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邪道作家第四巻 生死は取材の為にあり 分割版その7

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)



   10

「電脳世界にダウンロードできるからですよ」
 一度城を追い出されて、外から中に入り、そして遙々よじ登って、中に入った私を歓迎するどころか、面倒くさそうに説明をするのだった。
 北の棟、その屋上。
 こんなところ、サムライの力でもなければ到達できまい。大した要塞ぶりだ。
 アーニャ・スタリム・ペンドルトン。
 それが彼女の名前らしかった。
 アンドロイドの産みの親が作ったとか、後は有機物ではこれ以上ない最高傑作だとか、色々説明されたが全て忘れていたので、「私のことはもう聞きましたよね?」と問われて、素直に「聞いたが、全て忘れた。最初から名前も含めて説明し直せ」と言ってから、彼女は機嫌が悪かった。
 まぁ当たり前か。
 女とはそういうものだ。子供でもな。
 こっそり忘れないよう、私はメモした。
「電脳世界の発達で、人類は食糧問題、人口問題及び豊かさの再分配・・・・・・資本の平等化に成功しました」
「実際には奴隷のように扱われるアンドロイドがこき使われて、現実世界を支え、富裕層だけが電脳世界の特権を独占できる平和、いや、いっそのこと強制的世界平和と言うべきか」
 何かあればとりあえず逆のことを言う。
 つまり性格が悪かった。
「いちいち突っかかりますね」
「当然だろう、そうでなくては作家など、やっていられまい・・・・・・平等である必要はどこにもないのだ。「平等であるかのように」見えることが、重要なのだからな」
 月の光を浴びながら、私はそう言った。
 映画とかなら女を口説くシーンだろうが、私の相手はお子さまであり、会話内容は世界に満ちる理不尽についてだ。実に味気ない。
「性格悪いですねぇ」
「事実を指摘しただけだ」
「私の父、アンドロイドを作り上げた父の言葉ですが・・・・・・「天才とは能力に振り回され、己を保てない存在のことを指す。だが、アンドロイド達は自覚的な、それでいて人工的な天才だ・・・・・・人格者の天才を作り上げること。それこそが私の使命だ」だそうです。あなたは天才でもないのに性格が悪いようですが、世界なんてそんなものですよ。先生が何をしにきたのか知りませんが、でもそれこそ先生が何をしようが、同じです」
 私たちアンドロイドは奴隷ですから。
 そんな風に悟った風に言うのだった。
 そして私は悟った風に言う奴が嫌いだ。
「奴隷、ね。だが奴隷は反旗を翻すものだ。不満があるならその有能さで世界を破壊すればいい」「あなたは思想そのものが爆弾みたいですね・・・・・・どんな有能さであれ、それをどのように使うのであれ、有能であるが故に、私たちは奴隷になるしかないんですよ。アンドロイドに限らず、能力がある存在は、その能力を活かせる環境下でなければ、生きていけませんから」
「この古びた棟が?」
「・・・・・・仕方ないじゃないですか」
 言って、ふつふつと女、アニは語り出した。
「私だって、嫌ですよ・・・・・・でも仕方がないでしょう? 実際、ここから出たとして、結局はその有能を使おうとする人間が、どこでも手ぐすね引いているんですから・・・・・・人間扱いされるだけ、ここはまだマシですよ」
「とてもそうは見えないな。こんな陰気なところに閉じこめられるくらいなら、私だったら全員始末して城を乗っ取るがね」
「口だけなら、なんとでも」
「だろうな」
 アニはすっと立ち上がって、うずくまるのをやめて、私に向き合った。
「帰って下さい。助けてくれ、なんて私が言いましたか? 押しつけがましいんですよ鬱陶しい。あなたに私は何一つとして、期待なんてしてません」
 だから帰って下さい、と。
 そう言うのだった。
 別に助けに来たわけでもなかったが、しかしそう言われると、こちらとしてもやる気が出るというものだ。
 人が嫌がることは大好きだ。
 その結果この女に嫌われるかもしれないが、まぁどうでもいいだろう。
 私は女を左手で担ぎ、ケツを前にする形で脇に抱えた。
「何するんですか!」
 当然の反応だが、まぁ知らん。
「五月蠅いな。要はうじうじうじうじ、助かりたいけど助けを求めたって無駄だから、諦めたあげく八つ当たりをして、悟ったようなツラしてここに居座っているんだろう?」
「それが何ですか、はなして下さい」
「暴れるな、ただでさえ重いんだから」
「・・・・・・こ、殺す。覚えていて下さい。私はその顔を忘れませんから」
 妙にしゃべり方が礼儀正しい奴だ。
 これもひねくれて、つまりは心のペルソナをかぶり続けた弊害みたいなものか。
「しかし重いな。50キロはあるぞ」
「失敬な! 48キロですよ・・・・・・あ」
「成る程、そんなにあったのか。通りで重いわけだ。ボウリングの玉が何個もあるのだと思えば当然だな。何、恥じることはあるまい。語呂合わせにすると「しわ」になることも見た目よりも体重がそこそこあることも、今でこれなら未来にはさらに絶望的な数値になることも、気にするな」
「こ・・・・・・殺してやる。絶対に殺します」
 女を助けて、殺してやるを連呼された人間というのは史上初だろうなぁと思いつつ、私はなま暖かい湯たんぽのような感触を味わいつつ、重かったので肩の疲れを気にしながら、前へと進むのだった。
「もう駄目、お嫁にいけない」
「安心しろ。もうちっとばかし、精神と肉体が大人になれば、貰い手も現れるだろうさ」
 私は暴れる女を脇に抱えながら、子供に大人げない言葉を吐き、容赦なく邪魔者を斬り伏せて、外へのルートを確認した。
 ここから飛び降りてもいいのだが、この女は死ぬかもしれないし・・・・・・ノリと勢いで初めてなんだが、飽きてきたな。
 まぁ救えれば救っておこう。
 死んだところで、やはり知らん。
「え、え、ちょっと、嘘ですよね。何ですか私が言ったこと怒ってるんですか?」
「まさか。ただ、この方が楽だとは思わないか」「待って」
 制止する女の声をよそに、私は空高くから飛び降りるのだった。

   11

 無論私は無事だった。
「助けて下さって有り難うございます、という感謝の言葉をまだ聞いていないな。言えよ」
 先に、言うまでもないことだから断っておく。 私に仲間はいない。
 私に友はいない。
 私に女はいない。
 私には、そんなありきたりなモノは、無い。  存在しない。
 だからこそ、私にありきたりな展開を期待するな・・・・・・これが私だ。
 私だったっけ?
 とにかく、私は旅館で部屋を一つ貰い、そう言うのだった。勿論お子さまには野宿でもしてもらって旅費を浮かそうと思っている。
「ふざけんなボケ。と言いたいところですが、まぁ一応謝礼は言っておきましょう。で、これからどうするんですか?」
「これからとは?」
「決まっているでしょう。こんな真似をして、あの男が黙っているわけ無いじゃないですか」
「そうかな」
 案外代案を使って諦めてくれたりしないのだろうか。しないよな。しない。
 言ってみただけ、考えてみただけだ。
 アニは風呂を浴びてきたのか、湯気を出しながら心地良さそうに首回りを吹いていた。
「ん? 欲情しましたか? ん?」
 鬱陶しいな。
 殴ろうかと思ったが、やめておこう。
 だから限界まで頬をひっぱっってやった。
「あだだだ、何するんですか!」
「私は人をコケにするのは好きだが、されるのは嫌いなんだ」
「我が儘ですね、貴方」
「ところで、何を堂々とここのベッドを使おうとしているんだ?」
「え? ここ私の部屋じゃ」
「私独り分しか予約は取っていない。お前は外の路地で泣きながら夜を明かすといい」
「そんな! こんなかわいい女の子を置き去りにするつもりですか?」
「そうだが・・・・・・」
「え? 冗談ですよね。本当に?」
 私は無言で首根っこを掴み、放り出そうとした・・・・・・暴れられて逃げられたが。
「わかりましたよ、雑魚寝で良いです。ふん、むっつりさんはこれだから」
「誰もいいとは言ってないぞ。外で寝ろよ」
 子供が風邪を引くのは珍しくもない。
 だからどうでもいい。
 私は寒くないしな。
「ごめんなさい。調子に乗りました。だから雑魚寝で良いですから、置いて下さいよぅ」
「そうやって猫なで声を出せば、物事が通ると思っている女が、私は嫌いでな」
「裏事情をお話ししますから」
「なんだと?」
「アンドロイド制作の父、その真意。知りたくはないですか」
 そう言いくるめられて、夕餉に至る。
 すきやき、という大昔の民族料理だった。中には美味そうな肉、そして野菜が散りばめられている・・・・・・実に美味そうだった。
 私とアニは一階にあるレストランフロアで、民族料理のコーナーに案内された。中には畳とかいうモノが敷き詰められていて、やや古風な鍋が中央に置かれている部屋で、靴を履いたまま座った・・・・・・鍋の下の空間が、空洞になっているのだ。 これはいい。
 だれが考えたのだろうか。
 これだけでも、作品のネタになると言うものだ・・・・・・そう思いながら、煮える鍋を見る。
「肉は全て私が頂く。貴様は野菜でも食べろ」
「良いじゃないですか。仲良く食べましょうよ」「別に私は誰かに誉められたり、誰かに認められたり、尊敬されるために作家をやっているわけではないのでな。故に貴様が飢えて死んでも知ったことではない」
「冷たいですねぇ」
「私のような人間が貴様を嫌うのは、当然だ」
「・・・・・・?」
 きょとん、としながらも、箸は肉をつかんで運んでいた。器用な娘だ。
「私は「悪」だ。否定するつもりもない。だがこの世界では「悪」が最も苦手とするのは、「子供の正義の味方ごっこ」だからな」
「どういうことですか?」
 意味がわからないらしい、省略しすぎたか。
 だが事実だ。
 まごうことなき、事実。
「子供は身勝手だ。そして自身を正義だと思いこむ・・・・・・自身を「正しい」と勘違いして「世のため人のため」みたいな思想を持っている人間。そういう「邪悪」とは、相性が悪いのさ」
「正義の味方は邪悪ですか。作家の言うことだとは、思えませんね」
「当然だろう。彼らこそ邪悪だ。何せ、「良いこと」をしていると嘯きながら人を殺し、それは倒しただけだと言い張り、それでいて自身の邪悪さを決して認めず、女を奪い、思想を崩し、組織を邪魔して愉悦に浸る。これが邪悪でなくて何だ」「やられる方は、確かにそうですけど」
「話がそれたな。お前の言う「博士」アンドロイド開発の父について、話せ」
「・・・・・・まず父の信念からお話しします」
 信念。
 嫌な響きだ。
 信念は金にならない。
「と、その前に、聞きたいことがあるのですが」 私は無言で手を差し出した。手のひらを上向きにだ。つまりそういうことだった。アニは無言で察し、幾分かの金を乗せるのだった。
「はぁ、ええと・・・・・・何故私を助けようと? したんですか」
「救われたくない頼んでいないと言っていただろう。私は貴様の嫌がる顔が見たくなったので、仕方なくここへ連れてきたわけだ」
「はぁ。私を利用しようとかではなく?」
「・・・・・・そもそも、お前に利用するほどの価値があるのか?」
「失礼ですね」
 言って、箸で肉を取ろうとしたので、私は自分の箸でそれを弾き、野菜を掴ませた。
「私は、うう、苦い」
「野菜を食べて大きくなればいい」
「アンドロイドにも、成長期ってあるんですか?・・・・・・」
「さあな」
 適当に言っただけなので、知らない。改造手術でも受ければ好きなボディバランスで活動できそうなものだが。
 金はかかるがな。
「で、結局どういう能力、天才だの何だの言われているらしいが、それが何なのだ」
「まず、電脳世界における演算リソースの噺から始めましょうか」
 私は肉を根こそぎ取り、皿へ移してから、噺に耳を傾けた。
「この業界における「才能」は、当然のことながら「演算能力」です。それもただのそれではなくアンドロイドや人工知能の持つ、桁の違う才能・・・・・・・・・・・・それらを活用することで、電脳世界のリソースは維持できています」
 ブラックアイスですね、とギブスンの物語みたいなことを言った。要は彼らの、あるいは人工知能の演算能力は、人間の生活を支えると同時に、そのあり得ないほどの有用な能力を、人間にとって都合良く運用されることで、電脳世界を支えつつ、奴隷のようにこき使われているらしかった。 私は電脳世界へ行ったことがあまりないので、わからないが、多分そうなのだろう。
 有能は奴隷に落ちやすい。
 まぁ有能でなくても、私は使うがね。
 使えれば、だが。
 所謂「天才」に劣等感を感じる人間の気持ちが私には、塵一つ分も共感できない。有能であれば金で雇えばいい噺だ。無能であれば利用すればいい噺だ。いずれにせよ、生きる上で何の役に立つというのか。あれば便利だろうが、金にはなりそうだが、無いモノは仕方あるまい。
 無いモノは無い。
 それに満足行かず、どうも人間という奴は「才能さえあれば」だとか「俺だってやれば出来る」だとか、夢を見るのが好きなようだ。
 夢よりも実利だ。
 金になればそれでいい。
 だが、同時に気にはなった。
 才能ある人間からは、世界はどう見えるのだろうか・・・・・・気になるだけでは意味がないので、とりあえず聞いてみた。
「なぁ、天才」
「何ですか、無能」
「自称天才のお前からは、世界がどう見える?」 世界はどう見えるのか? それは個々人による異なるだろう。しかし天才から見た世界が面白いモノなのか、別に興味があるわけでもない。私はたかが天才ごときに憧れたりするほど、人間をやっていない。
 非人間なりに、世界を楽しめればそれでいい。 私個人が有能か無能かなど、どうでもいいではないか・・・・・・金の有無とは関係あるまい。札束で頬を叩いてやれば、天才というのは尻尾を振りながら私の命令を従順にこなしてくれる。
 私には天才は、便利な道具でしかない。
 やりがい搾取ほど、儲かるモノはない。
 とはいえ、これは編集の台詞だろう。作家である私は、中々奪われないように、搾取されないように振る舞うのが、難しいものだ。何故だろう・・・・・・文学も芸術の内と考えるなら、珍しくは感じない。無論、私はどこぞの悲観主義者の有名作家みたいに、死んでしばらくしてから作品が認められ、生きている間には何のおいしい思いもせずに死んだのに、死んだ後から誉められて傑作だのなんだのと持ち上げられ、作品の権利は編集社が管理する、などという状態には、決してなるつもりはないし、なりもしないが。
 作家は古今東西大体そんな感じだ。
 私は絶対にならないぞ。
 おいしい思いをして、誰になんといわれようが搾取もされず、生きている内に豊かさとその恩恵を味わいながら、ストレス無く過ごすのだ。平穏で静かで豊かな生活。私はちやほやされたくて書いているわけではないのだ。あくまで金になりそうだから始めたことだ。そう言う意味でも、作家としての威厳とか名声はいらない、というか邪魔にしかならないので、その他大勢が求めるような意味不明な作家像、アイドルもどきの下らない作家として読者どもに媚びを売りながらよろしくやるつもりは、一切無い。
 無論、敵は作りたくないので猫は被るが、しかし被るだけだ。そもそも私は日常的にあらゆるペルソナを被っているのだ。今更三枚や四枚増えたところで構わないのは確かだ。だが、被るかどうかは私が決める。
 そして肉を口に運んだ。美味い。やはり肉は人生を豊かにしてくれる。これで相席しているのがタマモやフカユキだったら様になったのだが、お子さまではどうもしまらない。
 まぁ一流の女がいたところで、やはり私にはそれを「良い」と理解は出来ても、感じ入ることは出来ないのだが・・・・・・だからって子供の相手をしていたところで、楽しいわけでもない。
 だが、天才の景色は気になる。
 どう見えているのだろうか?
 退屈か? 困難か?
 所詮人間の人生など、食って寝て抱くだけのモノだが、しかし人間は、ただそれだけの中に、苦悩と思想と飽くなき欲求を、持つものだ。
 その苦悩は密の味か? 
 それとも。
「別に、大したことは無いですね」
 つまらない回答だった。とはいえ、あくまでも何かの比喩表現かもしれないではないか・・・・・・そうだ。だからつついて細部を穿つとしよう。
 何も出ないかもしれないが。
「大したことはない。有能すぎてつまらない、とそういうことか?」
「それもありますけど」
 あるのかよ。
 まぁ、実際天才とは暇そうではある。
 能力にかまけて暇をしている人間。
「単純に・・・・・・価値観が合わないんですよねー・・・・・・見えてる景色が違うっていうか。考え方の基本が違うわけですから」
「成る程な」
 天才とは少数派であることが前提だ。最近は天才の安売りが始まったが、しかしそれでも人並み以上だからこそだろう。
 溢れていては、天才とは呼ぶまい。
 だからこそ、天才は理解されにくい・・・・・・大抵の天才どもは、理解されるまでに寿命を終えたりしているというのだから、才能があろうが世渡りが下手では、人間噺にならない、ということか。 まぁ私は世渡りも下手なのだが。
 いや、下手ではない。私ほど要領の良い人間もそうはいまい、そういうことにしておこう。
 問題はない。
 多分な。
 しかし才能か。劣等感を感じるというのも、私からすれば意味不明な噺だ。どうでもいいではないか。所詮彼らは金の奴隷なのだから、札束でどう利用してやるかだけ、考えていればいい。
 無能も有能も、資本主義社会の中では、金のために動く奴隷でしかないのだ。ならば、個人として有能かどうかよりも、個人としてどう利益実益を手に出来るかをこそ、考えるべきだろう。
 だから私はこう言った。
「価値観などそうそう合うものでもないだろう。同じ価値観を持つ人間など、いない。貴様の場合はそれが離れているだけだ。有能だから孤独を感じると勘違いしているだけ。全体を俯瞰してみれば明らかだろう。貴様は確かに高いところからモノが見えるのかもしれないが、人類全体からすれば、いや、長い目で見ればどうせいつかは誰かに追い越されるモノでしかない。追い越されなかったところで、やはり意味は無い。有能も無能も同じことだ。良くないのは、貴様が自信の有能さを利用して、人生を充実させようとしていない部分だろうな」
「そうは言いますけれどね」
 少し、いや、何かがカンに障ったらしく、とげのある言い方で彼女は「周りがそうはさせてくれませんよ」と言って、続けた。
「私の周りには、私を利用しようとする人間か、それを隠して近づく人間か、哀れむだけ哀れんで何をしてくれるわけでもない人間か、嫉妬して殺意を向けてくる人間です。どうしろってんですか・・・・・・世界は無意味じゃないですか。私には、誰かに利用される以外の選択肢が、最初から残されていないんですから」
 などと、泣き言を言った。
 金に関することでもないのに、どころか自身が有能すぎて、いろんな人間に構われすぎで困ってしまう。などと。有名人の悩みみたいだ。
 贅沢な女だ。
 そも、前提が間違っている。
「馬鹿かお前は? 人間が人間を利用しようとするなど、当たり前のことだろう? 誰だってやっていることでしかない。金のため愛のため恋のため社会のため、己の欲望を満たす「何か」の為に人間は人間を踏み台にする。それが金か、あるいは精神的な自己満足か、それだけの違いだ」
「・・・・・・あなたこそ、世界がどう見えているんですか? 私には、狂っているようにしか、思えませんけど」
「何故だ?」
「人間を信じないからです」
「疑うのは、当然だろう?」
「ええ。けど、貴方には最初から信じる気もないように見えます。裏切られても、信頼を勝ち取っても、同じ。そんな考え方は壊れています」
 壊れている、か。
 正常に動いて、搾取されるよりは、マシだ。
 少なくとも金にはなる。
「結構だ。貴様等の基準での正常な動きなど、別にするつもりもないしな。何が悪い?などとは言ってやらないぜ。悪くても知らんしな」
「よくそこまで、開き直れますね」
「お前こそ、何故開き直らないんだ? あるんだかないんだかもわからない「基準」よりも、人間は己自身の声に従うべきだ。どうせ何かに従うならば、己の業に従うべきだ」
 その方が、面白いからな。
 私はそう言った。
「じゃあ、貴方は望みもしない才能を持っていたら、作家にはならなかったんですか?」
 それは、確かに。
 私は望んでこの道を、いや、望んではいなかったが、しかしこれ以外に道がないという、言わば消去法でこの道のりを歩いてきた。
 そういう意味では、私も、他でもない私こそが望んでもいない能力を与えられた天才ではないのかという意見もないだろうが、当然違う。地味に外堀の能力を補完していき、いらない経験値を増やしていき、人間を呪いながら生きることで作家としてのスタンスを確立し、何年も何年もやっていれば、馬鹿でも出来る。とりあえず盗作から制作活動を始めた私が言うのだ、間違いない。
 この辺は言語と同じだろう。
 どんな馬鹿でも、反復することで外国語を話せるように、作品を書くだけならばどんな馬鹿でも時間をかければ出来ることだ。作品の内容の濃さは当人の人生の濃さ(コーヒーじゃあるまいし、そんなモノがあるのかは不明だが)だとしても、売れるかどうかは完全なる運である。
 運不運。
 ここまで来て、いやここまできたからこそ、運不運なのだ。
 笑えない噺だ。いや、面白い噺か。
 才能を持つことが不運じゃどうかは知らないしどうでもいいが、しかし「もしも」に意味はあるまい。私は既に作家なのだから。
 だからこう言った。
「その問いに、意味はないな。私は既に「出来上がっている」んだ。私のように行き着いた作家には、「もしも」を語る意味はない」
「それでももしも、ですよ。他に何かあったら」 違う道を歩んでいたのだろうか、と。
 彼女はそう言った。
 そんな訳がない。
「私という人間、この「個人」この「我」が消えない限りは、やろうとしても無理だろうな。その「たまたま手に入った便利な才能」を使って金を儲けながら、また傑作を書くだけだろう」
「ブレませんね」
「ブレられるほど、豊かな人生を送ってこなかったものでな」
 実際どうだったかはわからないが、まぁ豊かでないことは確かだろう。豊かさの結果私のような人間が誕生するのなら、世界はとっくに終わっているだろうしな。
「そもそも、天才、というのはその時代に適した能力を持たなければならない。今、この世界にいる天才と、先の世界とでは、根本から異なるモノになるだろう。才能などに、意味はない。価値はあるかもしれないが、、しかしその価値にしたって、企業とか国とかにとって都合の良い価値でしかないのだ。そんなモノに興味はない」
「ふぅん。成る程。では、貴方は私を見て、コンプレックスを感じたりは」
「しない。必要あるまい。有能なのかもしれないが、しかし、言ってしまえばそれだけだ。パソコンを引きずって歩いているのと、変わるまい」
「ヒネクレてますねぇ。でも好きですよ、そういう人は」
「子供に好かれても嬉しくないな」
 素直な感想だった。
 なんだか小馬鹿にされている気分だ。
 子供に好かれたくて、書いているわけでもないからな。
「じゃあ」
 と言って、結局噺はそれたまま、アニは私に問うのだった。
「貴方は何のために書いているんですか?」
「私のためだ」
「作家なのに?」
「知るか。読者どものことなど、知らん。私は私個人の為に、物語を綴る。だからこそ金にならなければ噺にならん。金にならなければ、私の為にはならないからな」
「本当に?」
「それ以外に、何がある?」
 何かあったっけ?
 他の理由。
 人生の充実とかだろうか。
「貴方は、作品を描くことで、自身の在り方を定めている気がします。作家たらんとする事で、貴方自身を固定している」
「それに、何の問題がある?」
「問題は、無いですけど・・・・・・それ以外の生き方を選ぼうとは、本当に思わないんですか?」
 皮肉のつもりだろうか。
 嫌みのつもりだろうか。
 いずれにせよ、無いモノはあるまいに。
「くれるってんなら、貰ってやっても良いぜ・・・・・・まぁ、無いだろうがね」
「貴方は人間に期待しすぎて、絶望しているんじゃないですか? 自身の望むモノが、他の人間達があっさり手に出来るモノが、自身の手の内にないから、そんな風に斜に構えているんですよ」
「・・・・・・」
 しかし、どうしろというのだろう。
 そんなことを言われたところで、別に私が突然心豊かな人間になったりは、しないだろうに。
「何が言いたいんだ?」
 さっぱりわからなかったので、結局聞いた。
 すると彼女は、こう答えた。
「貴方は、狡いですよ。人間の汚い部分しか見ていないくせに、人間のきれいな部分を嫌悪しつつも、それに期待する。そんな人間が、幸せになれるわけ無いじゃないですか」
「何故、貴様に成れるわけがない、などと決められなければならないんだ」
 私は人の意志を勝手に決める奴が大嫌いだ。
 憤慨したと言ってもいい。
 だが、
「そりゃそうですよ。他でもない貴方自身が、幸せになることを拒否しているんですから」
「そうなのか?」
 よくわからない。
 もっと簡単に説明しろ。
 私は心理学者ではないのだ。
 あくまでも、作家。
 物語を綴るのが仕事だ。
「貴方は、人間のきれいな部分に憧れているようですが・・・・・・そのくせ、信じていない」
「それは聞いた」
「だから、信じてもいないモノに、見返りを求めるのが間違っているんでしょう? この世界には何もない。それが先生の出した、答えなんでしょうしね」
「どっちでもいいんだがな・・・・・・」
 私は幸せよりも金だ。
 金があれば幸せになれる人間だ。
 金があれば、人間の幸福、小綺麗な部分など、どうでもいい。見る気もないしな。
「ほら、すぐにそう言う。貴方の、先生の悪い部分は、すぐそうやって諦めるとことですよ。諦め悪く、生き汚く、生きるべきです」
「棟のてっぺんでめそめそしていた小娘に、そんなことを偉そうに言われる筋合いは、無いな」
「それは言わないで下さいよ」
 吹っ切れたんです。と、調子の良いことをまた言うのだった。言ったところで、女というのはすぐにくよくよする生き物だから、男よりもくよくよどうでも良いことで悩んで開き直る生き物だから、またうじうじ悩み出すのだろうが。
 悩む男よりはマシか。
 まったくな。
「もう決めてやりました。私は才能に振り回されずに、堂々と生きます。こんな適当な人間でも、世の中楽しんで生きているんですからね」
 私は鍋の中にある全ての肉を、すくって皿に取るのだった。
「何するんですか」
「適当な人間なものでな、配分を忘れていた」
 がつがつと二人して飯を食い、そして。
「回り道はもういい。博士の信念とやらは、どうなった?」
「それは」
 この後一服してからお話しします、と抜かしたので、私は後頭部をひっぱたいてやるのだった。

  12

 どうでもよいのだ。
 何が正しいか。正しくないか、その生き方は間違っていないか、道徳的に、あるいは人間としてどうなのかだとか、そんなモノは金にならん。
 金が全てではないかもしれないが、無かったところで金にもならない倫理観など、気にしろと言うのが無理な相談だ。
 人間は大嫌いだ。
 だが、面白い。
 私にはそれで十分だ。破綻しているかどうか、そんなことはどうでもいい。所詮関係のないところから、偉そうに言う人間の言葉など、役に立った試しもない。
 まぁ彼女はアンドロイドだが。
 我々は食後のコーヒーを楽しんでいた。ロボット(と形容するには、不気味の谷を越えすぎだ)ですら、コーヒーを楽しめるとは。
 良い時代になったものだ。
「父の、博士の信念は、平等な三原則です」
 平等。
 つまり嘘と言うことだ。
 この世界に、そんなもの、見せることは出来てもありはしない。自己満足のしょうもないロマンチズムと言ったところか。
 やれやれ、参った。
 人間は根本的な部分で、子供っぽいままらしい・・・・・・クリエイターなどそんなものだが、しかしもう少し大人びてきても良いのではないか。まぁ自身を立派な厭世家だと勘違いしている奴ほど、手に負えない馬鹿なのだが。
 私か?
 私はどうでもいい。
 立派さなど、縁もないしな。
 立派であろうが無かろうが、そんなモノは金で買えばいい噺だ。必要とあれば買う。
 私から言わせれば、真に重要なのは、立派さ、それらしさなどと言う実利のないモノではなく、軽く見られること、だ。
 軽く見られること。
 重要なことなのに、人間という奴はこれが中々しようとしない。プライドなのか、矜持なのか、自身を世に馴染めない厭世家だと思いたいのか、いずれにせよ人間である以上、そんなに基本性能に差があるわけでもなし、軽く見られるに越したことはないのだ。
 警戒されるよりは。
 だから可能な限り、それも面倒でなければだが私は基本、そう振る舞っている。
 小物に見られるに、越したことは無い。
 最近はその努力も空しい結果を生んでいるが、なに、最終的に金になれば、それも良かろう。
 雰囲気など、私個人ではコントロール・・・・・・出来ないこともないが、正直面倒くさい。
 人生適当で行こう。
 その方が楽だしな。
「平等か。馬鹿馬鹿しい。目の前も見えないような人間が、アンドロイドを作り上げたとは、何とも皮肉な噺だ」
「どういう意味ですか」
 咎めるように、いや実際咎めているのだろう・・・・・・・・・・・・平等な世界を、夢見ているのだろう。 こんな頭の悪い奴が、いや、あくまでも能力が高いわけであって、私みたいに世の中の醜い部分を読者に魅せるため、作られたわけでもない。
 ある意味当然か。
 有能とは、すなわち無能を理解できないことだ・・・・・・無能が有能を理解できないように。
 私はそれ以前の気もするが、だからこそ両方とも理解は出来る。共感はしないがね。
 天才の定義が金で買えることならば、平等の定義はこの世に存在しないが、聞こえがよい言葉であること、と言ったところか。
 私のような異端に関しては、性格が悪いことだろう。性格が悪ければ、というか、悪かった上でそれを自覚し、自分の目的さえ良ければ他はどうでもいい人間であること、だろう。
 つまり最悪ということだ。
「人間が平等なら、私は産まれてすらいないな」「貴方は、前々から思っていたのですが、天才どころか、凡才にすら及ばないくせに、貴方は一体どうやって、そんな人間性・・・・・・強烈な我を手にしたのですか?」
「・・・・・・人間は平等ではない。能力、生まれ、境遇、貧富、権力、色々あるが、比べる相手が存在する以上、平等、などというのは「持つ側」の下らない自己満足、戯れ言でしかない」
「でも、現に貴方だって、才能が無くても作家として行き着いているじゃないですか。努力をすれば報われ、才能を超えることだってある」
「無い。人間の信念は、意志は、無力だ。能力の差、理不尽には、勝てない」
 私自身が身を持って、それは知っている。
 嫌というくらいには。
 魂が、それを覚えている。
 だからこそ、私は言わねばならない。
 この天才に。
 究極の「持つ側」の存在に。
 私は答えなくてはならない。
「努力はするだろう。信念も持つだろう。それでいて、それらのおかげで報われたと、そう言う人間は、実に多い。だが、それは嘘だ。結局のところ、努力だの続けてきたからだの、そんな薄っぺらい言葉しか吐けない人間は、苦渋も、苦悩も、苦労も、持つ側として、優遇された人生を送っているだけだ」
 人より持っていることに気づかず、自身は平凡だけれども、努力してここまで来た。戯言だ。そんなもので運命が変われば、その程度で人生が買えるのならば、苦労はしない。
「なら、貴方は、いや他でもない貴方が、人間の努力を、無能を、笑うのですか?」
 それは懇願するような聴き方だった。当然か。私が否定すると言うことは、即ちそれら、あらゆる「持たざる者」は、敗北しか運命が無い、と経験談から断言するようなものだ。
「それも違う」
「なら、何故」
「人間の意志は無力だ。努力することで結末を変えられれば苦労はしない。持たざる人間が、あるいはおまえ達のような「迫害されて生きてきた」アンドロイドのような存在が、運命を変えるには必要なことが、一つ、ある」
「それは」
 と言って、唾を飲む。
 聞きあぐねているのだろう。
 聞いて後悔したくないのだろう。
 それは。
「人間を、やめることだ。捨てる、と言ってもいいかもしれない。人間性を捨て去り、狂気を従えそれでも尚、前へ進む」
 私は生まれたときからそうだった。皮肉なことだ・・・・・・私が最も求めている「人間性」こそが、「持つ側の存在」に勝ちうる唯一と言って良い、「持たざる者の武器」なのだ。
 人間性があれば、私は勝つどころか、ただ奪われる側、負ける側の人間として、頭を垂れて生きてきたことだろう。
 私は頭を垂れなかった。
 人間性など無かった。
 ただ、前を見た。
 光が欲しかったのだ。
 遙か遠く、そこにある希望だ。
 その結果、人間性を求めて放浪するというのだから、笑えない噺だ。
 それとも、笑える噺なのだろうか。
「勝つためには、おまえ達「天才」という者達に勝つためには、前提から変えるしかない。私に文才はなかったが、私は生まれたときから人間をやめていた。私と同じ目線で、物語を書ける存在は宇宙のどこを探しても、そんな物語を書ける人間にはなりたくないと、恐ろしい狂気だと退けられてきた。だからこそ、私の物語は魂の結晶だ。人間をやめてでも尚、前へ進む人間、いや、化け物に成り果てて尚、尊い光を求める物語。私の人生はそうだった。だからこそ、私にはそれを、化け物が目指す幸福を、息を吸って吐くように、いともたやすく描けるのだ」
「だから、天才に勝てる、と?」
「いいや」
 それで勝てれば苦労はしない。
 だが。
「勝てる可能性は低い。作家としても、同じことだ。結局、運と才能に恵まれた人間を、売り上げで超えることは、きっと難しいのだろう。そうでなくても、何を持って「勝利」かわからない世界だからな。だが、私はこの物語で、私の全てを注いだ物語で、魂を形にして、残した。その魂は決して消えはしない。神がいたとして、悪魔が荷担したとしても、私の在り方は、物語ごとこの世界から葬られたとしても、決して。私の物語は、屈しないちっぽけな存在の物語だ。いずれ衰え、私が傑作を書けなくなろうとも、私の意志は、信念は、狂気とともにそこにある。意志はあっさり金と権力で押しつぶされる。だが」
 人間の狂気は、消えない。 
 消させてなるものか。
 その生き様は。
 その在り方は。
 その大いなる業は。
 消えてしまうほど、脆くはない。
「大いなる狂気と大いなる業を背負って、ここまで来た。そんな私に言えることは、大したことではない。ただ、才能が無かろうが、誰よりも恵まれなかろうが、最初から敗北が運命で決められていようが、私は「負けていい」という気分には、なれなかっただけだ」
 意固地なだけだ。
 それが人間の心を打つのかさえ、私にはもうわからないが・・・・・・例え誰の心を打たずとも、その信念は、完全なる自己満足だとしても、私には負ける気などさらさら無い。
「私は、天才を羨んだりは、しない。嫉妬を覚えることも、きっと無いだろう。だが、劣っているとしても、誰よりも害悪だとしても、私は貴様等「持つ側の人間」に、潔く負けてやる気は、さらさら無いと知れ」
 ただの意地だ、そこに意味はない。負けるべくして、持たざる者の宿命として、また、理不尽に負けるときもあるだろう。だが、それを良しとして受け入れてやるつもりは、無い。
「私は、おまえ達などに、屈するつもりは無い」「・・・・・・・・・・・・そうですか」
「私には、作家どころか、人並み以上のモノなど何一つ持ち得なかった。才能にも境遇にも、愛されたことなど、ただの一度もない。だからといって、私にだけ「心を動かす物語」が書けると、思い上がるつもりにも、ならない。案外あっさり、天才が、持つ存在が、救済するように持たざる者を救う物語を、書くかもしれない。だが、ならばそれを超えてやるだけだ。生憎こと作家業に関しては、才能はあまりいらないからな・・・・・・書くべきことがあれば、猿にでも出来る職業だ。才能で物語を描くならば、悉くを超えてやる。才能以上の狂気を持って、人間の精神を汚染するくらいに強烈な、「人間」を描いた物語を、この世界にバラまくだけだ」
「貴方は」
 何だ。
 何か悪口の一つでも言うのかと思ったが。
「強いですね」
 と言った。
 さて、私はあまり体力のない方なのだが。
 何を言いたいのかさっぱりだ。
「なんのことやら、さっぱりだな。強いか弱いかも、精神が頑強であるか脆いものであるかも、結果には影響しない。全てが運によって定められているならば、そんなものは意味がない。私はただ単に、物わかりが悪いだけだ」
 実際、皮肉だ。
 勝てない戦いと知っていながら。
 私は諦められなかった。
 そして今も、書き続けている。
 叶うことのない物語を。
 尊い光を描く、嘘八百の物語を。
 そして忌々しいことに、アニは、その天才は、まるで「尊敬」するかのような視線を、私に対して向けるのだった。
 言っておくが、何もやらんぞ。
 やれるほどのモノは無い。
「ふぅん、そうですか。そういう考えも、そういう狂気も、人間には、あるんですね」
「あるから何だ。勝てなければ同じだ」
「そうでしょうか?」
 混ぜっ返すのが好きな奴だ。
 そうではないのか?
「アンドロイドに、いや能力がある存在には、決して、そんな考えは浮かびませんよ。世界一の頭脳があったとしても、そこに貴方ほどの狂気は、絶対に宿らないでしょう」
 誉めてるのか馬鹿にしているのか。
「宿ったから何なのだ? 尊さとか、そういう小綺麗な綺麗事こそ、所詮持つ側が楽しむための、見せ物に過ぎないのだ」
「違います」
 ゆっくりと、首を振る
「貴方を尊敬しているんです」
「何も払わないぞ」
 一応、言っておいた。
 おだてても一円もやらんぞ。
「貴方は、強い。けれど寂しい。それでも、私のように能力に頼らず、己の信念だけで、生きている・・・・・・それは、有能なアンドロイドには、有能な天才には、決して出来ない偉業です」
「誉めても何も出ないぞ」
「その寂しさから生まれる強さは、いずれ貴方の誇りになるでしょう・・・・・・貴方は自信を認めるべきです。俺は強いんだぞ、と」
「馬鹿馬鹿しい」
 私はナルシストではない。単純に威勢の良いポーズを取っているに過ぎない。
 しかし、自信か。
 一体、何に?
 私の誇りか?
「貴方は強い。けれど寂しい・・・・・・貴方はもう、強さよりも弱さを学ぶべきなんですよ。なれ合いでもいい、人間の温かみを知るべきです」
「下らん。あるというなら持ってこい」
 席を隔てているので、殴られる心配もないだろうと、タカをくくっての発言だった。
 だが、女は席から立ち上がり、横へと立ち、私を抱きしめてくるのだった。
 殴ろうかな。
 鬱陶しい。
「私は、貴方がなんと言おうと、尊敬しますよ」「しつこい奴だ。それが、いいか? それが一体何の役に立つ?」
 多少、いや怒気をはらんだかもしれない・・・・・・・・・・・・哀れまれているとは思わないが、しかし、勘違いして勝手に盛り上がっているのだとすれば腹も立つと言うものだ。
「もう休んでいいんですよ」
 慈悲の心を与える聖母のように微笑みながら、彼女はそう言った。
 私には分からなかった。
 本当に、何も、分からなかったのだ。
 

   13

「話がそれましたね」
 言って、結局次の日の朝、ビュッフェを食べながら、遅れに遅れて彼女は博士の話をするのだった。もしやとは思うが、ただ単に食べ物を食べたかっただけなのか?
 分からなかった。
 言っても仕方あるまい。
 何事も、夢を叶えるだけなら簡単だ。作家は別に夢でも何でもないが、しかし結局は何事であれ「何になるか」ではなく「なった上で何を成し遂げ、何を得るか」だろう。
 それを考えていた。
 私は、何かを得たのか?
 実利と呼べるほどの、何かを。
 私は既に食べ終わって、コーヒーを飲んでいた・・・・・・物事は一つ一つするべきだ。「食べる」と「話す」を同時に行うべきではない。
 しかし、昨日の会話内容を思い出して、何だか私の方が心ないアンドロイドみたいだなぁと、もう何回同じことを思ったかしれない、そんないつもの悩みを、頭の中で転がすのだった。
「私はクローンなんですよ」
 と、彼女は言った。
 クローン?
 何のことだろう?
「元々、こういう天才がかつていたらしくて、それを再現しようと作られたのが、私です。ええそうですよ、貴方の言うように博士は平等なんかに興味はありませんでした。あるのは、会いたい人間に会うことの出来る、技術です」
「会いたい人間に、会う」
「ええ。実際、アンドロイドって「都合の良い」存在でしょう? 人間には忠実で、産まれる前から能力と性格をチューニングできて、それでいて・・・・・・金で買える」
 体の良い人造奴隷ですよ。
 そんなことを言うのだった。
 まぁ事実だろう。
 そして、事実はいつもそんなものだ。
 下らない、人間の欲望で出来ている。
 倫理観とか、品性とか、良識とか、そう言うモノが全て、持つ側特有の押しつけがましい綺麗事であるように、世の中そんなものだ。
「愛されなければ生きているとは言わないそうですが、その点に関して言えば、私たちは
愛されるために生きてはいるが、その愛は望んでもいない欲望にまみれている。と、言ったところでしょうか」
「愛など無くても生きてはいける。生きた証でも欲しいなら、物語でも書いて金に換えろ。それでも満たされないならそいつが未熟なだけだ。貴様はどうも、物事を重く捉えすぎるな」
「そうでしょうか」
 軽く見過ぎなのも問題ですけど、と、皮肉なのかは知らないが、アニは言った。
「人生など、意味は無い。人生など、価値は無い・・・・・・当たり前だ。そもそれが嫌だから人間という奴は芸術だの文学だの「生きる価値」を求めて思索に耽ってきたのだからな。そしてそれらは全てが全て、下らない自己満足だ。それでいいのだ・・・・・・価値とは、己が定めるものだ。倫理的に捉えて自分たちが「不遇」だからといって、貴様は悩みすぎなだけだ。悩んでいるだけだ」
「でも、現に私は複製品として、生きる意味どころか、ただの欲望から産まれた存在です。そんな存在に、意味なんて」
「ある、己で定めればいいのだ。他者など知ったことか。気にするだけ馬鹿馬鹿しい。いいか、良く聞け・・・・・・生きると言うことは、己で定めた道を選び、それに満足することだ。それを価値あるモノだと思いこむために、邁進するものだ。誰かに与えられた価値など、貰い物でしかあるまい」「それは、まぁそうですけど」
「故に下らん。悩む価値もない」
 言って、どうして私はこんなことを真面目に話しているのだろうと思ったが、もしかすると、いや前々から思ってはいたのだが、私は根は真面目な人間なのかもしれない。
 その真面目さが、己の欲望に向いているだけ。 というのは小綺麗にまとめすぎか?
「はぁ・・・・・・私の悩みが鎧袖一触されてしまいましたね。だから貴方は嫌いなんです」
「尊敬するのではなかったのか」
「尊敬はします。けど嫌いです。だって私たち凡俗が、生涯を賭けて悩み、答えを出そうとするモノを、貴方は一瞬で出すんですから。嫌いにならずにはいられませんよ」
 凡俗。
 何かの皮肉だろうか。
 さっぱり何が言いたいのか分からないな。まぁただ単に、この女は頭が回りすぎて、シンプルな生き方をしている私を羨んでいるだけかもしれない・・・・・・違う気もするが、そう捉えておこう。
「しかし平等か。いや、結局はそれも」
「ええ。人間の都合ですよ。最初は兵器、次に愛玩、そして一般。これはどこでも基本ですよ」
「そんなものかね」
「私たちアンドロイドから見れば、人間はひどく滑稽です・・・・・・「愛」や「友情」という、人生における基本目標を、「金」で」
 私を一別し、視線を送った。
 何か文句でもあるのか。
 受けて立つぞ。
「解決しようとするんですからね。全く、たいそうな幸せよりも、目の前にあるモノで満足すればいいだけなのに」
 言い分はもっともだが、こと私に関してはそんなモノは手に入れば苦労はしないもので、言うならば余計なお世話だった。
「自分がわからない、自信の存在さえ曖昧な私からすれば、ですけど。金なんかで何故悩めるのか意味不明ですよ。人間は」
「金を数えていると楽しいからな」
「どうせ大金を手にしたところで、使えないでしょうに」
「だが、選択肢の幅が広がるのは事実だ。豊かさには金が必要だからな」
「けれど、使わないなら結局は、貴方の言うどちらにしても、結果は同じ、ですよ。そんなのは最初から持っていないのと同じです」
「かもな、別に構わないが・・・・・・金は使うことは楽しいが、あれこれ考えるのが楽しいものだ。しかしだからって私は、金がないことで悩むなど、御免被るね。金で買えるモノ、変えられるモノは確かに多い。だが貴様の言うとおり、結局は使い手次第のモノだ。だからこそ、私は平穏な生活のために全力を尽くすのだ」
「本当は愛されたいくせに」
 殴った。
 知った風な口を聞く奴は嫌いだ。
 それが子供なら尚更な。
「何するんですか! あれですか、子供に痛いところ疲れて怒りましたか?」
「あまりごたごた言うと、貴様も鍋にして食っちまうぞ」
「猟奇的すぎます・・・・・・」
 どうにもならないというのに、諦めるな頑張れと言われることほど、鬱陶しいモノは無い。貴方はハンニバルレクターですかと、分かりにくい例えを出しながら、アニは言う。
「破綻しているかどうか、なんて本人が決めることではないですよ。愛する側が決めることです」「ほう。それで、その愛する側はどこにいるんだ・・・・・・いや、いたとしても、私はそいつを、あっさりと切り捨てるぞ」
 何の容赦もなく。
 殺す。
 始末する。
 役に立たないから。
 いらないから。
 気が向いたから。
 飽きたから、捨てる。
 それを人間と呼べるのか? いや、飽きたら捨てるというのは、案外それこそ人間らしい感情で愛するに足る人間なのか?
 どうでもいいがな。
「愛は見返りを求めるものではありませんし」
 貴方と一緒にしないで下さい、と失礼なことを言うのだった。まぁ否定は出来ないし、する気にもならないので、構わないが。
「だが、私には愛があったところで、認識できないのだ・・・・・・無いも同然だろう」
「無いならあるように振る舞い、あるかのように想像して、あれば願い形にする。貴方の、先生のお仕事は、まさにそれだと思いますけど」
 ふざけるな。
 そんなメーテルリンクで納得できるか・・・・・・と思うと同時に、案外そんなモノなのかと、考えさせられざるを得ない。だが、仮にそうだったところで、私には何の満足も、充足も、無いのだが。「ふん。下らん噺で内容が逸れたな。博士は結局何をしたかったんだ?」
「死者の蘇生ですよ」
「はぁ?」
 間の抜けた声にならなくて良かった。油断してしまった。まぁ大丈夫だろう。外見上は何の変化もないはずだからな。
「間が抜けてますねぇ」
「それで」
 噺を催促して無かったことにした。
「死者とアンドロイドと、どう関係ある?」
「私がそもそも、その死んだ娘を生き返らせる為に、そのためだけに製造されたプロトタイプですよ。博士は随分前に、それこそアンドロイドが汎用化される前にお亡くなりになったので、企業家に回収されて、今の最新ボディを手にした訳です・・・・・・死んだ人間の「記憶」を埋め込めないか、そういう試みだったそうですよ」
 まぁ、失敗していますがね。
 軽い口調で彼女は続けた。
「記憶はありますが、人格と記憶は別物のようで・・・・・・私はあくまでも別の個人です。だからその辺りは、勝手に失望されましたね」
 作っておいて、勝手に飽きて、そして失望されてしまった。そうアニは言うのだった。絶望の淵にいる人間は良い作品のネタになるが、アンドロイドもそうだったのは驚きだ。今度この噺を物語にしようかな。
「博士の信念は実に単純ですよ。人間の為、人間の為、人間の為。だからアンドロイドはどうでもいいです。まぁ、そういう人間本位な考えでなければ、自分たちそっくりな奴隷を作ろうなんて、とても思えないでしょうね」
 おぞましすぎて、と皮肉混じりにそう彼女は、言った。言ったが、疑問も残る。
 ならば、等しくアンドロイドは、人間を恨んでいるべきではないのだろうか、と。そう考察せざるを得ないではないか。
 だが。
「そうでもありませんよ。その辺は人間と同じですね・・・・・・昔ひどいことをされたらしいけど、今の自分たちには「関係がない」からどうでもいい・・・・・・そんなモンですよ」
 ビュッフェの肉をほおばりながら、そんなことを言うのだった。
 最近、有機タイプのアンドロイドも増えてきたが、彼ら彼女らは、演算能力以外は、こうして肉も食べられるし、トイレにも行く。何一つ変わらないのに、人間の奴隷になっている。
 望む望まないに関わらず。
 まぁ、人間でも人間の奴隷になるのだから、金の力でそうなるのだから、あまり珍しいことでもないだろう。誰かが得をすれば誰かが損をする。 世界の基本だ。
 今は人間優位なだけだ。
「お前はどうなんだ?」
「先生と話していたら、悩むのが馬鹿馬鹿しくなりましたよ」
「そうか、なら」
「ええ」
 とりあえず、現在の持ち主・・・・・・佐々木狢を、説得でもしなければ。あるいは、戦うことになるのだろうか・・・・・・。
 鏡の向こう側と。
 私は殺し合うのかもしれなかった。

   14

 夜、音がした。
 それも尋常なものではない。兵器、重低音が響きわたり、トイレに行っていなければ即死だっただろう。まぁ無事だったので、私はコレクターを使って、そいつらをバラバラにしたのだが。
「ちょっと、話して下さい」
 言って、脇に抱えられているアニが見えた。あいつはそういう呪いでも帯びているのか?
 抱えているのは、勿論。
「先ほどぶりだな。私だ」
 先ほどの城主だった。
「見ての通りだ。私にはこれが必要でな」
「お前に必要なモノなんて、無いだろう」
 私がそうであるように。
 そう思ったが。
「いいや。これを使うことで、この世界は面白くなるからな。無論、君の邪魔を含めて、だ。何事も障害が無くてはつまらない。だからここは一つ勝負をしないか?」
 私とは真逆のことを言うのだった。
 人生にささやかなストレスを、刺激を求めるために、私と同じように、私が自信の平穏のために周囲を省みないで進むのと同じように、この男は災厄を好むのだ。相容れるはずもない。
 だからその提案は好都合だった。
 だが。
「私にはその小娘を助ける理由などないな」
 こういう場面でそういうことを言う。それもまた私の口だった。私は物語の主人公では無いのだ・・・・・・人が連れ去られたからと言って、金にもならないのに助ける理由もない。
 このまま帰ろうかな。
 まぁ、私に帰るところなど、無いのだが。
「そうか、では十分利用させて貰おう」
「え・・・・・・」
 口ではなんだかんだ言いつつ、助けてくれる。そう思っていたらしかった。まぁ知らん。勝手に連れ出しておいて何だが、飽きたのだ。
 真摯な目で、アニは、こちらを見た。
「・・・・・・・・・・・・私は、信じてますから」
「・・・・・・だそうだ」
 言って、彼はそこを去った。まぁ追おうにもアンドロイド兵器が邪魔をして、切り捨てたときにはもういなかったのだが。
 さて、どうするか。
 もう諦めてここは帰ろう。帰る場所なんてあるのか知らないが、とりあえず近くのホテルにでも宿泊して、それでいいではないか。
 何の縁があるわけでもない。
 色々あったが、皆それなりに暮らしましためでたしめでたし。さて、物語も終わったし、あとは締めと行こう。
 私は近くの宿場に一泊することにした。泊まっていた建物は既に半壊していたからだ。私としてもそれなりの場所が良かったので、高く付いたがまぁいいだろう。それなりに高級な飯を食べ、私は幸せの中、次回作を考えていた。
「・・・・・・眠れない」
 何故私はこんな目に遭わないといけないのだ・・・・・・理不尽にもほどがある。段々苛々してきた。何だったらあいつら皆殺しにしてしまおうか。
 落ち着こう。
 放っておけばいいのだ。
 それで解決だ。
 だが、私の我慢も限界だった。突然襲撃されること3回。我慢強い私だが、しかし別に無限に我慢するわけでもない。勝手にお姫様ぶっている馬鹿女もそうだが、あの男。
 佐々木狢。
 あの男の生き方は許せない・・・・・・諦めた風を装って、それでいて特に理由もないくせに、この私の邪魔をし続けた。あの鏡には。
 何より、あの男・・・・・・襲撃されて埃を被った私のことを、愉快そうに笑いやがった。
 キャラが被るのも、正直問題だしな。
 クローンがどうかはしらないが、私はオリジナルを殺して自分が本物だと言い張る人間だ。あの女はついでに拾って、売れれば売ってしまうか、賃金なしで働いて貰うか。
 そう思うとやる気が出た。
 人の不孝は密の味。だがそれで笑うのは私独りで十分だ。キャラは被るし、正直邪魔だ。
 同じ生き方の人間は、二人も必要ない。
 私は刀を携えて、外へ出た。
 そこには夜空が広がっていた。果てしないその空の果てには、私の求めるモノは落ちているのだろうかと、考えさせられる空だった。

   14

 物語的に、この方が盛り上がるというのが、本当のところだったが、まぁ私は作家だ。こんなおいしい対決を、殺し合いを、逃す手は無い。
 相手は鏡だ。
 いや、この場合どちらが本物か、競い合う偽物同士と言ったところか。あの女は生きているのかどうか知らないが、景品としては丁度良い。
 つまりどうでもいいと言うことだ。
 景品のように扱われることを、女は極端に嫌うので、だからアニには堂々とそれを伝えてやろうかと思ったが、面倒になってやめた。
 第一、目の前の男から、目をそらせまい。
「実を言うと。その女の命はどうでもいいんだ。ただ、貴様に幾つか聞きたいことが、あった」
「そうか、私もだ」
 相対する、と言う言葉がこれほど似合うシチュエーションもあるまい。城の上にある屋上庭園のようなだだっ広い空間。人質の姫君と共に、さながら悪の魔王のように堂々と、隠れもせずにその男は、私に向かい合うのだった。
 共に剣を携えて。
 我々は向かい合った。 
 自分自身と、向かい合った。
「君は、もしかして幸せになれると、騙しているのかな」
 騙している。
 この女を助けようが、私の人生には何の関係もない噺だ。売り飛ばしても、真実関係ない。
 だから女はどうでもいい。
 私は、聞きたかった。
 彼も同じだった。
 ならば答えるだけだ。
「幸せになれると、己を騙した。確かに、そうだろう。だが私はこのままで終わるつもりも」
「無いわけでもない。私との違いは、手に入らないと分かって諦めきれないだけだ。さて、私も君に聞きたいのだ。君は」
 外、というかこの高さから見れる風景を眺めつつ、彼は言った。
「達成できると思うのかね」
「思わないな。思う気もない」
「なればこそ、矛盾がある。この女を助けようが同じことだろう。君も私も、幸福など、ただの幻影のようなものだ。我々には存在し得ない胡蝶の夢に過ぎないものだ。無いのだよ」
「ああ、無いな」
「いや、君は無いことから、目を背けている。物語を書いているのが良い証拠だ。自分のような人間でも、いつか幸せになれるはずだ、と。だから君は金が必要だ。だが、その夢は叶わない・・・・・・・・・・・・最初から無いモノは、買えまい」
「だろうな」
「そこまで」
「分かっているから、もう諦めているさ、潔くな・・・・・・ああ、真実私は自信の幸福など、最初から信じていない。そこまで期待するほど、私は楽観主義者でもないのでな。だから、もういらない」 愛も友情も、もういらない。
 どこかよそでやってくれ。
 生きることの肴に、するだけだ。
「私は諦めている。だが、貴様と違って金を基準に、在り方を固定しているだけだ」
「ふん、つまり結局は」
「ああ。私たちは手に入らないモノを嘆いて、ほしがって、わめいているだけの人間だ」
「違います」
 今のは誰の言葉だ。いやわかっている。こんな余裕のあることを言うのは、女だけだ。
「いいじゃないですか。これまで、散々尽くしてきたんでしょう? なら、奇跡があってもいいじゃないですか。幸せになることに許可がいるなんて、二人とも倒錯しすぎです」
 そうじゃない。
 だが、言っても伝わるまい。
 それでも承知で、言っておくか。
 私は鎖で縛られて身動きの取れない、人質の女に向かって、大人げなくも伝えるのだった。
「そうじゃない。あるけれど、分からない。あったところで、手にしたところで捨てるだけだ。それに何事も心が向かう先を決める。だが、私もその男も、真実「心から幸せを望む」ことが、出来ないんだよ。どれだけ奇跡が起ころうが、望んでもいないもので、幸せには、なれないさ」
「そんなこと」
「嫌と言うほど、そんなことを実感してきた。だからこそ、横から言われる覚えもない。少なくとも私は、金があれば十分だ」
 それも方便か。
 まぁ構わない。
 私は嘘つきの代表格、作家だからな。
「死にたいんですか? そんな武器だして、チャンバラごっこでっもして、自分のことカッコいいとでも、思っているんですか?」
 泣き笑いのようだった。
 何故泣くのかは不明だが、どうでもいいが、まぁ女は大体そう言う生き物だ。気にしてもあまり意味は無かろう。
 どうでもいいしな。
「死にたいのさ。だが、同時に死にたくない。私は幸せになるまで死ねない。そいつも同じことだろう。だが、いつまでたっても、どれだけあっても、目的が絶対に叶わないことは、最初から分かっている。いつまで、生きればいいんだ?」
 私の問いに、彼女はぞっとしたようだった。
 私からすれば、産まれたときからあった、素朴な疑問でしかなかったが。
 いつかとはいつだ。
 そんなモノは無い。
 この夢は叶わない。
 それでも求めた。
 無駄だった。
 だが、私にも佐々木にも、「諦める」ことが、したくても、もう、出来ない。最初からそうだったのかもしれないが、出来ないモノは出来ない。 私が私を救うなら、それこそ産まれる前に救うべきだった、などと、とんだ戯れ言だが。
 馬鹿馬鹿しい。
 どうでもいい噺だ。
 今目の前にいる、鏡に比べれば。
「お前はどうだ?」
「似たような気分だ」
「そうか」
 言って、私は剣を握った。
「私からも聞いていいかな?」
 言って、私は佐々木に問うのだった。
 初めて知ったときから、気になっていたことを聞こう。そう思った。
「お前は、世界が面白いか?」
「そうだな」
 少し考えるように悩んで、彼は言った。
「いいや、何もなかったさ」
「そうか、私は何もなくても、楽しむ方法は見つけたぞ」
「ほう」
「金と物語だ。この世にありもしない幸せを、嘘八百で表現するのは、同じだったからな」
「楽しくもないくせに、君は良く自分を騙せるものだな」
「ああ。私は作家だからな」
 それだけが、おそらく背負った業だけが、彼とは違ったのだろう。
 私は剣を抜いた。
 彼は抜かなかった。

   15

「こんな後味の悪い気分は、初めてですよ」
 帰りの宇宙船で、彼女はそう言った。
 男は先に行くことを選んだ。
 私は介錯をして、死に損なった。
 ただそれだけだった。
 だが、どうなのだろう? 私は彼の死をあえて確認はしなかった。案外、生き残ったのか、死に損なったのか、それとも。
 考えても仕方がない。
「結局、今回の噺は何だったんですか?」
 向かいに相席しているアニは、そんなことを聞くのだった。聞かれたところで、私は別にこの女を満足させるために考えていたわけでもないので適当にしか答えないが。
「ただ単に、死人が多かっただけだ。そのついでに、少しばかり手間があっただけ。ただのそれだけだ」
「本当に?」
「当然だ。金にはなった。お前があそこで作らされていた資料、研究結果、それらをまるまる売ることが出来たからな」
「世の中金ですか」
「当然だ」
 世界は金で出来ている。
 心は金で動き身体は金で買える。長い長い道のりを経た在り方さえも、金があれば歪むものだ。 故に、人間は金で買える。
 買えないモノなど、ない。
 この世界にある限りは、だが。
 流石に、無いモノは買えない。
「自分は幸せには決してなれないんだ、、なんて格好付けてる暇があったら働けって噺です」
「金になればなんでも仕事だ。金にならなければ何もかもが仕事じゃない。嫌味か?」
 だとしたら嫌な女だ。
 大きなお世話だ。
「別に、そんなつもりはありませんでした。ご免なさい・・・・・・でも、無理だと思わずに、やってみるのは大切だと思いますよ」
 哀れむように、ではなく、いっそ愛情を注いでいると表現してもいい顔で、私に言った。まぁ愛があろうが信念があろうが、そんな自己満足に意味はなく、結局金が全てなのだが。
「人間は空を飛べまい」
「なら、飛行機に乗りましょう」
「その飛行機は誰が買うんだ?」
「う、それはですね」
「飛行機を帰る人間だけが、幸せになれる。そしてそれは金で買える。働くか、それもまた、空しい響きだ。人の都合で労働に身を費やすのは簡単だが、空しい。私は働いて、仕事を誇りにしたかった。だがそれも、この様だ。金がなければ、見栄えもしないだろう?」
「それは」
 失言だと思ったのか、どっちでも良かったが・・・・・・この女の言い分は正しい。資本主義社会において働くことは正義だ。無論そのほとんどはただ人の都合で動くだけの労働だが。
 働く。これは本来もっと自分らしくあるべきなのだが、少なくとも作家は、作家であることを仕事には出来ないらしい。金にならない。
 金がなければ、ならなければ、どれだけ素晴らしかろうが誰も認めないし、何の意味もない。
 金があれば、何をやっているのか不明でも、実際ただ社会に迷惑をかけているだけの「立派な会社」は多いが、しかし、金になる。
 人間の道徳は金で買える。
 だから金がなければ問答無用で「悪い」のだ。金とはそういうものだ。実際、私が売れていて金を稼いでいれば、今私を否定している人間たちもあっさり、私を認めるのだろう。
 吐き気がするが、そういうことだ。
 内実など、どうでもいいのだ。
「けど、貴方は、先生は、「そうじゃない」って思っているんでしょう? なら、それを認めないのは嘘ですよ」
「だから何だ。意味はない。力もない」
 何一つとして、変わりはしない。
 たまたま売れているか。
 たまたま売れていないか。
 最近の本の数々、物語の多くを見れば分かりそうなものだ・・・・・・内容が良ければ、あるいは信念があったところで、売れることは関係ない。
 むしろ、死んだ後に認められるという、実に屈辱的なケースの方が、多いのだ。
 忌々しいことに。
 世界は適当に出来ている。
「金が全てだ。おまえたちがそうしたんだぞ。そのくせ人間に「道徳や正しさ」があると思いこんで押しつけるのだから、私にはお前たちの方が、狂っているように見えるがね」
「それは、そうでしょうけど、でも、先生は作品を書いたじゃないですか。少ないですけど、本気で感動した人たちもいる。それじゃ不満ですか」「いいか、良く聞け」
 私は右手であそんでいたコーヒーカップを置いて、宣言した。
「私はそういう押しつけがましいのが一番、嫌いなんだよ・・・・・・だから何だ? 私は尊い作家であるために、書いたんじゃない。金のためだ。払うモノも払えない「道徳」だの「社会的正しさ」だのそんなものくそくらえだ。社会の歯車になったところで、満足するのは札束を数えている人間で私じゃない。立派さなど下らない。私は作家として生き、人並みに幸せになりたかっただけだ。だが当然ながら世の中というのは、当人の信念など関係なく進む。私がどれだけの歳月をかけようが「運が悪かった」とか、そういう理由で金にはならないのだ。いいか、良く聞け。

 私は読者を幸せにするために書いているんじゃない。

 私が幸せになるために、生きているんだ。作家として、生きている。労働者として立派だと言われるためでも誉められたいわけでもけなされたいわけでもない。金のためだ。作家として金を稼ぎ生きて幸せになるためだ。私は全てやった。作家として尽すべきを尽くした。幸せになるために苦悩して、それでも前へ進んだ。それら全てが何の結果にも結びつかないのに、クソの役にも立たない貴様等の「道徳もどき」など、私が知るか」
「・・・・・・・・・・・・確かに、そうですね」
「何だ。たかがその程度で自己弁護とは、情けない男だなと、言われるかと思ったが」
「言いませんよ。貴方の信念は本物です。本物以上に本物。けれど、運が悪いだけ。そんな人間の信念を笑えるほど、私は卑劣じゃないですよ」
「合理主義者のアンドロイドが、良く言う」
 本当は心の中で小馬鹿にされているのかと思ったが、しかし考えてみればアンドロイドに心があるのかも分からないし、やめておいた。
 考えるだけ無駄だ。
 他人が私をどう評しようと、どうでもいい。
 どうでもよくないのは、私だ。
 私にとって、私だけが、どうでもよく無い。
 断言できる。
「いいえ。けれど個人的には、貴方の信念は報われてしかるべきだと思うんですけれどね。世の中というのは、業が深い」
「口だけなら、何とでも言える」
 私が良い例だ。
「心配は無用だ。役に立たないからな。お前がどう言おうが、関係ない噺だ。同情も見下されるのも不愉快だから御免被る」
「人の目は気にしないのでは?」
「気にはしない。だが目障りだ」
 作家などは、特に。
 認められることがこれ以上、難しい職種もあるまい・・・・・・金にならなければ、ただの変人だ。
 そして、それこそ。
 最も人を侮辱した行為なのだ。
 そのくせ、金になれば寄ってくる。
 腰の軽い奴らだ。
 汚らしい。
「人の信念を笑うこと。これは金で可能になった最も古い行為だろうな」
「そうですね、けど」
 私は笑いませんよ、と女は言った。
 嬉しくもなかった。
「お前は、今ここにあることをどう思う?」
「何のことですか?」
「細い細い糸がある。我々はどれかを選ばねばならないし、選ばなければ誰かの糸を握ることになるだろう。だが、私は無作為に、とりあえず選べるモノの中から適当に「誰にでも出来る」という理由とも言えない理由で、それを掴んだ。掴んだ糸が絵画ならば、私は画家としてここにあっただろう。掴んだ糸が暴力ならば、やはり格闘家としてここにあっただろう。何でも同じだ。私はたまたま作家を選んだ。そしてその生き方を貫いた、貫き通した・・・・・・成功するかはともかく、私は生き方として何でも選べた。お前はどうだ」
「そこをつかれると、私は弱いですね」
 私は選ぶことを躊躇しましたから。
 そんな風に、いっそすまなさそうに、アニは言うのだった。そして「けれど」と、続ける。
「そこまで行けば本物ですよ。貴方は結局、選ばなかったんじゃないです。やっぱり選んだんですよ、作家としての、在り方を」
 そうでなければ飽きっぽい先生が、続けれられる訳ありませんしね。と、失礼なことを言った。 私はコーヒーを飲み干して、向き直る。
 独りの女に、独りの天才に。
 正面から、姿を見た。
「ならばさっさと選ぶが良い。どんな道でも、選んで進めばそれなりに上達し、行き方と密接になるものだ。無論、成功するかは時の運だが。しかしそれでも、例え進み過ぎたことで他が見えなくなろうとも、何かに行き着いた人間には、見て楽しむ程度の価値はある」
 くす、と笑って(何が面白いのだろう。私は何か失言をしたのかと、正直戦慄した)彼女はいたずらっぽい、それこそ子供の年相応に、笑顔と共に言葉を発した。
「そうですね、でも・・・・・・綺麗事ですが、結局は認めさせても拒絶されます。そして認められることで、成功は容易になるものです」
「綺麗事だな。また何の役にも立たない言葉を、よくまぁ思いつくものだ」
「ええ、ですけど、たまにはいいじゃないですか・・・・・・先生も、「たまに」でいいですから、この世界にある綺麗事を、あまねく人間の欲望を、肯定してあげても、良いと思いますよ」
 私は当然納得しなかった、
 綺麗事などうでもいい。
 下らない。
 世の中金だ。
 まぁ、しかし。
 たまには、子供の戯れ言くらいは付き合ってやろうと、そんなことを珍しく思うのだった。
 思うだけで、毒されはしなかったが。

    15

「先生は「仕事」の在り方をどう思う?」
 宇宙船内、女と別れた後、私はすぐに別の便に乗った。始末屋としての仕事の報告のためだ。
「また会いましょう」
 とアニは言ったが、私は、
「二度と御免だね」
 と言った。
 まぁ、もう会う機会もないだろう。
 だからこそ突き放しておいた。
 実際、会う機会などあるのだろうか・・・・・・ああいう「まっとうな」人間、いやアンドロイド相手に私のような人間と、接点があるのだろうか。
 あるからこそ、今回交わったのか?
 まぁ、それも今はどうでもいい。
 今は。
 いずれ考えるときが来たら、なんて私らしくもない。なら、考えておくことにしよう。
 人間の幸せを。
 幸せな人間の在り方を。
 それこそ今更だがな。
 それに、考えたから手に入るものでもない。
 人と人とが、育むものだ。
 つまりこの世には存在しないと言うことだ。人間同士の協力など、物語の中の噺でしかない。
 さて、と私は考える。
 ファーストクラス(代金はアニが払った)の座り心地は最高だが、だからこそ携帯端末を持ち込むべきではなかったか。とはいえ、コーヒーの質も最高だし、これくらいは良しとしよう。
「金になれば何でも仕事だ」
 ならなければただのゴミだ。信念は金にならないものだからな、と答えたが、ジャックは「違うな」と否定した。
「仕事というのはだな、人間の在り方の形なんだよ。ソの人間の在りようだ。だからこそ個性があるし、だからこそ人任せにしていると、他人の個性を被った人形になる」
「人形・・・・・・」
 イエスマンばかりだと嘆いていた支配者を、思い出す。確かに、事実ではある。
 だが、その考えが役立つかと言えば、そんなわけがない。事実とは、金の虚飾の前では無力であり、事実などどうでもいいものだ。
「けどよ」
 考えを見透かしたのか、ジャックは言った。
「生きてりゃ死ぬ・・・・・・死んだときに「これこそが自分の人生だった」と言えるかどうかに、金は責任を持ってくれないぜ。死んだ後が在るのかは知らないが、思うに、人間が死ぬのは「仕事」を失ったときなんだよ」
「どういうことだ?」
「金が在れば生きてはいける。だが、生きるだけなら人間でなくても出来るさ。そんなに生きたきゃ植物にでもなればいい。大切なのは、自分の
在り方を表現して、それを形に残すことさ。作家なら物語を、狩人なら獲物の首を、商売人なら自信のブランドかな」
 それを表現できないくらい、衰えたときに人間は「死ぬ」というのか。
「そんな馬鹿な噺が」
「あるさ。というか、先生はそこに違和感を感じているんだろう? それは正しい。金が在れば生きていける。だが金があるだけで生きていけるとも取れるのさ」
「考えなくても生きていけるのが問題だと?」
「おうよ、実際そういう人間、人間なのかも分からない人形の、多いこと多いこと。この世界についてまともに考えて生きたことも無いくせに、神について考えて生きたことも無いくせに神が救うと信じていて、死に向き合ったことも無いくせに死を恐れて延命し、自分で作り上げたわけでもないくせに、借り物の肩書きで自分に酔う。なぁ、これのどこに「自分」があるんだ?」
「知るか」
 私に聞くな。
 いや、私だからこそ聞くのか?
 ジャックは頼んでもいないのに、続けた。
「実際、金は使うものであって、いずれ無くなるんだぜ・・・・・・どれだけの富を築こうが、所詮全てはまやかしさ。それこそあっさり没落して、全てを失う人間だって、珍しくもない。そのくせそれがあれば「幸せ」だと、人に言われて、人から聞いた「幸福」を基準に、人間は生きている。人工知能の俺からすれば、これほど傑作な笑い話は、他には無いね」
「単純に幸せの基準と言うよりも、それが人間の本能部分で「幸せ」だと感じるように、最初から出来ているだけじゃないのか?」
 何故私は考えずに生きている人間の弁護をしているのか不明だったが、まぁいいだろう。半裁が進まないから要所要所で話すとしよう。
「先生がそれを言うか。だったら先生、愛情と友情と富と名声と長生きで、幸せだと断言して見ろよ、無理だろうけどさ」
「大きなお世話だ」
 最近、大きなお世話を焼かれすぎている気がしてならない。本位ではないので迷惑だ。
「だったら」
「そう、結局は幸せなんぞ当人が勝手に決めることなのさ。先生の言う「思いこみ」だな。人間は幸せになれる、そう思いこめば」
「結局、原点に返るわけか」
「こんな考えが原点だなんて、先生は本当に心の底から狂ってるよな」
「・・・・・・結局、何が言いたい」
 私はくつろぎたいのだが。
 もう眠ろうかな。
「さあてね。けど、先生は案外あっさり幸せになれると思うぜ、なんせ」
 死を恐れる必要がないからな、と。
 彼は言うのだった。
「それと幸せが、どうつながる?」
「どうもこうもないさ。人間って奴はおかしなことに、そうやって思想と思考を外注することで生きてきている奴に限って、死を極端に恐れるのさ・・・・・・・・・・・・どれだけ言い繕おうが、言い訳が効かないからな。肩書きも金も社会的正しさも、当人以外の全ての装飾は、先生が剥がすまでもなく死の前では剥がれるのさ。だが、先生。先生には信念があり、誇りがあり、それを軸に生きているだろう? そう言う人間は、やり残すことなどないんだ。自らの思いを、それこそ「仕事」という自分の在り方を、形として残していくからな。だから死を恐れない」
「痛いのは嫌だがな」
 そもそも、死んだ後に世界が無いならば、考えるだけ無意味だ。逆に今よりも待遇が良いならば考えなくもない。さらに今よりも待遇が悪くなるならば、死にたくはない。
「だが、先生は痛いのは嫌でも、死ぬことそのものは絶対に恐れないだろう? それは確固たる自分があるからさ。そして、それこそが・・・・・・・・・・・・幸福だ」
 私はただ、自分が優雅でリッチな生活を送り、楽しめればそれでいいだけだが、黙っておく。
 様にならないしな。
 あの世があろうがなかろうが、私個人の生活が脅かされないならば、どちらでも同じだ。まぁ死んだあとの生活など、気にするだけ馬鹿げている・・・・・・改善可能なら改善するだけだしな。
「・・・・・・・・・・・・狸に化かされたみたいで、なんだか納得は行かないな」
「行かなくてもいいさ。俺には関係無い」
「だろうな」
 考えて生きているかなど、私には金と平穏が在ればどうでも良いのだが。どうでも良いので、やはり話半分、考え半分が良いのだろう。
 その後は、二人して下らない噺をした。
 特に感想は無かった。私は地球へと降り立つため、準備を進め、コーヒーを一杯飲んで一服してから、世界の果てに向かうのだった。

   16

「それで、貴方は、ちゃんと始末したのですか」 出し抜けに、そんなことを聞かれた。
「しかし、何かあるごとに女が絡むとは、貴方はもしかして女たらしですか」
 馬鹿か。
 女どころか、私に人間関係など無い。
 馬鹿馬鹿しい、そんなまともな感性があれば、作家になどなっていまい。
 何かあるごとに作家云々を持ち出すのも、正直どうかと思わなくもないが。
 まぁ知らん。
 知ったことか。
 どうでもいいしな。
「下らん。私を口説きたいなら金を持ってこい。無論、私は貰うだけ貰って、約束など守らないがな」
「最低ですね」
 冷たい目で見られたが、しかし冷たい目で見られるのは日常茶飯事だ。
「それで貴方はいいんですか?」
「何のことだ」
 地球というのは空気が澄んでいるな、位しか今の私に感想は無いのだが・・・・・・何の話だろう?
 金なら払わんぞ。
 金があっても御免だ。
 金はあるが、それとこれとは噺が別だ。
「良くないさ」
 何を言おうとしていたのかは知らない。まだ質問を聞いてもいない。それでも私はそう言わざるを得なかった。
「良くないさ、良いものか。私は作家として全てをやり遂げた。人間として信念の道を進んだ。それが、この様だ。大した金になりゃしない。だが私は良くないが、どう叫んだところで、理不尽には無意味で、無駄で、売れるかどうかは、少なくとも実力とは関係ない場所で決まるのは明白だ」「悔しくないんですか」
「悔しいさ。悔しさが麻痺するくらいには。だが悔しがって成功するか? しない、断言できる。私はもう嫌だ。このまま無様に苦しむのなら、もうさっさと死にたい。生きていたところで、寒々しいだけだ。だが、これが中々死ねない。因果な人生だよ、まったく」
「綺麗に纏めてどうするのですか。貴方は、生き汚くても、生きるべきです」
「生きて、どうする? 後から知りもしない奴に「あの生き様は立派だった」とでも、何万年何億年後になって、カフカみたいに認められたところで、嬉しいと思うのか? 傑作だ、これ以上の屈辱はありはしないさ。私はもう嫌だ、そんなことは昔から思っていたが、貫き通して物語を書き、今までの遠回りはこのためだったと、そう思うために苦しんだのだと、そう信じた。だが、事実は変わらない。無駄なモノは無駄。何年賭けても、どれほどやり遂げても、金にならねば全て無駄。運不運とか、それよりもっと理不尽な人脈とか、あるいは間の良さとか、とにかくそういう、下らない上に変えられないモノに、人生を左右され、生きる上で誇りを仕事に出来ず、苦しんで小馬鹿にされる。認められたいわけではないが、こんな屈辱を良しと笑うと、本気で思うか?」
 私は何の責任もない神様に、タマモに八つ当たりをするのだった。情けないのかもしれないが、しかし我慢するのはもう飽きた。
 どうせ無駄ではないか。
 信念が形になるのは、物語の中だけだ。
 とっくの昔から世界は信じるに足りないと、そう感じ続けてきた。それでも振り払って前へ進んだ。それでも無駄だった。歩き続けた遠回り、ソの先には、私を満たすモノは、何一つ、有りはしなかったのだ。
 全て戯れ言だった。
 全て嘘だった。
 最初から分かっていた。
 だからこそ、許せなかった。
 魂の決着は、無駄に終わった。
「ここまで来たではありませんか」
 無論、比喩表現だ。ここまで来た、ふん。だがそれが何だと言うのだ。歩くだけなら猿でも出来るではないか。私は道のりの先に、黄金がないなど御免被る。
「だから、それが何だ?」
 虚ろな目をしていると思う。無駄だと分かって「ここまで来た」人間の目が、綺麗なはずもないのだろうが。
 無論、そんなことにも意味はない。
 誰も見ないなら、無いと変わらない。
 私は、私の人生は、そういう類のモノだ。
 だから無意味だった。
 だから無価値だった。
 それでも走った。
 その遠回りも、無駄だった。
 何かを捨てて、何かを得るなど綺麗事だった。 全て嘘だった。
 持つ側の人間が、結局勝った。
 努力も信念も無意味だった。
 実利は運不運だった。
 それでも私は物語を、書いた。
 綴り続けた。
 それすらも、無駄なのか?
 ならば、意味など、無いではないか。
 それが綺麗事で片づけられるなら、もう私は、全ていらない。何を求めても、等しく無駄だ。
「その綺麗事に、何の意味がある」
 多少、いや私には珍しく、憤慨と怒気をはらんでいた。ただ単に、憤ったとも言えるが。
 我ながら、大人げない。
 だが、ただ我慢して、いいように言われるよりは、私は大人げない方を選ぶ。
「意味などありません」
 悲しそうな目をしながら、タマモは言った。
 悲しそうであろうが嬉しそうであろうが、内面が哀れみに満ちていようが嘲りに満ちていようがそんなモノは、意味がないのだ。
 結果が全てだ。
 実利が肝要だ。
 私は、それが欲しい。
 それでなくては嘘だろう?
 そうじゃないか?
「けれど」
 そう言って、私に近づき、頭を撫でるのだった・・・・・・幼い子供に諭すように。
 あるいは、子供に理不尽を教えるように。
 教えられても、役立たなければ、鬱陶しいだけでしかないが。
「それはきっと貴方の糧になります、だから」
「そういう言い訳は、もういらないんだ」
 私は手を振り払った。御免だ。同情されるのも哀れまれるのも、綺麗事で済まされるのは、もう御免なのだ。
「私は、お前たちの為に成長するわけでは無い。成長する姿を見せたいわけでもない。ただ、金と平穏が欲しいだけだ」
「きっと手に入ります」
「言うだけなら、神でなくても出来るさ」
「行動するだけなら、誰にでも出来ます」
「確かにな」
 厳しいようだが、いや当たり前のことだが、勝てなければ意味など無いのだ。弱肉強食はどこでもあることで、私が敗北したのは実力はあったが運がなかった。運不運、あるいは環境が最悪だったところで、やはり負けは負け。敗北は敗北で、そこに意味を求める方が間違っている。
 正論だ。
 正論過ぎて吐き気が出る。
 私は正論が嫌いだ。
 持つ人間の特権など、好きになれるはずもない・・・・・・そんなものは、偶々かっているだけの人間が決めているだけに過ぎないことを、私は既に、産まれる前から知っている。
「ですが」
 と言って、私を見据えた。
「自信の行動の結果に誇りを持てないのは、ただの愚か者です。貴方は自身に責任を持つべきだ」 似たようなことを、良く言われる日だ。
 それが金になるのか?
「責任? 何の責任だ」
「有り様を固定し、貴方はここまで来た。なら、ソの先を求めなくては、嘘ではありませんか」
「嘘だからな。その先なんて、無い。お前には永遠に分からないかもしれないが、この世界には確かにあるんだ。この私のように、絶対に得れない宿命を定められていて、敗北を承知で挑み続けなければならない人間がな」
「そんな言葉で、惑わされると思いますか? 貴方はただ単に諦めて、楽になろうとしているだけでしょう?」
「だとしたら、何だ? 言っては何だが、そんな言葉も何も、ただの事実だ。私にとっては。アニも格好付けるなとか言っていたが、ただの事実で現実なだけだ」
「・・・・・・そうですね。そうでしょう」
「だから」
「だからこそ、ここから巻き返せば、格好良いじゃありませんか」
 私は唖然とした。
 したと思う。
 いや、よく分からない。
 何だ、それは。
 そんな、下らない戯れ言で。
「詭弁ですよ、何の根拠もありません、ですが、人間の信念が、意志が、何の力も持たないなんて私には」
「それは、お前が言っても意味のない台詞だ」
「え?・・・・・・」
 私は涙ながらに綺麗事を抜かす神様を、冷たい目で見ていた。
 お前も所詮、持つ側だろう?
 持たざる者が言うからこそ、その台詞は意味があり、価値を放つ。
 私は綺麗事など、言わないがね。
 あるのは金に対する信念だけだ。
「私は当然言わないが、持たざる者が言わなければ、その台詞には価値がない」
「なら、貴方が言えばいいじゃないですか」
 本気で殴ってやろうかと思ったが、面倒なのでやめておいた。良くまぁ堂々と、持つ側にいる存在が、あろう事かこの私に、恥ずかしげも無く言えるものだ。
 何だ、それは。
 私は、貴様等の下らない満足感のために、生きているわけじゃない。
「何故だ? それで、私に何の得がある?」
「得とか、損とか、そんな些末じゃありません・・・・・・綺麗事でもない」
「綺麗事だろう。世界は理不尽だが、お前みたいに敗北し続けている人間が、理想を歌えば「希望があるかのように見える」と、押しつけているわけだからな。何一つ私のような人間を救う方法を持たないくせに、綺麗事だけは押しつける」
 醜悪だ、と切って捨てた。
 歯噛みしながら、神は答えた。
「それでも、人間は尊いと、信じることは、悪いことなのでしょうか?」
「悪いね。ただの嘘だからな。押しつけがましいにもほどがある。尊さなんて、見る側の自己満足だよ。お前たちが感動するために、私は生きているわけでは、無い」
 そんなことも、持つ側にいると分からない。
 不思議な話だ。
 何一つとして持たざる私には、縁のない噺だ。「世界にあるのは金だけだ。救いなんて無い」
「本当に?」
「本当に」
「なら、貴方はどうして生きているんですか? 貴方は、信じたいんでしょう? 尊さは在るはずだと。信念は理不尽を打ち砕くと。諦めきれないから、そこにいて、物語を、描いている」
「ああそうだよ、悪いか?」
 開き直った。
 開き直りは重要だ。
 大抵は何とかなる。
「だがそれも下らない嘘だ。結局、私にそれら嘘くさいまがい物どもは、金を運んだことは、一度として無かったからな」
「分かりませんよ。私も貴方も、貴方の物語の結末を、まだ、見ていないではありませんか」
「口だけならどうとでも言える」
「ええ。けれど・・・・・・見なければ見えない景色もきっと、あるはずです」
 私はため息をついた。女はこれだから嫌なのだ・・・・・・理想とか占いとか、目に見えない何かが、力を持つと信じている。
 下らない。
 だが、だだをこねても仕方がない・
 実際、負けている私には、発言権など無い。
 結果が全てと言うならば、
 私は、結果にすら負けている。
「貴方は人間ではありませんか」
「? それがどうした」
 他に何があると言うのだ。
 化け物にでも見えたか?
「人間に未来は見えません。ふとしたきっかけで絶頂から底辺へ、底辺から海辺の上へ、それが生きると言うことです。生きていれば、きっといいことありますよ」
 こんな、綺麗事で、まさか私が納得するわけもないが、しかし内容は真を突いていた。
 実際、私は計画を練る方だ。
 その全てが失敗したと言っても良いだろう・・・・・・・・・・・・まぁ、計画通りに事が運ぶなら、誰も理不尽に敗北はすまい。
 理屈の上では、可能性はあるにはある。
 だが信じられるか、そんな綺麗事。
 馬鹿馬鹿しい。
「悪いが」
 それでも否定する私には、中々ブレない人間だなぁと、本当にそう思った。
「そんな戯れ言を信じるのは、とっくの昔にやめている」
「意地でも人間を信じませんか」
「何をだ」
「人間の可能性、人間の未来、貴方は人間の汚い部分だけを信じている。それは些か以上に、卑怯だと思います」
「事実だからな」
「なら、綺麗な側面も、あるはずです」
 あるのだろうか。
 ないと思う。
 というか、無いだろう。
「この目で見るまでは、信じないな」
 唇を塞がれた。
 無論、唇でだ。
 何の真似だ?
「何の真似だ?」
 私は鬱陶しく思いながら、そう答えた。何が気に入らないって、そういう「道徳的に良さそうな行動」をするからお前もそう思えというのが、私は大嫌いなのである。
 だから腹が立った。
 こんなことで。
 人を好きになど、なれるものか。
「まだ、人間はお嫌いですか?」
 いい加減愛想を尽かされるのだろうとか思いつつ、私はやはり、
「ああ、人間の意志に価値は、無い」
 そう答えるのだった。「そうですか」と言って彼女はこう言った。
「それでも、私は人間が好きですよ、だから貴方に期待することを、貴方が打ち勝つ未来を、私は勝手に信じます」
「勝手にしろ」
 馬鹿馬鹿しくなって、私はその場を離れることにした。階段を下りていく。敗北者のまま。
 彼女は別れ際、こう言った。
「私は勝手に信じていますから」
 だから何だ。
 押しつけがましいただの身勝手な期待だ。
 まぁ私も人のことは言えない。なぜなら誰よりもそれを理解していながら、私は物語を書くことを、未だにやめられないからだ。
 我ながら、未練がましい。
 情けないにも、程がある。
 だが、今更止まれないのも事実だ。私は結局のところ、作家として勝利するか、敗北したまま苦しみ続けるかしか、選択肢が、無い。
「はぁ、やれやれ参った」 
 我ながら、やけくそもいいところだ。
 この私が、精神論などと言う下らない思いこみを、頼らざるを得ない日がこようとは。
「信じられたら、期待に応えないといけないって事もないだろうが・・・・・・」
 当然、断っておくが、私が何を信じようが、どう行動しようが、負ける奴は負ける。
 無駄は無駄だ。
 それでも。
 私の言いたいことは、全て物語の中に詰まっている・・・・・・そう言えるようになったことを、とりあえずの成長だと妥協して、そう言えるようになったことで、何か良いことあるかもしれなではないかと、私は私を騙すのだった。
「その内良いことありますよ」
 そんな適当で無責任な助言を、どこかの狐が言っている気がした。不思議なことに、否定するほどの気力が沸かなかったので、私は実に渋々、嫌々ながらも、その綺麗事を信じるのだった。
 苦しいだけの人生でした。
 ああいう「持つ側」に、綺麗事の戯れ言を強要されて、私は死ぬまで生きるのだろう。
 持たざる側は、無駄でした。
 選択そのもの、いや、挑戦する権利すら無い人間は、確かにここにいる。そして私はあらゆる苦しみを味わい続けた敗北のプロだ。
 その私が言ってやる。
 生きることは無意味だと。
 あらがうことは無価値だと。
 だから、死は恐ろしくはないと。
 どうかこの私に「健やかなる死」が、早く訪れますようにと、最悪な願いを抱えて、私は自身がこの世界から、完全に抹消されることを、心無いどこかから、望むのだった。
 まぁ死にたくても死ねない私には、そんな気休めよりも金の方が、やはり大事だがね。
 金に埋もれる未来を夢見て、
 叶わない願いを夢見ることで、
 私は今日も、物語に嘘八百、有りもしない幻想を描いて、読者を欺き続けるのだ。
 これにて、物語は終わりである。

 めでたくなし、めでたくなし

 

あとがき

生死なんぞどうでもいい。問題なのは売上だ。
23冊も書き上げて「売れませんでした」と幾たび詰まったと思っている? それに比べれば生きてるか死んでるかなんぞどうでもいい!!

あの世があり、神仏がいるならば、当然私が「密輸」して物語至上主義を貫くことにも依存はあるまい──────何であれ、売れるならば売るだけだ。

実際、そういう話も書いたしな。

何が悲しくて死んでまで物語を売らなければならないのか、自分でも分からなくなってきているが••••••売れるに越したことはあるまい。相手が悪魔でも神仏でも、金があれば売るが、無ければ知らん。それが「私」だ。

死ぬのが怖いなどとほざいているのは、たかが生死を「自分より上」に置くからに過ぎない──────金も、生死も、全てが「下」だ。

法律だの「心」だの、忌々しい限りだ。その程度が何だというのだ? たかが人間の一人二人百万10億、別に構うまい。どうせ放っておいても「増える」しな。

その辺で繁殖させればいいだけだ。貴様ら鳥の繁殖に気を配るのか?

配らない。生死も同じだ。その辺でチリの如く広まっているもの相手に、なにかと大げさに相手をしているだけに過ぎない。であれば、気を配る価値など皆無だろう••••••それより、使命の方が大切だ。

何かに与えられた、ではない。自分自身で切り開く「何か」だ。

それが悪行であれ何であれ、それを「やるべき」と感じ「やれる」と信じてやらねばならない。できれば、ではなく「絶対に」せねばならんのだ。

それが「生きる」ということだからな。何もせずに息だけ吸って、何になる?


さあ、やれ。そして金を払え!! 私の息が出来んからな!!!

 



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