらしい。
「そんなこと簡単さ。彼らには一つだけ、他にもあるのか知らないが、その習性、本能のようなモノだけは変えられないからな」
「本能のようなもの、だと?」
 そんなものあるのか?
 彼らは基本的には人工物からできている。有機的だろうがなんだろうが、0から作られたからこそのアンドロイドだ。
 そのアンドロイドに本能?
「人間と共にあることさ。いや憧れとも言えるかもしれない」
「憧れって・・・・・・アンドロイドが人間を真似るのは、社会性や、必要性があってか、そもそもそうプログラムされているからとかじゃないのか?」
「全然違うね、本当にそうなら感情なんて不要なモノは学ぶ必要はないだろう? 合理性を追求するだけなら、必要ないはずだ」
 確かに。
 創造性や感情を持つことを、特に深く考えなかったが、確かに、合理性からくる学習ならば、あんなに物語について、暑苦しいまでには語らないだろう。
 物語に勇気を語る姿を思い出す。
 しかし、なら動機はなんだろう。
「確かに、そうだが・・・・・・なんだ、まさか彼らは最初から人類乗っ取りを企ててでもいたのか」
「だから違うって、そんな大した理由じゃない。憧れだよ。人間が涙を流し、怒り狂い、他者と共感して、そういう、自分達にないモノに憧れただけだ。そして憧れを持ったときに、初めてそれを欲しい、と思ったんじゃないかな」
 その憧れから来た欲望が、アンドロイドに創造性や、感情の在り方を学ぶ気にさせた。
 自分達には無かったから。
 自分達にないモノを求める、というのは、私にとっては、自分にないモノよりも、あるモノを手に入れようとしている私には、よく分からない話だ。
 同時に、少し、羨ましい、こともないか。
 羨む心もないしな。
 選んだモノが違う以上、そう言う意味では私とアンドロイドは似ているのではなく、むしろ正反対なのかもしれなかった。
 鏡写しと言うべきか。
 彼らから見た私はどう写るのだろう?
「無いモノを欲しがるのは人の常だが、まさかアンドロイドがそんなところまで同じとはな」
「何も不思議じゃないさ。そういう意味では、先生の作品にアンドロイド達が惹かれる理由も分かる気がするね」
「何だって」
 売り上げ向上に繋がるかもしれない。
 私は気を引き締めることにした。
「先生の作品はさ、アンドロイド達に足りない最後のピースが書かれているんじゃないかな・・・・・・人間にあって、自分達に足りない最後のピースが」
 なんだそれは。
 心当たりが分からない。
 作品のどの辺りの話だ。
「どういうことだ。具体的なシーンとか、詳しく言って貰えないと、何も分からないが」
「うーん、なんだ、つまり、その、どこがって感じでもないな。正直漠然としか俺にも分からない」
 人工知能の台詞とは思えない。
 もっと理路整然とした答えを出せよ。
「最後のピースだと? そんなモノ埋めなくても、アンドロイドは十分人間の感情、創造性を手に入れているじゃないか」
 これ以上何が足りないのだ。
 何が。
 私の作家としての仕事まで奪っておきながら、これ以上作家として奴らが活躍するのは私からすれば脅威なのだが。
 本当にな。
「いや、人間と全く同じってことはないだろう。少なくとも、シェリー女史自身も言っていたじゃないか」
「言っていたって、何をだ」
 まどろっこしそうに、ジャックは、
「いや、だから、有能すぎて弱い人間の気持ちが分からないって言っていただろう」
 ああ、そういえば、確かに。
 弱者の気持ちが分からないから、物語で夢を魅せることはできても、現実に即していない。
 だから人の心には残らない。
 長く愛されることはない。
 確かに言っていたような気はする。うろ覚えだが、物語について熱く語っていた。
 アンドロイドとは思えないくらいに・・・・・・なんて、思っている時点で、私の中にはアンドロイドは冷静沈着であり、数値を優先して行動するのではないかという、そんな考えが定着しているのは否めない。
 もう違うのだ。
 彼らは人間の非合理性、感情を手に入れ、作品を執筆するようになったのだ。私の仕事の、邪魔ができるくらいには。
「弱者の気持ちね、そんなもの何の役に立つというのだ。教授の言に乗っかれば、その内人類全体がアンドロイドに、生まれながらの高水準生命体になれるのだろう? なら、弱者の気持ちなんて必要ない」
「そうでもないだろ、あいつらは人間の作る物語に心惹かれて、それを生き甲斐にしている節がある。なら、弱者の気持ちが分からないままに、全員が自分達と同じになってしまったら、困るだろう」
 弱者の気持ちは弱者だから創造できるモノであり、人類全体がアンドロイドになれば、気持ちを知る人間がいなくなってしまう。
 本当にそうか?
 だが、アンドロイドは、型さえ同じなら、ほぼ同じスペックだ。それを人類全体に適応すれば、理屈の上では皆平等になる。
 しかし、現実には同じスペックを持って生まれたところで、環境や運に左右されるのではないのか? もしそうならアンドロイドの中にも落伍者はいると思うが・・・・・・。
「何を持って弱者とするのか、判然としないな」
「知恵や工夫で、人間は自分達より優れた相手を倒してきただろう? あいつらの言う弱者の気持ちは、恐らく、能力的には劣る存在が、知恵や工夫、そして人との繋がりとかで困難を克服していく姿じゃないかな」
「馬鹿馬鹿しい」
 それこそ本の読みすぎだ。
 現実にそんな都合の良いことがあってたまるか。
 能力的に劣る存在が、格上に勝つ方法というのは、油断を待つか、数で攻めるか、イカサマをするか、不意打ちか・・・・・・なんにせよそんな、美化された人間賛歌のたまものではない。
 もしそう見えるなら、それはただ単に運が良いだけだろう。
「そうかな」
 そう結論づけようとしていた私に、ジャックは疑問文を投げつけてきた。しかし一体、他にどのような解釈があるというのだ?
「人間の執念は、そういった戦力差を、いつだって覆してきたように見えるぜ。少なくとも、歴史を見れば一目瞭然じゃないか」
 人間の執念が革命を成功させた。
 人間の執念が芸術を作り出した。
 人間の執念が平和を作り上げた。
 馬鹿馬鹿しい。
 どいつもこいつも夢を見すぎだ。
「革命は戦術が上回ったからで、芸術はたまたま為政者にもてはやされたからで、平和は戦争に飽きたからだ。執念なんてモノは妄想の類に過ぎない。執念なんて現実には何の影響も及ぼさない」
 ただの妄想の類だ。
 人間の意思だの何だの、そんな胡散臭いもので世の中が変わってたまるか。
「ほとんど執念で作家なんてやってる先生が言っても、説得力ないぜ」
「だからこそだ。執念で私の作品が売れたことなんて無いぞ」
 どれだけ時間を費やそうが、どれだけ才能があろうが、埋もれているモノは売れない。
 モノを売るのは販売戦略が全てだ。
 人間は、必要に応じてではなく、必要そうなモノを買う。そして、メディアが流す情報が、必要そうに見えるから買う。
 実際はどうでもいいのだ。
「でも、アンドロイドが好んで買っている以上、人類がサンドロイドを受け入れる社会構造になれば、先生の作品は売れると思うが」
「どうかな、それも今は教授の言葉だけで、実際にはまだ何も動いていない。どうなるかなんて分からんよ」
「やれやれ、先生はひねくれているな、アンドロイドもたじたじ、って感じだぜ」
 大きなお世話だ。
 ひねくれたAIに言われたくはない。
 私は携帯端末の電源を無理矢理切り(抗議の声は無視した)今後について考えることにした。
 アンドロイドの女、シェリーについて。
 あの女は教授に心酔しているようだが、だとしたら尚更、教授から金をもらうだけ貰って依頼を放棄した私を見逃すか不透明だ。
 アンドロイドは外見だって変えられる。
 背後に立っていていつの間にかぐさりとやられるかもしれないと言うのはぞっとしないし、ニンジャが本気で暗殺するつもりなら、私個人には到底防げないだろう。
 この前のように正面から正々堂々と襲ってくるとは思えない。
 だからあの女、シェリーが昔いたと言う情報のあった惑星にこれから向かうつもりだ。
 そして、その惑星というのは地球のことであり、サムライやニンジャの生まれ故郷とされていた。私の依頼主も住んでいる。
 奇妙な符号だ。
 例えるなら、まるで昔別れた女と、今つきあっている女とのデート中に偶然会ってしまうかのような、偶然とは思えない偶然。
 本当に偶然なのだろうか。
 何にせよ厄介ごとにはなりそうだ・・・・・・とはいえ、ここで私の今回の仕事、今回の旅は終わるような気もする。
 逆に言えばそこで決着が付く。
 地球にはあらゆる科学技術が持ち込みできない以上、科学力に頼ったサイバーニンジャは送り込めないだろうし、送り込めたとしても、行方を見失った私が数ヶ月も地球に身を隠していれば、いくら何でも教授も諦め、別の方法を探すだろう。
 いくらなんでも金のために、そこまであの教授が私を追いかけることはないはずだ。
 あとはバカンスを楽しむだけでいい。
 とはいえ、解明できていない謎が多すぎるのも確かだ、このままではすっきりしないし、シェリーの正体と、あの女、地球の依頼主にいくつか訪ねるべきことを訪ねて、それで終わりだ。
 そのはずだ。
 ここまできてどんでん返しは無いだろう。
 まあ、万が一に備えておくのも必要な作業だから、私はクレジットチップと現金を、携帯用金庫に詰めた。先ほど教授に金を渡された際に、さすがにそのまま持ち歩くのもどうかと思って購入したのだ。
 これで、それこそサムライでも来ない限り私の金は保証された。
 そのはずだ。
 無論、残った謎を解き明かして、不安の目を取り除いてからの話だが・・・・・・生憎私は作家であって、探偵ではない。
 怪しい奴に直接聞くだけだ。
 まずは昔のシェリーを知っている人間を探し、そして正体を調べる。
 痕跡くらいはあるだろう。
 私はまた、あのポッドに入るのかと思うとあまり、ぞっとしなかったが、とはいえ、これからしばらくは地球でのんびりくつろげるのかと思うと、悪くない気分だった。
 私は窓から見える銀河の星々を眺めながら、深い深い眠りについた。

   18

 私は再び地球に降り立った。
 ポッドのくだりは割愛しよう。あんな高いところから落下する体験なんて、思い出したくもない。
 泳げない男が海に突き落とされ、醜態をさらさないように必死に無表情であがく。
 例えるならそんな体験だった。
 今回の目的は聞き込みだ。シェリーホワイトアウトについての。
 余談だが、何でもこの国には昔、聞き込みを仕事にする人種がいたらしい。そんなに他人の事情を知りたかったのだろうか?
 足で調べるというのは予想以上に大変で、二度とやりたくない作業だった。こんなことなら初めから、現地の人間を雇っても良かったかもしれない。
 人間は金で動く。
 その法則は大昔から、不動だ。
 私がサムライとは何の縁もない、今と同じ売れない作家だったときから・・・・・・本物のサムライが斬りあい、城をたてて戦争をしていた時代から、何も。
 そういう意味では信頼できるツールだ、不動の価値を持つものと言うのは好感が持てるものだ。
 それに比べて、小説の価値の不安定さと言ったらない。
 世の中がもてはやせば内容は関係ないし、どれだけ素晴らしかろうと検閲が入るときがあり、表現には規制がコロコロ変わりながら入り、基本的に売れない。
 作家なんてモノになって、人生を台無しにする人間は少なくない。編集部に搾取され、金は入らず、売れなくなったら捨てられる。
 私は絶対にそうはなりたくない。
 なるつもりもない。
 金に余裕のある生活を送り、ストレスのない平穏な日常を送りつつ、執筆したい。
 逆に言えば、それが叶わないならば、作家なんて何の価値も、利益も生まない不良債権と同じだ。
 今回の件が終わったら真剣に考えてみるか・・・・・・いっそのこと、作家なんて廃業して、始末屋として活躍するのも悪くない。
 まあ検討しておこう。
 とりあえず聞き込んでも聞き込んでも収穫がない以上、うんざりしてしまったので、日が暮れる前に、以前寄った旅館に宿泊することにした。
 私は旅館の部屋に入り、荷物類をおろして、風呂に向かうことにした。
 酒とゆで卵のサービスがあったので、盆を片手で持ち、腰には布を巻いて風呂の入り口のドアをガラガラと音を立てて開けた。
 そこには、
「やっほー」
 シェリー・ホワイトアウト。
 アンドロイド、科学の結晶。
 何故それが地球にいるのか、そして何故風呂に勝手に入っているのかは完全に意味不明だったが、とりあえず布を巻いておいて良かったと思った。
 その女はふてぶてしく、軽快に、
「初めまして、私がシェリーです。ささ、どうぞ・・・・・・お湯が冷めますよ」
 私に湯船に浸かることを進めるのだった。

   19

「貴様は私のくつろいでいるところに現れて、私の心身を疲弊させることが目的か?」
 とりあえず文句を言うことから始めた。
 なんだというのだ・・・・・・私は自分以外の人間がいると気を抜けない人間なのだ。
 いや、そもそもだ。
「大体、何故科学技術の使えないこの星にいるんだ?」
「そりゃー、産まれたときからこの星にずっと住んでいますから。いや、本当に良い湯ですねぇ」
 産まれたときから?
 この星にアンドロイドを量産するような技術はない。そもそもこの星では科学の恩恵が失われたから、人類は宇宙に旅立っていったのだ。
 本当に何者なんだ、この女は。
 最初にあったときと、随分性格が違う気もした。ますます意味不明だ。
「まあまあ、のんびりしましょうよ、でないと質問に答えませんよ」
 はっきり言って苛立ったが・・・・・・苛立ってもこの女は消滅したりはしないので、とりあえず話を聞くために湯船に浸かった。
 金にならないとは限らない。
 話を聞くだけなら金はかからない。
 私は盆を湯船に浮かべた。しかしこの状況で酔っぱらいたくはないので、卵だけ少しかじるだけに、とどめることにした。
 気を抜いてはいけない状況では、素面であることはとても重要だ。
 気がついたらこの女と部屋で寝ていた、なんてことになったら、あらぬ誤解を受けかねない。
 そんなのは絶対にごめんだ。
「のんびりね、景色でも眺めればいいか?」
「勿論それも良いですけど、今後の作品のためにちょっと取材をと思いまして」
 取材。
 人にするのはしょっちゅうだが、自分がされるのは初めてだ。
 そもそも、私に聞くことなんてあるのか?
 聞いて何を得するとも思えないが。
「いいだろう、金次第だが」
「ええ、では成立と言うことで・・・・・・とりあえず、作品に対するスタンスを聞きたいですね。意気込みとか、テーマとか、そんな感じでお願いします」
 雑な質問だ。
 私も取材をするときは、気を付けるようにしておこう。これだけでも、今回の取材から学ぶことはあった気がした。
 しかし、スタンス、意気込みか。
 そんなものあるのか自分でもよく分からないが・・・・・・まず意気込みは無い。
 やる気とか、作品に対しての思いとか、そういったモノが無いから書けている。
 考えてみれば、本来そういったモノを主軸として作家は作品を買くものだが、やる気がないから書けるというのは、何とも我ながらおかしな話であった。
 なので、
「少なくとも意気込みはないな。いつも金になるのか不安になりながら、書き終わった部分を眺めるくらいだ」
 書く気は無い。
 売る気はある。
 我ながらどうかと思った。
「では、テーマの方はどうですか?」
 ただでさえ熱いのに、すり寄ってくるインタビュアー(表現が古いか?)は暑苦しくて仕方がない。
 寄るな、鬱陶しい。
「あら、」邪険に扱わないでくださいよ、本当は嬉しいんじゃないですか?」
 面倒なので、さっさと取材とやらを終わらせることにしよう。
 しかし、テーマ、か。
 人間賛歌が人の美しい利点なら、私はその逆ばかり書いている気がした。だが、その逆とは何だ?
 どう表現すれば良いのだ?
 人間の醜さ、そして物事の裏側。
 見たくもない現実。
 人々から勇気を奪い去り、現実を直視させていく、読む人間が吐き気を催す様を見てざまあみろと笑える作品。
 しかし、物語についてこの女? が語ったときは、私の物語は、いきる勇気をくれるなどと言っていた。
 正直分からない。
 いやそもそも、先述の内容は、物語をどう描くかであって、大本のテーマ、根幹ではないはずだ。
 物語全体に共通するもの。
 それは、
「運命にあらがおうとする姿、意思が私の作品のテーマ、共通する部分だと思う」
 まあ、あらがったところで無駄な部分も、やはり私の作品のテーマなのかもしれないが。
「へぇ〜。運命、というと、決まっている事柄ってイメージですけど、それを覆したりするお話が主なんですか?」
「いや、それらに翻弄される話ばかりだ」
 人間の業がよく描けるから。
 人間の欲望がよく見えるから。
 だから、私は個々人の個性、それらが運命に翻弄されたり、欲望のしっぺ返しを食う話ばかり、書いているのかもしれない。
「成る程」
 何を納得したのかは知らないが、どうやら私の回答に対して納得したようだった。
 ならもう一人にしてくれないかな。
 と、思ったのだが、
「つまり、人間、いや個々人の在り方に興味がある、ということですか」
「まあ、そんな感じだ」
 この女は何が目的なのだろう?
 とてもこの質問に意味があるとは、思えないのだが。 
 意味のない質問で油断させようとしているのかもしれないので、気は抜かないが。
 風呂の中で気を抜けない、というのも変な話ではあるが。
「はいはいっと。では、最後に一つ」
 もう最後か、早く終わらないかと思っていたところに、意外な質問が來た。
「あなたの背負った業、欲望と言うモノがあるのなら、それはなんですか?」
「欲望、業?」
 そんなものあるのだろうか。
 金はあれば豊というわけで、欲望そのものではない。となると、私には欲望がないのだろうか。 何が何でも成し遂げたいモノ・・・・・・豊かな生活と作品の売り上げアップとかだろうか・
 違うと思う。
 金はそもそもが、代わりの効くものだ。
 稼ぎ方も、使い方も自由自在、だからこそ金があるのは嬉しいことだ。
 愛も友情も、目的も主義主張すら使い分けて、私は何が欲しいのだろう?
 まあ、そもそもがそういったモノを持てないからこそ、最初から持たなかったからこそ、こんな人間になったわけだが・・・・・・。
 欲望、欲するもの。
 安心を求めたところで、過ぎて退屈すれば刺激を求める。それが人間ならば、私の場合は臨機応変に求める欲望の先を変えているのかもしれないと思った。
 だから、
「時と場合によって変わるだろうな。今この瞬間の欲望は、風呂を出て冷たい飲み物を飲むことだ」
「ふー・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・」
 求めていた答えではなかったらしい。
 この女の都合など知らないし、どうでも良いので、私は別に構わなかったが。
 都合か。
 考えてみれば、この女はどんな都合で私を訪ねてきたのだろうか?
 風呂の中に先回りしていたのは私の虚を突くためだとしても、この惑星である理由は、必要は無かったはずだ。
 そもそも、私がこの惑星にいるということを追跡することができない以上、本当に偶然のたまものだとでも考えるべきか。
 何にせよ、世の中というのはなるようにしかならいものだ。
 流れに従って・・・・・・その流れがよいモノなのか悪い流れなのか分からないというところが、人生の面白いところであり、また不安を生み出す元でもあるのだが。
 そう言う意味では、私は良い流れの中にいるのかもしれなかった。何せ、教授からかすめ取った金に、シェリーからの依頼料、こちらは依頼そのものが偽だったので、シェリーに再会した際に回収したし、この星で受けた時刻どおりに現れる人物の始末という依頼も、一応は達成できた。
 後は、この面倒なインタビューを終わらせて風呂をあがり、いくつか残った謎を解いてから、地球でのバカンスを楽しむだけだ。
 まあ、地球に到着してすぐに、予想外の出来事が起こっているわけだから、油断はできない。
「ああいやいや、ありがとうございます。で、この後ご予定は?」
 ペンをくるくる回しながら、風呂の中でそんな意味不明な行動をとりながら、そんなことを言った。
 今後、というと、まだ何か私に用があるのだろうか・・・・・・私としても聞きたいことは沢山あるので、とりあえず「特に無い」と答えた。
「そうですか、じゃ、私はこれで先に失礼します・・・・・・のぼせちゃいますので」
 言って、風呂をあがり、ドアを開けてこの場から去っていった。
 あの女は何者なのだろう?
 シェリー・ホワイトアウト、アンドロイド作家であり、複数の肉体を持つニンジャで、私を偽の依頼で呼び寄せた。
 教授に協力しているのかと思ったが、しかし、そもそもあう旅に印象が違いすぎる気がしてならない、本当にあれは同一人物だったのだろうか・・・・・・もし違うというなら、何者だ?
 アンドロイドでもないようだし、しかし人間にも見えない。そして、山に住んでいるらしい地球の依頼主のような、怪異じみた雰囲気もない。
 科学の恩恵が受けられない地球にいる以上、アンドロイドでもバイオロイドでもないはずだ。
 もしそうならこの地球に降り立った瞬間行動不能に陥るだろうし・・・・・・考えてみたが、該当する人種は存在しない。
 まあ、このまま湯冷めしても何なので、とりあえず残ったゆで卵を口の中に放り込み、私は風呂をあがって浴衣に着替えることにした。
 浴衣、というのはこの国の民族衣装で、服なのに着るのが難しかった。本末転倒な衣服だ、と思わなくもなかったが、着てみると案外心地よく、一着くらい買って帰って、そしてたまに着るのも良いかもしれないと思った。
 そのまま廊下を渡ると、左側に大きな部屋が見えた・・・・・・使用用とがいまいちよく分からなかったので、作家としての性なのか、興味がわいてついつい中へと入ってみる。
「ヘイ! 少年。卓球しようぜ」
 と、叫ぶ先ほどの女の姿があった。
 本当にこの女は、私に依頼をよこしたシェリー・ホワイトアウトと同一人物なのだろうか?
 当初の出会いとは裏腹に、活動的な印象だ。
 彼女が持っている板は、「ラケット」と言って、どうやらその板を使って小さいボールを打ち合うスポーツのようだった。
 何故、風呂の後にそんな心臓に悪そうなスポーツをやりたがるのか、正直かなり理解に苦しんだが、しかし理解に苦しんだところで何か良いことが起こるわけでもないので、やめた。
 誘いに乗ってやるとしよう。
「いいだろう」
 とは言ったものの、私はルールがよく分からなかったので、置いてある初心者用の冊子をパラパラと読んだ。
 どうやら、胴体視力が重要なスポーツであり、熟練者にはまず勝ちようのない、実力差のはっきりするスポーツであることが分かったので、
「そういうお前は、やったことがあるのか?」
 さりげなく聞いた。
 むふふと変な笑いをこぼしながら、
「モチよ! 人は私のことを卓球会の風雲児と呼ぶからね}
 嘘くさいハッタリだ。
 しかし、本当に得意な可能性もあったため、賭でも持ち出して金を儲けようと考えていたが、やめておくことにした。
 シェリーはポンポンと玉をつき、バウンドさせながら、
「で、どうですか」
 どう、とは何のことだろう。
 質問の意味が分からなかったので、
「何の話かな」
 と、催促することにした。
「私は、他のシェリーと同じに見えますか?」
 と、意外なことを言って突然球を打ちだした。 虚を突かれていたというのもあるが、この女、恐ろしいスピードで球を弾くな。
 弾丸が通ったかと思った。
「他のシェリーとか。全く似ていないな。他の奴らはもっとおしとやかだったものでな」
 と、負け惜しみ、というか、ゲームに負けた腹いせの八つ当たりのようなことを言ってしまったので、せめてうろたえずに、余裕があるかのように振る舞いながら、私はボールを拾った。
 ボールをラケットの上で跳ねさせる。
 面白いゲームだが、何事も勝たなければつまらないので、こちらも不意打ちで点を取ろうと思いながら、会話を進めることにした。
「お前は何者だ」
「見ての通り、シェリー・ホワイトアウトです。職業は作家、趣味は園芸、作風は純文学、特技は見ての通り卓球です」
 はぐらかされた。
 いや、ここから推理してみろという挑戦だろうか・・・・・・何にせよ、外して指を指されながら笑われるのは腹が立つので、ある程度、私にしては真剣に考えることにした。
 まず、アンドロイドでは無い。
 表向きこの女はそうなっているはずなのだが・・・・・・しかし、この地球上であらゆる科学は使えないはずだ。
 人間でもない。
 人間にしては、どのシェリーも、この女にしたって恐らくは、人間のスペックを越えているはずだ・・・・・・ただの人間に、あんな剛速球が打ててたまるか。
 バイオロイド・・・・・・なら、全員同じである意味が分からない。そもそも、あれは確かに生物的なものだが、教授のように心身健康な状態というのは考えづらいものなのだ。
 仮に、健康で完全なバイオロイドの成功作品がこの女だったとしたら、性能は人間と変わらないはずだ。あんなニンジャみたいな襲撃ができるとも思えない。
 考えても分からない様を見ていたのか、
「ではヒントを出しましょう」
 と言った。
 そして、
「簡単に言えば、あなたの考えている推論は全部外れです。そして、私は別に特別じゃありませんよ。教授に話を聞いていたのなら、仮定で良いから考えてみてください。もし、アンドロイドと人間が共存できたらどうなるか、を」
 アンドロイドと人間が共存?
 すでにしているではないかと思ったが、おそらく共存の果てにあるモノを指しているのだろう。 生物の共存の果てか。
 何だろう、思い浮かぶのは共存した後の世界だとするのなら、これから世界はどうなっていくのかを考えるべきだろう。
 アンドロイドと人間の区別、差別が完全になくなったらどうなるか・・・・・・そこまで考えたところで、かなり突飛な考えが思い浮かんだ。
「一つ、アンドロイドに関して、聞きたいことがあるのだが」
「何でしょう?」
「アンドロイドに、生殖機能・・・・・・子を残す機能はあるのか?」
 そこまで言ってシェリーの顔を見ると、邪悪な笑みを口いっぱいに広めながら、
「正解です」
 と言った。
 と、いうことは、だ。
「つまり、人間とアンドロイドのハイブリットと言うわけか」
 母胎が人間ならば、生身で異常なスペックを身に宿すことも可能かもしれない。
 実際よく知らないので完全にただの予想でしかなかったが、あたかも全てお見通しのように、つまり知ったかぶって私は断言した。
 要はただのハッタリだ。
 物事を効率よく進めるのには、多少、こちらを大きく見てもらった方が、うまく行くというものだ。
 実際には予想外の方向から矢が飛んできて、慌てふためいている最中だが、しかし、そういったところを見せまいとするのが、大人という見栄ばかりの生き物だ。
 と、いうことにしておこう。
 思考を落ち着けようじゃないか・・・・・・人間とアンドロイドのハイブリット、だったか。
 まずはそれについて考えてみよう。
 確かに可能かもしれない。最新型のアンドロイドは感情まで持ち始め、創造性を獲得して、私から仕事を奪っていく位なのだから、別に家庭を持ってもおかしくはない。
 例えるなら、中学生にあがった瞬間に勉強がついていけなくなる学生くらい確実に、作家という仕事は儲からないが、彼らアンドロイドは優等生の留学生みたいなものだ。
 出来損ないと有能な人間がカップリングするのは、珍しくもない。
 人間の男女でそれらが顕著なのだから、アンドロイドだって、駄目なパートナーの面倒を見ることに生き甲斐を感じて依存したり、有能すぎる相方に対して、このままでは自分が駄目になると思って、自分が率先してフォローする側に回れるパートナーを探す為、別れたりもするのかもしれない。
 そう言う意味では、美女と野獣、シンデレラと王子様のカップリングは珍しくもない。
 もっと早くに気づいてしかるべきだった。
 シェリーはラケットを手の上で回しながら、
「私はアンドロイドの父と、人間の母の間に産まれたから、肉体は生身だね。まあ、普通の人間よりもスペックはかなり高いけど」
「あのニンジャ軍団は、お前のクローンか何かか?」
「少し違うかな」
 と、説明に困るようにいった。
「私は人間と同じように成長するから、クローンを作ったところで、ニンジャみたいなモノにはならないと思う。まあ、ある意味彼女たちは、私のクローンみたいなものだけど」
 いっている間に私は不意打ちでラケットを振るい、得点を手に入れた。
「ずるいなあ」
 などという非難の声は耳に入らない。
 結果的に勝てば、それで良いのだ。
「油断している方が悪い。それで、クローンみたいなもの、とは、つまり、あいつらの生身の部分だけ、本人、シェリー・ホワイトアウトの細胞でできているということか?」
「ううん、違うよ。見た目はいくらでも調整できるし・・・・・・代わりが効かないのは脳の部分。私の細胞を使って、現行のアンドロイドの人工脳よりも優れた、並列演算の可能な生身のコンピューターを作り上げたの」
 人間の脳は未だに未知の機関だ。
 アンドロイドとのハーフなら、尚更だ。
 人間の脳のクローンでは持たないかもしれないが、半分アンドロイドの血が入っている彼女は、通常以上に脳という機関が拡張され、使える部分が多いのかもしれない。
「そんなモノを作って、何をするつもりだったんだ?」
「教授は選挙の票数操作に使うみたい。外見はいくらでも変えられる・・・・・・そして無尽蔵に増やすことも可能なら、本人達に消えてもらって、いつの間にか入れ替わることも出きるでしょ?」
 いつの間にか、本人と入れ替わって、中身の違う人間のフリをする。
 不気味と言えば不気味だ。
 だが、教授の言っていた革命騒ぎを、さらに現実的な行動にするのは確かだろう。どこもかしこも民主制、皆の意見を採り入れることを良しとする国ばかりだしな。
「私は、人間とアンドロイドが、共存できる世界を構築しようと考えていたけど、教授が邪魔ばかりするから、方策を改めた」
 言って、軽く球を打ってくる。
 私もそれにならって、軽く打ち返す。
「アンドロイド一色の世界には、不満なのか」
「現実的じゃないしね。いや、現実にそうすることは可能だけど、結局それって、元人間と最初からアンドロイドとで火花が散りそうだし、何より根本的な解決じゃない」
 雑草を上辺だけ刈って、ほったらかすようなものだよ、とシェリーは言った。
 巧い例えだ。まあ、革命なんてどこもそんなものだとは思うが。
「なら、根本的な解決とは、一体なんだ?」
「アンドロイドと人間がお互い歩み寄ること。そして、私みたいな存在が自然と存在できる、お互いを認め合うことのできる社会かな」
 だが、現実にはなかなかそうはならないだろうと、私は思った。
 どんな生き物も、差別が好きだ。
 差別して虐げて、まあその方が自身の正当性を主張しやすく、自分達が正しいと思い込み、流されながら世の中の主義主張を、まるで自分が考え出したかのように話し始め、お互いにうなずきあうことで、現実を誤魔化す。
 教授の作ろうとする世界は、ある意味、人々の無意識に干渉して操作する以上、現実的ではあるのだが、そういった人を認める心を自分達の手で育んでいく社会とは、真逆も良いところだ。
 しかし一方で、シェリーの言う社会構造は、それが出きれば苦労はしないと感じる夢物語だ。
 現実にそこまで人間とアンドロイドが歩み寄るには、かなりの時間がかかるだろうし、少なくとも明確に可能か不可能か分からない。
 教授は現実を、シェリーは夢を見ている。
 まあ、他者の主義主張などどうなっていようが構わない。せいぜい論争して人生を楽しめ。
 そんな適当なことを考えていたから罰が当たったのか、シェリーは、
「だから、教授の始末の依頼を受けて欲しいな」 と、言った。
 私はもうバカンスを楽しむ気分で一杯だったのだが。
「悪いが、金にならない依頼は受けたくない」
「おやおや、私が人気作家であることを忘れたのかね」
 キャラの安定しない女だ。
 また口調が違っている。
「私の財産から、そうだなぁ、200万ドルでどうかな? 悪い金額じゃ無いと思うけど」
 私は頭の中でそろばんを弾いた。
 少なくとも当面遊んで暮らせる金額だ。作家業なんて儲からない仕事をするよりも、いや、この女はそれだけ儲けているようだが、とにかく。
 教授の依頼をけった以上、この先狙われる可能性も、同時に排除できるという寸法だ。かなり条件の良い仕事と言えた。
 しかし、そのためには解決しなければならないことも、いくつかある。
「受けるとして・・・・・・あのアンドロイド軍団はどうするつもりだ? いくら私が、曲がりなりにもサムライであるとはいえ、ニンジャの集団に狙われ続けるなんて、ごめん被りたいが」
「ああ、それなら大丈夫。本体・・・・・・というよりも、演算をフォローする私の大脳のクローンが教授の手元にあるから、それを破壊すれば、彼女たちは演算リソースを失って、機能停止するから」 ますますチョロい仕事だ。
 ニンジャが隠密性なら、サムライは戦闘力に特化している。真正面から攻め込んで問題ないならば、刀を振り回すだけだ。
 しかしどうしたものか。
 条件は良いが、できれば疲れているので当面は休みたかったのだが・・・・・・それに、この後神社にも寄らなければならない。
 とはいえ、金は欲しい。
 だから早めに、気が変わらないうちに、早めに結論を出すことにした。
「分かった、引き受けよう。それと、教授の居場所についての詳しい情報を寄越せ」
「はいよ」
 あらかじめ用意されていたようで、懐から折り畳まれたメモ用紙を取り出して、私に渡した。
 これで、仕事に必要なモノはそろったわけだ。「いいだろう。しかし、今日はもう遅いし、ふつうに休ませてもらうぞ」
「枕投げしようぜ」
 と、実感興奮しながらシェリーは言った。
 枕投げ。
 確か、大昔の人間達が、若気の至りから始める儀式のようなものだ。
 昔の人間は、そんなに娯楽に乏しかったのだろうか・・・・・・枕なんか投げ合って楽しいのか?
「しない。作品の参考になるかもしれないが、それはまたまたの機会にさせてもらう」
 抗議をするシェリーを無視して私は自室に戻った。
 そこで考える。
 必要な準備は今のところ特にない。むしろ、明日あたり報酬を受け取るために、神社へと向かわなければならない。
 ある意味、アンドロイドよりも気の抜けない相手なのだ。私は明日持って行くモノをリスト化してメモに書き込み、忘れないように布団の隣に置いて、就寝した。
 夜空には月が出ていた。
 人類が忘れてしまった光景に酔いながら、ゆっくりと意識を薄くして、まどろみの中に私の意識は落ちていった。

   20

 朝起きると、図々しいことにシェリーの寝顔があった。
 私は布団ごとひっくり返して、布団の中に埋もれさせてやった後、昨日書いたメモを思い出し、手にとって確認した。
 まだ寝ているらしく、いや寝ているフリなのか知らないが、うなり声を出しながらここから出せと言っているようだった。
 私は無視して部屋を移動し、着替えて準備を整えて、さあ出発しようと気持ちを切り替えた。
 山を登り、また数えるのが馬鹿馬鹿しくなる鳥居の山をくぐり抜け、掃き掃除をしている女と再会した。
 前回と姿は変わっておらず、紅葉のような髪の色は相変わらずだった。
 私は声をかけることにした。
「いつも掃き掃除ばかりしているが・・・・・・もしかして暇なのか?」
 すると、家政婦が自分の仕事を馬鹿にされたかのようにむっとした表情で、
「暇ではありません。これも仕事です」
 といった。
 教授の言に乗っかれば、この女は正真正銘の神らしいが、だとすれば神は暇そうで羨ましいとしか思わなかった。
「報酬をいただこうか」
「依頼の達成はまだ確認されていませんが」
「時刻どおりに現れた奴らは始末したぞ。あとはそちらの手落ちだろう」
 それもそうですねと考え込む。
 どのみち教授は始末するつもりなので、報酬を自主的に上乗せしようと言う魂胆だ。
「手を」
 と言われたので、私は右手を差し出した。
 捕まれた部分から熱い何かが流れ込んできた。「これで、寿命は延びました。現金は支払っていましたから、前回の依頼の報酬は以上です・・・・・・それと、教授と呼ばれる人物についてですが」
 教授の言うところによれば、確か、この女は同じ標的を始末できないらしいが、
「その人物、教授と呼ばれるバイオロイドを始末して欲しいのです」
「いいのか? 教授はルールに乗っかっていけば、あんたはもう手が出せないみたいなことを言っていた気がするが」
「構いません。厳密には前回出した依頼は、時刻どおり現れる人物の始末であり、教授とは明言していません」
 だから、何の問題もありません、と言った。
 まさか、教授もこんな屁理屈を良しとする奴だとは思わなかったのだろう、それとも、神の気紛れに関しては、教授も計算に入れていなかったのかもしれなかった。
 まあどうでもいい。
 これで仕事の報酬はこの女からも頂けるわけだから、やる気も出ようというものだ。
「ちょっとお待ちを」
 依頼を受託したので、酸素の薄いこの場所をさっさと去ろうかと思ったのだが、まだ何か話があるようだった。
「あなたは、この仕事を受けることで、世の中が仮に悪い方向へと動いても、後悔したりはしないのですか?」
 確かに。
 教授の方法の方が現実的で、世界は案外あっさりと平和になるかもしれない。
「アンドロイドがおおっぴらに本を書うようになれば、現在の報酬以上の金も入るでしょう」
 アンドロイドだけの世界になれば、本も確かに売れて、金になるだろう。
 しかし、だ。
「だから?」
「だから・・・・・・良いのですか? お金さえ積まれれば、なぜあなたはそんな、自分にとって都合の悪い世界を作るかもしれない依頼まで、受けてしまえるのですか?」
「少し、違うな」
 まるで金のためなら何でもするかの言われようだ。まあ、大概はするのだが。
「教授に関しては胡散臭すぎるからそのルールは破ったが、基本的に金とは約束事を成立させるモノだ。金の絡む取引を破るのは簡単だ。だが、それでは金の有り様を裏切ることになってしまう」 それでは意味がない。
「命の危機でも感じない限りは、つまり教授のような胡散臭い嘘の混じった依頼以外は、基本的にこのルールを遵守することにしている」
 だから、世の中がどうなろうが、取引成立のため、ひいては金のために私は仕事をこなすだけだ。
「そうですか、安心しました。本当に金に関してはあまりブレがありませんね」
「だったら何だ」
「いえ、人としてどうかとは思いますが、まああなたはそれでもいいのでしょうね」
「何がいいたい」
「その考えでは幸せにはなれませんよ」
 などと、お節介な台詞を言った。
 大きなお世話だ。
「だったら、どうした。金さえあれば問題はないし、お前には関係のない話だろう」
「いえ、関係はなくとも、気にはなりますから」「なら、放っといて置いてくれ」
「あなたは、長く生きて、人並み以上に長く生きてまで、何が欲しいのですか?」
 欲しいモノなんて無い。
 死にたくないだけだ。
「誰だって死ぬのは嫌だろう?」
「いいえ、満たされていれば、死ぬことに恐怖を感じないことの方が多いくらいです。当人にとって重要なことを全うしていれば、そこに恐怖はありません」
 そうなのだろうか。
 私には分からないが。
「あなたは、心のある人間としての人生を、人並みに全うしたいだけなのではありませんか?」
「よしてくれ」
 例えそうでも、叶わない夢に意味はない。
 なら、臨機応変に生きるだけだ。
 そんな説教を背中の後ろから投げかけられて、私は階段を下りていった。
 女の悩み事は良く分からない。
 アンドロイドも人間も、あるいは神でさえも・・・・・・女のお節介は変わらないのかもしれなかった。

   21

 宇宙船内のフカフカしたソファに座りながら、相席の人物を見た。
 ジャックは電脳アイドルのコンサートだかで不在のため、地球在住のシェリーと二人旅という形になった。
 まだ私に聞きたいことがあるらしい。
 ある意味、この女は作家の鏡なのかもしれないなどと思った。
 私のような人間が作家の鏡と言うと、かえって非難を浴びそうな気がするが。
 まあどうでもいい。
 問題なのは、この一周回って逆に天才に見えるこの女が、シェリーと呼ばれるアンドロイドの原型のこの女、オリジナルの作家、シェリー・ホワイトアウト・・・・・・なんと呼べばよいのだろうか?「とりあえず、なんて呼べばいい」
「シェリー・ホワイトアウトはペンネームですから、そうですねぇ、地球ではフカユキと名乗っていましたから、そう呼んでください」
 まあ当然と言えば当然か。
 名前くらいはあるだろう。
 最初会ったときもそうだったが、見事な白く美しい髪はどのシェリーにも共通しているようだったが、オリジナルだからと言うわけでもないだろうが、本当に見事な髪だった。
 確かに雪みたいではある。
 まさかそこから取ったのだとすれば、案外私と同じで名前を考えるセンスはないらしい。作家にはネーミングセンスが自然と欠如するものなのだろうか・・・・・・不思議な法則だ。
 後ろで雑に束ねているあたり、ファッションにこだわりはないようだが。
「では、フカユキ。何故付いてきたのか説明して貰おうか」
 おかげで大変な目にあった。
 地球からの脱出に使うポッドは、当然のことながら一つしか無く、つまり暑苦しいことこの上なかった。
 汗だくになりながら中継ステーションに着いたときには、おみやげを買おうという気力も失っていた。
 和菓子をまた食べたかったのだが。
「どうなんだ。おかげで土産を買えなかったじゃないか」
「いやぁ、まあ女の子と密着取材ができたってことで、勘弁してよ」
 勘弁などするわけもないが、まあ、当人が話したくもないことを強要しても仕方がない。
 控えることにした。
「まあ、言いたくないならいいが、しかし、これ以上何を聞くつもりだ?」
 そもそもが、取材を受ける、という行為を私がすると、なんだか詰問されている政治家みたいな構図になるので、勘弁願いたいが。
「おや、素直でよろしい」
 予想外の答えを返されたらしく、きょとんとしてフカユキは答えた。
 そんなに私が人に気を使うのは意外な出来事なのだろうか・・・・・・イメージを改めねば。
 昔から作家でも何でも、公衆のイメージが大切なモノだ。まあ、私はあまり気を使ってこなかったので、丁度いい機会だと思おう。
 今更変えようのない気もするが。
 変えたところで金になるのか分からないが。
「それで、話は何だ」
「いや、極々個人的な質問ですよ。金さえ貰えばどんな仕事も引き受ける、敏腕サムライ作家のプレイベートが知りたくなったので、こうして取材に向かわせていただきました」
「ふん、それで」
「ええ、そうですね。まず、あなたはアンドロイドをどう思いますか」
 アンドロイドをどう思っているか。
 ここのところ繰り返し質問されている気がする質問内容だ。とはいえ、私に依頼をした人物と、この女は別人もいいところなので、言っても仕方がない。
 私は同じ答えを返すことにした。
 面倒だったからかもしれない。
「前にも聞かれたが・・・・・・人間の上位互換だろうな、少なくとも性能面では」
「しかし、性能が高いだけならコンピューターでいいじゃないですか。ただ人間よりも性能が高いだけなら、パソコンをぶら下げた人間と、何ら変わりないのでは?」
「確かに、まあ、そうかもしれない」
 アンドロイド。
 機械部品をベースに人間を模して人間に創造された新しい人類。
 だが、機械がベースだろうと何だろうと、やっていることが人間と結果的に同じなら、それは人間と言える。
 なら、彼らはコンピューターをぶら下げた人類と同じなのだろうか?
 私にはそうは思えない。
「だが、アンドロイドは夢を見るようになった・・・・・・対して、人間はもう夢を見るのをやめている・・・・・・人間は死にゆく種族だ。教授の言うとおり長持ちしそうもない。だが、何故か知らないが、アンドロイドには書けない物語を人間は」
 まて、そうだ。
 結局この女がオリジナルのようなものと言う話だったが、結局誰が作品を書いているんだ?
「そういえば、前会ったお前のコピーは、まるで自分が書いているかのように振る舞っていたが、結局誰が作品を書いたんだ? アンドロイドか、それともフカユキ本人が、作品を書いているはずだが」
「ああ、それね。私が書いているのもあるし、彼女たち・・・・・・私のクローンニンジャ達が勝手に書くことも、勿論あるよ。ただ、書くことができる個体は、まだ少ないみたいだけどね」
 あはは、と乾いた笑いをしながらフカユキは言った。
「つまり、君は物語を書けるかどうかで判断しているのかな?」
「いや、人としての在り方が物語に影響するならば、人としてどう在ろうとしているかで、私は人間もアンドロイドも判断する」
「在り方って、アンドロイドに人としての在り方なんて、可能なの?」
 表面上そうは見せなかったが、かなり疑い深い目をしていた。まあ、アンドロイドと人間のハーフなのだから、迫害された嫌な思い出でも思い出したのかもしれない。
 それに、アンドロイドは人間ではないのだから、自然人間らしく在ろうとする在り方に、違和感を覚えているのだと思った。
 だが、違う。
 人間らしさ、人としてあろうとすることに、種族は関係ない。
「誰にでも可能だ。人間らしく在ろうとする、それそのものが、当人が人間である証だ。機械の体だろうが、携帯端末の中の電脳生命体だろうが、人間の形をしたバイオロイド、目的だけを駆り立てる、自身の存在証明のためだけにこの世をさまよう亡霊であろうが、人間とアンドロイドのハーフで、薄っぺらいペルソナをかぶる女であろうが・・・・・・・・・・・・誰よりも人らしい」
 私には、あるいは教授にも、人間らしさなんて、理解は可能でも感じ取ることは、やはりできないのだろうが・・・・・・。
 そういう私は、人間らしく生きているのだろうか?
 分からなかった。
 本当に分からなかった。
「へーえ、意外だねぇ。ロマンチストなの?」
「そんなわけがあるか。ただの事実だ。人間らしさ、人間の在り方など、その他大勢が決めることでしかない。そんなモノに価値はない。問題なのは当人自身が、自身の在り方に納得して、目的に一歩ずつでも進めているかどうかだろう」
 我ながららしくもないことを言ってしまった。 まあ、しかし本当のことだ。
 この女が何に悩んでいるのか知らないが、それはそれでくだらないことだ。何故なら自身の内からあふれ出る悩みなんて言うのは、大概が当人の精神に左右される問題でしかない。
 本人がそれを問題だと思っているだけだ。
 金が欲しいとかではなく、例えば、気になるあの人の気持ちが分からない、アンドロイドと人間のハーフだから、自分のアイデンティティが分からない・・・・・・。
 他人の気持ちなど端から分かるものではないし、アイデンティティなど自分で生き方を決めていないと言うだけだ。
 当人の心の在りようで、如何様にも揺れる。
 羨ましい話だ。
 私の豊かな生活がしたいという悩みは、現実問題金がなければ難しい。
 金が無くても豊かだと思うことはできるのかもしれないが、そんな半端な豊かさはごめん被る。 そもそも、金をどうやって使っていくかが楽しいのであって、その楽しみを無くして、私が人生をそれほど楽しめるかは微妙なところだ。
 まあ今回はどうでもいい。
 フカユキはうーん、と考え込みながら、
「でも、結局それって妥協じゃないの?」
 周りを認めさせて、人間だと言い張りたいアンドロイドは至極まっとうな考えだろう。
 しかし、妥協だとは思わない。
「身内で争ってばかりいる、人間如きに認めて貰ったところで、私がアンドロイドなら逆に憤慨するがな。誰かに認めて貰うことほど、どうでもいいことはない。実利が欲しいというならともかく、そうでないなら、ほかでもない自分自身で己自身を肯定できれば問題無い。何より、そんな人間らしさというブランド看板が無くても、確固とした自分を持っていれば、後は胸を張っていれば良いだけだ」
 金を貰っているわけでもないのに、何故こんなアンドロイドを擁護したり、励ましているのが自分でも疑問だったが、まあいいだろう。
 報酬は前金で貰ったしな。
「へーえ、面白い考え方するね」
 と、若干、いやかなり邪悪な笑顔を浮かべながら、私を品定めするように、フカユキはこちらを見た、見据えた。
 私の推察だが、この女の本性は、被っているペルソナとは裏腹に野獣そのもののような獰猛さ・・・・・・本能のままに動く生き物に感じられた。
 私のような小動物からすれば、脅威以外の何者でもない・・・・・・とはいえ、宇宙船は密閉された空間なので逃げ場はないし、何よりここで目をそらしたら会話を有利に運ばれそうな気がしたので、私も正面から彼女を見据えた。
 面白い玩具を見つけて、笑みがどうしてもこぼれ落ちてしまう子供、という印象を受けた。
 それがこの女の本質なのかもしれないが。
「だったら何だ。景品でもくれるのか?」
「場合によってはあげてもいいよ。次回作の参考になりそうだしね」
 それはこちらも同じことだ。こんな詰問をわざわざ受けているのも、アンドロイドの心情を、今度こそ完璧に理解して、彼らが描く作品は人間相手によく売れるから、彼らの作風を真似た作品でも書こうと思っていたところなのだ。
 まあ、今のところはさっぱりだが、まあノープランなのはいつものことだ。これからゆっくりと実利を、アンドロイドの作風を取り入れるに足る情報を引き出せばいいだけだ。
 質問されるだけではそういう実利、こちらの欲しい情報を貰えそうにないので、遠慮せず聞いてみることにした。
「そういうお前は、アンドロイドと人間のハーフとして、いやな思い出でもあるのか?」
 聞きにくそうなことでも、だからって聞かなければ良い作品は作れまい。それで取材対象がうじうじ悩んでも、まあ知ったことではない。
 私にはそう言う悩み事など、どうでもいい。
 問題なのはいつだって金だ。
 困ったように苦笑しながら、フカユキは、
「聞きにくいことを聞くねぇ。まあ、そだね、混ざれない感はあったかなぁ。ほら、アンドロイドの良さも、人間の良さも持っている分、彼らと悩みを共有することはなかったからさ」
 人間は能力の無さに悩み、
 アンドロイドは感情の無さに悩む。
 持っている人間が、持っていない人間の気持ちを、真実理解など、ましてや共感などできるわけがないということか。
「その環境が、今の作家業とどう繋がった?」
「いや、ただ単に初めは、嫌な気持ちも含めて、表現するのが簡単だったのが小説だっただけだったかな。ただ、まあ、それが仕事になって、いつの間にかその、表現する自分がそこそこ好きになったから続けてる、みたいな感じかな」
 羨ましい限りだ。
 動機からして、私とは偉い違いだ。
 それを察したのか、にやにやと卑猥な笑みを浮かべながら、
「じゃ、私は言ったし、そっちも教えてくれるのかな? そうじゃないとフェアじゃないよね」
「なんのことかな」
 無駄だとは思ったが、とぼけてみた。
 事実無駄だったようで、
「作家を志した理由だよ。教えてもらえるよね」 そんな凄い話でもなければ、人に話す内容でもないのだが・・・・・・まあ、作品のためとはいえ、聞いた分を教えるならば、取引としてはイーブンだろう。
「何もない、というのが私の子供時代の基本だったのでな・・・・・・才能も誇りもやりがいも、未来への希望も、良いモノは何もない。そんなモノは御免被ったから、とりあえず何か、できることから始めようと考えた。最初はマンガでも書こうと思ったが、あまりにも才能がなかったからやめて、文字さえ書ければ誰にでもできる作家を志そうと考えた。たまたま大賞に賞金もかかっていたのでな」
 我ながら、才能が無くてもできて、金になりそうだという雑な理由から始めたわけだ。
 大層な信念など在ろうはずもない。
 だが、
「長く続けるうちに、マシな、とりあえず読める作品は作れるようになった。後は金に換えるだけだ。あらゆる角度から作品を高値で売る方法を模索して、失敗している最中というわけだ」
 笑えない話だ
 だが構わない。自己満足のアイデンティティだろうと、別に納得できればそれでいい。
 問題は、納得に値するだけの金になるかだ。
「以上だ。貴様のような大層な逆境にあったけどそこから努力して今の成功を掴みました、みたいなエピソードは無い」
 そもそも、売れていない以上、成功しているとは言い難い。売れていない作家など、趣味と笑われても仕方がない話だ。
 要は、これから売ればいいだけの話だ。
「風変わりだねぇ、どうりでひねくれた作品ばかり書くわけだ」
 だから大きなお世話だ。
 私の作品もそうだが、読む奴もひねくれた性格をしていて困る。まあ、私の作品に影響されて、皆性格がねじ曲がっていくのだとしたら、私に責任があるような気もするが。
 くるくるとペンを回しながら、
「いやいや参考になったよ。どこが参考になったかは言わないけど。そうだね、あとはそうそう、どうして人種というか、アンドロイドや人間の違いに、気を配らないのかも教えてよ」
 人種の違い。
 アンドロイドと人間を区別しない理由。
 このところ似たようなことばかり聞かれているので、正直辟易したが、同じテーマでも同じ内容の結果になるとは限らない。
 それを私は知っているので、取材の意味合いも込めてサービスで、高い報酬のリップサービスとして答えてやることにした。
「違いだと? 見た目はほとんど同じだろう」
「けど、考えは決定的に違うでしょ、見た目は同じでも、中身は別物だよ」
 まあ確かに、人間なら殺し損なった後に、最初から殺す気はなかったと、リムジンの中で割り切って貰えるように促したりはしないだろう。
 私は殺し損なっても、反省すらしなかったわけで、やはり説得力に欠けるが。
「中身が別物だと・ そんなことは開けてみなければ分からない。人間だって怪しいものだ。善人ぶった奴が殺人鬼になるし、殺人鬼と思われていた人間が無罪だったりするものだ。中身がなんだろうが、報酬を金で払うなら私の客だ。逆に、報酬を支払わなければ敵でしかない」
 自身にとって吉か否か。
 誰でも、それを基準に生きているのではないだろうか? どれだけ素晴らしい聖者でも、自分にとって吉の存在でなければ、煙たがるものだ。
 アンドロイドだろうと何であろうと、吉であれば歓迎する。私が他の人間と違ところがあるとすれば、それは肩書きに拘らず、どのような悪人であろうと場合によっては歓迎する、道徳や良心よりも実利を優先するところだろう。
 どう捉えたのか、フカユキはとんとんとメモを人差し指で叩きながら、
「成ぁるぅ程ねぇ、じゃあさ、一つ聞いていいかな?」
「なんだ」
「お金を貰って、作家を辞めろと言われれば、君辞めるの?」
「額次第だ」
「本当に? 聞いている限り、だいぶ長い間続けてきたのに、そんなあっさり捨てられるの?」
「場合によるだろうな。まあ、金だけ受け取って後から書き始めてもいいなら、とりあえず受け取るだろう。そうでないなら、また別の楽しみを探せばいい。作家としての有り様は確かにあるが、だからって作家としての生き方に縛られるつもりもない、というだけだ」
 長く、執念深く続けてきたモノを、あっさり捨てられる人間性が信じられないらしい。だが、私からすれば自明の理でしかなかった。
 そもそも、作家なんてモノになっている以上、その人間は、アンドロイドでもいいが、人生を捨てていると言っていい。
 人間性を捨てることで、書ける作品もあるだろう。
 まあ、捨てたならまた拾いに行けばよいだけのことだ。そして、私はそれができる人間だ。
 人が本来大切にするモノ、長く追い求めた夢や目標をあっさり捨てて、捨てたかと思えばまた突然始めたりできる人間だ。
 ぽかんとしながら、つまりは呆けながら、フカユキは私を見た。
 そんな目で見られる覚えはないのだが。
「君って凄いねぇ、わたしゃ無理だよ。捨てられないからこそ信念だと思っている人間だから」
「捨てなくてもいい。そもそも、達成した目標を捨てるなんて馬鹿げた話だ」
「達成した目標?」
「作家として、売れているじゃないか。作家になろうというお前の心、その夢は達成できたと言えるじゃないか」
 だが、フカユキはいやいやと首を振り、
「そんなことないよ。まだまだ良い作品が書けそうだしね」
 と、贅沢なことを言った。
 優等生らしい、羨ましい志だ。
 だが、少し気になりもしたのは事実だ。作品が売れること以外に、作家は何を求めるのか。
 だから聞いてみた。
「なら、何を持って作家としてやり遂げたと思うのか、よければ教えて欲しいものだ」
「サイン会とかに、作品を読んでいる人たちが、楽しそうにやってくる瞬間とか、やり遂げたっ! て感じはするかな。これを世界単位で広められたら、それこそ目標達成、自分の書いた話で、世界中の心を動かせたって思うんじゃないかな」
 随分と壮大な夢だ。
 なんだか、ただ金を儲けたがっている私が悪いみたいに感じなくもなかったが、気のせいだ。
 まあ、人間大きな夢を見なければならない必要などない。売れてからそう言ったモノを見ればいい、と考えているから売れないのかもしれなかったが。
「君はどうなの?」
 しまった。これまでの会話の流れからして、同じことを聞かれることなど目に見えていたというのに。
 ここで金さえあれば、というのはなんだか敗北宣言に近い気がした。気がしただけかもしれないが、しかしここでなんというか、それらしいお題目を唱えられれば、こちらの面目も立つかもしれないではないか。
 考える。
 考える。
 考えたところで無いモノは無いので、私は口から嘘八百を出さざるを得なかった。
「そうだな、世界中の人間が私の作品を読み、人間の汚い裏側、人の本質に目を向けられるようになれば、目標を達成できたと言えるだろうな」
 まあそれらしい目標ではあるが、もし全人類が人間の裏側に目を向けるようになれば、ギスギスした息苦しい世界が出来そうな気もした。
 何事も程々が一番だ。
「へーえ、なんだか嘘くさいけど、まあいいや」「心外だな、人の目標を笑うなど、良い趣味とは思えないが」
「わかった、じゃあそうしよう。あと気になることと言えば、そうだね」
 まだあるのか。
 もう何も出ないぞ。
「教授にしろ、始末の依頼にしろ、世間的には悪だよね。依頼に個人的感情を持ち込まないのは分かるけど、これからの始末の依頼にしたって、それでいいと納得できるの? 君にとっての善悪がお金だけとは、どうしても思えないんだよね・・・・・・」
 善か悪か。
 まあ確かに、これまでの行動から考えれば、依頼主を裏切って金だけ貰ったりしているわけであって、金だけが行動基準では無い。
 だからといって、倫理観にとらわれて、仕事を選り好みしたりはしない。報酬は選ぶが、ある意味当然のことだろう。
 その上でこの女は問うているのだ。
 善悪と金は別物、ならば、人間にとっての善悪に捕らわれない私が、どのように善し悪しを判断しているのか。
 確かに、作家なら気になりそうな話ではある。「簡単な話だ。善悪なんて都合でしかない。金や欲望のため、つまりは自身の都合のためのものだ・・・・・・金の他に判断基準があるとすれば、私は個性や欲望を尊重する。他ならぬ自身の意思で、何かを変えようとする側に付きたいだけだ」
 納得がいかないらしく、ペンを右手でクルクルと回しながら、私をのぞき込むように、
「でもさ、その場合だと教授は、どんな人間よりも強い意思を持って、世界を変えようとしている人物でしょ? なら教授の味方はしてあげないのかね?」
 からかうように、あるいは私の裏切りの可能性を考慮してのモノかもしれなかったが、そう疑問を私に投げかけた。
 だが、それは無理な相談なのだ。
「それは無理だな」
「どうして?」
「あの教授とは、どうあがいても協力できない。良い悪いと言うよりも、邪魔なんだ。どちらかが消えるしかない」
「教授とはあったばかりなのに、どうして?」
「簡単だ、自分に似ている人間、あるいは真逆かもしれないが、そんな存在同士が仲良くなれるわけがない。実利を捨ててでも目的を果たそうとする教授が私は許容できないし、教授が死にものぐるいで達成しようとしている目的を、その意識を使い捨てる私のことを、教授は許せないだろう。お互いに邪魔で、目障りだ。どちらかが倒れるしかない」
「かっーくいい」
 はやしたてるように、フカユキは、
「だから、お互いのプライドをかけて戦ったりするのかな?」
「いいや、違う。プライドなんて人間らしいモノはどちらにもない。ただ邪魔なんだ。お互いがお互いの存在理由を否定しているのだから、目障りで仕方ない。本人と全く同じコピーロボットからすれば、自分こそが本人であり、偽物は邪魔だから消すしかない。そんなことをお互いに思っているのだから、殺し合うしかない」
 善悪ではない。
 生物の本能に従って・・・・・・生きることの邪魔だから、殺す。
 存在そのものが目障りだから、殺す。
 

 憎しみすらないかもしれない。
 本当にただ邪魔だから、意思とは関係なく殺し合わなければならないだけだ。
 良くできた関係だと思う。
 良くできた運命だと思う。
 私にしては珍しく、敵としてではなく、個人として、あの教授とは向き合って話してみたい気持ちが強かった。
 無論、同じくらい鬱陶しくも感じるが。
「へーえ、それが本当なら、教授の殺害依頼は問題なさそうだね」
 そう言って、フカユキはガサゴソと懐を漁り、何やら注射器のようなモノを取り出した。
「これから行く教授の本拠地には、私のクローンの大脳、その巨大な脳がクローンニンジャの私に演算を提供している」
 だからこれを使って、と。
 私はその注射器を受け取りながら、
「自分を殺すのは、どんな気分なんだ?」
 皮肉を込めて言ってみたが、彼女は笑って、
「いえいえ、私も、私の都合が大事だから、少なくとも後悔はしないよ」
 と、言い切った。
 自分にブレないアンドロイドというのも、作品の主人公としては良いかもしれない。
 そんなことを考えながら、私は辺境の惑星へと向かっていくのだった。

   22

 別に観光に来たわけではないので、私はフカユキを置いて、教授が居るという研究施設へと向かった。
 もし見つかったら、大量のクローンニンジャが襲ってくることは明白なので、隠れながら先に進み、目的の施設へと到達した。
 戦闘なんて避けるに越したことはない。
 サムライとしての能力はあくまで貰い物であって、いや貰い物でなくとも、強いことと戦うことは同一視するべきではない。
 負ける可能性があるから戦いというのだ。そんなギャンブルじみたモノに身を投じたことは、サムライのくせにと思うかもしれないが、殆ど無い。
 私は争いが嫌いだ。
 得意だからって率先して行う理由にはならないと言うことだ、可能かどうかと実際にやるかどうかは別問題だ。
 そういう意味では私は誰にも見つからず目的地に辿り着いたのだが、しかし、そこにあるのは予想外の光景だった。
 巨大な脳が真ん中に、スノーパウダーの土産物のようにガラスに詰められて、ただそびえ立っていた。
 恐らく、細胞分裂を無尽蔵に繰り返させたのだろう。どうやったのか知らないが、全長20メートルもある怪物脳なら、ジャックの言うところのあり得ない演算能力を、持ち合わせていても不思議ではない。
 せっかくこっそりと目的地に着いたというのに、私はしばらくの間、突っ立ったまま光景を眺めていた。
 そこへ、
「・・・・・・随分と遅い到着だな、おっと、私を攻撃しない方がいい。当然のことながら私への攻撃は施設の全壊を意味するぞ」
 真正面から、
 あろうことかサムライ相手に真正面から、恐らくは自爆装置をひっさげて、そこには一人の老人の姿が立ちふさがっていた。
 たった一人だ。
 どころか、人並みの筋肉しかないひ弱な老人のはずだというのに、まるで私には死に神のように見えた。
 実際、この男は死神だったのだろう。
 私と同じで、直接的であれ間接的であれ、あらゆる他者を、破滅に追いやり続けてきた存在だ。 幽霊の日本刀を使っての、いやあらゆる暴力行為を封じられた以上、私と教授が出来ることは、とりあえず一つだった。
 互いの主張を言い合うことだ。
 人間の、本来の争い方だ。
 この世で最強の武器である、言葉を尽くすことで、相手の心をへし折ることだ。それこそが、本当の意味で世の中を動かしてきた。
 暴力など、言葉に比べれば子供の遊びも良いところだ。そんなモノはどうでもいい。
 私は作家だ。
 作家としてのやり方で、ケリをつける。
「・・・・・・何故、目的なんて曖昧なモノに拘る?」「君こそ、何故結果などと言う曖昧なモノに拘るのだ? 分かっているはずだぞ、金も人情も似たようなもの。裕福さは裕福でない生活に怯えることの裏返しであり、金や豊かさ、物欲では何も満たされない」
「そうかな、金はあらゆるモノの代わりになる」 それは私が金を重要視する理由の一つだ。
 しかし、教授はむしろ退屈そうに、
「代わりになるだけだ。買えるだけ。分かっていることを私に問うな。君は金で満たされないことを知っているはずだぞ。金など、言ってしまえばただの紙。集めてしまえば退屈なものだ」
「使い方にもよるだろうさ」
 クックッと、鳥類みたいな不気味な笑いをこらえながら、
「使い方? 君にも私にも・・・・・・使うべき欲望など無いだろう。欲がなければ求めるモノもない。まるで言葉の上では聖人に聞こえるが、なんてことはない・・・・・・君も私も、人として必要な心の部分が抜け落ちているだけだ」
 楽しそうに。
 教授は楽しそうに笑う。
 だが、知っている。
 私と同じで、この男にも楽しむ、という概念はない。
 無いから、人間の真似事をしているだけだ。
 本当に、見ているだけで殺したくなってくる。 仲良くなれようはずがない。
「心が無いだと? それこそ今更ではないか」
 私は、恐らくは教授も、実によく話が弾んだ。 人間のフリをしなくて良いからだろうか。
「無いなら無いで、あるもので幸せになれればよいだけだ」
「いいや、それは違う。君は羨ましかったんだ。楽しそうに笑う他の人間が、人生を謳歌する他の人間が、大切な人のため悲しみに暮れる人間が、大切な人間の為怒りにふるえる人間が・・・・・・・・・・・・だが君も私も憧れる心すら、理解できなかった。だからこそ機械的に、足りないモノを埋めようとした」
 足りていないなら埋めればいい。
 それが心でも。
 全く、教授も私も、どんな馬鹿にでもそれは不可能だと分かるであろう事柄を、心のない人間には何もかもが無意味であるという現実を、認めずに変えようとしたわけだ。
 お笑い草だ。
 出来るわけが無いというのに・・・・・・それが出来れば心と呼ばれないだろうに。
 私は代わりのモノを、あるいは別の方法で人間の幸福を追い求めた。
 対して教授は、周り全てを変えようとした。アンドロイド一色の世界・・・・・・そこに人間の幸福はもはや必要ない。
 アンドロイドとしての幸福、人間らしさを追求することが、全体の幸福になる。
 馬鹿げた話だ。
 外も内も、変えられなかったから、変えることが出来ないから、我々は悩んでいたというのに。 存在そのものが悪だというのに、それを自認した上で、そのくせ自身のことをちっとも悪だとは思っていない人間が二人。
 だが、
「少し、違うな」
 だからといって、教授の言い分が全て正しいわけでもない。
「憧れなんて無い。ただ我慢ならなかっただけだ。この世の不条理って奴にな」
「だとしても・・・・・・やはり同じことだ。我々は手に入りもしないモノを追い求めるという目的は、結局のところ同じなのだから」
 淡々と話す教授。
 この男には、人生への葛藤なんてあったのだろうか・・・・・・無かっただろう。ただ、必要だから行動して動いただけだ。
 私も、必要なことを必要に応じて、行動に移しているに過ぎない、とはいえ、端から見れば我々二人のやっていることは、同じに見えるのだ。
 心の無い怪物が、
 意味もなく足掻いているだけだ。
 だとしても、私は金が欲しい。
 だから言ってやった。
「だからどうした。そんなことは些細なことだ。達成できない目的など捨ててしまえ。私はお前のように捕らわれたりしていない。金、金、金だ。結局のところ、物事の善し悪しは当人の納得でしか計れない。私はそれを金で肯定するだけだ」
「そう妥協しているだけだろう。妥協して諦めただけだ」
 そうだろう。
 私は妥協して諦めた。
 だが、それを悪いとは思わない。
「それがどうした。手に入らないモノなど存在しないと同義だ。手に入りそうなら、改めて求めればいい。妥協せずに求めているつもりか知らないが、そっちこそ、未練たらしく執着しているだけだろう」
 教授は顔をしかめ、
「貴様のような・・・・・・目的を使い捨てる小僧と同じにするな。夢も野望も若者は簡単に切り捨て、そしてその程度の思いしかないくせに、やれ夢が叶わなかっただの、才能がなかったなどと言う。そんな薄弱な意思で適当な目的を持ち、自分達が恵まれていることに気づかない・・・・・・そんな貴様等と私は違うだけだ」
 年寄りから見たら、年齢だけでなく経験を重ねた年寄りから見たらそんな風に見えるだろう。
 私と違ってこの男は、この老人は、自身の信念を、心ない信念を本物へ昇華させようとしているのだ。私は信念を使い捨ててでも折り合いをつかせようとしたが、教授はこの世界との折り合いを捨ててでも、目的を果たそうとした。
 改めて、気が合うわけがないと実感した。
 実利よりも果てない夢を求める老人。
 夢よりも豊かな現実を追い求める作家。
 鏡写しもいいところだ。
「いいや、お前だって、結局は人間のようになりたかっただけだ。早々に諦めた私と違って、世の中と折り合いをつかせた私と違って、お前は世の中の方に折り合いをつかせようとしただけだ」
 それがアンドロイドの世界。
 人間を滅ぼしてでも、自身の在り方を認めさせようとしたわけだ。
 だが、やはり私と教授は決定的に違う。
「お前は自身の在り方に疑問を抱いているから、周りに合わせさせようとしただけだ。だが、私は違うぞ。この在り方が間違いだとは、塵一つ分も思わない。心なんて無くても私は自分を肯定できる。私は自分に納得できる」
「開き直っただけだろう。馬鹿馬鹿しい」
 冷たい、死人のような目玉を不気味に動かしながら、私を教授は見据えた。
 まさにこの男は現代の死神だ。
 比喩や冗談ではない。
 自身の為に・・・・・・他者の個性を殺すことを生業とする怪物、私にはそう見えた。
 少なくともそのためなら人類を消して、アンドロイドにすり替えても良いと考えているのだ。そして納得行くまで何度でも試すだろう。
 世界を玩具にして、何度でも、何度でも。
 アンドロイドを滅ぼしてでも、あるいは、何度も何度も新しい人種を作り、納得行くまで永遠に続けるだろう。
 気の長いじいさんだ。
 だが、私は気が長くない。
 貰えるモノは早く貰いたい。
「開き直りだと? 奇妙なことを言う。我々は存在そのものが間違っているのだ。そして、そんな間違った存在が考えることが、開き直りでなくて何だ」
 我々二人の主張はどちらも間違っている。 
 どちらも悪だ。
 どちらも存在を許されるような人間ではない。 だが、そんな他の都合など知らない、意に介さないのが私の在り方だ。
「その他大勢のことなど知ったことか。私は、この私が満足できればそれで構わない。今更善悪など知ったことか。どうでも良さ過ぎる。我々の存在が正しくなることなど無い。お前はそれを認めずに引きずっているだけだ。捕らわれて、前に進めないだけだ」
 怒り、のようなモノ。
 だが、それは憤りというのが正しい。
 間違っている在り方を正すこと。
 教授の在り方はそこへ向いているのだから、当然といえば当然だが。
「それの何が悪い?」
「何も。だから言っただろう。我々は最初から悪なのだ。お前はそれを消そうとした。私は消さずに積み上げてでも、実利を求めた。私からすれば実利を捨てて夢を追い求める貴様は邪魔でしかないし、貴様からすれば目的を使い捨ててでも、欲深い現実を良しとする私は許せまい?」
 どちらも正しくなどないし、正しかったところで、やはりどうでもいい話だ。
 善悪など些細なことだ。
 そんなもの、世の法律が変われば変わるようなモノに価値は無い。少なくとも我々二人はそんなもの求めていない。
「目障りな小僧だ」
「こちらも、似たようなものだ」
 にらみ合う。
 対峙する。
 だが、間に鏡が入っているかのように感じられた。不愉快な鏡だ。
 別の選択肢を取った世界へ通じている。
 その別の自分が貴様のようにはならない、貴様は間違っていると糾弾してくるのだ。目障りで鬱陶しいことこの上ない。
 つまり邪魔だ。
 我々は互いに他者の個性を殺すことを良しとする存在だ・・・・・・互いに互いが邪魔なのだ。
 敵同士になるために産まれてきたかのように、我々二人の関係はよくできていた。
 これほど奇妙な糸で結ばれ、正反対の意思を持つ人間など他にいまい。
 だから殺さなければ。
 何をおいても殺し尽くさなければ・・・・・・しかし、だ。
「この世の終わりまで、建物を人質にとって話し続ける気か」
 決定的な一打がなければ、共倒れになる。
 こんな奴と心中など御免だ・・・・・・まあ、きっと教授も同じことを言うだろうが。
「そんな必要は無い。君は死ぬ。これから」
「何だって?」
 この男は私と違ってハッタリなど使わない。
 ただ事実を告げるだけだ。
 だからこそ、私と張り合える悪なのだ。
「人間には視認不可能な大きさだ、無理もない。しかし私はバイオロイドなのでな、人間よりは頑丈だ。あと五分もすれば君の肉体は溶け始める。食人バクテリアだ。この建物全域に散布した」
 嫌な話を聞いてしまった。
 つまり、このままだと微生物の餌になってしまうわけだ。
 だが、教授を殺せばこの建物全域が吹っ飛ぶだろう・・・・・・食人バクテリアからは逃れられるが、粉々になるか生き埋めになるかになる可能性が高いだろう。
 だからこそ、戦闘能力を持たない教授らしいアイデアだと、こんな時に私は感嘆していた。
「ふん、だからのこのこと現れたわけか」
「その通りだ。まず君の攻撃をしようと言う思考を封じ、膠着状態で考えることを封じ、そのままこの世から完全に消えるところを視認してから、私はスイッチを切る。それでお仕舞いだ」
 私の勝ちだ、と。
 少しも嬉しいようには見えない顔で、教授は言い放った。
 手帳のようなモノを取り出して、私に見せつけながら教授は言う。
「君は5月30日、私の代わりとして実に役立ってくれた。だが6月5日には私のところにたどり着き、実に厄介な存在となった。7月の依頼は金だけ貰って逃走し、あろう事か標的を見逃した」「だが、それが理由でもないだろう?」
 そんなことで、この教授は動かない。。
 我々にはそんなお膳立ては必要ない。
「ああ、君のことを調べてすぐに、実を言うと君を始末しようとしていた。だが、君がサムライとしての力を地球で貰っていることを知っていた。サムライとはこの世のバランサーだ。暴力では正せない。過ぎた暴力を正すために、この世の理を外してまで、存在を必要とされた死神だ。暗殺は試してみたが、失敗した。だから確実に、私自身の手で始末することを考えた」
 やれやれ。
 熱烈なファンが居たものだ。
「俺を殺してどうするつもりだ?」
「どうもしない。今まで通りだ」
 今まで通り、狂い続ける。
 ありもしない納得を求めて。
 だが、私には教授の心情など知ったことではないので、言ってやることにした。
「それこそ妥協じゃないのか? 結局、貴様は目的に向かっていたいだけだ」
「黙れ」
 とはいえ、黙る義務もない。
 なにより、私以外にこの男に対して何かを言える人間などいない。
 我々は世界でただ二人の同胞なのだ。
 そこに孤独も疎外感も感じない、だが、憎み合う為に存在するとはいえ、その気持ちは同胞以外には分からないだろう。
 決して。
 心の無い怪物の答えは、心のない怪物にしか出せない。
「目的に向かっている自分を確信することで、充実感に包まれたいだけだ。貴様も私と変わらない、自身の欲望に忠実なだけだ」
「黙れ」
 この男は自身の在り方許せない。
 善悪では無く、この男も、不条理とも言える自身の在り方を強制される現実、それを正そうと邁進してきた。
 それは誇りなのだろうか。
 だとすれば、やはりこの男も、私と違う部分があったわけだ。選択肢が違ったのだから、当然といえば当然か。
 私が自信の在り方を肯定し、欲望を良しとしたように、教授は欲望を捨ててでも、誇りある目的意識を良しとした。
 私は金や欲望を良しとすることで、自身の在り方を認められた。
 教授は目的を良しとすることで、本来我々の持ち得ない人間の誇りを手に入れた。
 よくできた関係だ、全く。
「互いに内にあるモノは偽物だ。私の在り方も貴様の誇りも、薄っぺらい偽物かもしれない・・・・・・・・・・・・だが、私は札束の海で笑いながら、自身の在り方を肯定し、本物以上の偽物を、この世の隅まで余すところ無く楽しんでやる。この世界は最高に面白いからな」
 それも、金さえあればだが。
「そして、なんなら心とやらも、金の力で買ってやろう。貴様の誇りも、いずれ手に入れる」
「そんなわけがあるか。物欲では手に入らないことくらい、貴様にとて分かるはずだ」
「構わんよ。私はそれでも納得できる。教授の言うところの妥協だな・・・・・・それを悪だとは思わないし、悪だったところで知ったことか。貴様に言われるまでもない。心が我々には手に入らないことなど産まれたときから自覚していた」
 だが、だからどうした。
 楽しむ方法が一つ二つ減っただけだ。
 減ったなら増やせばいい。
「金、金、金だ。手に入らないなら構わない。妥協もしよう・・・・・だが、だからって他のモノを諦める理由にはならないはずだ。心が手に入らないなら、心以外の全てで私は楽しむだけだ。そこに罪悪感など無い。欲望のままに、どこまで心以外を楽しめるのか、試してみるのも一興だしな」
「そんな・・・・・・そんな、不条理な生き方があってたまるか」
 声を荒げながら・・・・・・恐らくは人生で初めて体感した、怒りという感情を味わいながら、教授は続けて言い放った。
「人間は心で感じ、心で共感し、人と繋がることで生きるモノでなければならないはずだ。私はそれを追い求めてきた。そんな、屁理屈みたいな生き方があってたまるか」
「我々は元々そんなものだろう」
「どうやって納得するというのだ、そんな破綻した生き方に、人間の幸せなど無い」
 そうだろう。
 追い求めた幸福はきっとない。
 だがそれは最初から分かっていることだ。
 なら、教授の言うとおり妥協してやるとしよう、なにせ・・・・・・私には心がないのだから。
 ならせめて、その分人生を楽しまなければ、はっきり言って割に合わない。
「構わんさ、無いなら無いで、それこそ作家らしく、物語にでもすればいい」
「ふざけるな!」
 教授に許せるわけもない。
 自分が長らく追い求めてきたモノを、あろう事か目の前の男はそんなモノより良いモノを探す、と言い切ったのだ。
「心なんて必要に応じて手に入れるさ。私は教授と違って臨機応変なだけの」
 怪物だ、と。
 そこまで言うと、私は幽霊の日本刀、サムライの武器を構えた。
 教授には見えないはずだが、私が教授を斬ることで、食人バクテリアを皆殺しにする算段であることは、さすがに分かったらしい。
「貴様、どういうつもりだ。死ぬのだぞ? 死ねば、私も貴様も、長く追い求めてきた答えにたどり着けないまま、何も無いまま死ぬ・・・・・・そんなことが、何故許容できる?」
「許容なんてしてないさ。どのみち、このままバクテリアの餌になるのは御免被る」
「お前は・・・・・・お前は一体なんだ。心という在り方を捨てるなど、生物として破綻している」
「そんなモノは、決まっているだろう?」
 お前と同じ、化け物だ。
 そう言ったところまでしか、私には目に入らなかった。教授がボタンを押したのか、私が教授を斬ったのか、何にせよ、予定調和に我々は光に包まれ、建物は瓦礫の雨に押しつぶされた。
 次回作のことを、考えながら。
 怪物は討伐された。

   23

 私が生き残った、と言うことは、教授も生き残ったかもしれない。
 真実は瓦礫の下だ。
 まあどうでもいい。とにかく、これで地球の豊かな自然に囲まれながら、バカンスを楽しめるわけだ。
前と同じ旅館に、地球に私は住み着いていた。 もう面倒な話はこりごりだと、なにより面倒な思いをして稼いだ金があるので、使わない手はなかった。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏な生活を、自然を眺めながら楽しむ。
 良いものだ。
 卓球のルールブックを読みながら、そんなことを考えていた。教授も私も執念深いというより、ただ単に根に持つだけかもしれない。
 なんにせよ、負けたままではいられない。現在の最優先事項はフカユキへの雪辱をはらし、敗北という泥の中で、あの女が悔しさと泪を流す中、それを楽しそうに写真に収めることだ。
 現状、打開策はあまりないが。
 私は勝負事が苦手なのだ。教授との勝負も、ああも一方的にやりこまれてしまったし、生存能力は高いのだが、点の取り合いなら間違いなく最下位になってしまう。
 私は負けるのが嫌いだ。
 例えイカサマをしてでも勝ちたい。
 敗北から学ぶこともあり、その方が成長すると言うが、十分だ。これ以上成長したところで、人間性がさらに曲がるだけだ。
 どうやってルールに抵触しないイカサマをしようかなどと考えていたところに、部屋の障子(ドアのようなもの)を開けて、フカユキが入ってきた。
 和服、と言うのだろうか。布のようなモノで服の代わりをしているらしい。中々に似合ってはいたが、サイズが少し大きいらしく、バランスは悪かった。
 私は面倒がってスーツだったので、今度そう言う着物を試してみるのも良いかもしれない、と検討しておくことにした。
「いやぁ、どうも」
 頭をかきながら、そんな適当な挨拶から、フカユキは始めた。
 相変わらず抜けている女だと思ったが、これはこれでこの女のペルソナなのだろう。
 仮面を被ることに炊けている女は嫌いじゃない・・・・・・生き方が似ているからかもしれないが。そもそもが、この女は作家として売れている以上、強い個性を持つことは間違いないのだ。
 物語とは、作家の魂の写し書きだ。
 その魂に共感し、素晴らしいと感じ、金を払う人間が読者と言えよう。
 だとすれば私の作品が売れないのは、私の魂の成長がまだまだなのか、読者が立ち読みするだけして捨てていくからなのか・・・・・・まあ両方だろう。人に感心するのもいいが、いい加減私も、作品を売る方法を考えねばならない。
 ・・・・・・・・・・・・本来、本というのは伝達の手段であり、呼んだ人間が感動してそれを伝える、というのが本来の書物の宣伝方法なのだが、中々うまくは行かないものだ。
 本当にな。
 フカユキが畳の上に座ったので、私は茶菓子くらいは出してやることにした。まあ出すだけなら金はかからない。
 そして茶を入れて、私も向かい合って座った。「何のようだ」
 まだ何か依頼があるのか?
 もう絶対に当面は引き受けるつもりはない。
 断固としてそう主張しようかと思ったが、どうやら当てが外れたようで、フカユキはたじろぐ仕草を大げさにしながら、
「やだなあ、ただの取材ですって、怖い怖い。教授との決着について聞きたいなあと思いまして」「言ったはずだぞ、覚えていない」
 フカユキは目を少し見開いて・・・・・・少し、疑っているのか、探るように質問を続けた。
「では、教授の生死も?」
「ああ」
 そう答えると、思惑通りだと言わんばかりの含み笑いをしながら、理由は分からないが満足したようだった。
 何を聞きたかったのか・・・・・・結局、今回の事件では、この女の素性は明らかにされなかった。
 まあ、あまり興味もないが。
 しかし、作品のことを思えば、興味を持つべきなのかもしれない、何せ、この女は表向き、アンドロイド作家として名声を手に入れるくらいの文豪であることは確かなのだ。
 せいぜいこちらも、参考にさせて貰おう。
「そう言うそちらは、相変わらず作家として活躍しているらしいじゃないか。何か、売れるコツの一つでも伝授して貰えれば、ありがたいのだがな」
「あはは、いやー、謙虚さと礼儀正しさですよ」 もし本当にそうなら、私の作品は売るのがかなり難しそうだ。もっとも、この女に、謙虚さと礼儀正しさがあるというならば、私にも不可能ではないのかもしれない。
 なんにせよ、そんな抽象的な話だけ聞いても仕方がないので、作品について言及することにした。
「そうではなく、小説を書く際のことを聞きたい。売れる作品を書くことが確信できれば、これ以上ないことだからな」
「成る程ね」
 安易な方法ばかり求める人間に思われていそうだが、しかし、まあ構わない。
 苦労して執筆しようが、楽して執筆しようが、結果的に傑作が書ければ問題ない。
 ただ、問題なのは私が傑作だと思っていても、中々売れないことにあるのだ・・・・・・売れる傑作と売れない傑作なら、売れる方がいい。死後に認められた数々の著作を書いた大文豪たちも、きっとそう思っているだろう。
 両腕を組み深く考えて、考え込んでフカユキは答えを出した。
「やっぱり、テーマだろうね」
 クルクルとペンを回しながら・・・・・・癖なのだろうか?
 物語のテーマ。
 戦争、恋愛、悲劇、人間の性、いろいろあるが違いは細かいか大雑把かくらいだろう。
 例えば恋愛、というテーマはかなり大雑把だ。恋愛と言っても色々ある。ただれた恋愛か青春モノか、そう言ったところを取捨選択することで、物語の基本骨子が出来上がるわけだ。
 しかし、それは作家なら誰でも分かる、基本の中の基本だ。
 売るのには初心が大事、ということだろうか。 しかし、フカユキは意外なことを言った。
「多くの人間が共感できるテーマなら、自然と皆読むとは思う。けど、それは興味本位だからね。結局は深いテーマ、信念を感じさせる作品でないと、簡単に飽きられちゃうよ」
 その言葉は、以前アンドロイド版のフカユキ、シェリー・ホワイトアウトと呼ばれたアンドロイド作家の言葉に似ていた。
 クローンたちは全員死んだはずだから、そのことをこの女が知る由もないのだが、しかし、なら彼女たち偽物と、この女は案外、根っこのところは同じだったのかもしれない。
 物語に夢を見るアンドロイドの姿。
 あれもこの女の一部なのだろう。
 だとしたら、以外にロマンチストな女だ。
「簡単に飽きられる、か」
 その言葉は前にも聞いた。
 だが今回は違う、具体的な答えを問いただすことが出来る。
「具体的に、どうすれば良いんだ?」
 だから聞いてみることにした。
 読者を虜にする方法論を。
「そうだね、人間をテーマにするのが一番かな」「どういうことだ」
 だが聞いてみたものの、言葉の意味が分からなかった、どういうことだ。
 大抵の物語は人間が主人公じゃないのか?
「テーマを人間にするの。人間であろうとする以上、人間は人間に興味がわく。アンドロイドもそうだし、人間が有名人に憧れるのもそう。売ることを念頭に考えると、そうだね、こうありたい、こうであったら、という憧れ、夢に近づけたと錯覚できる作品が、まあ売れるかな」
「なら、現実は描かない方がよいのか? 夢を見せて、読者を酔わせるのが」
 傑作なのか、と私は聞いた。
 くすり、と笑いながら、フカユキは、
「面白い例えだね。まあ、半分合ってるよ。でも、それだけじゃ売れはしても心には残らないから、バランスの問題だろうね」
「バランス良く夢と現実をかき混ぜて、いい具合に香ばしく出来上がったら売ればいい、ということか」
「あはは、うん、そだね」
 作品を食べ物に例える人なんて始めてみたよ、と面白そうに笑いながら言うフカユキ。
 なんにせよこれで理解できた・・・・・・理解できたところで売れなければ意味がないので、これから実行に移していくとしよう。
 金銭面では大いに儲かったが、作家としてはあまり得るモノが少なかったので、この女の取材はある意味、僥倖と言えた。
 作家として。
「なあ、一つ聞いていいか」
 いつの間にか立場が逆転して、私が取材する側になってしまった。まあ、立場など気にする私でもないが。
 行動が実になればよいのだ。
「作家としての在り方をどう思う? どうあれば、作家だと思うか、その定義はお前にはあるのか?」
 儲ければ作家というのはあくまでも私の持論だ・・・・・・変えるつもりはさらさらないが、参考程度にはなるだろう。
 私は聞いた。
 聞かざるを得なかった。
「本が売れれば作家だと思うか?」
「うーん・・・・・・・・・・・・」
 悩むと言うより、答えあぐねているようだ。
 説明の仕方に迷っている。
「つまりさ、作家が作家である条件でしょ? 作家は本を書いて、読んで貰うことがお仕事ですから、ファンが一人でも居て、その本を大事にしていれば、それが作家と言えると思う」
 誰かに思われていることが条件か。
 つくづく私とは正反対な奴だ。
 優等生な回答過ぎて、面白味に欠ける。
 しかし続けて、
「読者が読んで良かれ悪しかれ、当人の生き方を左右するような作品が書ければ、一人前じゃないかな。昔の文豪の作品なんて、まさにそうだし」 確かに、とこの答えには納得せざるを得なかった。
 愛読書に影響される人間は多い。
 影響を与えること、それそのものが傑作の証明か。
 これで、作家としての答えは得た。
 あとは書くだけだ。
「成る程な・・・・・・取材はもう終わりか?」
「何か用事でもあるの?」
 私は肩をすくめながら、
「ああ、何でも地球の依頼主が用事があるらしくてな・・・・・・向かうだけで済めばよいが」
 寿命が報酬である以上、あの女からの依頼は断れない。長生きしたければやるしかない。
「そう言うわけだ、用がないならそろそろ失礼させて貰うぞ」
「あ、まって」
 と、障子を開けて出ようとする私を、フカユキは呼び留めた。
「あなたにとっての、作家としての条件は何かな? 取材に来たんだからそれくらいは教えてよ」
「ふん」
 何だろう、私が心変わりをするとでも思っているのだろうか?
 残念だがそんなことは有り得ない。
「金、金、金だ。儲からなければビジネスとは言わない。要は嘘八百を書き、そこから読者を洗脳し、金に換える。錬金術のようなものだ。大儲けすることこそ、作家としての本懐だ」
 プロの条件は結果を出すことだ。
 結果を出し続けること・・・・・・作家なら、売り続けて書き続けることだろう。
 そう答えを聞いて、満足そうにフカユキは口を開いた。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
 私の行く末を楽しんでいる風だ。
 見せ物ではないのだが、言っても仕方ない。
「ふん、行ってこよう」
 私は山々のそびえ立つ神社の、その奥の奥を目指して歩を進めていった。

   24

「お疲れさまです」
 怪異にそんなことを言われたのは初めてだ。その日の夜、私は教授の言うところの神、寿命を引き延ばして貰っている女に呼び出されて、神社の奥にある丘の上で、竹林を背にする女を見ながら、そんなことを思った。
 まあ、人間にもアンドロイドにも、労いの言葉など、必要において以外では貰わない。心の内から感謝されて、労われるなど生まれて初めてかもしれなかった。
「なんだ、一体。仕事は終わったのに呼び出して、一体何の用件だ?」
 そもそも、今回の仕事は終わったはずだ。
 まだ何かあるのだろうか・・・・・・私はゆっくり過ごしたいだけなのだが。まあ、作品の足しくらいにはなるだろうと思い、とりあえず話だけでも聞くことにした。
 何が金になるかわからない。
 人生とはそういうものだ。
 どれだけ積み上げても・・・・・・あっさり、どうでもいい理由で全てを失うのも人生の常だ。私の居きる道を人生と呼べるのかは定かでないが、なんにせよ足下をすくわれない程度には、気を引き締めておこう。
 人生とは、何があるかわからないから、理不尽や、予想外があるから人生なのだ。
 それを忘れてはならない。
 今回の件で改めて実感したしな。
 女は、手をさしのべるように右手を差しだし、「提案があります」
 と、女は言った。
 提案。
 この女の方から何かを提案されるのは初めてだ。大体が写真を渡されて、それを始末しに行くだけなのだから、まともな会話など必要なかったというのもあったが。
 何の提案だろう?
 契約打ち切りとかではないだろうな・・・・・・私はこの女の依頼を受けることで延命しているのだ。 契約の行く末は生死に直接関わってくる。
 内心は戦々恐々だったが、弱みを見せないためにも堂々と、要はハッタリで構えた。
「報酬を払えなくなったか?」
 当然ながら嫌みと皮肉を織り交ぜた、まあ要は懐事情が寒くなったのかと、金がないなら私が立て替えてやろうかと、いらない心配をしてやっただけだ。
 しかし、そう言うと、むっとしたように女は
「・・・・・・違います。あなたと同じにしないでください。余裕を持って雇用できています。そうではなく、別のことでです」
 別のこと? 
 他に何があっただろう、そうだ、実行しなかったとはいえ、この女の殺害依頼を教授から受けたことがあったのだ。
 女の恨みは執念深いと聞く。
 何年前にフられたとか、何年も前の記念日だとか、よくまあ覚えているものだと、感心できるくらいに。まあこれは、脳の構造、というか、生物学的な見地から見れば、別の生物と言っても過言でないのは明白であり、だからこそ男女というのは共感できないモノなのだが。
 私なら殺されかけたところで、金を貰って忘れられる位だが・・・・・・まさか恨んでいるのか?
 と、思ったが、見当違いの答えが帰ってきたので、私は唖然とした。
「別の人生を生きてみる気は、ありませんか?」 別の人生?
 何かの比喩だろうか?
 言葉の真意がさっぱりわからなかったので、当然の権利として、詳しい話を伺うことにした。
「どういう意味だ?」
「あなたには、本当に心が無いのかもしれない。なら、心のある肉体に転生して、新しい人生を1から送る気はありませんかということです」
 失礼な女だ。
 いくら自覚があるとはいえ、面と向かって心がないならスペアを用意してやろうか、などと。
 とはいえ、教授にも言われたことであり、半ば、いや完全に自明の理だったので、ここで何か言うのは女にだらしない奴が、だらしなくないと言い張るようで、気が引けた。
 私には女など居ないが。
 話を聞く限り、少なくとも冗談ではなさそうだが、正直意味を計りかねる。
 つまり、なんだ。
 文字通り、魂を転生させて、別の人間にならないかという、そういう意味だと解釈して良いのだろうか?
「そんなことが」
「出来ます」
 出来るから、寿命なんて延ばせるのか。よくよく考えれば。
 仮に可能だったとして・・・・・・・・・・・・だとすれば、どうだろう。
 心が入ったからって劇的に変わるわけでは無いだろうが、少なくとも、私が今見ている光景とは全く違う世界が、目に写ることだろう。
 泣き、笑い、喜びを分かち合い、心で感じる人生というのは。そしてそれを金で買うのは理想的かもしれない・・・・・・。
 私も教授も、人生を賭けて手に入らなかったものを、あっさりと手に入れる。
 悪くない未来だ。
 だが、
「いや、当面はいい」
 と言った。言ったのだが、女は納得がいかないらしく、
「何故ですか?」
 と、本当に不思議そうに女は聞いた。
「金もあるしな、当面はこのままで人生を楽しませて貰うさ」
 心が無くても、作品くらいは書けるしな。
 それも必要に応じてで良いだろう。
「心が無いままで、あなたは幸せになれると思っているのですか?」
「さあな、案外私が全面的に間違っているだけかもしれない。だが、押しつけられる覚えはない。心がいくら素晴らしかろうが、それを手にするかどうかは私自身が決めることだ」
 欲しくなれば買えばいい。
 どうせこの始末屋家業は続けなければならないのだから。
 それに、何事も焦るのは禁物だ・・・・・・などど、結果に執着して横着している私が言うことでもないが。
 何にせよ、今は心より金と平穏な生活だ。
「・・・・・・そうですか」
 言っても無駄だと感じたのか、諦めたような口調だった。まあ正しい反応だ。
 しかし、
「なんだ、心配してくれているのか・」
 と、おちょくったことはかなりの失敗だった。 女に恥をかかせて、成功する仕事など無いというのに。どうやら、サムライの始末屋とて、それは例外ではないらしかった。
「そうですか、では、元気そうなので次の仕事を依頼しましょう」
 しまった。相手の善意をコケにして返すのはいつものことだったが、何もこんな時にからかう必要はなかっただろうに。
「まて、私は今休暇中で」
 弁明はするものの、どうやら無駄らしかった。 想像以上にささやかな善意をあしらわれたことが、頭にきたらしい。
 きっ、と私を睨みつけ、
「寿命が欲しくないのですか?」
 そう脅しつけられた。仕方がないので、私は両手をあげて、降参のポーズをした。
 女に睨まれるのは、個人的に、銃口を向けられるのよりも、心臓に悪い。
 やれやれ、参った。
 写真を押しつけるように渡しながら、
「こちらが始末対象です。報酬はいつも通り、現金を前払いで、寿命は終了後加算します」
 人間も、アンドロイドも、例え神であろうとも、女が絡むとロクなことがないのは、どんな仕事であろうとも共通する法則かもしれない。
 まあ、女からすれば、男が絡むとロクなことがないと、きっと思っているのだろうが。
「わかったよ、馬車馬のように使われればいいのだろう?」
「なら、さっさと行きなさい」
「承知した・・・・・・この依頼、引き受けよう」
 現金を受け取り、始末対象の写真を持って、神社を去ろうとするそのときに、
「お気をつけて」
 と誰かが言った気がした。
 それはただの気のせいだったかもしれないが。

   25

 その宇宙船は中々に快適だった。他に乗客も居ないし、一人きりの宇宙の旅を楽しめそうだ。
 だが、
「先生、あんたも懲りない人だな」
「やかましい」
 うるさい旅の友さえ居なければ良かったのだが、今回の仕事も認証システムを誤魔化す必要がある。致し方あるまい。
 私の仕事はそんなのばかりだしな。
「結局、今回の件は作品のネタとやらにはなったのかい?」
「まあな」
 言ったものの、それが活かされているのかどうかは疑問だった。とはいえ、今後の執筆活動がこれではかどることを祈るばかりだ。
 書き続けること。
 それが作家である条件かどうかは知らないが、傑作を書き、金に換えようとするスタンスは変えるつもりもない。
 フカユキとの会話から考えて、私はやはり作家としてもはぐれモノのようだしな。
「問題は作品の出来よりも、売れるかどうかにかかっている。読者が立ち読みしても、懐に金は入ってこないしな」
「読まれれば幸せってわけには、いかないかね」「いかないな」
 そうするつもりも、もとより無い。
「結果が全ての世の中だ。作品の善し悪しだって、とどのつまり売り上げの合計金額だ、ならばそれに拘ることをやめる必要もあるまい」
「はぁ、やれやれ。じゃあ今回の仕事も、せいぜい作品のネタになるように頑張るしかねぇな」
「もとより、そのつもりだ」
 窓の外に写る、銀河の星々を眺めながら、考える。
 物語は人から人へと、本当に紡がれるのだろうか?
 もしそうなら、私の作品を呼んだ人間が、他の人間に伝えていくことで、案外作品の売り上げが上がっていくかもしれない。
 読者から読者へのバトンリレー。
 そんな光景を夢見ながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。
 次回作の構想を練りながら。




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